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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第九章・導く者のイデア

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第2話

ワルティユの監獄から救出されたレルシェル。
傷ついた身体を癒す間もなく、ルテティアでは王国軍と革命軍の決戦が始まろうとしていた。彼女はその戦いに身を投じることを決意する――。
 漆黒の空を紅い炎が照らし出している。
 地獄の業火だ。高台に立ちそれを見つめるリシェール・ヴィルトールはそう思った。
 ヴァルヴァット村はルテティア近郊の小さな村だった。
 その村は焼き払われた。彼の命によって。


 ヴァルヴァットはどこにでもあるような農村で、農業と畜産、わずかな商店があるありふれた村だった。昔気質の領主の貴族は地位も高くはなく飛びぬけた才能もない男だったが、領民想いの温厚な領主で村人も彼を慕っていた。
 そこへ自由革命同盟の先鋒が進軍してきた。
 リシェールは領主に対して降伏を勧告し、同盟への加入を促した。しかし領主は首を縦に振らなかった。古い家柄であった領主はこの血を守り続けた先祖への義理と、王家への恩顧を守り、そして住民たちもその領主に従った。
 武力に拠り、頑強な抵抗を示したわけではない。
 だが、リシェールはその村を敵と見なして焼き払った。それは非情なまでの仕打ちだった。
「時に見せしめと言うものは必要だ。我々に味方をするものには大いなる利得を、敵対するものには非情なる鉄槌を。我らの味方になるか、それとも王国につくか、未だ迷うものが多い。我らの態度を強く示すことで迷うものがどちらであるか見極めやすくなるだろう。『味方になるかもしれない』と放置したものが、突然敵に変わる事が一番怖いからね」
 それはアルノ・デ・トリュフォーが示した方針であり、革命軍の第一のする規範であった。彼は急激に膨れ上がった革命軍を取りまとめるにあたって、敵味方の選別――というよりは信頼できる味方を見極めることに腐心していた。獅子身中の虫ほど怖いものはない。自由主義、共和政治の旗を掲げたこの革命なれど、その実、内部では様々は思惑が揺らめいている。今は内外共に厳しく当たらなければならなかった。
 恭順を示さなかったこの村を革命軍は幾重にも包囲し、火を放った。これほどまでに苛烈な対応をされるのであれば、領主も村人たちも考えを改めたかもしれない。だがすでに火は放たれて、逃げ惑う村人たちも取り囲んだ革命軍によって惨殺された。
 ルテティアに近いこのヴァルヴァットは戦略的な思惑により犠牲となった。
 自由革命同盟は同調するものには寛容であり、抵抗するものに容赦がない。アルノの意図通り、この印象付けはルテティア市民の中で少なくない革命派の市民を揺り動かした。
 しかし、それだけの理由でこの村の約三百名の命が奪われた。
 レルシェル・デ・リュセフィーヌが指摘し、彼女が革命を受け入れられない最大の理由だった。方法はどうあれ革命は多くの民衆を巻き込み犠牲を強いる。目の前の業火もその一部に過ぎないだろう。これから先、このような光景は、いやもっと凄惨な光景は幾度となく見ることになるだろうとリシェールは思った。
 それ故、リシェールはこの作戦の指揮を自ら採った。犠牲になる者達を直接見ておきたかったのだ。彼の進む道は血に塗れている。それくらい出来なくて革命を指導していけるものか、と。
 村人への殺戮も終わりかけていたとき、リシェールはとある少女に出会った。
 勿論、この村の少女だ。歳は十代半ばか、フェルナーデでは十六歳で成人なので成人したか否かと言う年頃で、農作業で日焼けはしていたが健康的な美しさを持った器量の良い少女だった。
「殺す! 殺してやる! 殺されても呪い殺してやる! リシェール・ヴィルトール!」
 のどかな農村で貧しいが奔放に育った彼女は、おそらく笑顔が良く似合う少女であっただろう。その彼女が今は可憐な顔を醜悪に歪め、呪いの言葉を吐いている。
 彼女はこの日たまたま隣の村に使いに出ていて、殺戮から免れた。だが異変を知って村に急ぎ戻ったところを革命軍の兵士に捕らえられた。そして事態を知ったのである。
 リシェールは目を細くして彼女を見た。
「俺はお前に殺されるだけのことをした。奪われたものの気持ちは良くわかるつもりだ」
 リシェールが革命軍の指揮を採っている理由は、彼が共和政治や自由主義に夢や理想を抱いたからではない。
 彼の生まれた村もこの村のように業火に焼かれ失われていた。
 中央の政争に敗れた貴族が地方で軍閥化し、彼の生まれた村はその支配下に置かれた。貴族が軍人の横暴に耐えかねた村人たちは貴族の要求を跳ね除けたところ、その腹いせに村を焼かれたのである。リシェールはそのとき二十歳で駆け出しの士官だった。知らせを聞いた彼は配下の兵と急ぎ駆けつけたものの遅きに失した。
 村の惨状は若きリシェールを自失させるに十分だった。わずかな金品と食料は強奪され、男は皆殺し、女は強姦されたあとに殺された。
 リシェールは家族も恋人も失った。
 明らかに軍規違反だった。いや軍規はおろか常軌を逸したことだ。軍人が自国の民の村を襲い、蹂躙したのだから。
 リシェールはその貴族の傘下にあったものをその場で処刑した。一人として許さなかった。
 それは軍規を正そうとか、正義のためだとか、そう言う類の意志ではなかった。ただ奪われてはいけないものを奪われてしまった、単純な復讐心が彼をそうさせた。
 リシェールは客観的に見れば暴走した部隊を正した行為と言えたが、殺された貴族の縁故の権力者の怒りを買い、事態の善悪を吟味されることなく投獄された。それが現状のフェルナーデと言う国だった。
 旧知であった貴族のアルノ・デ・トリュフォーがこの一件に気付き抗議をしなければ、リシェールは人知れず処刑されていただろう。
 リシェールはこの一件により、すでに活動を始めていたアルノらに合流し革命の道を歩み始めることとなった。理不尽に家族と故郷を奪われる、そんな者を再び生み出さないために。
「だが……今、俺がやっていることは何だ」
 リシェールは心の中でつぶやいた。
 少女を見つめた。少女は怨嗟の炎を瞳に灯してリシェールを睨みつけている。
「村の外へ連れて行ってやれ」
 リシェールは静かに言った。
「良いのですか?」
 少女を捕らえていた兵士が言った。
「かまわんさ……これも作戦のうちだ、殺すなよ」
 リシェールはそう言ってもう連れて行けと手を振った。
 村の惨状は誰かに伝わってこそ価値がある。いずれこの村のことは周辺に伝わるであろうが、彼女を放てば、彼女は近隣の村や町に行ってこのことを伝えるだろう。反発も招くかもしれないが、より敵味方をはっきりさせる戦略へと繋がると彼は考えた。
 少女は言葉にならない罵声を上げながら兵士に引き吊られて行った。無論リシェールに向けてだ。
 リシェールはしばらくそれを眺めていたが、火の粉が舞い上がる空を見上げてふっとため息をついた。
「後悔しているのか?」
 いつの間にか傍に現れていたアルノがリシェールに声をかけた。
 リシェールはしばらく答えなかった。だが、何かを振り切るように首を横に振った。
「いや、後悔ではないが少し悩んだだけさ。俺は奪われる側から奪う側に回っただけじゃないってね」
 アルノは眉を顰めた。
「俺は主義者じゃない。もっと理想や夢に酔っているなら、この程度のことは疑問にも思わんのだろうがな。理想のために主義に合わないものを粛清するなど、あいつらとそう変わらんのではないかと思っただけだ」
 リシェールは首を横に振りながら言った。彼の声は苦々しい。やはり後悔しているのだろう。この村を生贄にしたことを。アルノはそう察した。
 汚れ役を押し付けているな、とアルノは思った。この作戦の発案は彼だ。しかし、内外に響くのは彼ではなくリシェールの名であろう。
 アルノは拳を握り視線を落とした。
 それを見てリシェールはアルノの肩を軽く叩いた。アルノははっとしてリシェールを見た。彼は柔らかに微笑んでいた。リシェールは言葉に表さなかったが、アルノの気持ちを知っていると言いたげだった。アルノはそんなリシェールを直視できずに視線をそむけた。
 リシェールはアルノが取った戦略を正しいと思っていた。
 快進撃を続ける革命軍であったが、実のところ取れる選択肢はかなり狭くなっていた。
 その理由のうち大きなものとして一つは補給線にある。急激に膨れ上がった革命軍はその兵站が追いついておらず、集結した各部隊の手持ちの物資以外は本拠地であるレオンからの輸送のみに頼っていた。この革命は市民や農民の困窮を発端にしている以上、現地での徴収や略奪はもっとも行なってはいけない禁則であり、リシェールたちはそれを徹底された。その一方で一地方都市でしかないレオンからの補給は質も量も大軍を長期的に維持できるものではなかった。
 また部隊の一部は義勇兵、民兵で構成されており、彼らの大半は農民である。暖かい季節はすぐそこまで来ており農繁期が迫っていた。彼らをなるべく早く農地に帰す必要があった。
 もう一つの大きな理由は諸外国の外交圧力だった。内戦が長引けば大国フェルナーデの権益を狙って軍事介入の恐れがあった。
 アルノが苛烈な戦略を立てて実行に移したことは、彼らには早期に王国軍との決着をつけることが求められていたからである。
「王国軍はルテティアの城壁に拠らず、野戦を挑んでくるようだ」
 アルノは話題を変えて言った。それを聞いたリシェールはわずかに感嘆の息を漏らした。そして彼特有の少し挑発的な笑みを浮かべて言った。
「てっきり篭城してくるものと思っていたが、打って出てくるとはな。フィルマンと言う男は勇敢な奴だな。それとも何も考えていないだけか?」
「どうかな? 確かに戦術的に見ればルテティアの城壁は強固で防衛に有利だ。守りきれば勝利、と考えている指揮官ならば単純に城壁を頼っただろう」
 アルノは顎に指を置いて言った。単純にこの戦いのみを考えれば、革命軍はルテティアを陥落させるなり王国軍を降伏させることが勝利条件だが、王国軍は革命軍を追い払えばよい。
「戦略的な意味をこめて野戦を挑んできたというならば、フィルマンという人は侮れないと思う」
 アルノの言は慎重だった。
「そうだな。少なくとも腹の中に火薬を敷き詰められた状態で戦うことを避けるだけの知性はあると言うことだ。持久戦による消極的な戦いではなく、短期決戦で俺たちに勝つことで王国に力があることを示そうとしているのかも知れない。なかなかに野心家だ。しかし感心ばかりしているわけにはいかない。俺たちはどうする?」
 リシェールはアルノを見た。アルノは少し考えたがルテティアのある方角を見て言った。
「基本的な方針は変わらない。野戦で戦えるならむしろ好都合だ。その上で僕たちはルテティアにある火薬を爆ぜさせる。戦力差はその時点で互角だ」
 アルノは言葉には本来の力強さと自信が含まれていた。リシェールはそれを感じると満足そうに頷いた。


 ルテティアの西方はなだらかな丘が広がる平原で、秋には小麦が穂をつけて金色に染まる。ここ数年では冷害が続き、その収穫量は通常の八割に落ち込んでいたが、それでも他の生産地を遥かに上回る大穀倉地帯である。
 現在は冬から春にかけての休耕期であり、緑は少なく赤黒い大地が広がっている。
 フィルマンはこの地を決戦の場に選んだ。
 王国軍は方陣形、革命軍は横隊陣形でぶつかり合った。まずは革命軍が攻撃を仕掛け、王国軍が対応する形となった。これはこの戦いが始まる前の両軍の士気の高さから考えて順当な手順であった。しかし革命軍も勢いに任せた突撃は行なわず、この稀有な大軍同士の会戦は小部隊の小競り合いからと言う比較的おとなしい幕開けであった。


「閣下はなぜ野戦を選んだのですか?」
 フィルマンの隣に侍る従者、騎士見習いの少年、エルヴィン・ヨハンは好奇心をそのままに若い指揮官に尋ねた。
 フィルマンの幕下に集まった将軍たちは口を揃えて篭城案を唱えた。兵力はあれど、王国軍の士気は低く、勢いのある革命軍の進撃を止めるためにはルテティアの高い城壁は有効だと思えたからだ。
 だが、フィルマンは彼らの考えを却下した。
「そうだね。単純に戦うだけならば城に篭って戦うのがいい。門を固めて城壁の上から砲や弓で戦えば、こちらの被害は少なくてすむ」
 フィルマンは穏やかな声で言った。将軍たちと言い争っていたときの厳しい表情と声はどこかに行ってしまったかのようだ。
 フィルマンは教え子に授業を与えるかのような口調で続けた。
「ルテティアのような城塞は、単なる軍事拠点というよりは都市自体を守るためにある。そう言った城塞に篭る場合、中には二種類の人間がいることになる。わかるかね?」
 エルヴィンは考えた。若く柔軟な頭脳はすぐに答えにたどり着く。
「戦うものと守られるもの、つまり兵士と市民ですね」
「正解だ。この時、この二者が強く結びつき協力し合う事が出来れば、こう言った都市型の城塞は比類なき強さを持つ。兵士は市民の支援を受けて戦えるのだから、これ以上心強いことはない。これは近い過去を参考にするならヴァルディールが上げられるな。リュセフィーヌ候が率いた大軍を持ってしても、わずかな兵力しかないヴァルディールに散々に苦しめられた」
「ルテティアはヴァルディールにはなれないと?」
 少年の質問にフィルマンは肩をすくめた。
「今のルテティア市民が王政に忠誠を誓い、王や貴族のために兵士と一丸となって革命軍と戦うと思うかい?」
 少年兵は答えられなかった。答えが分からなかったわけではない。それを肯定する材料がなくて返答に窮したのだ。
 フィルマンは笑った。
「ありえないだろうね。現在の王政に市民は辟易としている。むしろ革命軍に協力したい、と言う市民も多いだろう。実際、ルクレール候が王宮を占拠しようとしたとき、扇動者がいたとは言え多数の市民が彼に協力をし、暴動に至った。あれからさほど時間は経っていないし、市民の不満が解消されたわけではない。相手もその市民感情を利用しないはずもないし、市民が暴発するのは目に見えている。そんなのを抱えて篭城戦を勝てるのなら、まあ戦争と言うものは易いものだと言わざるを得ないだろうね」
 市民の暴発をリシェールたちは「火薬」と表現した。その火薬が燻っていることはフィルマンも良く把握していて、篭城し長期戦に至ればその火薬に火がつくことは明らかだ。彼が野戦での決戦を選んだことは当然の選択だとも言えた。
「まあ野戦でも勝てるとは限らないし、勝ったところでさして意味はないかも知れない」
 フィルマンは淡々と悲観的な未来予測を楽観的な表情でつぶやいた。
「そんな……それでは王国は滅びるのですか?」
 エルヴィンは嘆くように言った。彼は王国の将来を信じているようだった。
 フィルマンはそんな少年を見て、彼のような人間ばかりであれば戦いやすいし、負けることもないだろうなと感じたが、彼のような人間ばかりであるのもそれは社会として健全ではないと思った。多様性のある思想があってこそ、社会と言うものは健全に保たれる。絶対王政も自由主義も互いに良いところがあるはずだと彼は信じていた。
「古今東西、建国されて滅亡を免れなかった国はないよ。時として国は人の一生よりも短い場合もある。フェルナーデは四〇〇年を永らえてきたが、この国もいつかは滅びる。それが明日か一〇〇年後になるかは、今を生きる私たちの仕事次第と言うところだろうね」
 フィルマンは諭すように言ったが、エルヴィンは半分分かったような分からないような顔をして頷いた。
「では閣下……僕は王国が一〇〇年続くことを願って戦います」
 その言葉はとても素直で心地いいものだった。フィルマンは笑顔で頷いた。
「よろしい。その意気ならば君はこの戦いを生き残るだろう」
「ところで……閣下、一つ訊いてもよろしいですか?」
「うん?」
「閣下はそんな先のことを考えて戦場にお立ちになられているのですか?」
 フィルマンはエルヴィンの質問にぎくりとした。確かに少年の言う通り彼は一〇〇年先のことなど考えていなかったのだ。自分が信じていないことを他人に信じさせようとは虫のいい話だ。それを見透かされた感じがして、フィルマンは苦笑いした。
「エルヴィン、ここだけの話だ。正直私はそんな未来の話まで責任を負うほど立派な人間ではないよ。今、私がここに立ってこう言う立場にいるのは成行きではあるが、これはある女性のためなのさ」
「女性のためですか?」
 エルヴィンは驚いた顔でフィルマンを見た。
「男って生き物は単純でね。惚れた女って言う奴は政治的な主義主張なんかよりずっと重要なものなのさ。つまり私は惚れた女を守るためにここにいる。もっともそれも過去形だ。もう彼女はとっくに人妻だからなぁ。ま、それでも私は国の未来という良くわからないものよりも、一人の個人のために戦うというほうがよっぽど性に合っている」
 静かに笑いながらエルヴィンに言う彼の顔は誇らしげだった。エルヴィンはその表情を見て、彼のような大人になりたいと感じていた。
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