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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第二章・英雄誕生

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第3話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第二章・「英雄誕生」――史上最年少、史上初の女性騎士団長の誕生――
 決勝戦の結果の大興奮そのままに、セリオス三世によってレルシェル・ド・リュセフィーヌの表彰が盛大に行われた。
 大観衆は少女を歓喜に満ちた声援でその勝利を祝った。彼女は堂々とした戦いぶりと同じく、誇らしげに胸を張り大観衆に答えた。若く容姿端麗な彼女の外見は、民衆の熱狂を後押しするのに大きく寄与した。
 同時に民衆はある期待を彼女に抱いた。暗鬱と停滞の時代を迎えていた王国に、才気溢れた若き才能が生まれたと感じたからだ。型破りな優勝を飾った彼女に民衆は盲目的なまでの支持を集めた。
 彼女は幼きころから才能を買われ、この時代を打破する指導者となるべく教育を施された。彼女は次代の英雄であり、この王国を救う救世主である。そんな実しやかな噂がルテティアの市民に流れた。その流言は現時点で正鵠を射ているものはなかったのだが、それは将来を予言したものではないと否定する者もいなかったのである。

 剣術大会の熱狂がまだ覚めやらぬ三日後、レルシェルはセリオスに召集を受けた。
 上級貴族たちのパーティでレルシェルはセリオスと何度か挨拶程度はしている。が、指名で呼び出されたのは初めてだった。剣術大会での結果がきっかけだろうとレルシェルは思ったが、使者には要件を告げられなかったので、彼女は緊張の面持ちでセリオスの別荘の客間で待っていた。
「待たせたな」
 まもなくして客間にセリオスが現れた。レルシェルは硬い表情で彼に敬礼をして向かえた。セリオスはその反応に少し苦笑すると、柔らかな表情で笑って言った。
「そう硬くならなくてもいい。ここは王宮ではないのだからな」
 しかし、セリオスは王族や貴族の権力争いに辟易し、王宮から離れて丸二年になる。ルテティア郊外にあるこの「白薔薇の園」と呼ばれる別荘に移り住んでいた。実質ここが王宮のようなものだった。
 セリオスはレルシェルをソファに座るように促し、侍女にはお茶を入れるように指示した。
 セリオスはソファに行儀悪く足を組んで腰掛け、レルシェルに緊張の必要はないと示した。
「特別な用でお呼びとのことですが、一体何の御用でしょう」
 レルシェルはひとまず、当初の緊張も落ち着いたため、自分から切り出した。
「そうだな。君のような美人ならば用がなくても呼び出したいところだが、予にも君にも時間の都合と言うものがある。残念なことだ」
 セリオスは足を組み替えて、ふざけた口調で言った。真面目な性格のレルシェルはその答えに一瞬驚きの表情を浮かべ、次に怒りの表情を浮かべた。
「君は真正直な人間だな」
 その変化を観察していたセリオスが意地悪に言った。レルシェルは感情が表に出てしまった非礼に顔を赤くした。
「許せ、君のような正直な人間は貴重だ。少なくとも予はそういう人間は嫌いじゃない」
 セリオスは軽快に笑った。セリオスは些細な礼儀や形式を重んじない。レルシェルはそう理解して、少し緊張を和らげた。
「よし、それでいい」
 セリオスはレルシェルの変化を感じ微笑んだ。
「冗談はさておき、君は今のこの国の現状を憂いているそうだな」
「はい。陛下の治世、無礼を承知で申し上げれば、民は貧窮し、官は汚職でまみれています。ルテティアの市民は日々悪化する治安に不安を覚え、治安を維持し、市民を守るべき騎士団は己の功績を上げることのみ、その活力と組織を動かしております」
 レルシェルは真摯な声でセリオスを畏れずに言った。
 セリオスはその声に満足そうに頷いた。彼が期待したとおりの反応を示したからだ。
 彼はさらに現状のフェルナーデについての問題点を示した。レルシェルはどの点についても一定の、高水準の政治的見解を示した。彼女はまだ若く、未熟で現実から逸脱した点も見られたが、セリオスを納得させるだけの知識と見識があった。
 セリオスはレルシェルが期待に足る人間と判断した。
「ならば君は何故仕官して世直しを図ろうとしない?」
「陛下、お考えください。私はただの小娘です。仕官を願い出て、どんな職があたえられるでしょうか?」
 フェルナーデは十六歳を持って成人とする。レルシェルは十八歳だったが、公的な職務に就いたことはない。もっともこの時代、貴族の女性が外に出て労働することはまれなことだった。
「当然だな。名家とは言え、実績がない者を重職につけるわけにはいかん」
 セリオスは頷いて言った。
「だが、君は実績を得た。剣術大会への出場は、それが狙いだったのだろう?」
 レルシェルは否定をしなかった。だが、完全にそれを肯定したと言う表情でもなかった。
「たしかにそれはあります。しかし、剣の腕が少々立つと言って、良き指導者になれるとは……」
「理に適った言い分だが、君はあのとき人心を支配した」
 セリオスは鋭く言った。レルシェルははっとしてセリオスの顔を見た。彼の言はあの時、レルシェル自身も感じたものだった。民衆の熱狂と期待を一身に集めていたのは確かだ。
「。君には人を惹きつける力がある。人々は君を知り、君に惹きつけられた。君は指導者となるに足る資格を得た」
 セリオスはそこまで強い眼光をレルシェルに向けて放っていた。だが、ふっと彼は寂しそうな色を目に浮かべ、窓の外の緑を眺めた。
「予にはないものだ」
「そんな……」
 レルシェルは否定した。だが、セリオスは首を横に振った。
「市井の噂くらい予の耳には入ってくる」
 セリオスの政治的手腕は王として一定の水準以上のものがあったし、民を思う心もある。少なくともレルシェルはそう感じる。だが、セリオスは政治に関わることを極力避け、この別荘に引きこもってしまった。王の責任を放置し、民の支持を失った。それでも民を思う心が、所々で施策を施している。
「今の予に出来ることは少ないが、君を北壁の騎士団長に推そうと思う」
 セリオスは何気なくさらりといった。レルシェルは大きな瞳を見開いて彼を見た。
「騎士団長は親補職だ。予の推薦であれば問題はない。現職には他の役職を用意して打診してある」
 セリオスは笑顔で言ったが、レルシェルはうろたえた。ルテティアを警護する騎士団長はセリオスが言うとおり親補職である。親補職は王から直接任を受け、王以外に責任を問われない。ルテティアは直轄地であるので、その騎士団の兵力は微々たる物だが、陸軍で言えば将軍職、海軍では艦隊司令官、植民地ならば総督と同列であった。
「お、おまちください」
「北壁の騎士団では不満か?」
「いえ……そうではありません。私のような若輩にそのような要職が……」
「務まらぬと言うか。その程度では、改革など夢のかなただな」
 セリオスは人を食ったような笑みを浮かべた。レルシェルは憮然とセリオスを見つめた。たしかに、物怖じをしていては改革などできはしない。
「中央は腐敗している。今君を中央の要職に当ててもその濁りに毒されてしまうことも考えられる。まずは北壁を変えて見せよ。民は君を望んでいる」
 セリオスは穏やかな口調のまま言った。レルシェルはしばらく逡巡した。レルシェルはセリオスの考えを読もうとした。北壁はルテティアでも一番荒れた地区である。もし彼女が就任し、統治に失敗しても元々荒れた地区であればさしたる変化はない。一方、変革に成功するならば、その名声は大きなものだろう。北壁騎士団長というのは中央に近いし、セリオスにとって格好の試金石だった。なるほど、この王はしたたかだ。
「承知いたしました。謹んでお受けしようかと思います」
 レルシェルは首を縦に振った。王のたくらみに乗ることは、彼女にとって不利益でもない。若い彼女にとって挑戦的な職務ではあると思うが、それはそれで彼女の覇気を刺激していた。
「よろしい。では就任の手続きを行わせよう。手続きの時間が必要になるから、その間、北壁を回って現状を知るがいい。正式な時期は追って連絡する」
 セリオスは満足気に頷いて彼女に告げた。
「それともう一つ……これのほうが本題なんだが」
 セリオスは意味深な表情で言った。レルシェルは驚いてセリオスの顔を見た。北壁騎士団という重職の就任すら「ついで」であるとはどういうことか。彼女の広い想像力を総動員してもとても想像できなかった。
「ルテティアで流れている『魔物』の噂を知っているか?」
 レルシェルは頷いた。異形の者が闇夜に現れ、人に憑いたり襲ったりと言う噂だ。治安の悪化しているルテティアでは、殺人や強盗は珍しくなくなりつつあり、その結果がこのような噂になっているとレルシェルは思っていた。
「魔物はな、実在する」
 セリオスは真剣な口調で言った。レルシェルは意外な王の言葉に驚きを隠せなかった。
「まさか、そんなものが存在している、と?」
「うむ。まあそれらが本当に『魔物』なのかは知らないが。彼らは自身を『魔物』と名乗っているわけではないからな。便宜上、『魔物』と呼んでいる。まあ実物を見てもらうほうが早いか」
 セリオスは微笑み、書棚のあるところまで歩くと、床を勢い良くかかとで蹴った。
 すると、床から微振動と歯車のような音が伝わり、隠し階段が現れた。呆然とレルシェルはそれを眺めたが、セリオスは紳士よろしく彼女をエスコートする姿勢をとって見せた。

 三つ首の獰猛な獅子。古代の物語に出てきそうな、コウモリの羽を生やした巨大な牛。二足歩行ながら人間の数倍の体と、上半身に無数の触手を持つ異形。レルシェルは見たこともない怪物に囲まれて絶句した。
 それらは微動だにしない。静かに二人を見つめている。
 セリオスはそれに近づいて、軽く触って見せた。
「大丈夫だ。これは死んでいる。だが、現実に存在するものだ」
 レルシェルは恐る恐る三つ首の獅子に近づいて、その肌を確かめた。感触からそれが剥製であることを知った。
「これが、魔物……」
 レルシェルはつぶやいた。彼女はその存在を完全に理解したわけではなかった。ただ、彼女の理性は、理解の範疇を超えた存在を伝説や物語で語られる、『魔物』と言う言葉によって解決しようとしたのだ。
「ルテティアで起こっている殺人や失踪事件の内、何割かはこれらの魔物の仕業だ。こいつ等がどこから現れて、どんな目的かははっきりしていない。噂話しか過ぎないが、こいつ等は人間の心の闇に巣食い、嫉妬、欲望、憎悪、傲慢……負の心が生むと言う」
 セリオスは彼の数倍の大きさを持つ漆黒の魔物を見てつぶやいた。
「心の闇……」
「噂に過ぎぬ。心の闇を持たぬものなど、いるわけがない」
 セリオスはレルシェルの心情を見抜いていった。レルシェルは周りの人間が見れば羨む才能、身分、名声を持っているが、彼女とて要望や憎悪といった感情がないわけではない。
「だが、理由などどうでもいい。予は予の市民とルテティアを勝手に犯されて、黙っているわけには行かぬ。そこで予は、高い戦闘力を有した者を集め、魔物を調査し、討伐する非公式の組織を作った」
 セリオスは奥へ歩き、祭壇のような場所へ踏み入れた。そこには人の頭を一回り大きくしたくらいの、立派な装飾が彫られた杯があった。
 フェルナーデ王家の象徴であり、王位継承の証たる杯だった。聖杯と呼ばれ、フェルナーデを建国したアーシェルが、天使から受け取ったとされるそれだ。
 レルシェルは息を呑んでそれを見つめた。後に彼女は語ったが、霊的な威圧感を聖杯から感じていた。
「魔物から市民を守る非合法の組織、予はそれを『聖杯の騎士』と名づけた。極一握りの精鋭たちだ」
 セリオスは目を細め、聖杯を見つめて言った。
「レルシェル、君は剣術大会の決勝、何か気配のような違和感を感じたのではないか?」
 レルシェルは驚いてセリオスの顔を見た。セリオスは頷いて、言葉を続けた。
「やはりそのようだな。フェデルタは君の事を良く知っているようだ」
「フェデルタ? 陛下はフェデルタの事をご存知なのですか?」
 レルシェルの声は驚きに上ずった。
「ああ、彼は予の良き友人だ。『聖杯の騎士』はまず予の友人であることを求められる」
 レルシェルはフェデルタが聖杯の騎士であることを知った。リュセフィーヌ家に関係があるとはいえ、フェデルタはただの孤児である。セリオスとの接点などありえない。だが、フェデルタの実力はその聖杯の騎士に見合うものだろう。
「魔物はルテティアの闇にまぎれて潜んでいる。君が大会の中、その違和感を感じていたとしたら、それは魔物の気配だ。君には聖杯の騎士となる資格がある」
 レルシェルは息を呑んだ。
「北壁騎士団の団長など、乱暴な言い方だが誰でも務まる。だが、これはそうではない」
「聖杯の騎士に、私を?」
 レルシェルは恐る恐る言った。
「そうだ。しかし……」
 セリオスはこの地下室にある魔物の剥製たちを見つめた。
「君にこの異形の者達と戦う力が、勇気があるか」
 レルシェルは即答が出来なかった。
「あるいは君の力では、この魔物たちに太刀打ちできないかもしれない。彼らは人間の理解を超えた存在なのだから」
 セリオスの言葉は、レルシェルの自尊心をくすぐると同時に、断っても仕方がないという寛大さがあった。
 レルシェルは逡巡したが、それは一瞬だった。心の闇を払い、強い意志を取り戻す。
「私も陛下と同じ心です。魔物が民を苦しめていると言うならば、見過ごすわけには行きません。及ばずながら、私もこの身命を捧げましょう」
 レルシェルは強い光を瞳に宿して言った。その光と黄金の髪は、闇を切り裂いているかのようだ。そのたくましさにセリオスは頼もしいものだと微笑んだ。
「よかろう」
 セリオスはそう言うと、聖杯の前にある石棺から、一本の剣を取り出した。聖杯に負けぬ、立派な装飾がその柄に刻まれている。
「まさか、それは……」
「ああ、フェルナーデ建国の王、アーシェルが天使より下賜され、部下であり友人であった七人の騎士に渡したとされる聖剣の一つ『カリバーン』」
 セリオスは第二のアーシェルになろうと考えているのか。そして英雄と歌われた七人の騎士に自分を指名しているのか。レルシェルはそう思うと胸が高鳴った。
「……のレプリカだ」
 セリオスは意地悪く笑った。レルシェルは肩透かしを食らって憮然とする。
 セリオスはそのレルシェルの反応を愉しむと、その剣を抜いた。白刃が晒され、闇の中でなお白く輝いた。
「本物の聖剣はアーシェルの時代に失われている。彼らは聖剣に宿る魔力で魔物を討ち払ったと伝説に残るが、これは当時の記録を元に錬金術師に復元されたものだ。天才アラン・ベネットに製作させたものだ。当時のそれと比べて遜色はないぞ」
 セリオスは剣を収め、レルシェルに差し出した。
 レルシェルは恐る恐る、剣を受け取った。その剣に触れた瞬間、彼女は不思議な感覚に陥った。今まで感じたことのない、魂の震え、霊的な刺激を覚えたのだ。
 セリオスは微笑んで頷いた。やはりこの少女はこの剣を受け取る資格を持っていたのだと。
 四〇〇年前、魔物と外敵を討ち払い、このガリアの大地に王国を建国したアーシェルとその騎士たちのように英雄となれるかどうか、それはレルシェルやセリオス次第である。
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