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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第八章・闇の中の我が身焦がせし焔

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第5話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第八章・「闇の中の我が身焦がせし焔」
冤罪により反逆者の烙印を押され、牢獄につながれたレルシェル。
その闇の中で彼女が見たものとは――?

第八章・完結
 リシェール・ヴィルトールの天幕をほとんど挨拶もなくアルノ・デ・トリュフォーは入り口をくぐり、親友の元へ歩いた。
 無礼な侵入者にもかかわらずリシェールはそれがアルノだと知ると、表情を崩して彼を出迎えた。その姿をみてアルノは少々呆れたようにため息をついた。
「総司令官ともあろうものが護衛の兵士もつけておらんとは、無用心もここまで来ると侵入者のほうが怪しむかもしれないな」
「ここは俺のプライベートのようなものだ。四六時中誰かに付きまとわれているような生活はごめんだ」
 リシェールは悪びれない顔で言った。その堂々とした態度にアルノは苦笑するしかなかった。
「なら僕が持ってきた情報を聞かせるのは、君のプライベートが終わってからにしようか?」
 アルノの言葉は皮肉をこめた冗談だ。リシェールは無論それを察していたので、にやりと笑って机の上を乱暴に片付けると地図を開いた。ルテティア近郊の詳細な地形が書き込まれた地図だ。
「聞かせてくれ」
 彼ら自由革命同盟の軍はルテティア近郊まで迫っていた。
 彼らは破竹の進撃で王都ルテティアを目指していたが、一度東方の交通の要衝、ランシュを制圧している。これは東部の辺境を治め、軍事力的にも約四万の兵力を擁するヴァーテンベルク辺境伯と王都の分断させる戦略目的だった。
 辺境の英雄、ヴァーテンベルク伯はその兵力ももちろんの事、傭兵の出自でありながら数々の諸外国との戦いで功績をあげ、辺境伯まで上りつめた軍事の天才である。王都で祭り上げられたレルシェル・デ・リュセフィーヌに比べると、人気や知名度では劣るものの実績では彼女など比べ物にならない本物の英雄である。
 そのヴァーテンベルク伯に対し、自由革命同盟も味方に引きいれるべく使者を送っていたが、彼は未だ態度を明らかにしていない。革命軍に対して敵対的な行動も起こしていないが、味方に加わらないというのであれば、彼はまだ王国傘下と見るべきでありリシェールらは彼の動きに対して準備が必要だった。
「まずルテティアを守備する兵力は約十二万。王都を警備する常備兵力をあわせるともう少し増える」
 アルノの言葉にリシェールは思わず大きなため息をついた。
「まだそんなにいるのか王国軍は」
 彼の言うことももっともだ。この約三ヶ月の間、彼の軍は何度も王国軍を打ち破り勝利を得てきた。その度に新たな敵が現れるのだからたまったものではない。
 だが、彼が勝利を重ねるたびに味方も増えた。革命に純粋に共鳴したもの、王国を見限ったもの、新たな政府の元に利益を見たもの、戦闘の結果投降したもの、自由革命同盟に名を連ねるものは様々な意図があれど、その兵力は八万余を数えるまでになっている。
 そうは言っても各所から集まった寄せ集めの集団だ。それを組織的に運用するためには様々な努力と能力が必要だった。一つはリシェールの軍事的才能である。進撃の上で次々と起こる戦闘に彼は勝利し続け、その勝利を人をひきつける魅力へと変換させた。もう一つはその戦闘における戦略と戦術を組み上げ、また事務的な組織の整理などを担当したアルノの能力である。特にアルノの仕事は地味ではあるが、綿密でかつ配慮が十分になされた適切なものだった。二人の仕事は合流した各勢力の代表を納得させられるものであり、また若い二人が各勢力の代表を率いていくためには必要な努力だった。
「外国からもいくつか書簡が届いている。これは……」
「それは俺たちの仕事じゃない。レオンに回せ。外交官をやりたがる奴くらいいるだろう。そこまでやっていたら俺たちの身が持たん」
 リシェールはアルノの言葉をさえぎって投げやりに言った。アルノはそれに対して苦笑を浮かべたが、彼自身もその通りだと思った。彼らは軍人でありその仕事は王国軍を妥当し革命を成す事だ。外交まで現地司令官が行なってしまうのは職外であり、越権だと見られかねない。
 大国フェルナーデに従属していた諸外国は、この内乱に乗じて自由革命同盟や王国に交渉を挑んでいる。どちらにしても応援する代わりに権益を求めた内容だ。特に自由革命同盟にとって諸外国との交渉は今後において重要になるだろう。彼らを新たな政府として外国に認めさせ、これまでのフェルナーデが持っていた権利を維持できなければ、国益を損なって国内からの批判は避けられない。それは非常に困難な交渉であり、戦場で勝利を得ることより難しいことだとアルノなどは思う。
「とにかく今はルテティアだ。王都を陥落させれば一息つける。そのための情報を持ってきたんだろ?」
 リシェールは言った。彼らは勢いに任せて連戦を続けてきたが、元々は市民の暴発から始まった革命勢力で継戦能力は限界に近づいていた。彼らの基盤とする南部フェルナーデは比較的温暖であったが、それでもこの数年の不作は厳しく、特に食料の補給に不安があった。
「王国軍の司令官はカミール・デ・フィルマン男爵。三十二歳の若い指揮官だ」
「聞かない名だな。どんな男なんだ?」
 アルノの言葉にリシェールは聞き返した。
「間諜からの情報では大きな功績がある人物ではないね。しかし失敗もない。兵士たちからの人望は厚いようだが……」
「なんでそんな男が十万を越す大軍の司令官になれたんだ?」
「テオドール公の甥だそうだ」
 その言葉でリシェールは納得が出来た。今の王国はそう言う人事がまかり通る組織なのだ。
「ここでそのフィルマンと言う男が勝利できたならば、彼は新たな英雄となり、テオドールも一族に功績を与えられて満足だろう。だがそうは行かないさ」
 リシェールは不敵に微笑み嘯いた。革命軍の勢いはまだ衰えておらず、大軍を持ってしてもその流れを覆すのは並大抵の司令官では不可能であろう。それはこれまでの戦いが証明していた。
「結局、王国で俺たちとまともにやりあえたのはあの女だけだったと言うことだ。王国は俺たちに勝てる唯一の手段を自ら絶ったんだ」
 その女の名はレルシェル・デ・リュセフィーヌ。彼らにも彼女が反逆の罪で投獄されたことは伝わっていた。
「彼女を助けに行くのかい? 今なら彼女は僕たちに靡いてくれるかもね?」
 アルノは冗談交じりに言った。どちらかといえば生真面目な彼にしては珍しい発言だった。リシェールはそれに目を大きくして驚いたが、皮肉っぽい笑みを浮かべて答えた。
「囚われの姫を助ける王子になれと? 男なら一度はあこがれる役柄だけどな。だが、それでもあの娘は靡かんだろう。あれはそう言う信念を背負って生まれてきた人間だ。尊敬に値するよ」
 リシェールは思う。もし彼女が王国に忠誠を誓う前であったら。もし王国の大貴族の娘ではなかったら。今現在共に肩を並べていただろうか?
 いや、その考えは無意味だ。彼は考え直した。もし彼女がレオンの町娘として生まれたのであれば、今の彼女とはまったく別人に育ったであろう。鮮やかな才能も人を惹き付ける器量も育まれなかったかもしれない。現在の彼女を見て、別の条件に置き換えることは出来ないのだ。


 鼻を突くきつい臭いにレルシェルは闇に沈んだ意識を取り戻した。炭酸アンモニウム、気付け薬だ。視界にフレデリックとそれに従う大男の拷問官の姿が見える。今日、意識を失ったのは何度目だろう。レルシェルはそれすらも曖昧だった。
 レルシェルへの拷問はここ数日で苛烈さを増していた。
 レルシェルに起こった変化はフレデリックを驚かせ、そして彼の自尊心を激しく刺激するものだった。
 とある日を境にレルシェルの瞳に輝きが戻り、崩壊しかかっていた精神に強い焔が宿っていたのである。フレデリックは焦った。拷問官としての長い経験と実績がわずか十八の娘を相手に揺らいだのである。それはレルシェルが「闇の王」に会った日であったが、無論フレデリックが知る由もない。
 フレデリックは再びレルシェルを追い詰めるために、これまで以上の責めを科した。それによりレルシェルは精神的な限界よりも肉体が先に限界を迎えようとしていた。精神に灯した焔は我が身を焦がす灼炎となった。それでもこの闇の中でレルシェルの目が二度と光を失うことはなかった。
「何故だ。何故そんな目ができる。こんな救いのない暗闇の中で」
 フレデリックは苛立ってつぶやいた。明らかに平常心を失っているフレデリックを見て、レルシェルは憐れむような視線を向けた。それがフレデリックの心をさらに逆撫でた。
「くっ……続けろ」
 フレデリックは後ろに控える部下に声をかけた。若く屈強な拷問官の膂力は年老いたフレデリックと比べるべくもない。大男の筋肉で覆われた腕などレルシェルのそれの数倍になるだろう。
 だが彼はフレデリックの命令に答えなかった。
 従順な部下の異変にフレデリックは振り返った。彼はフレデリックの命令に答える代わりに、口から血を流し、驚いた表情で固まっていた。
 フレデリックは愕然と彼を見つめた。何が起こっているのか彼には理解ができていなかった。
 大男の胸からは光り輝く銀の刃が突き出ていて、そこからも赤い血がぬらぬらと流れていた。それがゆっくりと引き抜かれると、重量感ある身体は石畳の床に崩れ落ち、その場はたちまち血の海となった。
 暗闇に揺らめく人影。
 赤黒い髪をもち、使い古された外套を纏った青年だった。彼は手にした剣を古い血を拭う。そのしぐさには嫌悪と怒気が迸っていた。
「な、何者だ!」
 フレデリックはうろたえて言った。
 もっと驚いていたのはレルシェルだ。彼女は全身を苛める痛みを忘れて青年の姿に見入っていた。
「フェデ……ルタ? どうしてお前が、ここに?」
 レルシェルは掠れた声で言った。
 青年の名はフェデルタ・コンラード。レルシェルと同じく聖杯の騎士に名を連ねる者。幼少期よりレルシェルと共にリュセフィーヌ家で育ち、二人は兄妹であり、師弟であり、最も信頼し合い心を通わせる仲であった。
 フェデルタは力いっぱい奥歯をかみ締めた。
 普段、感情と言うものをあまり表に出さない彼である。その彼が今、感情を露にしいつもレルシェルが見ていた冷静な肩が怒りに震えていた。
 フェデルタの後ろには同じく聖杯の騎士、マリア・ベネットとリゼット・ド・ヴィリエの姿があった。レルシェルほどフェデルタとの付き合いのある彼女たちではないが、フェデルタの普段との差異に二人は驚いた。
「お前は楽には殺さない。お前がレルシェルに与えた苦しみの何分の一でもいい、十分に刻み付けてからお前を殺す」
 フェデルタは大声ではないが、低い声で強く言った。フェデルタの青い瞳の中には暗く激しい焔が灯っていた。フレデリックはそれを見て覚悟を決めた。負の感情と言うものを長年にわたって受け続けた彼である。こうなる日を彼は想像しなかったわけではない。
 フェデルタが剣をフレデリックに向けた。
「止せ、フェデルタ!」
 レルシェルの訴えるような声が鋭く飛んだ。フェデルタは驚いた顔でレルシェルを見た。フレデリックも同様に驚いてレルシェルを見る。彼女は体力を大きく失っていて、大きな声を上げただけで激しく咳き込んだ。それを見て心配をしたマリアが駆け寄る。
 レルシェルは顔を上げると憔悴しきった表情の中、かすかに笑みを浮かべた。
「止せ……騎士の剣は私怨で振るうべきものではない。私怨で斬ればお前の剣が穢れるぞ。この男はこれが仕事であって、こうすることがこの男にとっては正義なのだ。恨むべきは拷問と言う制度であり、彼ではない」
 レルシェルの言葉を聞いた皆が呆然とした。言われなき罪で投獄され、連日の拷問に何度も死に掛けてなおその精神には負の心はなく、公正と許容に常とした彼女に乱れはない。この中で一番驚いたのは実際に手をかけてきたフレデリックであろう。
「まったく、あなたと言う人は……」
 マリアは呆れ、また大いに感心してため息をついた。彼女は懐から薬品を取り出すと、レルシェルを戒めている鉄の鎖に塗りつけていく。すべての枷に薬を塗ると左手つけた銀の指輪を撫でた。それを合図に鉄の鎖がまるで熱された蝋のように溶けていく。彼女は錬金術師、鉄を変質させるのは造作もないことだった。
 支えを失ったレルシェルは崩れるように倒れこもうとした。それを支えたのはフェデルタだ。まるで抱きしめるかのようにレルシェルを受け止める。
「待てフェデルタ……今の私は汚いぞ……」
 レルシェルは冗談めいた言葉を弱々しく言った。確かに今の彼女は汗や脂、血などに塗れ、何日も換えていない囚人服は清潔とは言い難い。
 だがフェデルタはその彼女を強く強く抱きしめた。肌がふれあい、お互いのぬくもりを感じるほどだった。普段無愛想でレルシェルに対しても冷たくあしらっている彼が今は目一杯感情を露にしていた。
 レルシェルは驚いた。彼女の汚れた頬に水気が当たる。
「フェデルタ……お前、泣いてるのか?」
 レルシェルはつぶやいたがフェデルタは答えなかった。答えなかったが彼女には彼が言いたいことがわかったような気がして、目を細めて微笑んだ。
 レルシェルはふと遠い昔のことを思い出した。子供の頃、些細なことがきっかけで二人は喧嘩をした。もう原因すら覚えていない。感情的になったレルシェルは怒り、屋敷を飛び出して迷子になってしまった。レルシェルは必死になって帰り道を探したが、ルテティアの市街は子供の足には広く、疲れ果ててついには足をくじいてしまった。途方にくれて泣きべそをかいていた彼女を探し出したのは喧嘩相手のフェデルタだった。
 必死の表情で自分のことを探していたフェデルタの顔を見たとき、どれほど嬉しかっただろう。どれほど心強かっただろう。
 レルシェルを見つけたフェデルタは全力で駆け寄り、彼女を抱きしめた。
 そのぬくもりと優しさは、今包まれているこれと同じだ。レルシェルはこれ以上ない安心感を得てフェデルタに身を委ねた。
 一方でフェデルタも幼少の折、ヴァルディールで本当の家族を失っている。彼は意識していたわけではないが、家族を失うことに恐怖心を抱いていた。リュセフィーヌ家は第二の家族であり、その中でもレルシェルとは特に共有した時間が長かった。レルシェルを失うことは彼が恐れる最たることだった。そう言った深層意識が彼の行動を彼自身が驚くほど感情的にさせたのである。
 抱き合う二人を見てマリアは軽く肩をすくめて苦笑した。
「二人とも、感動は分かるけど厄介ごとが増えないうちにここを出ましょう。それにレルシェル、あなたはすぐにでも手当てが必要だわ」
 マリアは幼く見えるが、レルシェルに比べて六つ、フェデルタよりも四つ年上だ。行動を促すに十分に冷静な声で言った。
「しかし、良いのだろうか? テオドール公はそう簡単に私の反逆の疑いを取り下げないだろう」
 レルシェルの疑問にマリアは頷いた。
「当然でしょうね。しかしそれはディアーヌ様に策がおありです。そこはディアーヌ様にお任せしましょう」
「ディアーヌ様が? そうか……」
 レルシェルは知性溢れる王妃の顔を浮かべ、納得したように微笑んだ。
 マリアはフレデリックに向き直ると厳しい表情で言った。
「レルシェルは返してもらいます。レルシェルはあなたへの報復を良しとしませんでしたが、あなたが抵抗するというのであれば話は別です。私たちはあなたを邪魔者として排除することを躊躇いません」
 フレデリックはマリアの言葉に肩を落として首を横に振った。
「この期に及んであんたたちの邪魔はせんよ。と言うよりもその娘には驚かされてばかりだ。わしも長いことこんな仕事をしているが、こんな女は、いやこんな人は見たことがない。確かにこの方ならば、この国を変え、導いていくことが出来るやも知れん」
 フレデリックは命が惜しかったわけではない。それは彼の本心であり、声は落胆と感嘆が入り混じっていた。彼は既に無害だった。
 だがその国が存続しえるか、そう言う瀬戸際であり、だからこそレルシェルが必要なのだ。マリアはそう思う。
 そのレルシェルはいつの間にかフェデルタの腕の中で意識を失っていた。その顔は安らかで、彼女にとって本当に久しぶりの安らかな寝顔であった。
 フェデルタはマリアと目を合わせると立ち上がり、脱出を急ぐことにした。
「テオドール公への報告はなるべく遅くなるようにしよう。それがわしが出来る精一杯じゃ」
 去り際にフレデリックが言った。せめてもの詫びのつもりだろう。たしかにテオドールへの報告が遅れればレルシェルたちの行動は自由度が増す。それはフェデルタたちにとって非常に助けになるが、彼らはフレデリックに礼を言う気にはなれなかった。感情とはそう言うものだ。フレデリックもそれを理解していた。
 部屋から出ようとするフェデルタたちであったが、リズだけが動かなかった。
「どうしたリズ? 戻るぞ。先導してくれ」
 リズは暗殺者として教育を受けた経験がある。夜目も効くし隠密行動に長けている。ここまで大きな騒ぎを起こさずワルティユに進入できたのも彼女の力だ。
 リズは神妙な顔をして何もない空間を見つめていた。
「フェデルタたちは感じられない? ここ、何か変だ」
 リズは低く言った。
 フェデルタとマリアは彼女の言に怪訝そうにお互いを見た。彼らには何も感じられない。あるのはただおどろおどろしい闇だ。聖杯の騎士には魔物の気配を感じる力がある。特にリズはその力が抜きん出ている。たしかに明敏な彼女の感覚はこのワルティユの闇に潜む魔の気配を感じていた。
 それはレルシェルがこの闇の中で魔に近づいたときに出会った、闇の眷属の気配と魔王「闇の王」の気配の残滓だった。
 リズは悪寒を覚えて身体を震わせた。それは生理的に感じた恐怖だった。これらと戦ってはならない。まるで相手にならない。今時分たちが戦っている魔物とは別次元のものだ。リズはそれを本能的に感じていた。
「ごめん、なんでもない。行こう」
 リズはそう言うときびすを返し、フェデルタたちを先導するために来た道を戻り始めた。


 この日、フェデルタら聖杯の騎士の仲間によってワルティユを脱出したレルシェルは、ワルティユの東方に広がる森林地帯へと運ばれた。そこにはギャラン・スタンフォートが率いる傭兵を中心とした百五十人ほどの武装集団がいた。
 王都に戻ったギャランは騎士団と軍部にレルシェルの解放を求めたが、聞き入れられず、北壁騎士団にはレルシェルに代わる騎士団長を派遣された。ギャランらはじめレルシェルに心酔していた騎士団の一部はその人事に反発し、ボイコットを起こして行方をくらましていた。これも前代未聞のことであったが、革命軍が迫り王都内でも不穏分子の活動が活発になっていて、憲兵たちもろくに手が回らない状況だった。
 いわばギャランらは王国から離反した傭兵集団となっていた。本来なら許されざる行動であったが、ディアーヌは彼らに接触を持った。レルシェルを助け、再びレルシェルの元で働いて欲しい、と。
 ギャランたちは二つ返事でその申し出に答えた。もとより彼らは王国に反旗を翻してでもレルシェルを強奪しようと考えていたほどである。
 その彼らの元にレルシェルを抱えたフェデルタたちが姿を現すと、傭兵たち、いやレルシェルの騎士たちは歓喜の声を上げた。大声で喜びを叫び、中には肩を組み合い号泣するものもいた。
 こうしてレルシェルは三ヶ月にも及ぶ冤罪の虜囚の身を耐え抜き、仲間たちとの再会に笑顔を咲かせた。拷問による衰弱で彼女の活力は本来から程遠いものだったが、その瞳と表情は本来の彼女の輝きを取り戻していた。
 そして王都の外では次の戦いの気配が迫りつつあった。
 フィルマンは王都の城壁に拠らず、郊外での野戦による決戦を選択した。
 王国軍十二万、革命軍七万と言う歴史上でも類稀な大規模な会戦だった。そこでレルシェル率いるわずか百五十名の私兵集団は戦局に意外な影響をもたらすことになる。
 それは王妃ディアーヌが置いた布石の一つであった――。


闇の中の我が身焦がせし焔 <了>
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