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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第十章・持たざる者の力

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第1話

革命戦争が終わり、レルシェルら王国軍は敗北した。
革命によりフェルナーデ共和政府が始動し始めるが、ルテティアの街の混乱は続き、闇夜には魔物が跋扈していた。
魔物に抗する力を持つレルシェルは魔物との戦いを続けていたが――。
 夕闇が街を覆っていた。
 黄昏に躍動する異形のモノ。それは人が心の闇を広げ、魔に落ちた姿であった。
 全身の肌は漆黒の鱗のようなもので覆われ、まるで黒ずくめのようだが目だけは異様に鮮やかな黄色で光り、爬虫類のような印象を与えた。身体も元の人間の姿よりも遥かに大きく膨らんでいる。姿かたちだけではない。それは魔の力の影響を受けて力も早さも並みの人間のそれとは比べ物にならなかった。
 鈍い金属音と共に少女の身体が吹き飛ばされる。その勢いのまま彼女は壁に打ち付けられ、膝から崩れ落ちた。白く決め細やかな肌が石畳を舐める。
「ぐっ……」
 少女は激痛にうめいた。普通の者なら一撃で致命傷であっただろうが、並外れた反射神経と柔軟な身体で強烈な衝撃を受け流していたが、それでも視界が回る。
 彼女の名はレルシェル・デ・リュセフィーヌ。彼女の細身の身体から繰り出される剣技の鮮やかさは並の男が束になっても敵わないどころか、彼女はその剣を持って王都ルテティアの剣術大会で優勝を飾ったほどである。その彼女の実力をもってしても魔物を制するのは簡単なことではない。
 実戦では悠長に倒れている時間などはない。レルシェルはよろけながらも身体を起こした。だがそれは遅く、魔物の爪が眼前にあった。
 まるで細剣のように長く伸びた異形の爪だ。魔物の膂力を持ってすれば少女の細い首を刈り取るなど造作もないことだろう。レルシェルは戦慄した。
 その刹那、幾筋もの銀色の光が走った。
 一瞬遅れて魔物の爪がばらばらに切り裂かれる。まるで閃光の刃だ。その斬撃の速さとは対照的にゆったりとした動作で小柄な少女の身体が石畳に降りた。
「大丈夫? レルシェル様」
「リズ!」
 漆黒のメイド服でありながら、両手には銀色の短刀。その異様ないでたちの少女はリゼット・ド・ヴィリエ。今はリュセフィーヌ家の使用人を務めているが、同時にレルシェルと同じく魔物に対抗できる力の持ち主だ。レルシェルに比べてもさらに小柄な彼女だが、腕力には欠けるが、その速さと斬撃の正確性においては比類ない。
 リズはレルシェルと魔物の間に立ちはだかると短剣を構えた。
「あっちの魔物は片付きました。この魔物をレルシェル様が押さえていてくれたからです」
 リズは肩越しに微笑むと、体勢を低くして魔物の間合いへと入っていった。力で劣る彼女だが、速さで魔物を翻弄する。魔物はリズに狙いを定めて豪腕を振るうがリズはそれを軽快に交わして、小刻みに攻撃と回避を繰り返した。
「なんだ、あのザマは」
「フェデルタ……」
 レルシェルがリズの戦いを見ていると、現れたフェデルタが低く言った。
 この日、魔物は二体現れており、一方をレルシェルが、もう一方をフェデルタとリズが担当していた。
「体調は問題ない。セリカとマリアのおかげで完全だ。さっきのはちょっとした不覚だ」
「不覚ね……どうかな? 作戦はお前が一体をひきつけているうちに、もう一体を俺とリズで出来るだけ早く片付け、お前は俺たちを待つまで無理をしない……と言うものだったな」
 フェデルタの言葉にレルシェルは答えず、視線を逸らした。
「だが……今お前はこいつを一人で倒そうとしていたな」
 フェデルタの声は厳しい。レルシェルは焦りのある声で答えた。
「あ、あれくらい私一人でも十分に……」
「そうじゃねえだろ」
 フェデルタは大きくため息をついて、背中の槍、グングニールを手に取った。「聖剣」と呼ばれる武器の一つで、その中には意識が宿っており使い手であるフェデルタと意思の共有ができるという。またその力は強大で狙った的は外さず、一撃で魔物を屠る力持つ。
 彼はリズを追い回している魔物に目を向けた。
 リズは魔物の注意をひきつけながら、何度も残撃を与えて鱗のような皮膚を削り取っていた。しかし、彼女の力と短刀ではこの魔物に致命傷を与えることが出来ない。それは彼女にも分かっていた。彼女はそれでいいと十分に理解していたのである。
 フェデルタが駆けた。リズに魔物の神経が集中する中、フェデルタは容易に自分の間合いに飛び込むことが出来た。
 フェデルタは短い気合と共にグングニールを魔物に叩き込む。
 攻撃に集中することができたフェデルタは、グングニールの力を借りずとも正確に魔物の急所をつくことができた。
 その鋭さにレルシェルは目を見開いた。それはレルシェルの知っているフェデルタの動きではなかった。
 魔物の断末魔が夜の帳が降り始めた街にこだまする。
 魔物は一つ身震いをすると、その命は灰となって崩れ落ちていった。
 あっけない幕切れだった。
 レルシェルは呆然とをそれを見つめた。
 リズの敏捷性と反応力、フェデルタの魔物を一発で仕留める一撃。どちらもレルシェルには持ちえぬ力だった。
 レルシェルは拳を固め、唇をかんだ。自らが劣っていると言うことを認識する恐怖。彼女はその闇に直面していた。

「はっ!」
 小さな気合を発する声と共にレルシェルの身体が躍動した。
 風を切るかのような踏み込みと共に剣が振り下ろされる。閃光を伴った袈裟斬りはまるで光が反射するかのような下段から斬り上げられる。その剣は少女の顔の位置でぴたりと静止すると、左手を剣首に添えて鋭く突き出された。だが次の瞬間にはその剣は幻のように消える。剣を引くと同時に彼女の身体は後ろへと跳んでいた。
 彼女は突き出した剣を引きながら軽く横に薙ぐ。着地と同時にその反動で剣を突き出し前方へ雷光のごとくの刺突を繰り出した。その切っ先は名だたる勇者でも交わせないほどの迅さと言えた。
「ふうっ!」
 レルシェルは動きを止め、は小さな深呼吸をして息を整えた。瑞々しい肌には一筋の汗が流れる。彼女は一時間ほどこのような鍛錬を一人で行なっていた。

 彼女は陽光に輝く剣の切っ先を見た。それは以前彼女が愛用していた聖剣キャリバーンのレプリカではない。それは彼女が王国軍に囚われたときに行方が分からなくなっていた。
 彼女は深くため息をついた。落胆の吐息だ。
 愛剣が失われたからではない。
 己の技量にだ。
 先の魔物との戦いを思い出す。彼女と共に育ち、彼女が最も信頼し、かつ剣技を競い合った仲であるフェデルタとの差はどれほど開いてしまっただろうと彼女は思う。
 この一年あまり、英雄に祭り上げられた彼女は北壁騎士団団長として政務と内乱の鎮圧に追われ、鍛錬に割く時間は確実に減っていた。
 いや鍛錬の時間のせいだけではない。
 才能、才覚と言う部分なのか、それとも性差と言うものだろうか。どれだけ鍛錬を積んでもフェデルタには届かない。そればかりかリズにも勝てそうにもない。そんな焦りが彼女の中で燻っていた。
 屋敷の中庭に造られた鍛錬場には彼女一人だ。
 かつては頻繁に打ち合ったフェデルタとはしばらく打ち合っていない。
 怖いのだ。
 打ち合えばお互いの実力を肌で感じ取ってしまう。
 レルシェルはフェデルタは実力を知りその差に嫉妬するのも嫌だったし、何より彼に「背を預けるに足らない」と思われるのではないかと思うと、彼女は胸の内がざわめくのだ。
 再び彼女は深くため息をついた。
 何かを振り払うかのように彼女は一つ剣を薙ぎ、それを鞘に収めた。
「レルシェル様。よろしいですか?」
 レルシェルの張り詰めていた空気が和らいだのを感じ取って、セリカ・シャレットが声をかけた。その間の取り方は、長年の二人の関係の深さを感じ取らせるものだ。
 セリカはレルシェル付きのメイドだが、同時にルテティアの魔術師協会にも名前を連ねる魔術師でもある。回復魔法を得意とする彼女の手腕によって、監獄での監禁と拷問によるレルシェルの傷と体力の喪失は急速に回復していた。
「あぁセリカ、いたのか。何かあったのか?」
 レルシェルは汗と共に暗い気持ちを拭うと微笑んで言った。
「お体の調子はいかがですか?」
「ああこの通り、もうどこも痛まないし、すぐに集中力が切れると言うこともなくなった。セリカの魔法のおかげだな。マリアの薬よりも良く効く」
 レルシェルは軽く踊るようなしぐさで言った。
 マリア・ベネットらに監獄より救出されたレルシェルは、ルテティアに戻るまでマリアの錬金術による薬を飲んで回復の足しとした。
 マリアの薬の効果で、レルシェルは救出直後よりも随分と良くなっていたが、それでも傷や健康状態にセリカは青ざめたものだ。それでもセリカは魔法による回復は段階を追い長期的なものとすることにした。
「錬金術による薬の生成は理力……つまりこの世界の理の上での法則で成り立つ力を用いたもの。対して魔法を成り立たせる魔力はその名の通り、この世界とは違う『魔』の力を借りたもの。現在は『魔』ではなくそれよりは比較的穏やかな精霊の力を利用していますが、それでもやはりこの世界の理の外にある法則を用いるもの。急を用いれば、お体に何らかの影響が無いとも限りません」
 かつて魔法はその力をもって死者ですら生き返らせたと言う。しかしそれは「魔」の力をこの世界に呼び込みすぎたため、世の魔導師たちは強大な魔法を封印したと伝わっている。セリカも魔法の危険性をすべて知っているわけではないが、主人に対して危うきを用いるわけには行かなかった。
 だが献身的なセリカの治療はレルシェルを確実に癒していた。
「で、私に何か用があったのだろう?」
「はい……それが来客がございまして」
「来客? 体調が戻るまで休養が第一、来客も断ると言ったのはセリカだろう? まあおかげでこの通り私はすっかり元気だけど」
 レルシェルは両手を元気良く動かして、発揮しきれずに有り余る活力をアピールしてセリカを苦笑させた。
「それがかなり強引なお客様で……その方はリシェール・ヴィルトールを名乗ってございます」
「リシェール・ヴィルトールだと?」
 レルシェルは驚いて目を丸くした。その名前は彼女の記憶に新しい。
 二人には因縁があった。リシェールは革命戦争における勝者として、レルシェルは敗者としてだった。


 リュセフィーヌ家の応接室でレルシェルは驚いた顔を、リシェールは残念そうな顔を浮かべた。
 それはお互いの持ち物と格好のためだった。
「……なんだそのおおげさな花束は」
 レルシェルは驚きから呆れに表情を変えて言った。たしかにリシェールは色とりどりの花で造られた大きな花束を抱えていた。
「貴婦人の邸宅を訪ねるんだ。手ぶらと言うわけにも行かなかったんでな」
 リシェールは悪びれず言った。そして花束を差し出すのでレルシェルは仕方なくその大きな花束を受け取った。
「大仰過ぎる。一瞬、求婚されるのかと思ったぞ」
 レルシェルはやれやれといった風に呟いた。
「求婚か。あなたのような美しい女性に求婚できるなら、それ以上の幸せなことはない」
 リシェールがそう嘯いたのでレルシェルは思わず息を呑んでリシェールの顔を見た。その彼の顔は彼女の反応を楽しむかのように笑っていたのでレルシェルを怒らせた。
 その反応にリシェールは愉快そうに笑うと表情を崩して言った。
「まったくそれだけお美しいのに、普段から軍服とはどれだけ凛々しいのだ。まったくもう少し女子らしい格好をしていれば求婚相手などいくらでもくるんじゃないか?」
 リシェールが残念そうな顔をしたのはレルシェルが軍服の姿で現れたからだった。
「うるさい。私だってドレスを着ることもある。突然訪れる卿が悪い。ドレスは時間がかかるから仕方なく軍服を着たまでだ。人を非難する前に自分の非礼を省みてくれ」
 レルシェルは怒りに頬を膨らませてリシェールに反論した。その様子は十九歳の女性にしては幼く見えて余計にリシェールの表情を崩させ、レルシェルはさらに怒った。
 だがしばらくすると怒っている自分におかしくなったのか、レルシェルも笑い出してしまった。ひとしきり笑った後、レルシェルは柔らかな表情でリシェールに話かけた。旧敵と相対しているとは思えない表情だった。
「それで突然私に会いに来たと言うのは、どう言った用件なのだろうか」
 レルシェルの問いにリシェールは軽く肩をすくめて、困っていると言う表情を浮かべて言った。
「王宮……いや、今は宮殿と呼ぶべきか。そこで連日の会議が行なわれているのはあなたもご存知かと思うが、これが実につまらない」
 リシェールの言葉は愚鈍なまでに直球だった。その言葉にレルシェルは驚きを通り越して呆れた。
「つまらないとは何事だ。この国の将来を決める大事な会議であろう?」
 呆れすぎて怒る気にもなれないレルシェルは力のない声で言った。
「ああ、この上なく重要な会議だ。この会議の落着点によってこのフェルナーデと言う国が存続するか、滅ぶか、はたまた幾つかに分裂するか、そう言う瀬戸際にいる。皆深刻で真面目な顔をしながら活発な議論が交わされている」
「ならばつまらない会議ではないだろうに」
 レルシェルの指摘にリシェールは指を鳴らしてにやりと笑った。
「そこだ。議論の内容は質実ともに時間を割くだけの価値はある。ただし結論が出るのであればな」
 リシェールは皮肉っぽく言った。レルシェルは軽く驚いた顔でリシェールを見た。
「共和制とは政策を皆で議論し、多数派をもってしてその結論とするのではなかったのか?」
「だいたい合っているが少し違うな。議題に対して多数決で決めると言うのは正しいが、それだけでは多く徒党を組んだ奴らが一方的に意見を通してしまう。決を取る前には十分な議論を交わし、少数派の意見の取り入れるべきところは取り入れ、調整を行なってから決を採るのだ」
 リシェールは整然と説明をしたが、その表情はうんざりとしたものだった。彼はその行程があまり好きではなかった。またその議会ではリオンの新政府派とルテティアの旧王政派の対立は勿論のこと、新政府側に着いた貴族や有力者の主張が重なりあって一向に結論に近づかないのだ。
「なるほど、では以前の王政とあまり変わりはしないな。王政だからと言って王や宰相が勝手に政策を決めていたわけではない。いわば貴族的共和政治と言う奴だ。大臣や貴族が集まって会議を行なって各々の主張の折り合いをつけて王や宰相が決を下す……のだが、これが中々に紛糾する」
 レルシェルは大貴族リュセフィーヌ家の代表として、またルテティアの北壁騎士団長として御前会議など王政の中央会議に幾度と参加している。
「そんな会議などすっぽかしたくなる……そんな卿の気持ちは良くわかるつもりだが、それに私を共犯者にするのは迷惑だな」
 レルシェルは苦笑いをして言った。
 リシェールはレルシェルの言葉に頷くと、含みをある笑いを浮かべた。
 レルシェルは嫌な予感がした。
「そこだ。俺があんたのところにきたのはつまるところそこだ。あんたと仲良くなりたかったからさ」
 リシェールの言葉にレルシェルは驚き、目を丸くして何度も瞬いた。
 その言葉だけでレルシェルは彼の真意を読み取ることが出来ず、ただ混乱した。
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