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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第十章・持たざる者の力

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第4話

革命戦争が終わり、レルシェルら王国軍は敗北した。
革命によりフェルナーデ共和政府が始動し始めるが、ルテティアの街の混乱は続き、闇夜には魔物が跋扈していた。
魔物に抗する力を持つレルシェルは魔物との戦いを続けていたが――。
 リズの頬を風が掠めていく。鞭のようにしなやかで強靭な魔物の触手のような両腕を寸前で彼女はかわした。紙一重、と言う表現がもっともふさわしい。
 あと少し反応が遅ければ、もしくは動きが鈍ければ、魔物の一撃に彼女は伏していただろう。だが彼女はその紙一重を狙っていた。余裕を持ってその攻撃をかわすことは彼女の反応速度と身体能力を持ってすればたやすいことだった。敢えてぎりぎりを狙ったのは攻撃側の隙を逃さないためだ。
「やああっ!」
 そうやって彼女は最小限の動きで敵の攻撃をかわすと、気合と共に驚異的な脚力で魔物へと飛び掛った。
 攻撃により、大きく隙を作っていた魔物に、リズは左右両腕の短剣で切りつける。聖別された銀で精練されたその剣の斬撃に魔物は雄叫びのような悲鳴を上げた。
 リズは斬りつけた勢いのまま魔物の後ろへ飛ぶ。
 傷つけられた魔物は狂ったようにリズに襲い掛かった。リズの短剣は確実に魔物に痛手を与えていたが、彼女の武器と膂力では一撃で魔物を屠るには至らない。
 だが、それでよかった。
 次の瞬間、魔物は断末魔の悲鳴を上げていた。
「残念だったな」
 魔物の胴には深々とフェデルタの槍、グングニールが貫いていた。
 魔物は致命傷を受けて、一瞬にして灰となって崩れ落ちていく。
 フェデルタは魔物が纏っていたものが目に付いた。既にぼろぼろではあったが、この教会のシスターのものだ。
 今、レルシェルが戦っている魔物たちも同じものを纏っている。
 この魔物たちは元人間、それも聖職者たちなのだ。
 彼は目を細めた。何故聖職者たる彼らが魔物に落ちたのか。彼はこの荒れた教会を見つめ、その理由がなんとなく分かった気がした。
「フェデルタ! 次! レルシェル様も無茶な作戦を立てる」
 リズが軽快な足で駆けながら言った。
 フェデルタも我に返って彼女に続いた。
 彼らは数の上で三対三であったが、レルシェルは三対三で戦う策を取らなかった。


 三体の魔物と戦っていたレルシェルは防戦一方だった。
 追い詰められた彼女が半ば覚悟を決めたとき、フェデルタとリズが魔物が止めを刺そうとする寸前で現れた。
「遅いぞフェデルタ! 何をしていた!」
 レルシェルは罵ったが、土ぼこりと汗で乱れた顔に希望の光を灯していた。その表情を見てフェデルタは苦笑いをして肩をすくめた。
 そしてレルシェルは即断と言うべき速さで戦術を選択した。
 魔物は三体、レルシェルたちも三人であったが、あえて彼女は二対一、一対二の戦いとなるようにフェデルタたちに提案した。
 その内訳はフェデルタとリズが一体の魔物に、レルシェルが引き続き二体の魔物を引きつけると言う戦術だった。
 レルシェルの提案にリズは強い拒否反応を示した。
 傷つき、体力を消耗したレルシェルが最も危険性の高い役割を負うのだ。また個人の能力としてもレルシェルは劣っている。
「今の私ではあの魔物を短時間で倒すのは難しい。だがお前たちならそれが出来ると思う。私に出来ることは囮になることだ」
 レルシェルは疲労の濃い顔でありながら、強くはっきりとした口調で言った。
 彼女の脳裏にははっきりとした戦いの計画と結果が見えている。
「分かった。それで行こう」
 フェデルタが頷いて言った。リズが抗議の声を上げようとしたが、フェデルタは強い眼光を残して既に魔物に向かっていた。
 魔物の目の前で悠長に議論している時間がないのもあったが、フェデルタはレルシェルを信頼していた。
 幼少より鍛錬の時間を共にしてきた彼にはわかる。
 レルシェルは確かにフェデルタやリズに比べ、魔物を倒す力で劣るだろう。だが、守勢でいるとき彼女ほど粘り強い剣士をフェデルタは知らない。彼女が防御に集中したとき、それを崩すのは並大抵のことではない。また鍛錬によって鍛えられた持久力と精神力は、その集中力を驚異的に持続させる。
 レルシェルは自身を分かって言ったことを、フェデルタは良く理解していた。


 フェデルタとリズの二人が、二体目の魔物を倒したときだった。
 最後に残った一番大きな魔物の豪腕がついにレルシェルを捕らえた。
 その一撃は受け流すのではなく、避けるべきだった。レルシェルは慎重に戦いを進めてきたが、僅かに見え始めた疲れが彼女の反応を鈍くした。
 レルシェルは細身の身体では想像が出来ないほどの強靭な足腰を持っているが、その彼女が人踏ん張りも出来ずに吹き飛ばされる。
 子供たちが隠れる教会の壁に激しく叩きつけられ、その一部を壊しながら尻餅をつくように倒れた。
 レルシェルは一瞬意識が飛んだ。それほどの衝撃だ。
「くっ……」
 彼女は痛みを振り払うように首を振ったが、立ち上がることが出来ない。脳漿が揺れ、平衡感覚を失い下半身に力が入らない。
 魔物の気配が迫る。動けない彼女に止めを刺すためだ。
 もがく彼女の周りに複数の気配が取り囲んだ。
「レルシェル様大丈夫?」
「レルシェル様を守れ!」
「来るな! 魔物め! あっちいけ!」
 レルシェルは愕然とした。
 それは教会に避難した子供たちだ。レルシェルが守ろうとした子供たちだ。
 小さな体の両手を広げ、魔物とレルシェルの間に割って入る。
 彼らは勇敢だったが、無謀だった。
「何をしている! 逃げろ!」
 レルシェルは驚き、慌てて叫んだ。だが子供たちは動かなかった。涙目になるほど恐怖を感じながらも、異形の魔物の前に子供たちは立ちはだかった。
 その刹那、魔物は激しく苦しみ悶えた叫びを上げた。断末魔の叫びだった。
 二体の魔物を倒したフェデルタとリズが全力で魔物を攻撃のだ。
 二人はレルシェルの作戦により後背の憂いなく数的優位を持って、一体づつ有利な状況で戦えた。二人は攻撃に千年でき、彼らの殲滅力は遺憾なく発揮されたのだ。
 魔物が灰となって崩れていく。
 灰が散り、レルシェルの眼にも二人の姿が映ると彼女は目を細めて微笑んだ。
「どうだ。私の作戦通りだろう。恐れ入ったか」
 レルシェルは汗と埃に塗れた顔に満足そうな表情を浮かべて言った。
 フェデルタは肩をすくめた。
「なにが『恐れ入ったか』だ。そんな姿、またセリカに見せて見ろ、卒倒するか怒鳴り散らかすかどちらかだぞ」
 呆れたように言う彼の言葉に、レルシェルはセリカの反応を想像して冷や汗をかいた。
 だが怪我をしている以上彼女に見てもらうしかない。このルテティアで彼女以上の医療魔術師はいないし、何よりレルシェルは彼女を信頼している。ただレルシェルを心配するがゆえの口煩さには彼女も苦笑いを浮かべるほかない。
「レルシェル様ー!」
 そんな彼女に子供たちが駆け寄り抱きついた。
 子供たちは思い思いの言葉を口にし、レルシェルに感謝と尊敬の念を述べた。魔物を倒したフェデルタたちではなく、子供たちはレルシェルをまず讃えたのだ。
 レルシェルは驚きの表情を浮かべて子供たちを抱き止めた。
 フェデルタとリズも驚いてレルシェルと子供たちを見ていた。
 リズは一つ息をついてつぶやいた。
「これがレルシェル様の力なんだね」
「ああ、そう言うことだ。俺たちにはできないことをあいつはできる。あいつしかできないことだ。それが人を惹き付ける力となる。個々として俺たちの力は魔物に対抗できるものだが、俺たちはてんでバラバラだった。だがあいつを中心にすることで一つになることができる。だからセリオスはあいつを選んだんだな」
 フェデルタの言葉にリズは表情から力を抜き、柔らかな表情で頷いた。
「あれ? レルシェル様? レルシェル様ー! レルシェル様……寝ちゃった」
 レルシェルに抱きついていた子供が困った表情を浮かべてフェデルタたちを見上げた。
 二人がレルシェルを覗き込むと埃や擦り傷だらけでありながら、満足そうな表情で眠っているレルシェルの顔があった。
「やれやれ。とは言え、こいつももう少し力をつけないと危ないな。とりあえず、俺はこいつを屋敷に運ぶ。リズは騎士団と連絡をつけて、魔物が片付いたことを伝えてくれ」
 フェデルタはそう言うと、心配そうにレルシェルを取り囲む子供たちに割って入って少女の身体を抱きかかえた。
 長身のフェデルタが金色の髪をこぼしたレルシェルを抱えると様になる。そう思ってリズは少しレルシェルをうらやましく思った。それは理性ではなく、感情が起こす心の揺らぎだった。
「わかった。でも大丈夫? セリカさん怖そう」
 リズは心にかかった靄を掃うと、意地悪そうな表情を作って言った。
 フェデルタは軽く笑った。
「こんなの一度や二度のことじゃない。悪いがセリカの扱いも俺はお前以上だよ。それに叱られるのは俺じゃない。こいつだ」


 セリオスは亡国の王であったが、ひとまずの身の安全は保障されていた。
 それは王妃ディアーヌと革命政府との間で交わされた約束によるものだった。
 セリオスは実質的に政治から離れており、ディアーヌがすべての責を負うと彼女自身が提案したことにより、王族の処刑は彼女一人と言うことになった。
 これは革命政府にとっても願ってもないことだった。
 王政の主役たる王族が誰一人責任を取らないのであれば革命政府に力がないと不信につながるし、かといって国王を処刑すれば王政を敷く諸外国が黙っていないだろう。ディアーヌは王妃でありながら、外国の王家や大貴族の娘と言う訳ではなかったから、彼女を処刑しても大きな問題になりそうになかった。革命政府にとってもとても扱いやすい「王族」であったのである。
 その処置に異を唱えなかったわけではないセリオスだが、ディアーヌの覚悟のほどに彼は何も言えずにいた。
「それでも陛下の御為に、陛下の御意志をわたくしの口が動いている間は、新しい指導者たちに伝えるよう努めましょう」
 そう明るくやわらかな表情で静かに言ったディアーヌを王がどう反論できただろうか。
 結局のところ、このとき王はディアーヌに二つの希望を伝えた。
 レルシェル・デ・リュセフィーヌを何かしら実効力のある官職に就けること。
 もう一つは非公式で良いから「聖杯の騎士」の指揮を彼女に委ねると言うこと。
 この二つのセリオスの願いは、ディアーヌを通じて革命政府へと伝わり、一つ目の願いはルテティアの治安維持に不安を抱えていた革命政府の利害と一致する。
 もう一つの願いは、魔物の存在を革命政府首脳部はにわかに理解しがたかったが、リシェールがそれを認めることで場は決した。
 ディアーヌの交渉力と利害の一致があったとはいえ、セリオスの願いがすんなりと受け入れられたのは、近年の彼の政治への欲求を鑑みればすぐわかることだった。
 王権復古の野望など、彼にあるとは思えなかったからである。
 それでも王は民を思う心を捨てていたわけではない。
 革命によって、時代の闇は掃われたか。
 ――否。
 混乱の闇はいましばらく続くだろう。
 その中で希望の光となるべき英雄はレルシェル・デ・リュセフィーヌだとセリオスは考えていた。
 レルシェルは、個人の武勇においてフェデルタに及ばない。政治の力ではディアーヌに劣るだろう。兵を率いる戦場においてもリシェールやフィルマンらに互を競えるかどうか。
 彼女は何も持っていないが、彼女だけに宿る力がある。それはセリオスが見ているものと、フェデルタらが感じたものと同じと言えた。
 革命の成立により、諸外国は泡めき、国内の混乱により闇はその夜の深みに染みわたり始めた。
 その中で英雄、そして少女のレルシェルは人と魔物の間で戦い続けなければならなかった。


持たざる者の力 <了>
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