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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第十一章・血塗られし都

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第4話

王国は滅びた。その証として、王族の処刑が必要だった。
その贄に選ばれたのは、王妃ディアーヌであった。薄曇のルテティアの街で、彼女は静かに断頭台の上に立つ。
一つの才能が失われようとしていた。だが、犠牲者は彼女一人ではなかったのである――。
 レルシェルはリズを伴って馬車を走らせた。
 リズを連れた理由は、元暗殺者であり暗殺者の行動について見識があること、見た目において容疑者を油断させる効果があること、明敏な洞察力があること、そして戦闘になった際には彼女の短剣は何よりも信頼を置いていた。
 リシェールにはそのままオリオールの邸宅の調査を、ラヴェルには引き続き厳重な監視と包囲の指揮を任せていた。
 目的地は『内政派』を支持するプランタード・バザンが滞在する宿だった。宿と言っても、革命軍がルテティアを制圧したのち、接収して自宅のように利用している場所だ。オリオールの邸宅からもそれほど離れていない。
 目的地が近づくにつれ、レルシェルは違和感を感じた。
「リズ……これは……」
「レルシェル様もですか。と言うことは、私の気のせいではないですね」
 レルシェルがリズに確かめるとリズは乾いた笑いを浮かべて言った。
 魔物の気配である。
 聖杯の騎士である二人は、この世の法則を超えた存在である魔物の気配を感じ取ることが出来る。その気配はバザンの宿に近づくにつれて強くなった。
 宿の前に馬車を停めると、その気配は建物の中からだ。
 明かりは消え、静まり返っている。
 夜は更けているとは言え、宿である。明かりが一切灯っていないことは異常を示していた。
「考えたくないことですけど、暗殺者が魔物化してるってことですか?」
「それは……たしかにあまり考えたくないな」
 リズの質問にレルシェルは引きつった笑いで答えた。
 魔物化した人間はその身体能力が格段に向上する。単なる大工であったユリアンと言う青年も、魔物化したときには剣の達人であるレルシェルを寄せ付けないほどであった。
 もし訓練された手練れの暗殺者が魔物化したとしたら。
 レルシェルたちは戦慄を禁じえなかった。
 リズが馬車からランタンを外す。手持ちにも出来るものだ。
「レルシェル様はお戻りください。ここは私が引き受けます」
「リズ?」
 レルシェルは驚いてリズを見た。
「もし私たちの想像通りの相手なら、相手はとんでもないやつです。レルシェル様はフェデルタを……聖杯の騎士の仲間を連れてきてください」
 リズは笑って言った。だがその笑いにはどこかぎこちなさがあった。
 もし相手が自分たちの手に負えない相手であっても、ここでレルシェルを犠牲にするわけにはいかない。彼女は聖杯の騎士の指揮を取らねばならないし、なにより彼女の存在はこの国の将来にとって貴重な存在だ。リズはそう思った。
 リズは悲愴な決意を持った表情で宿を見た。
 その彼女の赤い髪をレルシェルの手の甲が優しく小突いた。
「ばかもの」
「え?」
 リズは驚いてレルシェルを見る。
「魔物と戦うときは二人以上で。そう決めたのは私だぞ。その私の目の前で堂々と破ろうとするな。まあ……私が言えた義理ではないかもしれないが」
 レルシェルは苦笑いして言った。だがすぐに表情を引き締めると宿を見る。
「暗殺者が魔物化したものなら、リズでも一人で勝てる相手ではないだろう? 私がフェデルタを連れて戻る間、耐え凌げるとも思えない。だが一人で勝てない相手も、二人で戦えば何とかなるかもしれない」
「でもレルシェル様」
「私では不足か? 本音を言え。これは命に関わる。だがお前一人の命だけを犠牲にするわけにいかない。もし私とお前で足りなければ、二人でここは退く」
 レルシェルは強い口調で言った。
 馴れ合いで決断を濁らせるわけには行かない。
 その強い意志と判断力を感じたリズは頷いた。
「行きましょう。あの魔物をこのままにしておくのは危険です」
「よし!」
 レルシェルは馬車から飛び降りると、すらと剣を抜いた。


 慎重に扉を開く。
 闇と共にそこは鉄錆の匂いが支配していた。
 二人にさらなる緊張が走った。それは尋常ではない量の血の匂いだったからだ。
 リズがランタンを掲げて身体を滑り込ませる。レルシェルがそれに続いた。
 ランタンの光は闇を裂いて、二人に凄惨たる光景を見せつけた。
 そこには多数の惨殺死体がいくつも転がっていたのである。それらはどれもが元はしっかりとした身なりの者だ。臨時会議の出席者、またはその支援者であればレルシェルもいくつか知っている顔があった。
「どう言うことだ……何故彼らも殺されている?」
 レルシェルは惨状に息を呑みながらも、冷静に考えた。彼らが暗殺の依頼者であるならば、殺される理由がない。
「暗殺者にとって契約とは絶対の存在です。善悪などは関係ありません。もし依頼者がその契約を反故にしようとしたのならば……」
 リズは掠れる声で言った。
 暗殺者とは世間のルールから外れた世界に生きる者たちである。決して主流になりえない。それゆえに彼らが定めたルールは何よりも優先されるものだった。
 その中で最も重要視されるのが契約だった。彼らは依頼者の武器である。武器は独自の判断をしない。武器は裏切らない。武器は依頼者のことを語らない。
 だが依頼者が武器の扱いを間違ったり、武器を裏切ることがあれば、その鋭利な刃は持ち主へと返るだろう。
 リズはその理を知っている。
 しかしここまで徹底したものがいたであろうか。
「良く知っているな」
 闇の中から低い声がした。
 同時に白銀の煌きが闇を切り裂く。
 二人は俊敏に声と気配に反応したが、白銀の煌きはリズが手にしたランタンを破壊した。いや、リズはランタンでそれを身体に当たることを防いだのだ。
 ガラスが割れてけたたましい音共にランタンの炎が燃料と共に飛び散る。
 部屋は足元から薄明かりに照らされる形となった。
 そこには黒衣を纏った長身の男がいた。
 闇夜で暗躍する暗殺者はその活動を助けるために黒衣を好むものが多い。
 黒衣を通してもわかるほどの細い身体だ。男性でレルシェルはおろかリズよりも細いかもしれない。
 だが異様なのはそれだけではない。普通の人間の倍くらいあるような手足がその姿を異常なものにしていた。そして手には強く反りの入った剣が握られている。銀色の刃が赤黒く斑になっているのは、この場にいる犠牲者の血肉であろう。
「まるで死神ではないか……」
 レルシェルはその姿を見て唸るように言った。それを形容するには最も短く最も適した言葉だっただろう。
「良い表現だな」
 暗殺者『死神』はこけた頬を歪めて笑った。
 それが合図だった。死神は滑るように移動した。あまりに滑らかな動きに、緩慢な動作に見えたがその速さは尋常ではなかった。
 二人に向かって死の影が走る。黒い霧のような残影を残すのは魔物化し始めていると言うことを意味していた。
 リズは全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。
 迂闊だった。リズに向かって死神の曲刀が迫っていた。リズの体勢は悪い。もはや避けられる状態ではなかった。
 リズは覚悟を決めた。せめてレルシェルがこの驚異的な敵から逃げ延びてくれることを祈った。
 永遠に思える一瞬のあと、リズの視界を金色の光が遮った。
 リズは目を見開く。それはレルシェルだったからだ。
 火花が散るような激しい音が響いた。
「レルシェル様!」
 リズの悲鳴のような叫びが一瞬遅れて走る。
 死神の刃はレルシェルの剣によって遮られていた。
 リズは呆然と目の前のレルシェルを見つめた。
 レルシェルが死神の剣を防いだことにではない。逆はありえても、レルシェルのような高貴な出自のものが自分のような存在を何故かばったのか、リズには信じられずに震えた。
「レルシェル様……どうして……」
「どうしてだろうな? 自分でも分からない。勝手に体が動いただけだ」
 死神を力で押し返しながらレルシェルは言った。
 レルシェルは完全には死神の剣を受けきれていなかったため、額を切って血が流れていた。
 リズは一瞬レルシェルの出血に青ざめたが、レルシェルの表情はがそれが深いものではないと訴えていた。
「なかなかやるではないか」
 死神が唸るように言った。
「私をあまり見くびるなよ」
 レルシェルは笑みを浮かべ挑発した。
 死神の眼が見開かれる。眼球が琥珀のような色をした異常なものだった。
 死神はまるで質量がないかのように後ろに跳び、その異常さにレルシェルを驚かせたが、それ以上に死神は驚いていた。
 その裏でレルシェルは大量の冷や汗をかいていた。
 咄嗟の判断であったし、死神の剣を受けれたのも本当に紙一重であった。
 だがその紙一重で生を得たのは、これまでの彼女の努力の結果だろう。
 元々彼女は防御に長けている。集中力を持って受けに徹した時、持久力にも優れた彼女はフェデルタですら崩すに骨が折れる。また相手の動きに順応する反応力と判断力も極めて高い。それが最近になって格段の成長を遂げていたのだ。速さを武器とするリズが鍛錬の相手を務めることで、レルシェルの才能がより磨かれたのだ。
「オリオール卿の暗殺を依頼したのはこの者たちか」
「いかにも」
 レルシェルは率直な問いに死神はあっさりと答えた。
「そしてこの者たちを殺したのは貴様か」
「そうだ」
 理由は前述の通りだろう。レルシェルは奥歯をかみ締めた。ぎり、と言う音が聞こえんばかりだった。
 オリオールは革命を導いた旗手で政治的な能力はもちろん人を率いる力をもつ人物だったし、そのオリオールを暗殺の手にかけた者たちも、革命勢力の中で中核を担った者たちだ。これからフェルナーデはこれまで以上に苦難の時代を迎えるだろう。今夜失われた命は将来に向けて多大なる損失だった。
「貴様!」
 レルシェルは怒りに駆られ、剣を向けて突撃した。
 防御の姿勢と違って、攻撃の時には隙がある。感情が乗ればなおさらだ。死神は一瞬でそれを見抜いた。
 死神の琥珀色の眼が細く笑う。死神の力を持ってして反撃はたやすいと思われた。
 その刹那。
 死神は別の気配を感じ、急な対応を強いられた。
 リズの短剣が目の前に迫っていた。音も気配もない、無感情な一閃だ。
 死神は超人的な反応でリズの一撃を弾いた。驚きを隠し得ない。その感情を無にした殺意は暗殺者にしか持ち合わせていないものだ。
「この剣筋……お前、暗殺者か!」
 死神は思わずそれを口にした。
「なりそこない……だけどね。さっきのような不覚はもう取らない!」
 リズは鋭く答えると閃光の迅さで死神に斬りかかった。
 目にも止まらない速度の連撃がリズから繰り出されるが、死神もそれをすべて受け流していく。
 二人は激しく白兵戦を繰り広げたが、徐々に攻守が入り混じっていく。いや、リズは押され始めていた。
 速度、技量において同等であっても体格でリズは不利だった。特徴的な死神の長い手足は超接近戦を得意とするリズにとって鬼門と言えた。
 それでも彼女は死神に張り付いて間合いを取らせなかった。一度間合いが開いてしまえば、体格、武器の長さにおいて絶対的に不利になってしまう。未だ死神の剣を彼女は身体に届かせていなかったが、メイド服はズタズタに切り裂かれて無残な姿だ。
 それでも必死に喰らいつくのはレルシェルのためだった。
 命を救われた。そのことだけではない。レルシェルとすごす毎日にリズは彼女に惹かれていた。その彼女が体を張って助けてくれたのだから、自身も身体を張って、最悪刺し違えてでもこの敵を倒す。
 リズはその思いで突貫した。
 危険を承知で死神の攻撃をかいくぐり、全力で最大速力で攻撃を繰り出す。賞賛すべき集中力だ。持ち前の速度と正確な攻撃は死神を動揺させた。
 そこでリズは左腕を抜いた。右腕と同等に短剣を操る彼女の得意技だ。
 全身全霊の一撃が死神襲う。
 リズの左手の短剣は、死神を捕らえたかのように見えた。
「双剣か。だが俺は暗殺者だ」
 死神の左腕が思わぬ方向から伸び、リズの左腕を止めた。
 リズの奥の手を彼は知っていたのだ。
 リズは愕然とする。必殺の一撃はその後の防御を捨てた一撃だ。リズは死神の反撃に備えられない。
 だが、その一瞬――。
 死神の眼が最大限に見開かれた。
「……私たちは二人だ。悪く思うな」
 レルシェルは剣を構え、身体ごと死神に突っ込んでいた。
 その剣は確かに死神の胴を捕らえ、その細身の体の中央に突き刺さった。
「――見事」
 死神は赤黒い血を吹きながらレルシェル見て微笑みながら言った。
 これは騎士の決闘ではない。むしろ好機を逃さずに捕らえた点など、暗殺者である死神にとっては美しくもあっただろう。それゆえの賞賛だった。
 どう、と死神の体が倒れる。その時の満足気な顔にレルシェルは違和感を覚えた。
「まさか、貴様――」
 依頼者は別にいたのではないか。薄ら寒い予感がレルシェルを駆け抜ける。『外征派』でも『内政派』でもない、外部の何者かが。
 だが死神は一つ笑うと、その体は間もなくして砕けて灰となった。
 錬金術師マリア・ベネットによって誂えられたレルシェルの剣は魔物を滅ぼす。その異形の体が生来のものか魔物化したゆえのものか、笑みに隠された真実も、聞き出すことはもはや出来ない。
「レルシェル様!」
 リズは表情を崩してレルシェルに抱きついた。
 感涙にむせるリズを抱いてレルシェルは深く息をついた。薄氷を踏む思いでの勝利だ。勝利と言うよりは生き残った、と言うに等しい。
 レルシェルはようやく笑顔を浮かべる。
「まったく無茶をする。冷や汗ものだ」
 レルシェルがため息混じりに言うと、リズは顔を上げて不満げに言った。
「レルシェル様だけには言われたくないです」
 その言葉にレルシェルは目を丸くして驚いた。そして、苦笑いをしてこう言うしかなかった。
「まったく仰る通りだ。面目がない」
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