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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第十一章・血塗られし都

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第5話

王国は滅びた。その証として、王族の処刑が必要だった。
その贄に選ばれたのは、王妃ディアーヌであった。薄曇のルテティアの街で、彼女は静かに断頭台の上に立つ。
一つの才能が失われようとしていた。だが、犠牲者は彼女一人ではなかったのである――。
 自由共和臨時会議の首席、キュメイル・オリオールと『内政派』の面々の暗殺は新政府はもちろん、フェルナーデ中に衝撃を走らせた。新政府はリーダーと中核メンバーを多数失い、立ち上がりの段階で早くも大きく躓くこととなった。
 新政府もそれを理由に立ち止まっているわけにも行かず、新たに政府を運用していくメンバーを選定しなければならない。
 結局のところ自由共和臨時会議は次席であったパトリック・ディドロが繰り上がり、首席に就くことになった。
 ディドロは実務家で判断能力と運用能力において一定の評価を得ていたが、オリオールと同等の求心力があるかは不透明な状態だった。求心力、と言う一点においては革命を軍事的に成功させた英雄リシェール・ヴィルトールの名に挙がるが、彼は政治家としては経験がなく彼自身としても政治に興味を示さなかったので候補からはずれ、引き続き軍事面でのリーダーを務めることとなった。
 また新政府は革命を支援した人々や、王政からの革新を求める人々に早い段階で新政府の力を示さねばならなかったので、実務的な能力を優先してディドロがリーダーとして相応しいと判断されていた。
 一方、レルシェルはオリオールらを暗殺した背景を探るために活動したが、関係した人物が暗殺者『死神』にほとんど殺されており、『死神』自身も死んでいたため真相を得るに至らなかった。それでも断片的な情報や暗殺者の特性から、本当の依頼者は新政府内の派閥争いではなく、外部からの新政府の混乱を狙ったものかと推測させた。
 血を血で洗う陰謀がフェルナーデと言う枠を超えて、大陸に染み出しているような予感をレルシェルは覚えた。


 新政府が再スタートを切って間もなく、フェルナーデ東南部で大規模な反乱が起こった。ダンジュ伯アンリが旧王国勢力を糾合し、武力蜂起したのだ。王政派の貴族を中心とし、その私兵は五千を数えた。
 それに対してリシェールは直卒の一万五千の兵を率い、自ら討伐に赴いた。
 革命軍と旧王国軍を統合し、再編でフェルナーデの軍制は不安定な状態だったがリシェール直卒の部隊はさすがに精兵である。
 質量共に圧倒し、リシェールの軍事的才能も発揮されて反乱は一月と経たずに鎮圧された。
 旧王政派はこれによりほとんどの勢力を失った。すくなくとも表立って共和政府に逆らうものはいなくなった。あまりにあっけない幕切れであったため、新政府がわざとダンジュ伯に旧王国勢力を集めさせ、そこを叩いたと言う陰謀論すら噂されたほどだ。


 リシェールの帰還に際して、凱旋パレードが行なわれた。共和制を指示する市民たちも多数参加し、そのパレードは大規模なものとなってルテティアを騒がせた。
 リシェールに率いられた新政府軍は誇らしげにルテティア市内を行進し、市民はそれに喝采と賞賛の雨を降らせた。
 市民の多くは政府によって扇動された者たちが多くいたのは事実だ。それでも市民はそれを新しい時代の幕開けとして大多数が歓迎していたのも事実だった。
「結局リシェールは会議が嫌で自分で出征したんじゃないだろうか。戦力的にも一個師団と同程度だ。最高司令官がいちいち出張るほどのことではなかっただろうに」
 高台からパレードを見守っていたレルシェルはリシェールの姿を見て皮肉っぽく言った。
「人間、やりたくないものをやらされると言うのは精神的苦痛を味わうもんだ。お前さんだって、そう言うことはあるだろう?」
 傍らにいたギャランがからかうように言った。
 レルシェルはその言葉で自分の執務室に山のように置かれた書類を決裁しなければならないことを思い出し、深くため息をついた。
「確かにその通りだ。人生とは上手く行かないことばかりだな」
「おいおい、まだ老け込むような歳でもないだろ……」
 ギャランは呆れて頭をかいた。
「しかし奇妙なものだな……」
 レルシェルは静かな声で言った。
「どうした?」
「王国のために最後まで戦った私たちだが、あの時敵だったリシェールの無事を今はほっとしている」
「確かにな」
 これ以上混乱が長引かないことが、彼女たちの願いであった。
 無論、レルシェルが王国を愛していなかったわけではない。王に忠誠を誓っていなかったわけではない。斜陽の王国なんとか支えようとした彼女は、その実、王国に住まう人々のために働いていたのだ。この人々が安寧なる暮らしを得られるのであれば、それが王国であれ共和国であれかまわないと思っている。
「しかしこれでしばらく大規模な戦闘はなくなるんじゃないか?」
 ギャランは軽い口調で言った。
 だがレルシェルは表情を崩さずに即答を避けた。
 暗殺の意図が新政府の混乱を企図したものであれば、新政府に対して攻撃をかけるものがいるはずだ。
「リシェールが言っていた。おそらく次は外国との戦争になるだろうと」
「なんだと?」
 ギャランは驚いて叫んだ。
「諸国はフェルナーデの共和制を許さないだろう。それは私にも理解が出来る」
 得ているものを失うと言うことは、得ることが出来なかったと言うことよりも人を敏感にする。フェルナーデの共和化は周辺諸国の王たちを動揺させている。
「あとはもう一つ……」
 レルシェルは西方を見た。視界が届くはずはないが、その先にはヴァーテンベルク伯オスカーが治める広大な土地がある。
 数々の戦場で功績を上げ、戦争の天才の名をほしいままにしたあの男が、革命戦争において一切の動きを見せなかった。
 ヴァーテンベルク伯が把握する地域とその軍と新政府との連携は未だ取れない状態にある。
 表立っての理由としては、西方のプロキアとの国境争いが激しく動きが取れず独自の防衛体制を取っているとのことだが、あの野心家がただいたずらに国境紛争を続けているだけとはレルシェルには思えなかった。
 レルシェルが将来に想像を巡らしていると、パレードの先頭で歓声が沸いた。それと同時に行進が一時的に止まる。
 先頭にはリシェールがいたが、彼の前に一人の少女が立っていた。
 行進を妨げるような形ではあったが、彼女は大事そうに大きな花束を抱えていた。
 ドレスは貧相な使い古したものだ。しかし一般市民としては目一杯おめかしをしたのであろう、大きなつばのついた貴族のためのような帽子を被っていた。
 リシェールは行進を止めると、馬を降り少女に近づいた。
 予定にないことだったが、市民からの祝福と応援はありがたく受け取るべきであろう。それがあざといパフォーマンスであったとしても、悪いことではない。
「あの……これをお渡ししてもよろしいでしょうか?」
 少女は幾分か緊張した声色で言った。
「もちろんだ。ありがたくいただくよ」
 リシェールは彼女の緊張を和らげるべく、優しい口調で言った。
 少女はその声に少し肩の力を抜いて花束を手渡すべく、ゆっくりとリシェールに歩み寄った。
「うれしい……」
 憧れの英雄に花束を渡す。夢見る乙女の一言に思えた。
「私はこのためだけに生きてきたのだから――!」
 少女は倒れこむかのようにリシェールに身を預けた。
 リシェールは慌ててその少女の身体を支えようと動いた。
 その時、僅かな風に煽られて少女の帽子が飛ぶ。隠されていた少女の表情が露になる。
 その表情は喜びに満ち溢れていた。
 リシェールの目が驚きに見開かれた。
 そして彼は大きく血の塊を吐き出す。
 周囲は瞬く間に異様な静寂に包まれた。
「リシェール・ヴィルトール……私の顔を覚えていたのね」
 少女は驚くリシェールの表情を見て言った。
 リシェールは驚いたまま少女を見つめ続けていたが、しばらくして笑みを浮かべた。その口元は彼の血で真っ赤に染まっていたのだが。
「なるほど、お前か。確かにお前には俺を殺す権利がある……」
 リシェールは低い声で呟いた。
 彼の目の前にいる少女は、ヴァルヴァット村にいた少女だった。
 ルテティア近郊にあるその村は政治的、戦略的な目的で革命軍に焼き払われた。彼女はその村の出身で唯一の生き残りだった。少女が村に戻ったとき、家族も友人もすべて殺されたあとだった。その指揮を取ったのはリシェールで、囚われた少女が解放されたのもリシェールの命令だった。
 リシェールの体が下半身から崩れるように倒れていく。右腕は少女の花束を掴みそこねて、花束はリシェールの身体と共に石畳に落ちた。
 石畳に散りばめられた色とりどりの花びら。そしてそれに遅れて広がっていくおびただしい血。
 リシェールの腹部には深々と短剣が突き刺さっていた。
 加害者はその少女のほかにありえなかった。
 少女は返り血とそれに張り付いた花びらに塗れながら、満足そうに笑っていた。
 彼女はヴァルヴァット村が焼き払われたあと、家族と村の人間の仇を討つべく、ルテティアに移ってずっとリシェールを殺す機会をうかがっていたのだ。
 その念願が適ったのだ。彼女にはそれが生きるすべてだった。
 周りの兵士が異常に気付き、少女を取り押さえる。だがすでに後の祭りであった。
 捕らえられた彼女は冷たい石畳に顔を押し付けられながらも笑っていた。狂喜の笑みだった。
 正気とは思えない少女の行動に兵士たちは寒気を感じた。
 横たわったリシェールは出血に意識を朦朧とさせながら少女を見た。
 ――いや、お前は正しい。
 リシェールは力なく呟いたが、それが誰かの耳に届くことはなかった。あるいはそれは声になっていなかったかもしれない。
 実のところ彼の出発点もこの少女と変わりはない。故郷の村を理不尽な理由で破壊されたことにある。
 彼女が革命軍に村を焼き払われたあとから今日まで、どんな人間に出会い、どんな理解をされて生きてきたかは分からない。だがもしかすると自身が最も彼女の理解者になりえたのではないか。リシェールは暗闇落ちていくような感覚の中、漠然と皮肉を思い浮かべた。


 結局、リシェール・ヴィルトールはその二日後に命を落とした。
 ルテティアでも治療魔法の第一人者であるセリカ・シャレットがリュセフィーヌ家から派遣され、不眠不休の治療に当たったが内臓を深く傷つけていたため腹腔内の出血が収まらず、彼女の治療術をもってしてもどうすることもできなかった。
 二十七才の若き英雄は革命戦争で流星のごとく突然表舞台に現れ消えてしまった。
 新政府はオリオールに続き、またしても大きな存在を喪失した。
 リシェールが予見したように今後大規模な対外戦争が起こるとしたら、彼の喪失はオリオール以上の重みを持つ。新政府にとってリシェールの戦略眼と戦術指揮は他に替えの効かない才能であった。
 リシェールを殺した少女は兵士に捕らえられたあと、拷問の末に死亡した。
 彼女をどんな厳しい拷問にかけようとも、彼女は黒幕を吐くことなかった。もちろん黒幕など存在しなかったからだ。しかしただの少女がリシェールを殺すわけがない。ただの私怨であったことを新政府の面々も拷問官もついに理解することはできなかった。
 またレルシェル・デ・リュセフィーヌはオリオール、次いでリシェールが暗殺されたことを理由に首都総監を更迭され、新設された第十八師団の師団長へ左遷されることが決定した。
 レルシェルは元々ルテティア市民に人気があり、施政は治安維持を最優先として決め細やかな指揮が市民の間で好感が持たれていたが、政治と軍事のトップを失って首都総監の席に据え置くことは新政府としても認められなかったのである。


 リシェールの死後、彼の死を待っていたわけではないだろうが、フェルナーデを取り囲む各国はフェルナーデ共和政府に対して脅迫めいた通告を連名で出す。
 ――共和政府は直ちにフェルナーデ王家に主権を返還すること。それが出来ない場合は、フェルナーデ王家を支援する準備が我々にある。
 それに記された主だった国の名は、北方のユグラット連合王国、北東のロイセン王国、東方はプロキア大公国、南西のナヴァール王国、南東にはタリア王国。これらの大規模な国家に加え、中小の従属国、衛星国が加わっていた。
 無論、これらを総合すると大国フェルナーデの総人口、国力、動員兵力のすべてを凌駕する。 しかしフェルナーデの共和政府は旧体制の圧力に屈するわけには行かなかった。彼らとて多大な犠牲を払って勝ち取った新しい時代であったからだ。
 フェルナーデは各国連名の通告を拒否する。
 それは事実上の最後通告、宣戦布告であった――。


血塗られし都 <了>
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