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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第十一章・血塗られし都

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第3話

王国は滅びた。その証として、王族の処刑が必要だった。
その贄に選ばれたのは、王妃ディアーヌであった。薄曇のルテティアの街で、彼女は静かに断頭台の上に立つ。
一つの才能が失われようとしていた。だが、犠牲者は彼女一人ではなかったのである――。
 レルシェルは腕組みをして考えた。
 キュメイル・オリオールを殺す動機がある人物、または勢力。
 レルシェルはオリオールと言う人物を良く知っているわけではなかったが、オリオールは革命を成功に導いた立役者であり、英雄であるがそれゆえに敵は多いだろうと容易に推測できた。
「リシェール、ディアーヌ様の処刑から日も浅い。ディアーヌ様の仇として狙われたと言う筋はどうだろう?」
 レルシェルの問いかけにリシェールは頭をかいた。
「王国残党の仕業か。まあ自然に取れるな。そうだとすると王妃を護送した、つまりは処刑を手伝ったともいえるあんただ、のこのこ現れたところをついでに襲ってしまう手もあるだろう」
「護送の任務を与えたのは卿ではないか」
 リシェールは平然と言ったのでレルシェルは呆れと怒りを足して割ったような声で抗議した。
「俺はあんたの上官だし、首都での行事の警備の仕事は首都総監のものだろ。当然だ」
 リシェールは正論で反論したのでレルシェルは反撃が出来なかった。
 しかしリシェールはため息をつくと言葉を続けた。
「とは言え、民衆の前にあんたを立たせるのはやはり政治的な意図があってのことだ。あんたの存在は王国にとって最後の砦のようなものだからな」
 リシェールはレルシェルの心情を気遣って申し訳なさそうに言った。
「だが思いのほか、あんたの部下の働きもあっただろうが王国残党の動きは少なく、これと言った被害もなかった。王妃をリスクを犯してまで取り返したい存在であったかどうかは別として、オリオールを殺すならば、あのタイミングがふさわしい。そう考えると暗殺を企てたのが王国残党である可能性は薄いと思う」
 リシェールの推測は理屈が通っていたと思い、レルシェルは頷いた。
 だが彼の口調に引っかかりを感じた彼女は続けて尋ねた。
「リシェール……卿は何か心当たりがあるのか?」
 レルシェルの言葉に、リシェールは軽く驚き、失敗をしたと言う風に苦笑いを浮かべた。
「ご明察だ、首都総監閣下。さすがだな」
「軽口はよせ。次の標的が卿である可能性だってあるんだぞ」
 レルシェルは苛立ったように言ったのでリシェールは肩をすくめた。
「実は、今政府内では二つの意見が争っている」
「二つの意見?」
「ああ。まあ細かく説明するには時間がないから大雑把に言うが、外国に大規模な遠征を行なう『外征派』と、国内の産業と経済を立て直して国力を高める『内政派』だ」
「外征だと? この時期にか?」
 レルシェルは驚いて思わず叫んだ。
 フェルナーデは今、王国が倒れ、共和政府が成り立ったばかりだ。その道のりは内戦を経てであり、国力は王国の末期に比べても大きく疲弊していると言える。
「ちなみに俺は『内政派』だがな」
「ふむ……意外、ですね」
 そう述べたのはラヴェルだ。その答えにリシェールはにやりとした。
「俺は軍人の代表だからな。そりゃ外征には反対になるさ」
「外征って外国と戦争することですよね? 軍人の仕事は戦争じゃないんですか?」
 これはリズが訊いた。
「完全に間違いとは言わないが、正解とも言えないかもな。戦争になればまず一番に死ぬのは軍人だ。全員が死ぬわけじゃないが、死ぬのが自分ではない保証はどこにもない。自殺願望がある奴じゃなきゃ、最前線で戦う軍人が『戦争をしたい』なんて言わないもんだ」
 リシェールの冗談めいた答えに、リズは納得が行かないように首をかしげた。
「軍人の仕事は国を『守る』ことさ。母国とそこに住んでいる人を、その土地と財産を守るために俺たちはいるんだ。戦争って奴は、そいつらを守るための手段でしかない。だが俺たちは大切なものを守るために、命を落とすかもしれない戦争に行く覚悟がある。それが軍人だ」
 リシェールは苦笑すると丁寧に説明した。この言葉は彼の理想かもしれない。軍人のすべてがこの考えでいるとは限らないが、すくなくとも軍人のトップがこの考えを持っていることに聞いている者は未来に希望を見ることが出来た。
「それで議会では『外征派』と『内政派』が争っていると言ったな。どっちが優勢なんだ?」
 レルシェルが問うとリシェールは難しい顔をした。
「残念ながら『外征派』が優勢だ」
 レルシェルは驚いて目を見開いた。
「俺たちは王国時代の負の遺産を速やかに改善しなければいけないが、新政府も混乱をまとめるのが手一杯でろくに進んでいない。早くも各地で不満がたまりつつある。その特効薬に『敵』を作ることで民衆の感情を一つにまとめたい、と言う考えだ。タイミングが良いのか悪いのか分からないが、テオドール公の亡命先がロイゼン王国だと判明した」
 ロイゼン王国はフェルナーデの北東に位置し、フェルナーデの約半分のほどの面積を持つ王国でフェルナーデを除けば最も大きな国家のひとつだ。かつては諸侯が乱立する地域であったが、現在は賢明で強力な王が指導力を示し、中央に権力と富を集中させて国を安定化させていた。
「今、テオドール公を王国の悪政の元凶とし、ロイゼン王国に身柄を要求している。外交局によるとロイゼンは応じる気がないそうだ。これを公表し、民衆の感情を外に向けたいって寸法さ」
「なんと言うことだ。それではディアーヌ様が浮かばれない……」
 レルシェルは唇を噛み、両手を強く握り締めた。その彼女の心情を察し、リシェールは一つ咳払いをした。
「それが政治と言うものかも知れないな。俺も自由共和臨時会議なんぞに顔を出しているが、俺は所詮軍事以外の事は良くわからん」
「その軍事の専門家でいらっしゃるリシェール閣下にお聞きしたいことがあります」
 そう言ったのはラヴェルだ。
「なんだ?」
「はい。軍人代表としてリシェール閣下は『内政派』だとおっしゃいましたが、ご自身は現状、外征すべきとお考えなのでは?」
 ラヴェルの言にリシェールはぴくりと眉を動かした。
「どう言う意味だ、少佐?」
 レルシェルは驚いてラヴェルを見た。その視線を受けたラヴェルはすぐに答えずに、リシェールを見つめた。ラヴェルはリシェールと答えを共有していると革新していたからだ。
「……正解だ、少佐。軍を預かる身として戦争しなければならないのなら、今だと思う」
「馬鹿な!」
 レルシェルは声を荒げた。
「内戦をしたばかりだぞ? そんな余裕がどこにある!」
 彼女の言うとおり軍だけを見ても王国側と革命側で戦い、そして両者を統合したあとも再編の途上にある。この状態で外国に遠征するなど無謀に思えた。
「無理は承知の上だ。どうせ戦うことになるなら、勝つには今しかないと思う」
 リシェールの顔は真剣だった。それゆえにレルシェルは眉を潜めた。
「どうせ……? どういうことだ?」
「そうだな。レルシェル、あんたは大貴族の出身だがあんたのことだ、子供の頃喧嘩くらいはしたことがあるだろう?」
「……まあ、ある」
 それどころか幼少時の武勇伝の数々は両手で数え切れない。
「じゃあ分かるよな。喧嘩だって先に殴ったやつが有利だろ?」
「子供の喧嘩と一緒にするな! 国と国との戦いだぞ!」
 レルシェルは憤慨した。
「いや? むしろ子供の喧嘩のほうがましかもな? 子供の喧嘩なら先に殴られても、すぐに殴り返すことができる。だが国と国の戦いではそうは行かない。十万の軍で攻められたら、すくなくとも十万に対抗できる戦力を用意しなければならない。先制攻撃を受けた上で、その戦力を整えるのは時間と労力が必要だ。へたをすればそのまま勝負がつく」
 レルシェルはリシェールを唖然として見た。
「あんたは戦場での閃きと部下の統率に関しては右に出る者がいないだろう。だが戦略レベルの話になるとまるで見えてないな。まあそう言う立場ではないから、考えたことがないのかもしれないが」
 リシェールは肩をすくめて言った。
「それに加えてだ。これは政治の範疇だが、俺たちは『王国』を倒し『共和国』を建てた。民衆が王侯貴族から権力を奪ったんだ。長年の伝統をぶち壊してな。それまで権力が自分の手にあることが当たり前のように思ってきた奴らにはまさに晴天の霹靂だろう。そんな奴らが俺たちを放って置くと思うか? あんただって王国で改革を唱えていたときは、敵は多かっただろ?」
 リシェールは皮肉っぽく笑ってレルシェルを見た。その皮肉はまさしく皮肉にもレルシェルにとって良くわかる例だった。
「だがフェルナーデも大国だ。国境の小競り合いならともかく、共和政府を倒すほどの国があるだろうか?」
「さすがに一国では難しいだろうな」
 レルシェルの問いにリシェールはさらりと答える。その答えの裏側にある言葉に気付いてレルシェルは青ざめた。
「諸王国が連合して攻めて来る――?」
「ああ、それも既に水面下では動いているそうだ」
 レルシェルは愕然とした。
 フェルナーデは痩せ細ったとは言え、周辺諸国一蹴できる軍事力を持つ。だが諸国が同盟を結んで一斉に攻めてきたらどうか? さすがに今のフェルナーデにそれを跳ね返す力はないだろう。
「まさか、そんなことが……」
「ありえるさ。神聖なる王の権利を侵した者たちに正義の鉄槌を。俺には彼らの大合唱が聞こえるね。しかもこれまでの国境線を争う小競り合いではない。国家体制を覆すための大戦争だ

 周辺諸国が脅威に思うのはフェルナーデの共和政府ではない。自国の民衆である。
 フェルナーデの革命が成功したことを黙認すれば、自国の民衆も権利を求めて革命を起こすかもしれない。革命に至らなくても利権を特権階級に要求するかもしれない。諸王国の権力者たちはそれを防ぐために、フェルナーデの共和政府を今のうちに叩く必要があった。その共通の価値観を軸とした同盟は十分にありえた。
 レルシェルの想像力はそこに行き着き、背筋に冷たい物が流れて行った。
「その大戦争が始まる前に、同盟の中核となりえる大きな国を今のうちに叩き、勝利する。そして条約を結んで共和政府を認めさせる。そうだなロイセンやユグラットのような国が認めれば、他の国もそれに追従するかもしれない。まあ軍人としての俺の最適解がこれだ。これ以上は俺の知恵では無理だ」
 ロイセンはフェルナーデの東方に、ユグラットは北方に領土を持つ国で当然のことながら王政で国を支配している。国力も軍事力もフェルナーデを除けばこの大陸で一・二を争う大国と言えた。
 このうちの片方でも共和政府を認めれば、各国もそれに従う可能性が出てくるだろう。
「外交局も対話でどうにかならないかと走り回っているが、正直難しいだろうな。歴史的にもロイセン、ユグラットともに国境線や従属国の取り合いで良い関係を築いてきたとは言いづらい。さらに政府高官から」
 リシェールは半ば投げ捨てるような言い方で言った。
 レルシェルは右手の親指の爪をかんだ。
 リシェールの言い分は理にかなっていると思う。もしかするとフェルナーデを最悪の事態から救う唯一の手段かもしれない、と思わせるだけの説得力があった。
 しかし戦争をすることは民衆に負担を強いる。疲弊と困窮に耐えかねて内戦を起こした民衆にさらに負担を強いるのか。彼女にはどうしてもそれが飲み込めなかった。
「でもリシェール様は『内政派』なんですよね?」
 リズは不思議そうに訊いた。
 それに対しリシェールは苦笑いをした。
「ああ、確かにそうだ。軍人の大半は戦争をしたくないからな。さっきの考えは俺個人の考えだ。だが、会議では俺は軍の代表だからな。軍人の多数が支持している意見を述べねばならん。それが民主主事の代表者って仕事だ」
「何か面倒ですね」
 リズの意見は率直で、リシェールは肩を竦めて困った顔をした。彼もそれに同意であったが、表立って認めてしまうのは共和革命を起こした幹部としては立場がない。
「しかし、今、先の話をしていても仕方がない。結局のところオリオール卿は『外征を支持していたから殺された』……そう捉えるのがしっくりくる、そう言うことだな?」
 レルシェルは小さく息をつくと、オリオールの遺体を見つめ、話を現実に戻した。彼女には目の前の事件を解決する義務がある。
「ああ、俺はそう思うね。ここ最近、政府関係者が何人か殺されているのはあんたも把握しているだろう?」
「すまない。私の力不足だ」
 レルシェルは目線を落とした。
 リシェールの言うとおり、新政府高官の中が幾人か殺害される事件が起こっていた。しかし情報不足で事件の解決に至っていない。
「いや……その被害者はすべて臨時会議の『外征派』の支持者なんだ。最重要機密のことだったから、それを話せずにいた。謝らなければならないのはこちらのほうだ……しかし臨時会議のメンバー、いや、代表者を直接殺しに来るとはな」
 リシェールは苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「戦争をしたくない人たちは随分と攻撃的なんですね」
 リズは呆れたように言った。皮肉をこめたその表現にリシェールは思わず苦笑いを浮かべた。「しかし証拠はない」
「証拠がなくとも疑惑は確かめる必要があるだろう」
 レルシェルは厳しい声で言った。
「リシェール。その『内政派』を支持する者の名前を教えてくれ」
「どうする気だ?」
「簡単なことだ。直接問いただす」
 レルシェルはそう言って強い光を持った目でリシェールを見つめた。
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