挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第七章・レルシェルの初陣

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

35/55

第6話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第七章・「レルシェルの初陣」
ついに勃発した大規模な反乱。
英雄レルシェルは王都旅団を率い初陣に発つ。
だが、味方の軍が総崩れし孤立した王都旅団は――?
 少女が低く疾走する。それはまるで地を這うかのようだ。両手には銀の刃。夜の街の中でわずかな光を凝縮して煌めく。
 彼女は速さを緩めずさらに濃い闇の前に滑り込む。人と爬虫類が混ざったのような異形。魔物だ。
 小柄な少女の倍はあろうかという魔物に彼女は全く怯まなかった。冷徹な目でその魔物を獲物として捕らえる。
 小さな気合いの声と共に彼女の身体が跳ね上がる。鮮やかに回転しながら両手の刃で闇を切り裂いていく。聖別された銀をベースに錬成された短剣で切り裂かれた魔物は断末魔の悲鳴を上げた。
 魔物は灰になって砕けていく。それを見届けた少女は空中で一回転すると身軽な仕草で着地した。
「……ごめんね」
 両手の刃を懐に納めた彼女の顔は、先ほどの冷徹さが消え失せて悲しそうな色を浮かべていた。彼女は命を奪うことに誰よりも長けていたが、それにいつまでも慣れることが出来なかった。
 駆け寄る足音に気が付いて彼女は振り向いた。
「リズ! 魔物は倒したのか?」
「フェデルタ、遅いよ!」
 少女リゼット・ド・ヴィリエ、通称リズは腰に手を置いてフェデルタの遅参を非難した。リズはそのままリュセフィーヌ家の屋敷に厄介になり、フェデルタらと共に聖杯の騎士としてセリオスに認められ活動を始めていた。ほぼ同時期にレルシェルが王都を離れたことにより、彼女の穴を埋める形となっている。
「こっちも一つ片付けてきたんだ。仕方ないだろ。と言うかお前なんでメイド服なんだ」
 フェデルタはリズの姿がはっきりとわかる場所まで近づくと、彼女がリュセフィーヌの屋敷で働いているときと同じような格好でいることに気が付いた。
「気配を感じてすぐに出たからね。案外これでも動きやすいんだよ」
 リズはそう言うとスカートを持ちあげ軽くターンして見せた。
「それにしてもさすが王都。人の数も多ければ、魔物の数も多いねえ」
「いえ、このところの数は異常です」
 現れて呟いたのは同じ聖杯の騎士のマリア・ベネットだった。
「マリアさん」
 リズとマリアはすでに顔合わせを済ましていた。
「レオンの反乱軍に王国軍が敗北したと言う噂はルテティア市民にも届いています。その影響で王都でもデモや暴動は活発化していて市民の生活は不安定になりつつあります。魔物は不安や恐怖と言った負の心に付け入ると言われていますから……」
 マリアは難しい顔をして言った。リズは頬に指を当て、自分たちの仕事が多いことがこの王都の情勢と一致していることをなんとなく理解した。
「まったくレルシェルのやつを出征させた意味がない」
 フェデルタはため息交じりに言った。そのぶっきらぼうな言い方の端に彼女を心配するいら立ちが現れている。
 民衆に絶対的な人気があるレルシェルを出陣させることで、『大義』を世に知らしめて反乱を鎮圧させるのが彼女が旅立った最大の理由である。
「無事だとよろしいですが……」
 マリアは胸に手を当てて祈った。王都ではまだ詳細な情報は手に入っていない。彼女は腹違いとは言え、兄を戦場で失っている経験がある。大切なものを戦いで失う怖さを知っている人物だった。
 フェデルタもマリアの姿を見て心がざわつくのを感じた。レルシェルの真っ直ぐな性格が妙な災いを生まなければ良いが。彼はそう思ったが、遠く戦場から離れた王都にいる彼らにはどうすることもできなかった。


 アルビンの丘の戦いは収束していた。
「レルシェル・デ・リュセフィーヌは戦場を離脱したようだ。残念だったね、ここで彼女を殺すか捕まえるかしたかったのだろう?」
 リシェールとアルノはレルシェルは最後まで戦場に残るだろうと予測していた。その予測はレルシェルの希望と一致していたのだが、それを阻止する者がいたのだ。
「アラン・ド・アンティウスか」
 リシェールはつぶやいた。レルシェルを強制的に戦場から離脱させた王都旅団の副将の名だ。王都旅団は巧みに地形を利用し、小部隊を段階的に退却させることで見事な撤退戦を演じた。全滅も必至だった絶望的な戦況の中、全軍の八割をも無事撤退させることが出来たのは、この作戦立案と正確に撤退のタイミングを見計らうことが出来た副将アンティウスの功績と言えた。だが、その彼自身は最終的に犠牲とならざるを得ない、最後尾の部隊を率いて最後まで戦場に留まる道を選んだ。
「俺は彼のことを見誤っていたようだ。俺は彼の能力をアルノより低く見積もっていた。それに今でも誤りはないと思っているが、彼はアルノには出来ないことを出来る人物だったのだな」
 リシェールは感嘆のため息をつきながら言った。隣のアルノも彼に同意し神妙な表情で頷いた。
「私は騎士ではない。だが、彼は騎士だった。見事なまでにね。私はたとえ君であっても、自分を犠牲にしてまで君を救うことなど出来ないだろう」
「酷い副将だ」
 リシェールは笑って言った。アルノを非難しているわけではなかった。たとえ主であっても自分の命を投げ出すようなことなど、そう簡単にできることではない。アルノこそが普通だとリシェールは思った。だが、アンティウスという男に命をかけさせるほどの求心力がレルシェル・デ・リュセフィーヌにあると言うことだ。同時にリシェール自身にはないことを彼は痛いほど理解した。彼はわずかな時間、一度しか彼女に会っていないがわかるような気がした。
「しかし」
 二人はしばし沈黙していたが、アルノがその沈黙を破った。
「王都旅団は敗れた。レルシェル・デ・リュセフィーヌは負けた。『英雄』と言う神格は泥に塗れた。それは今後の戦いに大きな影響を与えるだろう」
 もはやレルシェルと王都旅団は革命にとって大きな障害とならないかもしれない。それにリシェールはわずかな寂寥を覚えた。
 戦いが終わり日が沈んでいく。落日は誰にも止める事はできない。英雄レルシェルですら落日を止める事は不可能だと言うことはわずかな時間で王国全土へ広がるだろう。王国の命運はこの落ちていく太陽のように残された時間は少ない。リシェールはそう確信した。
「副将も失い、彼女は両の翼をもぎ取られたようなものか。敵ながら同情に値する」
 リシェールは静かに言った。
 だがレルシェルの運命は彼らが予想したものは違う方向へ流れていく。


 戦場から北西にあるベルロッシェの村は、森林と丘陵地帯に囲まれた小さな村である。その郊外に敗退した王国軍が次々と集まってきていた。
 王都旅団を除いた王国軍主力は全体の五割以上を損耗すると言う状況で、各師団とも損耗率や士気の状態から継続しての戦闘はまず不可能な状態に追い込まれていた。その中で王都旅団のみが前線から突出した状態からの撤退に関わらず、二割程度の被害で撤退しているのはレルシェルとアンティウスの作戦指揮による結果だった。
 だが、その二人の姿をまだ見ていない。
 撤退路確保のため、いち早く戦場を離脱したギャランはベルロッシェ郊外の街道に立ち、二人の姿を待った。
 ギャランが戦場を離れ一日が経ち、その次の日の夕刻、森から王都旅団の外套を着た騎兵の一団が現れた。アンティウスの部下、ロベールが率いる小隊だった。その小隊の最後尾にはボロボロの軍服と乱れた金色の髪もそのままのレルシェルの姿があった。
 彼女の姿を見たギャランは急いで駆け寄った。
「レルシェル! 無事だったんだな!」
 レルシェルは今はさすがに自分の馬に跨っていたが、手綱は緩く下げ、馬に任せるがままと言った雰囲気だった。
 レルシェルはギャランを見ると馬を下り、彼に近づいた。その姿に常の凛々しさはなく、ギャランはいつもの彼女と雰囲気が違うことに気がついた。戦場から一昼夜かけて退却してきた疲労もあるが、その程度でこの少女の活力が尽きることはない。
「ああ、ギャラン。すまない、心配をかけたな」
 レルシェルは弱々しく言った。ギャランははっとなってあたりを見た。
 彼の姿がなかった。
「おい――」
 ギャランはレルシェルの肩を掴んで揺さぶった。レルシェルは彼の太い腕に揺さぶられても抵抗せずなすがままになった。
「後続はいない。私たちが……私たちが、最後だ」
 レルシェルは地面に視線を落とし、苦しげな声で言った。
 ギャランは奥歯をかみ締めた。予感はあった。この作戦をアンティウスから聞いた時、彼はこうなることを覚悟していた。いや、他の誰かにその役目を押し付けるなど彼には出来はしないことをギャランは知っていた。
「あの野郎……」
 ギャランは天を仰ぎ、アンティウスの姿を思い浮かべた。彼は自らの役割を全うした。こうして彼の守るべき少女は、主はここに無事でいる。騎士としてこれほど本望な最後があるだろうか。傭兵出身のギャランにはそのすべてが理解できているか不確かだが、彼はアンティウスと言う男の生き様を尊敬し、そして罵った。
 と、ギャランは胸を叩かれた。見るとレルシェルがそのか細い腕でギャランの厚い胸板を叩いていた。
「うぐっ……ぐっ……うあぁあ……」
 レルシェルから嗚咽が漏れていた。
 ギャランは驚いた。北壁騎士団長就任以来、ろくに弱音も吐かなかった彼女が泣いていた。
 初陣で敗北し、最も信頼する部下を失って彼女はここまで必死に堪えてきた。アンティウスの次に信頼し親睦があったと言って良いギャランに再開したとき、彼女のたがが外れた。
 ギャランの大きな身体の中で、彼女は泣いた。ぼろぼろに泣いた。埃と涙と鼻水で美しい顔を汚して嗚咽する少女を、傭兵上がりの無骨な男はその大きな手で髪をなでて慰めるくらいしか出来なかった。


 翌日、レルシェルは王国軍主力の指揮官オーギュストに召集を受けた。
 レルシェルは一人、王国軍主力の第三師団の司令部へと向かった。さすがに身なりは整え、顔も髪も本来の彼女の美しさに戻っていたが、目の下のくまだけは隠し通せていない。夜はほとんど眠れていなかった。ギャランたち旅団幹部は彼女の体調を気遣ったが、敵地に乗り込むわけではない、と彼女は同行者を拒否した。
 第三師団を訪れたレルシェルの目に映ったのは、部隊が半壊し行き場を失ったもの、傷ついて仲間の力なしでは動けぬもの、戦友を失ってうつろに嘆くものなど酷い有様だった。
 オーギュストの天幕に入るとレルシェルは違和感を感じた。
 高級将校がいない。かわりにオーギュストと彼の直属の兵士たちが待っていた。
 レルシェルはここに呼ばれた理由が、今後の方針を定めるためだと思っていた。そのためには各師団の首脳部が集まっていてもおかしくはない。
「よく来たな、リュセフィーヌ将軍」
 オーギュストは静かに言った。一敗地に塗れた司令官としては彼の心境も察するものがある。
「はい。それで他の将軍たちは?」
 レルシェルは敬礼し、オーギュストに問いかけた。
「必要がない」
「は?」
 レルシェルはオーギュストの言葉が理解できず、怪訝そうな顔で聞き返した。
「必要がないといったのだ。裏切り者を捕らえるのにはな」
 オーギュストはそう言うとすばやく目配せをした。それと同時に彼の部下たちは一斉に剣を抜き、レルシェルに向かって剣を閃かせた。
「なっ?」
 彼らの剣は彼女の細い首をなぎ払う寸前で止まっていた。
 この状況ではいかにレルシェルといえども首から下を動かすことは出来なかった。
 レルシェルは背筋に流れる冷たいものを感じながら、オーギュストを睨みつけた。
「これはどう言うことです? 私が裏切り者?」
「この戦い……いやこの敗北、原因は内通者がいた他ならない」
 オーギュストは言った。その言葉にレルシェルは思い当たる節がある。マコンの会戦からずっとリシェールたちは敵情に明るく、常に戦いの時機を知っていた。機を見るに敏、と言うには先が見えすぎていた。つまり王国軍の内情を常に流していたものがいたのではないか、それはレルシェルも薄々感づいていた。
「それが、貴様なのだよ、レルシェル・デ・リュセイフィーヌ! この者を捕らえよ!」
 オーギュストは怒鳴るように言った。
 レルシェルは驚いてその言葉を聴いた。無論、彼女に身に覚えがない。抵抗しようと彼女は動いたが、司令部付きの精鋭に囲まれてはどうすることも出来ない。すぐに周りの者に縄をかけられ、彼女の身体は自由を失った。
「マコンでの貴様の参戦時も敵はすぐに引いた。先日の戦いも王都旅団のみが被害が少ない。何かあると思うが当然」
「そ、そんな理由で?」
 レルシェルは愕然とした。マコンではリシェールは大きな勝利を求めていなかったらすぐに軍を引いた。アルビンの丘からの撤退戦はアンティウスが綿密な撤退戦を計画し、その身命を犠牲して得た結果だ。
「いいや、それだけではない。貴様、敵のリシェール・ヴィルトールと逢引しておったことを見ているものがおる」
 レルシェルは驚愕の表情を浮かべた。語弊はあるが確かにマコンの戦いの後、レルシェルは人目を避けてリシェールとアルノと会っている。
 オーギュストはレルシェルの表情を見てにやりと笑った。その目の奥に歓喜が踊っていた。レルシェルは失敗したことに気がつき愕然とした。驚きを表情に出してしまったのは失敗だった。オーギュストはその事実を知っていたわけではない。かまをかけられたのだ。
「ちがう! 私は裏切ってなどいない! 私は……」
「やはりそうだったか、この売女め!」
 オーギュストはレルシェルの抗議をさえぎって抵抗できない彼女を力いっぱい殴り飛ばした。縄で縛られ抵抗できないレルシェルは吹き飛ばされる。レルシェルの口の中に鉄さびの味が広がった。
「将軍、私は……」
 レルシェルは必死に顔を持ち上げて訴えようとした。
 だが、レルシェルはオーギュストの表情を見て絶望した。彼の顔は怒りでも悲しみでもなく喜びに満ちていたからだ。その理由を彼女の明敏な頭脳は察した。
 彼は大敗北と言う責任から逃れるための生贄を欲していただけなのだ。
 内通者がいたのは事実だろう。その責任が彼にあることは明らかだったが、その真犯人を探しだす事など彼の興味の外だった。彼が必要としたのは、「英雄レルシェル・デ・リュセフィーヌが裏切った」と言う衝撃的な結果だった。たとえ、それが本当か冤罪であるかは大した意味を持たなかった。敗軍の将の存在などその衝撃に比べれば歯牙にもかけられないだろう。
 オーギュストは自らの保身のため、レルシェルを生贄に捧げることを選んだのだ。
 オーギュストは起き上がれないレルシェルの髪を掴み、無理やり引き起こした。レルシェルが痛みに悲鳴を零す。
「しかし驚いたぞ。本当にリシェール・ヴィルトールと会っていたとはな。次にその口からはどんな事実が零れ落ちるのだ?」
「違う。私は裏切っては……」
 レルシェルは弱々しい声でうめいた。常の彼女であれば毅然と否定を訴えただろう。だがアンティウスを失った痛みと、オーギュストが図る保身への落胆と絶望に、この時の彼女の心は常の強さが失われていた。
 オーギュストは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「よかろう。ルテティアまでの道中は長い。ゆっくりと聞き出してやろうではないか」
 レルシェルは悪寒を感じた。魔物よりも醜悪なそれがこの男の中には宿っている。悪魔的な笑みを浮かべる彼を見てレルシェルは呆然と絶望的な未来を予感した。


 フェルナーデ暦四一九年初頭――。
 レオンの革命組織、自由解放戦線は王国軍との大勝利を収めた。それにより各地の反王国運動も活発化し、それを受ける形でレオンを中心としたフェルナーデ東南部の都市群が合同し「レオン自由革命政府」の樹立。一方的にではあるが、フェルナーデ王国から独立を宣言して共和制国家として立ち上がった。彼らが占めた範囲はフェルナーデ南西の一部分で、フェルナーデの人口五分の一程度であった。
 フェルナーデ王国は無論自由革命政府など認めなかったが、レルシェル・デ・リュセフィーヌを起用した挙句の大敗で一気に革命機運が高まり、それを抑えるのに必死だった。
 王国はまさに麻のように乱れ、混乱の暗黒時代に突入しようとしていた。
 その頃、レルシェル・デ・リュセフィーヌは裏切り者の烙印を押され、ルテティアに護送された。ギャランら王都旅団の将校による必死の抗議も聞き入られず、英雄の少女は政治犯、思想犯が収容される悪名高きワルティユの地下監獄に幽閉されていた――。


レルシェルの初陣 <了>
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ