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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第七章・レルシェルの初陣

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第4話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第七章・「レルシェルの初陣」
ついに勃発した大規模な反乱。
英雄レルシェルは王都旅団を率い初陣に発つ。
だが、味方の軍が総崩れし孤立した王都旅団は――?
 四一八年の末、レルシェル・デ・リュセフィーヌが率いる王都旅団はアルビンの丘に対し攻撃を開始した。反乱軍側もアルビンの丘の戦略的重要性を知っており、守備兵一〇〇〇ほどを配置していた。重要な地点と認めながらも、守備兵をわずか一〇〇〇しか置けなかったのは反乱軍の貧しい台所事情にある。リシェールの運用できる兵力は全軍で一万六千ほどであり、ヌーヴィルの城塞に拠るとは言え、王国軍主力三万六千を正面から支えるには一万五千を城塞に留めるしかなかった。
 リシェールはアルビン守備軍の指揮官コルベールに遅滞行動を徹底させた。アルビンの丘には事前に陣地や壕を構築しておき、高所からの有利さを活かして徹底した防衛に努めて、六倍の王都騎士団を苦しめ損耗を強いた。
 思いのほか頑強な抵抗を示す守備軍に対してレルシェルは強攻策はとらず、自軍の出血を極力避けるべく敵の後退に合わせた堅実な作戦を実行した。地味な作戦であったがこれにより戦力差が戦況に現れ始める。コルベールの守備軍は少しづづだが防衛線を縮小し追い込まれていった。 しかしレルシェルは王国軍本体から再三にわたるアルビンの丘の早期制圧を求められていた。王国軍本体も堅牢なヌーヴィルを前にして攻略の糸口が見えておらず、アルビンの丘制圧による戦況の変化と局地的な勝利による士気向上を欲していた。
 レルシェルは再三の要求に対して、しぶしぶであるが敵陣への強襲を決意する。
 ギャラン・スタンフォートを切り込み隊長とする重騎兵を中心に一五〇〇名の突撃隊を組織し、丘の守備陣地に突撃させた。
「私も行く、と言ったら卿は止めただろうな」
「当然です。レルシェル様には旅団全体の指揮を取る義務がありますから」
 レルシェルの冗談交じりの問いかけにアンティウスは生真面目に答えた。
「わかっている……つもりだ。しかし、部下を危険なところへ行けと命令するのはどうも気分が良くないものだ」
 レルシェルの言葉にアンティウスは肩をすくめた。
「勝算のない戦いを命じたわけではないですから。すべてあなたが動いてしまったら中級指揮官の仕事がなくなってしまいます。それにギャランの奴は上手くやりますよ」
 アンティウスはなだめるように言った。
 ギャランは北壁騎士団で直接の部下であるガルーダ隊と供に一五〇〇名の部隊を率いて突撃した。歴戦の傭兵である彼の勇名は王都でも知る人ぞ知る。その名にふさわしい苛烈な突撃だった。
 もともと王国旅団の攻撃にコルベールの守備隊は疲弊しており、ギャランの強襲に対抗するだけの力は残されていなかった。ギャランはその弱さを見極め、部隊を散開させながら守備陣地を蹂躙した。
 コルベールは防衛線の崩壊を知ると残存兵力を速やかに結集させ、撤退を開始した。それは事前に防衛線が破られたとき、各守備隊の兵士たちは持ち場を放棄して撤退するように命じていた。コルベールがリシェールから受けた命令は、丘の死守ではなくなるべく長く時間を稼ぐことであった。彼はその命令をよく理解し実行した。
「何だよ、敵さん腰砕けだな。これまでの粘りはどこいっちまったんだ?」
 最前線で戦うギャランは敵の撤退のすばやさに呆れて言った。
 戦い足りないギャランは撤退するコルベールの部隊に追撃をしかけようとしたが、旅団本隊からの追撃は不要との伝令を受け、寸でのところで留まった。
 最前線にレルシェルらが追いついたとき、ギャランは不満を抗議に変えて言った。
「何だよ、敵はもうボロボロだったしもう一撃を加えれば全滅できたかも知れねえ」
「卿の言いたいことはわかる。だが敵の引きが手際よすぎる。罠かも知れないと思ったんだ」
 レルシェルは丘から見えるヌーヴィルの城塞を見下ろして思う。
 リシェールとアルノという男ならやりかねない。正面の敵を支えるので手一杯と見せかけ、予備兵力をつくり伏兵とする。アルビンの丘の守備隊はできるだけ粘り、敵が攻勢に出たところで一気に引く。そこに吊られた前衛に伏兵が奇襲をかけると言う策だった。
 レルシェルが説明をすると、ギャランは太い腕を組んで唸った。
「まさか……敵はそこまで用意があったって言うのか?」
 ギャランの質問にレルシェルは少し考え、首を振った。
「実は私も勘の域をでないんだ。だが、私たちの目標は達せられたし、彼らがヌーヴィルの本隊の合流したところで大勢に影響は少ない。小さな功績を焦って卿らを危険に晒すことは出来ないと思ったんだ」
 ギャランはレルシェルの考えを聞いて感嘆の息をついた。確かに彼女の言うとおり、千名弱の守備兵を壊滅させたところで戦略的に大きな影響はない。仮に伏兵に攻撃されていた場合、被害は馬鹿にならないだろう。
「ギャラン、無理な攻撃で少なからず損害が出ただろう。負傷者を衛生班に回せ。報告はそれからでいい」
 レルシェルは表情を崩して言った。ひとまず戦闘は終わり、彼女も少し緊張を緩めた。
 ギャランは彼女を見て、やはり他の指揮官とは何かが違うと感じていた。王都で見せた政治的な才能、この戦場で明らかになった軍事的才能だけではない、人を惹き付けて行く力が彼女には確実にある。
 ギャランは敬意と将来への期待をこめて敬礼し、そして笑った。
 髭面の大男に無邪気な笑顔を向けられたレルシェルは少し肩をすくめ、笑い返した。


「まさか伏兵を見破られたとはな。なかなかやるじゃないか、レルシェル・デ・リュセフィーヌは。それともこれは女の勘ってやつかな?」
 コルベールの部隊が退却し、王都旅団がアルビンの丘を制圧した情報を得たリシェールは敵将を明るい声で褒め称えた。
 その明るさにアルノは眉を潜めたものだが、特に咎めようとはしなかった。
 アルビンの丘が敵の手に落ちることは折込済みだった。元々彼らの持つ戦力ではヌーヴィルとアルビンを同時に守備することは難しく、アルビンの丘は頃合を見て放棄せざるを得なかった。しかし単純に明け渡してしまっては敵味方の士気に影響し、今後の戦いに少なからず響いてくるだろう。アルノはレルシェルが予測したように千名ほどの部隊をコルベールの部隊の退却を援護するように配置し、追撃を図った敵に痛打を与えてアルビンを制圧した部隊の士気を削ごうとしたのだ。
「しかし敵を褒めているばかりでは困るぞ、リシェール。今後はいっそう厳しくなる」
「そうだな。だが、結局のところどうしようもない。俺たちはこの城に頼って戦うしかないだろ?」
 リシェールの言葉にアルノは頷いた。だが彼の表情にはもやがかかっていた。
「だが、そうも言ってられなくなるかもしれない。目と鼻の先まで敵軍が迫ったレオンの連中が我慢できるかどうか……」
 彼の心配はもっともだった。王国軍は一部とは言え反乱勢力の中心地レオンまで二十キロという地点まで進出を許したと言うことになる。騎兵なら一日かからず迫れる距離である。また、局地的であり一戦闘の戦術的敗北とは言え、負けなしを誇ってきたリシェールの部隊が負けを喫したのである。不敗神話的なもので反乱勢力の信頼を得てきた彼にとっては大きな痛手であった。アルノの伏兵が成功して、撤退すれども敵に大きな痛手を与えていればまた印象は違ったかもしれないが、それはレルシェルの機転によって防がれた。
「百戦して百勝できると誰が約束した」
 アルノの心境を悟ってリシェールが言った。
「だが民衆は君をそう見ているよ。だから王国に反旗を翻して君についてきている。勝てない戦争など誰もしたくないからね。レオンの民衆の……革命を信じるものたちの信頼を取り戻すために、次は必ず勝たなければない」
 アルノは深刻そうな声色で言ってリシェールを見た。当のリシェールは迷惑そうな顔をして頭を掻いた。
「やれやれ。勝手なことだなあ。大体、王都旅団の規模ではレオンほどの都市を制圧は出来ないだろう? 革命勢力の市民を鎮圧することも考えると最低二個師団は必要だ」
「リシェール、君の言うことは正しいが、同じ考えを他の人も持ってくれるとは限らない。それに情報では二個師団が追加で王国軍に合流するそうだ。そうなると、私たちをここに釘付けにしつつレオンを制圧すること事だってできてしまうぞ」
 楽観的なリシェールの意見をアルノは否定した。アルノが放った間者は王都をはじめ王国内の主要な箇所に張り巡らされていて、王国軍に援軍が派遣されることをいち早く察知していた。
「援軍か、そりゃ厄介だ。しかしこの派兵の決断をしているのはテオドール公か? だとすると公の戦下手も聞きしに勝るな」
 リシェールは苦笑いをして言った。アルノもそれには同意し苦笑いをせざるを得ない。
 第十六師団、第三十三師団を撃破したときも、そして今回も戦力の逐次投入は愚かしい戦略と言えた。第十六師団、第三十三師団は各個撃破され、マコンでも王国軍はレルシェルの働きがなければ壊滅の危機にあった。そしてさらに二個師団の投入である。もし仮に七個師団と一個旅団の戦力を一気に投入されれば、リシェールらも打つ手がなかったであろう。
「しかし、こちらとしても辛いところだ。倒しても倒しても敵が現れるようなものだからね。いい加減にしろと言いたくなる」
 作戦立案を担当するアルノの言い分もわかる話だ。勝っても勝っても敵の戦力が現れるのであれば、いつか疲弊してこちらが倒れてしまう。
「まさかテオドール公は王国全土が焼け野原になるまで戦うわけじゃないだろうな」
「まさかね……」
 リシェールの冗談にアルノは乾いた笑いで返すしかなかった。
 彼らは王国全土で革命の火が起こることを期待している。だが、それは王国を焼け野原にすることではない。あくまで彼らの大義と目標は民衆の救済である。
「しかし、二個師団がこちらに向かったと言うことは、その分どこかが手薄になったと言うわけだ。これはお前の仕込みが効いてくる頃かな?」
 リシェールはアルノを見て含みのある笑い方をした。アルノも彼の言葉に頷いた。
「わざわざ遠い場所から大部隊を移動させはしないだろう。必ず近隣で兵力の空白地帯が発生する。そのときが僕らの勝機だ」
 リシェール・ヴィルトールとアルノ・デ・トリュフォーは若さに任せた無謀な指導者ではなかった。彼らのもつ戦力は王国から見ればごく小さいものでしかなかったが、彼らは念入りな下準備をしており決して勝算のない戦いをしているわけではない。そして彼らが仕込んだ火薬が今まさに爆ぜようとしていた。


 明けて四一九年、アルビンの丘を制圧した王都旅団はヌーヴェルから出撃した反乱軍の部隊に散発的な攻撃を受けていた。反乱軍の数は二千から三千と言ったところで、王都旅団を丘から追い払う戦力ではなく、攻撃も消極的なもので王都旅団が反撃の気配を見せると反乱軍は足早に撤退してしまった。そのような戦闘が何度か繰り返された。
 その行動に王都旅団の首脳部、レルシェルたちは反乱軍の意図を見出せずにいた。それもそのはず、実のところリシェールたちもアルビンの丘への攻撃に意図を持っていなかった。無駄と思える攻撃を行なっている理由は、レオンに残る反乱勢力からの要請だった。
 アルビンの丘を奪われたことにより、レオンは至近まで王国軍の進出を許してしまったことは市民を大きく動揺させた。そして戦略的撤退とは言え、連戦連勝を重ねてきたリシェールの後退に市民は不信感を抱いた。市民代表は反乱勢力に組した貴族たちとも結託して、リシェールにアルビンの丘奪回を要求したのである。
 だが、リシェールには正面の王国軍主力を相手にしつつ王都旅団を追い払うだけの戦力はなく、またアルビンの丘を無理に取り返す戦略的価値も見出せなかった。
「まったく自由に戦わせて欲しいものだ。『自由解放戦線』の名が泣く」
 リシェールはそう愚痴ったものだが、彼も支持母体を失っては戦いを継続することは出来ない。レオンの要求に形式上応えるようにアルビンの丘を攻撃していたのだ。だが、自軍の被害は最小限に抑える必要がある。攻撃が消極的になる理由はそこにあった。
「司令官も気苦労が絶えないな。だが、我慢ももうしばらくだ。準備は整った」
 アルノは幾つかの封書を見せて言った。それを見てリシェールはにやりと笑った。
「どうやら俺たちの勝ちのようだな?」
「まだ早いよ。戦略は整った。あとはどう勝つかだね」
 アルノは油断のない顔で言ったが、声には自信が溢れていた。
 彼の言うとおり数日後、レオン近縁の中型都市の貴族や市民がレオンの自由解放戦線に合流を表明、特に王国軍にとって衝撃的だったのが、ロアーヌ、デジョン、クリュニと言った王都ルテティアに繋がる道中にあった都市がレオン側に付いて蜂起したことだった。
「補給路が断たれた」
「援軍はどうしたんだ」
「王都に帰れなくなる」
 王国軍は矢継ぎ早に入る反乱勢力の蜂起の情報に揺れた。首脳部は情報を高級士官に留めて混乱を避けようとしたが、努力の甲斐なくすぐに情報は全軍に伝わってしまった。
 頼みの綱の援軍二個師団も道中の反乱勢力に足止めをくらい、各々立ち往生していた。
 追い討ちをかけるかのように、この地方最大の領地を持つ貴族ジルベルスタイン辺境伯が私兵を募り自由解放戦線側に立って参戦。ヌーヴェル攻略に取り掛かっていた王国軍は背後を付かれる形になった。
 ジルベルスタイン軍一万とヌーヴェルのリシェールが率いる一万五千は、合わせても王国軍主力三個師団よりまだ数の上では劣勢だったが、勢いと士気では王国軍と比べるべくもなかった。 浮き足立った王国軍とその指揮官オーギュストは打つ手がなく、血気盛んな反乱軍に蹂躙されるままとなった。数時間の戦闘で王国軍は組織的な抵抗力を失い、潰走を始めた。
 一方でアルビンの丘に布陣し、王国軍主力と離れた位置にあった王国旅団は主力の危機を知ったが、救援に駆けつけることが出来なかった。
 レオンを守っていた守備兵三千が勢いに乗じて王国旅団に攻撃を仕掛けてきたからである。さすがに戦力的に王国旅団が崩れることはなかったが、行き足を止められる形となった。
「さすがにこれはまずくねぇか?」
 最前線で防衛の指揮を取っていたギャランは、一端前線を部下に預けてレルシェルたちの下へ駆けつけていた。
「ああ、それを今協議していたところだ」
 アンティウスも重い表情で言った。最終的な結論は皆の頭の中にあった。
「退却しかない。だが退却するにしてもどこに退却するかだ。オーギュスト将軍の本隊に合流し、軍を再編しなくてはならない」
 レルシェルが皆の考える結論を代表して口にした。王都旅団の各指揮官もレルシェルの言葉に頷いた。このまま戦い続けても勝ち目がないことは明らかだ。
「合流地点は決まったのか?」
「こちらからは北西に抜けて合流地点にベルロッシェを提案したが、返事はない」
 ギャランの質問にレルシェルは目を細めて答えた。ここから王都には北西に向かわなければならない。直線的に北西に向かうと丘陵地帯を抜けることになるが、北も西も反乱勢力に抑えられてしまった以上、残された道はそこしかない。
「ちっ……本隊はなにやってるんだ。足ばっかりひっぱりやがってよ」
 ギャランは苛立ちを隠さずに怒鳴った。王都旅団の誰もが思うことを彼は代弁していた。
「しかし返事を待っている時機ではないかもしれませんよ。我々は本隊より突出した位置にいるのです。下手をすると敵中に取り残される」
 アンティウスはレルシェルを見て言った。彼の言うことは正しい。レルシェルはそう思って頷いた。
 だが、その時だった。
「敵、増援が現れました! 数、約一万五千!」
 一人の騎士が息を乱して駆け込んできた。斥候の部隊からの報告だった。
 レルシェルは思わず息を呑んだ。数からしてリシェールが率いる反乱軍の本隊だ。王都旅団六千に対して反乱軍は合わせて一万八千。それも王国軍主力を撃破し戦意高揚した勢いがある集団だ。
「レルシェル様!」
 レルシェルを自失から立ち直らせたのはアンティウスの鋭い声だった。彼の声はレルシェルの精神を落ち着かせる方向に寄与した。
 即断を求められる時だった。
「逃げるか、降伏か」
 レルシェルは目を閉じ、静かに呟いた。
 この場面を生き残るにはこの二つしかない。不名誉な選択肢しか残されていないが、彼女はその中から選ばねばならなかった。
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