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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第二章・英雄誕生

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第2話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第二章・「英雄誕生」――史上最年少、史上初の女性騎士団長の誕生――
「歓迎会に呼ばれなかったからスネてた? なかなか笑える『英雄』様じゃねえか」
 大きな体を丸めて大笑いしながらギャランは言う。その正面でレルシェルは仏頂面で彼を睨んだ。
「別にスネていたわけではない。アレックスの歓迎会の話を聞いてな、私の歓迎会がなかったのは、私が皆に受け入れられていないのかと思ったんだ」
 レルシェルと同時期にアレックスと言う新米の騎士が入隊していた。彼は入隊初日にその所属した隊の者で歓迎会を行われていた。その噂を耳にしたレルシェルがアンティウスにそのことを聞いたのだ。
「まあレルシェル様は我々とは身分が違うし、我々ではこんな店で宴会を開くのが精々です。まさかリュセフィーヌ家の方をこんな場末の酒場にお連れするとは……」
 アンティウスが苦笑いして説明した。
 ギャランが察して、
「まあ俺たちの流儀でいいなら、歓迎会をしてやろうじゃないか」
 と、彼らの行きつけの店に適当な騎士団の面子を連れてやってきたのである。
 ここは北壁の下町にある安酒場である。アンティウスやギャランといった下級の騎士たちや市民たちの憩いの場として繁盛している。。お世辞にも綺麗な店とは言えず、職人や工夫から傭兵などの荒くれ者の姿もある。賑やかな声が上品ではないが活気に溢れていた。
「こんな店で悪かったな、アンティウス」
 料理と酒を運んできた店の主人、テオが意地悪な声で言った。
「一度こういうところに来て見たかったんだ。いや、酒も料理も美味い。いい店じゃないか、テオ」
 レルシェルは出される安酒も大衆料理も初めての体験である。彼女の味覚は未経験の分野を刺激され、大いに満足していた。いや、それだけではない。アンティウスらが通うように、テオの腕前も界隈では評判が高い。
「レルシェル様にそういわれると照れますね」
 テオは機嫌がよさそうに笑って頭をかいた。
「様はやめてくれないか? これでも色々重圧を感じているんだ。こういう場所でくらい、身分も何も忘れたい」
 レルシェルは苦笑いして言った。
 レルシェルが店に入ったとき、店の客は一斉にレルシェルに視線を向けた。
 彼女は一躍時の人である。剣術大会を優勝し、北壁の改革に乗り出した名門貴族の少女だ。
 そこはギャランがその強面で一蹴して場を収めたいた。
「なるほどな。わかったよ、レルシェル。特別扱いはしないことにしよう。気軽に来てくれていいぜ」
「ありがとう、テオ」
 レルシェルは微笑み、飾り気のないグラスに口をつけて安酒を飲む。屋敷や王宮の晩餐会で飲んだどんな高級酒より美味く感じた。
 活気と喧騒に満ちた店内を見渡し、レルシェルは思う。素朴だが、この心地よい空間を守れる存在に自分はなれるか、と。
 常連客も遠巻きに見守っていたが時間が経つにつれレルシェルに声をかけ、彼女もその雰囲気になじんでいった。客と酒を酌み交わし、言葉を交わす。だが、いつしか彼女は酔いが回り、板張りの机の上で小さな寝息を立てて眠り込んでしまっていた。
「あーあ、なんだかんだ言ってもガキはガキだなあ」
 ギャランが呆れて言った。剣の腕や強力な指導力は少女のものとはとても思えないが、こうやって酒につぶれている姿を見ると、年若い少女となんら変わりはない。
「仕方ないだろう。こういう酒場はおろか、晩餐会といったところでしか飲んだことがないらしいからな。今日は楽しそうにされていたし、良かったんじゃないか」
 アンティウスは笑い、テオから借りた毛布をレルシェルにかけてやった。
 夜はずいぶん更けて、テオの店の客ももうまばらだ。
「しかしまあ、こうしているとなんともくだけた英雄なんだな」
「俺も実際にこの人に会うまでは、もっと神々しい存在だと思っていた。でも後世の語り部に面白おかしく神格化された伝説や物語の英雄とちがって、彼女は生きている人間だし、まだ彼女は十八にもならない少女だ」
 テオはテーブルを片付けながら率直な感想を述べた。アンティウスはレルシェルを見つめながらつぶやく様に言う。
「それにどちらかといえば、政治的に祀り上げられた、と言う印象もある」
「政治的に、か」
 ギャランは飲みかけの酒の器を手のひらで遊びながら言った。
「セリオス三世に代が変わって、これと言った失政はない。だが、社会は慢性的に悪い方向に行っている。これは陛下だけの責任ではないと思うが、やはり何か手を打ちたいと思っているだろう。そこで現れたのがレルシェル様だ」
 アンティウスはレルシェルを気遣うような声だった。彼女が弱音を吐くようなことは、彼は未だ聞いたことがないが、風の噂というものはいやでも耳に入るものである。
「くすぶり続けている民衆の不満を、コイツのカリスマ性で逸らせようって訳か」
 ギャランが忌々しく言った。アンティウスは首を縦に振って肯定した。
「確かにこの人は人を惹きつける力を持っている。俺もあの大会でこの人を見たとき、リクツを超えてこの人に惹かれたからな……」
 アンティウスはまだ記憶に新しい、二ヶ月前の剣術大会を思い起こした。国内外の実力者を下し、その若さと美しさに似合わぬ栄冠を得た少女の姿を。


 時を遡り、二ヶ月前のフェルナーデ王室主催の剣術大会。
 四年に一度開催されるこの大会は、今回で十二回目となり、現王セリオス三世の代になって二回目である。フェルナーデ国内外から募られた強者が、ガリアで最も権力を持った王の前でその腕を競う。
 大会は伝統としてルテティア東門の近くにある王家が運営する大規模な闘技場で行われる。四〇〇〇人の観客を収容することができる石造りのそれは、この時代の建造物では最大級のものだった。
 フェルナーデ歴四一七年のその大会は、異様な興奮に包まれていた。
 大会史上最年少、そして初の女性での決勝進出者が生まれていたのだ。レルシェル・ド・リュセフィーヌその人である。


「おい、あれはお前の主人だったよな。中々いい腕じゃないか。決勝進出だぞ」
 フェルナーデ王セリオス三世だった。闘技場の一番見晴らしの良い箇所に設置された、貴賓室の中で青年が子供のようにはしゃいだ。ここは最上級の貴賓室で王族、それも直径の者しか入れない特別な観覧席だ。上品な赤に銀の鬣をもつ獅子の紋章を入れた絨毯はフェルナーデ王家のものであることを示している。
 セリオスは剣術大会と言うイベントに出席しなくてはならず、そういった職務が心より嫌いな彼は、大会の初めはうんざりした表情でその野蛮な試合を見ていたのだが、一人の少女の活躍によりその表情は一変していた。
「あれは俺の主人ではない。俺はあれの父親に拾われて育てられたが、リュセフィーヌ候には恩義はあるが、あれと主従関係にあるわけではない」
 セリオスに答えたのは親衛隊の祭事用の制服に身を包んだフェデルタ・コンラードだった。親衛隊の制服が窮屈なのか、襟元を直しながらフェデルタは不満げだった。もしくはセリオスの言葉が気に食わなかったのだろう。
 セリオスはそのフェデルタを見て喉を鳴らすように笑った。
「しかしあれはちょっとした才能だぞ。武門の家柄の血がなせる業かな?」
「どうかな? たしかにリュセフィーヌ家はその家系を辿れば、いくらでも軍功に行き着くが……レルシェルの二人の姉は、決して武芸に秀でていたわけではない」
 セリオスの問いはまたもフェデルタに否定された。
「なるほど、ではあれはあれ自身の輝きだということだ」
 セリオスは納得したように闘技場で佇む少女を見た。
 真っ直ぐで美しい輝きを持つ金髪を後ろでまとめ、軽装の鎧と細身の長剣を持つ。大舞台にもまったく動揺を見せず、端正な顔は心地よく引き締まり、観客の声援に微笑を浮かべていた。
 レルシェルは十七歳とは思えない堂々とした落ち着きで対戦相手を待っている。その姿に観客は熱狂し彼女に熱烈な声援を送っていた。
「まったくリュセフィーヌ候はいい娘を育てたな。あれにはもはや帝王の風格すら見える。予などよりずっと相応しい」
「おいおい、それは買いかぶりすぎだ。あれはただ怖いもの知らずのやんちゃな子供だ。それに王たるあんたがそんな台詞を簡単に吐くんじゃない」
 フェデルタは苦笑いして言った。
「そうかな? 予はおまえが思うより、あの娘を買っているんだがなあ」
 セリオスは王、フェデルタは難民の孤児。二人の間には天と地の身分の差があった。だが二人は古い友人のように言葉を交わしていた。彼は本来なら親衛隊の騎士ですらないが、こうして二人王族用の部屋に入れられている。それで二人の仲を知ることができる。
 フェデルタは類まれな武芸の才を見出され、王自らが組織した『聖杯の騎士』に名を連ねる。非公式のその組織は身分を問わず才能のみを問われ、彼らは独自の判断でルテティアの闇に潜む、魔物や魔族といった、通常の警察や軍隊では組し難い相手を排除する任務を行う。それと同時にセリオスは聖杯の騎士たちに、もう一つ注文をつけた。
「聖杯の騎士となる者は、我が友であれ」
 身分や出自を不問とした聖杯の騎士に序列はなく、王すらも同列だと彼は描いたのである。
 無論、それには抵抗感を示した者も多かった。四〇〇年と言う身分社会をセリオス自身も良く理解していたため、その注文を強制することはなかったが、フェデルタ・コンラードはその注文を最も忠実に守った男だった。
 セリオスもそんな彼を快く思い信頼し側に置くようにしている。実は彼は親衛隊の騎士ではない。だが、親衛隊の騎士の誰よりも彼を側においていた。
「しかしこの大会では圧倒的な力だ」
「当然だろうな。一対一であればこんな見世物で負けるはずはない。あいつは日ごろ俺と打ち合っているくらいだからな」
 フェデルタの言い回しにセリオスは笑った。レルシェルの実力をはっきりとさせないのは彼の自尊心だろうか。少なくとも彼と互角かそれに近い力をあの少女は持っているのだとセリオスは思った。
「まあそれだけの実力なら、聖杯の騎士に呼んでみるか?」
 セリオスの言葉にフェデルタは彼にしては珍しい驚きの表情を浮かべた。そして少しの間迷いを含ませたあと、彼は首を横に振った。
「実戦の経験はないし、そこまでの力があるわけじゃない」
「経験か。初陣がなかった歴戦の勇者というのもまた居ないわけだが……まあそもそも魔物の気配をかぎわける力がなければどうしようもないがな」
 フェデルタは頷いた。
 魔物の気配を感じる力は、霊感に近いものだ。五感の敏感な者、格闘技の達人など肌で相手の気配を感じられるような力である。フェデルタはその力を有している。それは誰かに習ったわけではない。フェデルタの場合、いつの間にかその力が身についていた。おそらくは幼少よりの武芸の修練と実戦によって目覚めた力だと彼は思う。
「まあこの大会で優勝したら候補に上げようと思う」
 セリオスの言葉にフェデルタは即答を避けた。
「あんたが言うなら俺は構わんさ」
 フェデルタの答えた声は少し不満げだった。
 セリオスはそれを聞いて小さく笑った。聖杯の騎士となれば、魔物との戦いは避けられない。それは危険なことだった。フェデルタはレルシェルを心配しているのだろう。まったく不器用なことだとセリオスは思う。
 セリオスは闘技場のステージに目をやった。今のレルシェルは確かに実力で劣るだろう。だが、伸び代がないとは限らない。あの若く才気溢れる少女に彼は期待を感じていた。
 レルシェルの対戦相手が登場する。
 長身痩躯に華美な衣装を着けた中年の男。前回優勝者のクロード・シモンである。端正な顔立ちと華麗な剣技を持つ男で、決闘剣士として名高い。彼はこういった決闘のみで名を上げた男である。実戦などの経験はまったくないが、それでも有名になるくらいだから決闘での戦いを知り尽くしていた。
「中々の相手じゃないか」
「そうだな……だが決闘剣士程度に負けるようでは、あいつもそこまでだろう」
 セリオスは期待と高揚感を、フェデルタは冷静さを浮かべた瞳で闘技場の少女を見つめた。


「リュセフィーヌ候のお嬢さんは、その伝統に相応しく、剣の技に達者だと聞いていたが、まさかこれほどまでとは思いませんでしたな」
 闘技場に立ったクロードはつぶやいた。深い茶色の髪とそれと同じ色の口ひげを整えた四十一になる熟練の剣士だ。彼は決闘剣士。こういった大会や貴族の決闘の代理人として生きてきた男である。
「それは素直に褒め言葉と受け取っておこう。だが、一つ訂正して頂きたいところがある」
 レルシェルは不敵に微笑んだ。
「私がここまでこれたのは、家の血ではない。私の鍛錬と努力によるものだ。わが家に生まれたからといって、無条件に強くなれるわけではあるまい?」
 クロードはその言葉に少し驚き、確かにと頷いた。
「なるほど、先ほどの私の言は失礼だった様だ。申し訳ない。ではあなたが貴婦人であることは忘れ、私の全力を持って闘う事にしよう」
 クロードは顔を引き締め、腰の剣を抜いた。
「無論だ。全力の卿を倒してこそ、価値があると言うものだ」
 レルシェルも剣を抜き、対峙した。
 二人の呼吸が合う。審判はそれを認めると、試合開始の合図を送った。
 クロードはレルシェルよりも細く長い剣を前に突き出し、半身の構えを取った。彼の得意とするところは、長身と長剣による長いリーチを生かした広い間合いでの戦いである。それに加え、優れた反射神経と正確な判断力で敵の攻撃に対し的確なカウンターを取る。 この大会や決闘では真剣を使うが、実戦とは違い、命を奪うことは必要とされない。クロードの武器と戦法はそれのために開発されたものだった。
 レルシェルは彼の戦法を知っていた。彼の戦い方は皆が良く知るところだ。それでなお、勝ち続けているのが彼の実力である。だが、レルシェルは低く構えると、躊躇せずに彼の間合いへと突進した。
 それにはクロードも驚いた。彼の戦法は良く知られすぎ、彼の相手は大抵が迎撃されるのを恐れて深く踏み込んでこない。踏み込んでこなければ、彼は長身と長い剣でさらに有利に戦えた。
 先制はレルシェルだった。深く踏み込んだ彼女はクロードの間合いを侵し、剣をなぎ払う。クロードも意表を疲れたが、冷静にそれを受け流した。
 その剣速と踏み込みは彼が戦った誰よりも速かった。それに驚嘆するより早く、レルシェルの次の手が続く。クロードは防戦に徹した。
 レルシェルは体格と剣の長さで不利だったが、身長に対して長めの手足を活かして鋭い踏み込みで互角に持ち込んでいた。その気迫と鋭さはクロードをして防戦一方にさせる。 なるほど、ここまで勝ち上がってくるわけだ。クロードはそう思った。
 しかしそれで勝負を決めさせないのが百戦錬磨の証だ。事実レルシェルは開始早々に勝負を決めている。
 クロードは剣を裁かず、レルシェルに息を合わせて剣を合わせた。火花が散って両者の動きが一瞬止まる。それを狙ってクロードはレルシェルを押し返した。
「さすがに、簡単にはいかせてくれないか!」
 レルシェルは彼の力を利用して後ろに飛んで間合いを開いた。剣を一振りし、心地よい緊張感を感じて笑みを浮かべた。
 クロードも少女の想像以上の実力に、構えを直し気を充実させた。
 二人の間に強い緊迫と集中力が生まれた。
 互いの隙を探る。わずかなほころびが勝敗を左右する。達人同士となれば、わずかな気の緩みでさえ見逃してはくれない。
 戦いが動から静にかわる。先ほどの攻防と正反対に、微動だにしない。観客達もその戦いに見入っていた。そして静が動に変わる瞬間を見逃すまいと構える。
 異様な緊張感の中、レルシェルの神経もこれ以上なく高ぶっていた。全身の感覚という感覚が限りなく研ぎ澄まされていく。
 純粋な戦いの中でレルシェルはこの感覚が好きだった。全身の感覚器が限りなく透明になっていくような気がするのだ。それは他では味わえない快感であった。
 と、その透明感の中に黒いもやのようなものを感じた。それは不快で彼女の集中を妨げた。悪寒すら覚える。それは怨念がこもった意志にも思えた。レルシェルは反射的にその感覚を確認しようと、集中を乱した。
 後悔する。一対一の中でそれ以外に集中を割いてしまった。クロードほどの者がそれを見逃すはずはない。レルシェルは意識をクロードに戻したときは、クロードが勝負の一撃を繰り出していた。
 レルシェルはもてる最大の力を持ってそれに反応した。一瞬の交錯。金色の髪が一房、その主人から切り離されて風にさらわれる。それはレルシェルの髪だ。彼女は間一髪クロードの攻撃をかわしていた。決闘ならばそれは勝負ありと見ても良いだろう。だがレルシェルの剣も、クロードの首筋からわずかなところでぴたりと止まっていた。
 二人はその姿勢から微動だにしない。闘技場全体がしんと静まり返る。異様な雰囲気が立ち込めた。
「見事だリュセフィーヌ嬢。私の負けだ」
 しばらくの静寂の後、クロードは微笑を浮かべて言った。
 クロードの降参によりレルシェルの勝利が決まる。だが、彼女は表情を崩さなかった。
「いや、この勝負は卿の勝ちではないか? 卿の剣は私の髪に届いた」
 レルシェルの言い分にクロードは首を振り、剣をおろした。
「私の剣はかろうじてあなたの髪に触れただけだ。対してあなたの剣はわが首元に。本当の戦いならば、あなたはわずかな髪の端を失うだけ。私は命を落としただろう。誰がどう見てもあなたの勝ちだ」
 クロードは涼やかな顔で言った。少なくともここ数年で彼の負けを耳にしたものはいない。だが、彼はその自尊心に固執することなく、潔く負けを認めた。
 審判が高らかにレルシェルの勝利を宣言する。それに応じて大観衆が一斉に立ち上がり、若く美しい勝利者に大喝采を送った。
「あなたに負けたことは名誉であっても不名誉であることはない」
 クロードはレルシェルに歩み寄ると右手を差し出した。レルシェルも微笑み、それに答える。
「しかし、あの瞬間、なぜあなたは集中を乱した?」
 クロードの問いに、レルシェルは答えに戸惑った。
「卿は感じなかったか? うまくいえないが憎悪というか嫉妬というか、負の感情の塊のようなものを、私はあの時感じたのだ」
 レルシェルはその気配がした方向を向いていった。そこには彼女の剣の師であるジェラールと途中敗退したリヒャルトの姿があり、レルシェルに向けて祝福の拍手を送っていた。レルシェルはその二人を見つめ、あれは気のせいだったのかと思った。
 クロードは不思議そうに首をかしげた。
「私は何も感じなかったが?」
「そうか……いや、では私の勘違いかもしれない」
「今のあなたに憎悪を向ける人はいませんよ。ほら御覧なさい。皆があなたを祝福している。美しい勝利者に賛辞を送る者に満ちている」
 闘技場を囲む観客席からは、興奮に満ちた歓声がレルシェルに降り注いでいた。それは負の感情ではない。勝者に対する最大の祝福に満ち溢れていた。その熱狂にレルシェルは胸を熱くした。
 レルシェルが片手を上げて観客に答えると、歓声はひときわ大きく、地鳴りのように闘技場を包んだ。

 セリオスは小さく落胆のため息をついた。観戦中の熱狂は冷め、彼の脳内には冷静な空気が流れ込んでいた。
「クロードといい勝負では、少し買いかぶりだったかな」
 聖杯の騎士の相手は人間ではない。クロードが決闘の達人であったとしても、魔物の能力は彼を超えるものであったし、魔物は彼のように正々堂々と勝負を挑んでくるとは限らない。セリオスはレルシェルにはクロード程度はを圧倒して欲しかったのだ。
「いや、それはどうかな……」
 冷静な目で未だレルシェルを見続けているフェデルタが言った。フェデルタはレルシェルの剣術の稽古に付き合っている身だ。彼女の強さは誰よりも知っているだろう。しかし彼は決勝戦の前までは、彼女の実力に否定的だった。
「あの勝負の一瞬、あいつは意識を戦いの外に置いた。そのため反応が遅れた。だが、あいつはその遅れを取り返すだけの力を持っていた……おそらく実力的にはクロードを圧倒している」
 フェデルタの評価は私情を含めていないだろう。彼の性格を良く知るセリオスはそう思った。
「ふむ。では何故彼女は意識を戦いから逸らしたのだ?」
 フェデルタは厳しい目で闘技場を見つめたまま答えた。
「俺の勘違いかもしれない。だが、あの時、魔物の気配がしたんだ。レルシェルはそれに気付いたのかもしれない」
 フェデルタは端的に言った。彼の厳しい目はその魔物を探しているのだ。
「なんだと? 予には感じられなかったが……」
「これだけの観客と熱気だ。俺も確証があるわけではない。しかし、俺がその気配を感じたときとレルシェルが気を逸らした瞬間は一致する。偶然にしては出来すぎている」
 フェデルタは闘技場をぐるりと見渡して、気配を探るのをやめた。勝敗の決した闘技場は熱狂の渦で、それどころではなかったからだ。
「お前の言葉が本当なら、レルシェルは聖杯の騎士に相応しい素質を持っている、と言うことにならないか?」
 セリオスは意地悪そうな笑みを唇に浮かべて言った。クロードを圧倒する実力と魔物の気配を感じる力。その二つの力をレルシェルが持っているとフェデルタが分析したことになる。フェデルタはうんざりとした顔をセリオスに向けた。
「そんなにあいつを聖杯の騎士に入れたいのか」
「優秀な人材は一人でも欲しい。それに美人ならなおさらだ」
 フェデルタはセリオスの答えに、大げさにため息をついた。
「さっきもいったろ、あんたがそう思うならそうすればいいさ。あんたの期待に答えられるかどうかは、あいつ次第だ」
 フェデルタは投げやりに言った。
 セリオスは軽く笑うと、表情を締めて闘技場を見た。
「しかし、まさかこんなところにまで魔物が現れるとはな」
 セリオスは呆れたようにため息をついた。
「人間以外入場お断りにするか?」
「この大会は税金からなる王室の予算でやっているやつだからな。魔物でも税金を払っているなら拒否は出来ん」
 フェデルタのいい加減な問いに、セリオスはいい加減に答えた。
「しかし、魔物がいたとなるとほおって置くわけにもいかんな。この件、お前に任せていいか?」
 セリオスはフェデルタの肩をたたいた。
「この中から魔物を探すのか。やれやれだ」
 おそらく万を越す観衆を見て、フェデルタは疲れたようにため息をついた。セリオスはそれが仕事だろう、と彼を促す。
「予は表彰式やら今後の人事と色々と忙しい。どうせお前は暇だろう?」
「そうだな、あんたが忙しくなると俺の時間が空く」
「その言い分だと普段、予の暇つぶしにつき合わされているみたいじゃないか」
「ちがったか?」
 フェデルタはしれっと言う。セリオスは苦笑いを浮かべた。
「まあとにかく頼んだぞ」
 フェデルタはまじめな顔で頷くと、その部屋を出た。
 彼の心中は複雑だった。レルシェルの実力が証明されたことは正直にうれしいと思った。だが、大衆の目に若く美しい英雄として映った彼女をセリオスは放っておくはずがない。王として色々足りない彼だが、抜け目のない知力を有しているのをフェデルタは知っている。政治的に目立った功績のない彼が、民衆の不満をそらすためにレルシェルを使うのではないかと考えた。それは素直に喜べることではないだろう。現在のレルシェルにとっても、未来のセリオスにとっても。
 フェデルタはそう直感した。
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