挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第二章・英雄誕生

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

4/56

第1話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第二章・「英雄誕生」――史上最年少、史上初の女性騎士団長の誕生――
 立派な体躯の男が横柄な態度でイスに足をかけた。お世辞にも柄が良いなりとはいえない。その男をリーダーとして、やはり柄の悪い男たちが数名取り巻いていた。彼らは北壁騎士団の九番隊。通称『ガルーダ』。
 北壁騎士団は実働部隊として騎士階級ではない者も所属する。彼らも騎士階級ではなく、隊長のギャラン・スタンフォートも元傭兵で、荒くれ者の隊を纏めるに相応しい威厳と面構えを持った男だ。彼個人とその部下の戦闘能力は北壁騎士団一とも言われる。
「よお、アンティウス。うわさの新しい団長は今日からだったか?」
 通りがかった青年将校にギャランは声をかけた。アンティウスと呼ばれた青年は彼に軽く手を上げて答えた。
「正式には明日からの着任だが、閉門のあと騎士団全員をあつめて挨拶があるそうだ。サボるなよ?」
 アレン・ド・アンティウスは若くして貴族の家を継いだ青年である。アンティウス家はフェルナーデの名家であったが、彼の祖父と父の代でその財を使い果たし、富と名声を失っていた。彼は食うために軍人となり、騎士として北壁騎士団の幹部としてここにいる。「王室の剣術大会で優勝しただけで、実績も何もない貴族の女だろ? 武家の名門とはいえ十八の小娘、俺たちのアタマなんて務まるのかね」
 ギャランの声に遠慮はない。話題にしているのはレルシェル・ド・リュセフィーヌのことだった。
「さあ、わからんな……陛下に覚えがめでたい、ってことは噂で聞いてる。ただ、あの人でも務まったくらいだ。誰がこようと変わらないんじゃないか?」
 アンティウスは少し辟易とした声で言った。彼の言う『あの人』とはフランソワ・デ・ローモンのことで、今日までの北壁騎士団の団長である。際立った才能はないが、無能とも言えない。が、彼はその能力よりも、蓄財と権力への欲望が強すぎた。収賄に盛んな彼は北壁を乱した。だが、それも今のフェルナーデでは珍しいことではない。
「欲をかいたオヤジの次は、ガキの御守りか? やってられるか」
 ギャランは乱暴にテーブルを叩いた。
「そういうな。俺だって入隊したときは十八だった。何も知らない子供だったさ。それに俺は少しはあの人に期待をしているんだ。何かを変えてくれそうな人じゃないかってね」
 アンティウスは肩をすくめて言った。彼は剣術大会の神々しいまでのその少女の姿を見ていた。
「あんたは人がいいからな。苦労症ってやつだ。ま、たしかにオヤジよりか、キレイな娘のほうが飾りとしては一級品だ。ま、ひとつ試してやるか」
 ギャランは皮肉っぽく笑うと、何かたくらむような目をして、彼の周りにいる部下たちに目配せした。部下たちもギャランの意図を汲んで、含みのある笑いをあげた。
「おいおい。変なことをしないでくれよ……」
 苦労性の青年、アンティウスは困った顔でギャラン達につぶやいた。




 夕刻、空が紅く染まるころ北壁の門は閉まる。街の治安を守るため、夜間は城壁のすべての門が閉じられる。特別な用件のあるもの以外は、次の朝までその往来を待たねばならなかった。それは四〇〇年間変わらぬ伝統であり、この日も変わらず鷲の紋章が刻まれた鉄の大きな扉は閉じられた。
 北壁騎士団は門に最低限の見張りを残すと、彼らの隊舎の中庭に集まった。
 僅かな時間を置いて主役が現れる。レルシェル・デ・リュセフィーヌその人である。真っ直ぐな髪を後ろで纏め、真新しい騎士団の制服を身につけたその姿は若々しい少年のような風貌である。意志の強そうな眉、整った鼻梁と唇。そして見るものを轢きつける透明な空のような瞳。少女は颯爽とした足取りで、用意された台に上る。堂々とした姿は十八の少女のものとは思えない。集まった騎士達は思わず彼女の魅力にため息をついた。
「皆、日々の勤めご苦労。明日より正式に卿らを取りまとめるレルシェル・デ・リュセフィーヌだ」
 レルシェルははっきりと大きな声量で挨拶を始めた。それを真っ直ぐで清々しい表情で言う。騎士達は驚いた。彼らは欲に濁った上司たちを見すぎていたのである。
「このような大役、身に余る光栄だと思うが、私に出来ることを精一杯やりたいと思う。もちろん卿らの力に期待するところ大である。私は未だ若輩ゆえ……」
「まったくだ」
 その声は独り言にしては大きかった。いや、レルシェルはもちろん、この場にいる騎士達全員に行き渡る声だった。その声の主はギャランだった。
 隊列の一番端の列の先頭に一際大きい男。レルシェルは発言の主が誰かすぐにわかった。レルシェルは挨拶の演説を止め、その大きい瞳をギャランに向けた。唇は固く結び、目は大きく見開いてギャランを見下ろした。ギャランはその眼光を受けて、ふてぶてしい態度で鼻で笑った。
「おまえさんは簡単に言うけどな、世間知らずの小娘が頭とあっちゃ、世間様に笑われるのは俺達なんだよ。陛下の覚えがめでたいのかもしらねえが、ケツふってまで地位が欲しいものかね?」
 ギャランが嘲るように言うと、彼の後ろにいた部下が盛大に笑った。
 レルシェルはそのギャランをじっと見つめた。ギャランの隊以外の騎士はどよめき、その成行きを見守ろうとしている。
「おいおい、ギャランのやつ……」
 アンティウスは冷や汗を流した。彼は幹部のため、一般の騎士たちとは列が違う。レルシェルの後に控えている。アンティウスはギャランをとめようと声を出そうとしたが、それよりも早くレルシェルが動いていた。
 彼女は壇上から飛び降り、大股で歩いてギャランに詰め寄った。
 二メートルあるギャランの前で一六〇程度のレルシェルは子供のようだ。だがレルシェルはまったく物怖じせず、真っ直ぐに彼と相対した。かといってレルシェルの表情に怒りや苛立ちはなかった。端正な顔はむしろ笑みすら浮かんでいた。
「私がボスでは不満か?」
 レルシェルは腰に手を置き、挑発するような口調で言った。
「え? ああ」
 それはギャランにとっても予想外で、むしろ彼のほうが鼻白んだ。
「そうだろうな。私だって卿の立場であったら、こんな小娘が上官とは、やってられん」
 レルシェルはにやりと笑い、大げさにため息をついて見せた。
「陛下の御深慮は私にもわからぬが、私が何故北壁騎士団の団長なのか、私自身納得が言っていないんだ。卿らが納得行かないのもよく理解できるつもりだ」
 レルシェルの意外な態度と言葉にギャランらは拍子を抜かれた。
「じゃあなぜ引き受けたんだ?」
 ギャランは戸惑いながら問いかけた。その問いにアンティウスも頷く。リュセフィーヌ家はフェルナーデで五本の指に入る大貴族だ。北壁騎士団の団長の地位は決して軽いものではないが、現場の指揮官である。リュセフィーヌ家の者であれば、もっと中央の官職で重要なポストにつけるであろう。
 レルシェルは少しの間目を閉じ、考えを纏めた。ゆっくりと目を開き少し遠くを見るような瞳で語った。
「私はこの国の現状をよく思っていない。この国を変えたいと以前から思っていた。身の程知らずなのは知っている。だが私は私に出来ることを努力せずにはいられない。政治は腐敗し、治安は乱れ、人心は荒んでいる。私に今出来ることは何か……陛下からこの話を頂いたあと、数日間私は北壁の街を見て回った。酷い有様だ。スラムはおろか、城壁の内まで、子供すら盗みを働く状態だとは……私は北壁騎士団の団長の任を受けることにした。無論、これも私の能力に見合ったものではないかもしれない」
 レルシェルは振り返り、騎士団全体に視線を向けた。
「だからこそ、卿らの協力が必要だ。私はまだ未熟だ。卿らの力で助けて欲しい」
 彼女は毅然と言った。その言葉は気鋭に満ちていた。騎士団の男たちは、その誰よりも小さい少女の言葉に圧倒されていた。
「おもしろいことをいうやつだ」
 あっけにとられたギャランがつぶやいた。
「そうか? 私はごく当たり前のことを言っているつもりだけど」
 レルシェルは表情を崩して言った。
「その当たり前のことをいえないやつが多いのさ。上に行けば行くほどな」
 ギャランは毒気を抜かれた表情でそうつぶやいた。
「というわけだ。しばらくはこの男が言ったように、卿らの立場は良くないものかもしれない。だが、すぐにでもそれは取り返せるように私も努力する。卿らの力を貸してくれないか!」
 レルシェルは大きくしても美しさが欠けないその声で言った。
 しんとした騎士団の中で、一人の年配の男が拍手を始めた。それを皮切りに拍手と喝采が起こった。レルシェルはひとまずそれに満足し、柔らかな笑みを浮かべた。
「そうだ、卿の名は?」
「俺か? 俺はギャラン。ギャラン・スタンフォートだ。九番隊の隊長だ」
「そうか、よろしく頼む。忌憚なく意見を言ってくれ」
「いいのか? 俺は口が悪いぜ? 生まれがよくないからな」
 ギャランはニヤリと笑った。それは悪党の面だ。
「顔を見ればわかる。だが、陰口を叩かれるよりはマシだ。あれは誰の役にもたたん」
 レルシェルは含みのある笑みを浮かべると、颯爽と隊舎に向かった。彼女の挨拶はすでに終わったのだ。
 ギャランは呆気に取られてその彼女を見送った。

「まったく、あなたには感心しますよ」
 隊舎の団長執務室に戻ったレルシェルに声をかけたのはアンティウスだ。彼は少し疲れたような表情をしていた。
「ふふふ、私が深窓のお嬢様とでもおもっていたか? 私は剣術大会で優勝するような女だぞ」
 レルシェルは意地が悪そうに笑った。アンティウスは深くため息をついた。だが、レルシェルは彼の疲れた表情の中に、新任の少女を心配する色が感じられたために表情を和らげた。
「卿は人がいいな。おそらく前の上司の下では肩身が狭かっただろう?」
「え、いや、そういうことは……」
 アンティウスは図星をつかれて戸惑った。たしかに前任のフランソワ・デ・ローモンの収賄には辟易とさせられた。立場上弾劾するわけにも行かず、性格の生真面目さから彼は上司から煙たがれつつ、尻拭いに奔走させられたのである。
 レルシェルもそのことをすでに知っているのだろう。
「市民の生活環境を改善することも必要だが、まずは内部の膿を洗い流すことも重要だな。前任者の下、卿のような真面目な者ばかりだったとは思えない。過去の所業はともかく、今後は引き締める。それでも尚過ちを犯すものは、処断せねばならぬ。資料を見れば、北壁騎士団の犯罪検挙数は少なくない。市民の中の犯罪者を捕らえるのは当然だが、無論身内はそれ以上に厳しく取り締まらなければ示しが付かない」
 レルシェルは毅然と言った。
「ずいぶん顔ぶれが変わってしまうかもしれないが、我々は公正であるべき人間だ」
 アンティウスは強く頷いた。彼の直感は間違っていなかった。何かを変えてくれそうな力強さが、この少女の内にはある。

 王都ルテティアは肥沃なガリア平原を背景に、その母体、フェルナーデ王国の建国と同じく、四〇〇年の歴史を刻む。
 ローヌ川とミランダ川の合流地点であるここは、古くから交通の要所であり、経済的の潤う町である。しかし、それゆえにこの地の利権を巡り、フェルナーデ王国の王都となるまでは幾多の戦火に焼かれてきた。ルテティアは二つの大河と言う天然の要害を差し引いても、攻めるに安し守るに難しな都市であった。
 軍事の天才、フェルナーデの初代国王、アーシェル一世によって建設された城壁がこの町を外敵から守り、歴代の王によって改修がなされた。以来ルテティアに剣を付き立てたものはいない。強大な王国の軍事力と城壁の中で人々は平和を得、周辺の富も安全と繁栄を求めてこの地に集った。
 フェルナーデ歴四一七年。ルテティアは城壁の外のスラムを含めば、人口四〇万を数え、世界でも指折りの大都市となっている。だが、人口増加に大地は疲れ、連年の冷害もあってその繁栄は陰りを見せ始めた。版図を広げ続けていた王国も、今では諸外国との戦争に疲れ、内では権力者たちの争いに乱れ始めていた。
 ルテティアはそれでも活気を失ってはいなかったが、汚職と人口流入のため、街の治安は悪化を辿っていた。
 濁った池のような状態に陥っていたルテティアに、一つの清流が流れ込むような事件があった。
 レルシェル・デ・リュセフィーヌの北壁騎士団長就任である。十八歳に満たぬ、美しい名門貴族の少女が剣術大会優勝と言うニュースは、暗鬱とした空気に包まれていたルテティアの大衆を惹きつけるに十分だった。彼女の名は予想以上に市民に知れ渡り、彼女に対し、期待と不安が入り混じり、市内の噂の中心となった。
 レルシェルの打ち出した施策は斬新だった。
 騎士団はおおよそ一〇〇名前後の騎士たちが属するが、北壁だけでも十万以上の人口を受け持つことになる。当然騎士たちだけで治安を維持できる数ではない。そのため、非常勤の兵士を雇い不足を賄っている。いわば傭兵である。彼らには騎士団の印を渡し、取り締まりの権利の証を与えるのが通例であったが、彼女は彼らにも騎士団の外套を与え、勤務中はその外套を着用することを義務付けたのである。
 騎士団の外套は騎士のステイタスの一部であり、それを一般の兵士に与えることはきわめて異例であり、驚きと批判を呼んだ。
「騎士団の犯罪検挙数は確かに多く優秀である。だが、それ以前に犯罪発生件数が非常に多いと言うのが問題である。我々の仕事の本質は犯罪者を捕らえることではない。犯罪から市民を守ることであり、犯罪が起こること自体を抑制すべきだ。したがって巡回、警備の者が一目で騎士団の者とわかる姿を見せておけば、軽い犯罪ならば未然に防ぐことが出来よう」
 レルシェルはそう決定し、急ぎ外套を作らせて非常勤の兵士に与えた。
「彼らも騎士の外套を身につければ、気も引き締まるし、やる気もでるのではないか?」
 これは彼女の冗談半分の言葉ではあったが、その言葉の通り半分、いやそれ以上の効果があったのだろう。北壁地域における窃盗や傷害などの犯罪は目に見えて減った。
 それだけではない。彼女は自ら巡回に加わった。これも異例のことだった。
 しかも騎士たちに乗馬を禁じ、徒歩での巡回を命じた。無論、彼女自身もだ。
「市民と同じ視線で街を見るべきだ。馬は人を勇敢にし、堂々とした姿にさせるが、同時に威圧感も与える。それは戦場においてのみで良い。市民は敵ではない。守るべき味方であり、雑談でも良い、交流を図るべきものだ」
 彼女の改革は市民のためを思うものだった。それによって益を得るもの、損をする者、人それぞれではあったが、総じて善良な一般市民においてそれは歓迎された。
 北壁に清流が流れ始めた。史上最年少、史上初の女性騎士団長の誕生。停滞と倦怠に嫌気の差していた住民たちには、若く美しい英雄の登場に、歓迎の色を見せていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ