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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第十章・持たざる者の力

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第3話

革命戦争が終わり、レルシェルら王国軍は敗北した。
革命によりフェルナーデ共和政府が始動し始めるが、ルテティアの街の混乱は続き、闇夜には魔物が跋扈していた。
魔物に抗する力を持つレルシェルは魔物との戦いを続けていたが――。
 粗野な喧騒に溢れている。一日の労働の疲れを洗い流そうと、下町の荒くれ共が集まり思い思いの言葉を口にしながらさして高くない酒と料理を楽しんでいた。
 久しぶりの空気だ。体制が変わろうが人の営みはそれほど変わるものではない。
 レルシェルは何ヶ月ぶりか自分でも忘れてしまったが、北壁の下町にある酒場、テオの店に来て柔らかに微笑んでいた。
「しかしよくその要請を受けたな、お前も」
 無骨な輩が集うこの店でもいっそう無骨な顔を持っているギャランが酒を飲みながら言った。
レルシェルとギャランはカウンターで肩を並べるのも久しぶりだった。
「首都総監か? まあたしかに私のような小娘が引き受けるような役職ではないな」
 レルシェルは肩をすくめて言った。
 リシェールの訪問があった数日後、彼女は政府に召喚を受けた。そこで待ち受けていたリシェールと政府高官は彼女に、新たに新設された「首都総監」、つまり首都の治安を守る警察および軍隊の指揮を任じたのだ。
 レルシェルは驚いた。
 彼女は旧王国時代には北壁騎士団長としてルテティアの四分の一を任され、僅か一年たらずではあるが北壁の治安と政治について市民から高い評価を得ていた。その彼女の権限を拡大する形でルテティア全体を彼女に任せようというのだ。また彼女の指揮下に置かれる騎士、兵士は一万余を超え、一個師団に匹敵する。それは敗軍の将に与えられる席ではなかった。
「そう言うことを言ってるんじゃねえよ」
 ギャランは酒臭い息でため息をついた。
「お前の気持ちの問題だ。リシェールは俺たちにとって……いや、あいつの……」
「言うな、ギャラン。私も考えなかったことではない」
 ギャランの言葉を鋭くさえぎってレルシェルは言った。
 レルシェルら王都旅団はリシェール率いる革命軍と戦い、その中で多くの部下が死んだ。
 とりわけレルシェルが全幅の信頼を置いた北壁騎士団の副団長、そして王都旅団の副将を務めたアラン・ド・アンティウスの戦死はレルシェルの心に深く刻まれていた。
「あの男は、リシェールはアンティウスを殺そうと思って殺したわけではない。戦場と言う対等な場所で戦い、アンティウスは結果として死んだ。リシェールを恨んだところで何も始まらない」
 レルシェルの声は生硬かった。その声に表れた心情をギャランは察して彼ににあわない優しげな声で言った。
「お前が納得してるならいいけどよ……」
 ギャランの心配を察したレルシェルは右手の甲でギャランの厚い胸板を叩いて微笑んだ。心配するなと言う意思表示である。
「しかしまたレルシェルがルテティアを仕切ってくれると聞いて俺たちは安心したよ。革命軍だか共和政府だか知らんが、よそ者が大量に入ってきて我が者がおでうろついていやがる」
 料理を運んできたテオが言った。
 レルシェルはそれに真顔で頷き答えた。
「そうだな。我々王国に属した軍人が敗残の謗りを受けるのはある程度仕方ないが、市民にまで害が及ぶとなるとそれは看過できない。フェルナーデは外敵に占領されたわけではないのだからな」
 革命軍に占領されたルテティア市民の感情はきわめて不安定になっていた。革命軍に協力し王国の降伏に導いたのも彼らであったが、リオンから進出してきた革命軍は勝利者である自覚があり、王国軍と同様にルテティア市民を敗者のように扱っていた。
「共和政府と革命軍はもともと寄せ集めの集団だからな。さすがのリシェールも完全に統制することが出来ないでいる。そこでルテティアで人気のあるレルシェルの出番ってわけだ」
 ギャランは呆れ半分に言った。その手法は国王セリオスが剣術大会で優勝したレルシェルを北壁騎士団長に就けたときの手段とそう変わらないからだ。
「まあそう言うなギャラン。私も再びこの街を守ることが出来るのだから、願ってもないことなんだ。それに卿にも手伝ってもらうことだからな。あまり他人事のように考えているわけにもいかないぞ」
 レルシェルは苦笑して言った。
 彼女の言葉どおりギャランは再び彼女の配下に招かれることになった。レルシェルのたっての希望である。レルシェルの配下には何名かの中級指揮官がつくことになるが、そのほとんどが革命軍出身の士官である。彼らはルテティアの地理や世情に詳しくないが、勝利者の一員として功績を上げたものに要職を与えずにはいられないと言う事情もあった。その中でギャランはレルシェルにとって気心が知れた、そして確たる実力を持つ重要な部下になりえた。
 もしアンティウスが生きていたなら、と二人は思わざるを得ない。だがそれは適わぬ願いだと言うことも分かっていた。
「まあとにかくだ。俺としてはこの酒場とこの街が平和なら俺の商売は困らねえからな。レルシェルさんよ、俺たちはとにかくあんたには期待してる」
 テオは豪快に笑って言った。
 レルシェルは思う。この端整ではない、だが精悍で真っ直ぐな笑顔は失ってはならないものだ。
 レルシェルは首都総監に任じられると同時に、もう一つの任を与えられていた。
 それは彼女ら「聖杯の騎士」の指揮である。
 聖杯の騎士とはルテティアの闇に跋扈する魔物と戦うセリオスが組織した王を中心とする組織。しかし王は革命により白薔薇の園に幽閉され、以降レルシェルたちは独自の判断で行動していた。
 だがルテティアの情勢の悪化により魔物の出現は増加していた。王は闇の侵食を危惧しリシェールらにレルシェルが王に代わって聖杯の騎士を指揮するように命じたのである。
 リシェールはレルシェルを王都の治安を守るトップに置き、同時に聖杯の騎士の指揮も取らせる事にした。魔物と言う存在を見たことのない彼は、にわかに理解できなかったが、この指示は聖杯の騎士と正規の兵士との連携を可能とした妙計になった。
「まったく皆の期待は重い。だがそれが私に課せられた使命なんだろうな。テオ、約束するよ。私はこのルテティアを守るために全身全霊をかけるつもりだ」
 レルシェルは澱みのない瞳と声で言った。
 こんなことを一市民の場末の酒場で言うような為政者がこれまでにいただろうか。テオはそう思い、感動し、そして呆気にとられた。
「どうしたんだ?」
 当の本人は本心を当たり前のように言っただけだったので、テオが呆然としている理由が分からずに首をかしげた。
「あ、いや……なんでもない。そうだレルシェル、せっかく無事に帰ってきて、久しぶりに来てくれたんだ、一杯目は俺がおごるぜ」
 テオは感動したことに照れるように頭をかいて言った。彼の提案にレルシェルは嬉しそうな、困ったような顔をした。
「ありがとう、テオ。でも今日は酒は遠慮しておくよ」
「酒好きのお前が?」
 驚いた声を上げたのはギャランだ。
「久しぶりに飲みたいところだが、飲んで帰ったらセリカにこっぴどく叱られそうだ」
「セリカってあのメイドか。確か医術の心得もあるんだっけか。何だお前どこか体が悪いのか?」
 ギャランも怪我を負い、セリカには世話になったことがある。
「セリカはあれでも魔術師だ。特に医療方面ではルテティアでも五指に入るそうだ。しかしこの通りすっかり体調は元通りなんだが……セリカに言わせると目に見えない部分で不調が残っているそうだ。そう言うわけで飲酒を禁じられている」
 レルシェルは困惑した表情で言った。
 彼女は強がりや不調を隠して言っているわけではない。彼女にはまったく自覚症状がないのだ。日々の修練も日常のようにこなし、これと言って身体に違和感はない。
「なるほど、あの手の女は怒らすと怖そうだ」
 ギャランは適当に言ったが、レルシェルがすぐに真顔で首を縦に振ったので間違いではないだろう。
「しかし思うのだが、好きなものを好きなように飲んだり食べたりできないと言うのは、精神的に不健康なような気がする」
 レルシェルのぼやきにテオは笑った。
「じゃあ今日は食事だけでも楽しんでいってくれ。特別に大盛サービスにするぞ?」
「いや、私はこれでも女だ――なっ?」
 レルシェルは柔らかな表情を一変させて勢い良く立ち上がった。大きな目が見開き、形の良い眉が吊りあがる。彼女の背筋に悪寒が走っていく。
「どうした、レルシェル?」
「――魔物だ。魔物がこの近くに現れた!」
 ギャランの声にレルシェルは厳しい表情で答え、剣を手に取ると店の外へ飛び出して行く。
 ギャランは慌ててその彼女を追った。
「おい――」
「卿は近辺の兵士らに連絡をつけよ。警邏中の兵士がいるはずだ。ただ、魔物を見つけたら決して戦おうとするな。市民たちを警戒避難させることが最優先だ。殲滅は聖杯の騎士に任せる」
 レルシェルはそう言うと、腰に下げていた銃を取り出す。銃口がやたら大きな信号弾用の銃だ。彼女はそれを夜空に向かって打ち上げた。
 信号弾は通常煙を上げるものだが、それは赤々と輝きながら夜空に閃いた。
 錬金術師マリア・ベネットが調合したその火薬にはマグネシウムとリチウムが混ざっており、着火と同時に激しく光を放つ。これならば夜活動する魔物が現れたとき、離れた場所にいる聖杯の騎士にも伝わるだろう。ルテティアの会戦でフィルマンが使用した情報伝達方法をレルシェルは独自に発展させていた。
「私は魔物の気配がしたほうへ行く! 心配するな、仲間がすぐに駆けつける。私は私の役割を心得ているつもりだ。ギャラン、卿は卿の役割を果たせ!」
 レルシェルはそう叫ぶと闇の中へ走り始めた。


「フェデルタ!」
 ざわめく街の人の流れと逆方向に走る人影を見て、リゼット・ド・ヴィリエは声をかけた。その人影は聖杯の騎士フェデルタ・コンラードであり、りずともレルシェルと共にリュセフィーヌ家で暮らしている。
 リュセフィーヌ家の屋敷は北壁地区に近い場所にあり、おのずと二人の活動範囲もその周辺になる。二人はレルシェルの上げた信号弾を見て、現場へと急行していた。
「あれをあげたのはレルシェル様かな?」
「もう兵士たちが住民を避難させている所を見ると、あいつ以外にいないだろ」
 フェデルタはリズを見ると走りながら答えた。
 ルテティアの兵士に指示を出せるのは聖杯の騎士ではレルシェルだけだ。それだけでなく、これだけ迅速な果断が出来るのも彼女ならばこそだとフェデルタは評価した。
「でも聖杯の騎士が十八人もいたって驚きだね」
 聖杯の騎士の指揮をセリオスからレルシェルに引き継がれたとき、そのとき初めて聖杯の騎士たちは一堂に会した。
「ああ、俺も初めて知ったよ」
「フェデルタも知らなかったの?」
 フェデルタの答えにリズは驚いて言った。リズはルテティアに来て日が浅いので仕方がないが、フェデルタは聖杯の騎士でも古株だ。
「俺たちのほかに聖杯の騎士がいるって事は感づいていたが、セリオスのやつが隠していたからな。何の意味があってのことかわからんが……しかし十八人という数は多いのか少ないのか」
 フェデルタはぼやくように言った。魔物と戦える人間が十八人いるというのはフェデルタにとっても予想より多かったが、この広いルテティアを魔物から守るに十八人しかいないと言うことも出来るだろう。
「それに数は減る可能性もあるしな」
 フェデルタの言葉の意味をリズは正確に理解した。
 十八人の実力はおそらく一定ではないはずだ。優れたものもいれば劣っているものもいるだろう。実力に劣るものが強力な魔物に出くわしたとき、命を落とすこともありえるのだ。いや、十八人の中で最強の騎士がいたとしても、魔物に必ず勝てるとは言えない。
 人間と魔物の差というものをリズは肌で感じている。
「……そう言う意味ではレルシェル様ってさ……強くは……ないよね」
 リズはためらいがちに言った。
 フェデルタは答えなかった。レルシェルはルテティアの剣術大会で優勝を飾るほどの剣技の持ち主であり、フェデルタとの稽古にも付き合えるほどの実力者だ。普通に考えれば並みの女性の強さではない。だがそれでも彼女は常識的な範囲での強さだ。魔物はその常識の範囲を超える存在だった。しかもここの所現れる魔物は一段とその力を増しており、フェデルタの見立てでもレルシェルの実力では正直厳しいと言わざるを得ない。
 フェデルタは足を速めた。
 そのレルシェルが魔物と接触しているならいち早く合流する必要があるからだ。
 リズはそのフェデルタに軽々とついて行く。体格差を考えれば驚異的な脚力だ。聖杯の騎士でもやはり女性は珍しかったが、リズの実力、特に敏捷性はレルシェルのはるか上を行く。
 リズは実力の劣るレルシェルを軽蔑しているわけではない。むしろ彼女はレルシェルを敬愛している。二人は出会って日が浅いが、リズはレルシェルの潔癖なまでの正道を行く姿と、それでいて正道でない他者にも公正でいられるその広さに憧憬に近い感情を持っている。
 リズはレルシェルを失いたくないのだ。
 そのリズが感づいた。
「フェデルタ! まずい、敵は三体いる。大きいのと……小さいの二つ!」
 リズの声は緊張感に包まれて早口だった。リズの感覚はフェデルタのそれを越える。
 リズはフェデルタを追い越し先行した。身軽な彼女は建物の塀に登り、屋根へと飛び移って魔物の気配へ一直線に進む。
 フェデルタは舌打し、リズを追った。こればかりは彼も必死だった。
 二人がたどり着いた先は下町の古ぼけた教会だった。付近の高い建物に立った二人は様子を伺う。
 教会の前の広場ではレルシェルが一人、三体の魔物と戦っていた。
 レルシェルは苦戦していた。苦戦と言うよりは防戦一方だ。三体の魔物をひきつけながら、何とか致命傷を負わないように戦っている。
「レルシェル様! なんで一人で!」
 リズは愕然として叫んだ。魔物と戦うときは一人で戦うことを避けるようにとレルシェル自身が指示していた。
 レルシェルを助けようと飛び出そうとするリズを押さえてフェデルタが言った。
「あいつはお前の言うとおり強くはねえよ。でもな……」
「フェデルタ?」
「リズ、お前はもし自分より強い存在に囲まれたらどうする?」
 リズはフェデルタの質問の意図が分からなかった。
「……逃げるかな。死ぬのはいやだ。勝てないって分かって戦うのは馬鹿のやることだし」
 彼女たちが言う戦いは命のやり取りだ。競技にかける精神論とは同一には語れない。負けは死に意味する。
 そう言ってリズははたと気づいた。そうレルシェルも一本気ではあるが馬鹿ではない。三体の魔物を相手に一人で戦う判断などするわけがない。仲間の到着を待つはずだ。
 リズは状況を確かめた。夜目を凝らして辺りを見る。
 教会に複数の気配があることに気がついた。
 崩れかかった教会にはおそらく魔物から避難をしたのだろう、何人かの子供たちが怯えた様子で身を寄り添っていた。
 レルシェルはその子供たちを守るため、魔物との戦いに挑んだのだ。
 それは絶望的な戦いだった。それでも彼女は戦いに挑んだ。
「普通なら出来ねえよ。自分より強い、圧倒的な敵に立ち向かっていくなんてよ。それにあいつは信じている。俺たちが、駆けつけてくれることを信じている。確かにあいつは単純に戦えば俺やお前に勝てねえよ。強くはない。だがそれでも他の誰に持っていない力がある」
 フェデルタはそう言うと背中の槍を抜いた。魔を滅する指揮、聖剣の一つ「グングニール」だ。
 リズはフェデルタの言葉に驚きを隠せなかったが、その意味をしっかりと理解した。
「……そうだね。レルシェル様はああいう人だ。だから私もあの人のためになら戦える。この身体を張れる。それがあの人の力なんだね」
「そう言うことだ」
 リズの言葉にフェデルタは頷き、二人はレルシェルを救うため、いや彼女の力となるべく跳躍した。
 レルシェルはこの時、強くなっていく魔物と戦える力を持っていなかった。彼女には持たざるがゆえに、彼女を支える力を得ていた。だが、彼女自身がその力を完全に理解することは出来ていない。
 彼女はまだ十九の少女であり、未完成な人間であった。
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