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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第十章・持たざる者の力

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第2話

革命戦争が終わり、レルシェルら王国軍は敗北した。
革命によりフェルナーデ共和政府が始動し始めるが、ルテティアの街の混乱は続き、闇夜には魔物が跋扈していた。
魔物に抗する力を持つレルシェルは魔物との戦いを続けていたが――。
「私と仲良くなりたい?」
 レルシェルは驚いて声が裏返った。
 レルシェルは十九歳という若年ではあるが、大貴族の娘としての教育を受けていたり指導者としての帝王学も学んでいるから、年齢から想像するより遥かに落ち着いている。それでも彼女はリシェールの言葉に我を忘れた。
「それはどういう意味だ?」
「どうって、額面通りの意味さ。それ以上でもそれ以下でもない」
 リシェールは不敵な笑みを浮かべて答えた。
 レルシェルは困った顔でリシェールを見つめた。リシェールは彼女のその表情を見れただけで満足だった。彼は反乱軍を率いて勝利に導いたが、その道中ではレルシェルには何度か辛酸を舐めさせられたものだから、こうして彼女を困らせることは狭量だと思いつつも気分の良いものだった。
 だがあまりいじめても可哀想だと思った彼は、セリカが出したお茶に口をつけて種を明かした。
「理由はこうだ。俺は軍を預かるものとして同時にこの王都……いやもう首都、と呼ぶべきか。その治安も預かる身となった。その土地の治安を守るものとして一番大事なものは何だ?」
 リシェールの問いかけにレルシェルは顎に指先を置いて考えた。彼女も北壁騎士団の団長としてルテティアの治安を守ってきた一人である。
「信用……いや、住民との信頼関係だ」
 レルシェルの回答にリシェールは目を輝かせた。
「さすがだ。まずはそれがなくてはどうにもならん。警官や兵隊の数には限りがある。住民の協力を得られなければ情報の収集すらままならないからな」
 レルシェルも北壁騎士団に就任したとき、騎士団と市民との間の軋轢の解消に腐心した。騎士団の腐敗を正し、上からの圧力ではなく、騎士団は市民と共にあることを彼女は自身をもって示した。それは功を奏して彼女と北壁騎士団は市民の信頼を得て、北壁地区の治安は僅かな期間で劇的な改善が見られた。
 だが革命が起こり王国が倒れて二ヶ月あまり、王都の治安は革命前よりひどい状態だといえる。
「王都の市民の多くが革命に協力してくれた。だが俺たちはまだ信頼されているわけじゃない。旧王政に辟易とした市民が消去法的に俺たちを選んだに過ぎないだろう。それに王政時代のほうが良かった、と考える市民だって少ないわけじゃない。情けないことだがルテティアの治安は日々悪化している。それが何よりの証拠だ」
 リシェールは深くため息をついた。そしてレルシェルを強い視線で見る。
「そこであんただ。改革派であり市民に信頼が厚かった。その上で王国を見捨てず最後まで戦った英雄。そのあんたが俺たちに加われば、市民は俺たちを少しは信頼するようになるんじゃないか、ってね」
 リシェールはあえて軽い口調で言った。だがその視線は真剣そのものであり、その実、彼はルテティアの治安には腐心していたのである。
 レルシェルはリシェールの言いたいことを概ね理解した。理解してなお、彼女は渋い表情をし、そして急に肩の力を抜いて表情を緩めた。
「卿は政治的な理由で私と仲良くなりたい、と言うことか」
 その口調は皮肉が多分に含まれていた。リシェールも苦笑いをして応える。
「まあそう言うことになる。最も俺はあんたのような美しい人と仲良く慣れるならやぶさかではないがね」
「私は世辞が嫌いだ」
「俺は世辞を言ったつもりはないんだがな」
「私と卿はいわば旧敵だぞ。それが何故仲良く手を結ばねばならん」
「立場が違っただけじゃないか。個人的な恨みはないだろ?」
「……いや、あるぞ」
 レルシェルの目が鋭く光ってリシェールを突き刺した。リシェールは何かあったかと記憶を辿ったが、残念ながら彼の記憶の手帳にはそのことを記し忘れていたようだ。
「卿は私の湯浴みを覗いただろう」
 驚いて派手な音を立てたのは茶器を片付けようとしていたセリカだ。淑やかで冷静な彼女が驚き慌てた表情で交互に二人を見る。リシェールはそのメイドの視線のほうに驚いて苦笑いをした。
「ああ、あれは……そう事故じゃないか。それこそ水に流して欲しいな」
 リシェールは頭をかいて視線をそらした。この件に関しては彼が一方的に悪い。
 しばらくリシェールを睨みつけていたレルシェルだが、大げさにため息をついて腕組みをした。その大仰なしぐさはわざとらしく、彼女が本気で怒っているわけではないことをリシェールに伝えた。
 リシェールは一つ肩をすくめると言った。
「まあ俺たちの個人的な感情はともかくとしてだ、ルテティアの市民のために一つ仲良くならないか」
 彼の言い方はいささか卑怯だった。レルシェルがいかにルテティアの市民を愛しているか、知っての言だった。彼女もリシェールの意図に気づいて嫌悪感を隠さず、大げさにため息をついた。だが彼女は自分がどうすべきか悟っていた。
「卿もいやな言い方をする。しかし筋は通っている。私も政治の何たるかを少しはかじった身だ。卿の申し出に協力しよう。私に何が出来るかわからないが、ともかく卿の幕下に加わればいいのか?」
 レルシェルはリシェールの言葉を受け入れ、態度を柔らかくした。
 そのレルシェルの言葉と態度にリシェールは少年のように喜びを表情に表し言葉を弾ませた。
「幕下など恐れ多いな。いや、そう簡単に承諾してもらえるとは思わなかった。今日はその言葉が聞けただけで十分だ。ポストは追って伝えるよ。まったく、あんたはそう言うがレルシェル・デ・リュセフィーヌほどの指導者はフェルナーデ中を探したって他にいない」
「だから私は世辞は嫌いだと……」
「世辞ではないと言っている」
 二人はしばらく黙って見つめあうと、吹き出すように笑った。
「なるほど、頭の固い王国の将軍たちでは束になっても卿には敵わないわけだ」
「その俺の考えを見抜いて最後まで屈しなかった娘がいた。まだ二十歳にもならぬと言う。恐ろしい娘だ」
 レルシェルの感心した声に、リシェールは芝居がかった口調で言った。レルシェルはそれに少し驚いた表情を見せたが、すぐににやりと笑いリシェールも同じ表情を作った。二人は将来言うほど政治的な付き合いだけではないと予感していた。
 だがレルシェルはすぐに真面目な表情を作って言った。
「この先……これからこのルテティアは、いやフェルナーデはどうなるのだろうか」
 漠然とした質問だった。自問にも似た声だった。リシェールは皮肉っぽく笑った。
「戦になる。戦火に焼かれるさ」
 その言葉にレルシェルは驚愕とした。
「何故だ、革命は成ったのだろう?」
「ああ、たしかに革命は成功し新政府は動き出した。だがまずは内戦、そして次に外敵との戦いだ」
 リシェールの声は冷たい。レルシェルは愕然とした。
「俺たちは勝ったが、すべての民の支持を得ているわけじゃない。俺たちは武力で政権を奪った。王政を取り返そうとする奴もでてくるだろうし、俺たちと意見の違う者が俺たちと同じように武力で権力を奪おうって奴もでてくるだろう。誰もが満足できる理想郷って奴は現実にはどこにもないのさ」
 リシェールは皮肉っぽく笑って言った。
「もっと脅威なのは外敵の侵入だ」
「外国がか? これまでにも辺境では小競り合いは頻繁にあったようだが……」
 レルシェルの言葉にリシェールは首を振った。
「もっと大規模なものだ。それも各国が連合して攻め寄せるかもしれない」
 レルシェルは目を大きく開いて驚いた。
「何せ俺たちは、王や貴族が支配しない『共和国』なるものを立ち上げたわけだ。自分たちの国が同様に革命の気運が高まるようになっては、今の権力者たちにはまずい。僻地の小さな都市国家レベルであればそう影響もなかったかもしれないが、フェルナーデは大国だ。従属国も多い。その影響力は甚大だ。諸国は連合して『共和国』を潰しにかかるだろう」
 それはレルシェルにも容易に想像が出来る未来だった。
 元々フェルナーデもそうだが、周辺諸国は王権制、封建制で成り立っている。これまで主権者の交代があったとしても、支配者階級、王や貴族と言った身分をもつ者が入れ替わるだけだった。だが今回のフェルナーデの革命はそれとは異なる。身分を持たない市民たちが権力を握ったのだ。それは各地の王や貴族にとてつもない危機感を覚えさせるだろう。その危機感は共通のものだから、彼らは共和国を認めようとしないだろうし、結託し軍事力に物を言わせることは大いにありえる。
「俺たちは王国には勝ったが、この先も勝ち続けなければならない。そうでなければこの国は外国にバラバラにされてしまうだろう」
 リシェールの声は感情を殺して冷静なものだったが、その言葉は悲壮だった。
 レルシェルも神妙な顔でしばらく沈黙した。
 その彼女の顔を見たリシェールは軽く笑い、努めて明るい声で言った。
「そんな未来にさせないために俺はここに来たんだ。俺たちの力はこの国を守るに足りないかもしれない。だからこそ俺たちは手を取り合うべきだろう?」
 その言葉にレルシェルははっとなってリシェールを見た。彼の顔はどこも悪びれた様子もない。彼には優れた軍事的才能がある。それでも足りないと彼は言う。その足りない力を他者に助けを求めることに彼はなんら恥じていない。
 レルシェルは肩の力を抜いて笑った。
「それが卿の考え方か」
「俺は夢のようなことを言う革命家と違ってね、前線でずっと戦ってきた。目の前にある問題はどうにかして解決しなきゃいけない。実利主義なのさ」
 リシェールはにやりと笑うと右手を差し出した。レルシェルはそれに応えることをためらわなかった。二人は固く握手を交わし、ごく僅かの過去に相対した二人は友好を誓った。


 フェルナーデ共和政府は市民革命により成立した市民による政府である。それまで政治は王や貴族によって運営され、権益もすべて彼らの手の内にあった。一方で市民は支配と搾取の対象とされ、支配者に従うことしか許されなかった。共和政府はそれを覆し、市民に権利と利益をもたらすために発足したため、早期に市民に何かしらの利益を与えて、その存在意義を示さなければならなかった。
 その中で真っ先に上がったのが、貴族の特権の廃止である。革命自体、階級社会からの脱却も目指したものの一つであったから、特権の廃止は当初の目的通りでもある。
 その第一段階として、貴族の特権の代表だった税金の免除の撤廃を掲げた。
 だがそれすらも難航していた。
 革命勢力を支援した貴族も少なくなかったからである。彼らからしてみれば、勝ったのに権利を奪われるのでは支援した意味がない。そして革命勢力もまた彼らの支援なしでは勝利は出来なかっただろうから、事は複雑だった。
「しかしそれでは筋が通らないでしょう。革命側についた貴族のみが優遇されるとは、それが共和政府の目指す平等なのですか?」
 共和政府がまとめた草案を目を通すや否や反論したのは王妃ディアーヌである。
 この件に関わらず強く皮肉をこめた言い方で、歯に衣着せぬ論調は革命を実現させた革命勢力の指導者たちを随分と頭を悩ませていた。
 ディアーヌは王妃でありながら、王国の各部の官僚たちを取りまとめ、破産状態の王国を何とか維持運営していたと言う行政に力を発揮していた才女である。それゆえ彼らよりもずっと現在フェルナーデが抱える問題点を良く知っており、彼女の指摘はいちいち真っ当で彼女の指摘があるたびに指導者たちは草案を見直す必要を強いられていた。
「それに貴族への課税は王国の財政改善のためにかねてより調整を続けていたところです。それを革命側についた貴族の方々も知らないはずもない。なのに大勢側に付いたからといって、勝利にまぎれて特権を維持しようとすれば、市民からの非難はまぬがれないでしょう」
 ディアーヌらは以前破綻寸前の王国の財政を立て直すために、貴族からの税金の徴収を起案していた。貴族らはフェルナーデ建国以来、その資産と収入に税を課さないと言う特権を保持している。それは大きな反発を招く恐れがあったが、そこには莫大な財が眠っており、その資産を運用できれば王国の経済は幾分か明るい方向へ導かれるとディアーヌは考え、大貴族を中心に調整を繰り返していたのだ。
「しかし貴族が税金を免れていたのはそれなりの理由があるのです。彼らの蓄えた財は財源となった民衆に返すためにあります。民の個々の財力ではどうにもならない問題……領土の治安や防衛は勿論、たとえば農地の開墾であったり、灌漑の整備、治水、道路の施設維持……貴族は国に税を納めぬ代わりに、その土地の住民へが豊かに暮らすための支配者としての義務を負っていました」
 高貴なる者の義務と言う不文律が貴族の中にはあり、貴族は民衆から搾取するだけの存在ではなく、富の再分配役としても重要な存在でもあった。
 ディアーヌは一つため息をついて続けた。
「とは言え、それは明文化されたものではなく、貴族の伝統、と言う不文律でした。それゆえ、その伝統を忘れ、私財を溜め込み私利私欲のためだけに利益を独占しようとした貴族が少なくなかったことも否めないでしょう」
 その結果、国の政治は腐敗し民衆と貴族との間の信頼は失われて革命に至った。無論、ディアーヌをはじめそれを修正しようとした者、トゥールズ公テオドアのように民衆との良好な関係を維持していた者もいるが、全体の流れを変えるには至らなかったのが現在の結果だ。
「貴族から税を取ると言うことは、あなた方の理想に一歩近づく。しかしその税を効率よく民衆が納得できる形で返還することが出来なければいけない。国の責任で。そうつまり共和政府の責任となるのです。これまで領主ごとに行なっていたことが、国全体で行なうわけですから、より効率的だとは言えます。ただし、扱う規模も大きく鳴りより難しくなる。よほどの能力がある人でない運用するのは難しいでしょうね」


 アルノ・デ・トリュフォーは深くため息をつく。彼は深く疲労していた。肉体的な疲労は差ほどではないが、精神的な疲労は戦場を駆け回っていたときよりも遥かにひどい。
「リシェールが逃げ出したくなるも分かる」
 彼はそうぼんやりと呟いた。リシェールをレルシェルのもとに向かわせたのはアルノの入れ知恵だ。リシェールに政治的議論は向き不向きで言えば向いてはいない。戦場で戦機の機微を嗅ぎ分けるその明敏さも政治の場ではいささか鈍ってしまうだろう。
「それにしても王妃様はさすがじゃないか。並みいる論客をことごとくだ」
 アルノに近づいてそう言ったのはジル・ド・ヴェイバーと言うリオンの貴族の子弟で政治学者である。アルノとは旧知の仲で、革命勢力の政治的な下支えを担っていた。
「私も政治学にはそこそこ自信があったものだが、王妃の前ではかたなしだ。所詮私は知識だけで政治をかたっていたのかもな。国の官僚の中にいて現場で政治を運用していた彼女はやはりすごい」
 ジルは興奮気味に語った。アルノ、ジル、そしてディアーヌもほとんど年齢的には変わらないず各々豊かな才能を持ち合わせていたが、現時点での政治の経験値と能力はディアーヌが一つ頭抜けていたと言えよう。
「そうは言っても、戦いに勝ったのは僕たちだ。敗者である王妃にやられっぱなしというわけにはいかないよ」
 アルノは苦笑いをして言った。
「どうかな、王妃様の言い分はすごく理に適っている。我々はしっかりと学ぶべきだと思うよ」
 リオンの大学で座学では天才の名をほしいままにしたジルはあっさりとそう言う。この自尊心に邪魔されないところがジルの美点であり、才能だとアルノは思う。
「私が好き勝手言うのは、私には未来がないからですよ」
 その二人の会話に割り込んできたのは当のディアーヌだった。
 二人は驚いて王妃の顔を見た。
 ディアーヌは優美な笑みを浮かべて二人を順番に見た。
 王国の宰相、テオドール公アドヴァンが亡命し、王は元より政治に携わっていない。しかし王国が倒れ共和国が建ったことを象徴する必要があると政府の中では言われていた。
 それは王家の排斥である。
 そこへディアーヌは提案した。
「行政の全責任は私にあります。王政が敗れたことを市民に示すために私を断頭台の上に上げなさい。それが分かりやすい」
 そのかわり王とそれに連なる王族に関して、責任は不問として欲しい、と。
 彼女は濁ることなくそう言った。
 そのときあまりの潔さに周りの人間は言葉を失った。
 未来を持たぬ彼女はそれでも国の行く末を憂いて、彼女の持ちうる知性という力をアルノたちに残そうとしていた。
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