挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第七章・レルシェルの初陣

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

30/55

第1話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第七章・「レルシェルの初陣」
ついに勃発した大規模な反乱。
英雄レルシェルは王都旅団を率い初陣に発つ。
だが、味方の軍が総崩れし孤立した王都旅団は――?
 フェルナーデ暦四一八年晩秋――。
 王国は泡めき立っていた。王国南東部にあるフェルナーデ第四の都市、レオンで起こった大規模な暴動が起こった。暴動の理由はこの秋も連年の不作に漏れず、収穫は民衆を満足させられるものでなかった。しかし税は重いまま課せられた。王国の国庫もまた火の車であったからだ。
 また夏に王都で起こったルクレール候ベルナルドの乱は大規模な市民の暴動へと発展し、市民の不満がいかに強いものか為政者たちに知らしめた。為政者たちは王妃ディアーヌを中心とした改革案が提示された。段階的に民衆の政治参加を意図する案であったが、やはり王族や貴族の特権が強く、民衆の不満を和らげるに至らなかった。また破綻寸前の国庫を回復させるため、貴族にも税を課す案も盛り込まれたため、地方の領主の貴族たちには不評であった。農作物の税を主な収入源とする地方領主はすでに困窮していたからである。
 レオンの暴動はそんな民衆と地方有力者の不満の爆発であった。『自由解放戦線』を名乗る革命地下組織は民衆と下級貴族や軍人たちを扇動し、レオンの暴動は身分や職業を越えてありとあらゆる民衆に広がった。
 中央はレオンに駐屯する第二十九師団に鎮圧を命じるが、その第二十九師団はレオンの暴動を鎮圧するどころか彼らと合流してしまう。
 驚いたのは中央王権であった。慌てた軍務省はレオン周辺の第十六師団、第三十三師団に命じてレオンを攻撃させた。だが第二十九師団と義勇兵で成り立ったレオンの反乱勢力は士気が高く二ヶ月に及ぶ数々の戦闘にことごとく勝利した。
 第二十九師団のテルジアン将軍は実績に富んだ百戦錬磨の名将であった。だが、実際の戦闘では若干二十五歳のリシェール・ヴィルトールが指揮を取っており、その戦術的才能は鬼才とも評されるほど内外を驚かせた。彼は『自由解放戦線』の結成時の一人である。
 反乱勢力の勝利は報は瞬く間にフェルナーデ全土に広がった。中央も正規軍の敗北と言う事実を隠そうと画策したが、反乱勢力は自らの勝利を積極的に流布した。勝利を宣伝することで各地の反王国勢力を煽り、王国の基盤を揺るがせようとしたのである。反乱勢力の策は見事に効果を発揮し、王国各地の水面下にあった不満の種は次々と芽生え、各地の領主や治安を預かるものは民衆が暴発しないように腐心した。
 レオンの反乱勢力は勢いに乗じ中央王権に対し王権、貴族権を廃した完全なる共和政治を要求した。無論、中央は当然のごとくそれを拒否した。
 中央の宰相テオドール公はこのレオンの反乱勢力を叩き潰し、王国の威信を取り戻すために王都周辺の三個師団に加え、王都の騎士団と『英雄』レルシェル・デ・リュセフィーヌの投入を決定する。
 レルシェルの投入には三つの意図があった。
 一つは単純に王国軍の士気を高めるためにあった。兵士や下級騎士に人気のある彼女が前線に立てばおのずと士気は高まる。
 二つ目は民衆の中には王国に失望しているものは多いが、レルシェル個人に対しては期待を寄せているものも多い。すでに王都北壁では改革を実施し、高い民衆の支持を得ている。その彼女を鎮圧に出陣させることで彼女は「王国側」にあることを民衆に知らしめ、反乱勢力の士気を削ぐ。
 三つ目は彼女の失敗を期待したものだった。改革派に支持のある彼女は保守的なテオドール公らにとって目障りな存在だった。元々テオドールとリュセフィーヌ家は政敵関係にあり、彼は民衆や下位の騎士たちに人気のあるレルシェルが中央の政治に絡んでくることになると面倒だと感じていた。だが、彼女に実戦の経験はなく、前線指揮は初めての彼女は失敗するかもしれない。そうすれば英雄としての彼女の名声は地に落ちる。改革派の勢いをくじくことが出来るだろう。
 様々な思惑はあったが、四一八年の末にはレルシェル・デ・リュセフィーヌは戦場にその身を置いていた。


「全軍、突撃! 我に続け! 敵前衛の横腹に楔を打ちつけろ!」
 怒号と銃声、剣戟が鳴り響く戦場であってもその声も凛と美しかった。少女は抜刀すると馬の腹をけり、自らが先頭となって敵陣へと突っ込んでいく。赤い軍服と銀の甲冑を身に着けた凛々しくも美しい少女の姿は味方を鼓舞し、敵を圧倒した。
 驚いたのは敵ばかりではない。味方の騎士たちも驚いた。指揮官が自ら先頭を切って突撃するなど歴戦の彼らも経験がない。だが、少女の指揮官、レルシェル・デ・リュセフィーヌは戦場の恐怖など微塵も感じさせないように真っ先に駆け出していた。
「おいおいレルシェル。未熟な指揮官は最前線に立つべきだとは言ったが、勇ましすぎるぜ。おい野郎ども! うちの姫様を討ち取らせるな! 胸甲騎兵続け!」
 そう言って部下を走らせたのはギャランだ。元傭兵の彼は戦場での経験が豊かだ。彼と彼の率いる一団は王都騎士団中でも精鋭中の精鋭だった。
 彼らは上半身の甲冑と剣、または槍を装備する重装備の騎兵だが、さすがに馬の扱いも長けていて、すぐにレルシェルを取り囲むように陣形を組む。
「ギャラン! 最初の一撃はなるべく深く切れ込め。ただし深追いはするな!」
「難しい注文だがわかった! 要は敵の足を止めりゃ良いんだろ?」
 併走するギャランにレルシェルは叫んだ。ギャランはレルシェルの言わんとすることを理解していた。
「そう言うことだ」
 彼女は微笑んで頷いた。
「しかしレルシェル。もう少し自重してくれ。あんたは俺たちと違って替えが効かないんだ」
「それは違うぞ、ギャラン。誰もが替え等効かない。皆、生きて王都に帰すつもりだ」
 レルシェルは力強く言った。戦争でまったくの犠牲なしに全員が帰還できるはずもない。甘い考えだと思う。だが彼女の意気込みはギャランを心地よくさせ、奮起させた。レルシェルはそう言う力を秘めた少女だった。
 ギャランは部下に号令をかけた。具体的な指示などなくても彼の部下たちは阿吽の呼吸で動く。一部の騎士がレルシェルを守りながら、彼らは暴力的な破壊力を敵陣に叩き付けた。
 敗走する正規軍を追っていた反乱軍は突如として現れた騎兵の突撃に混乱した。奇襲として申し分ない攻撃力を見せたレルシェルらは敵陣を切り裂き、散々に打ち破る。反乱軍の最前衛は陣形を乱し、潰走を始めた。
 その姿にレルシェルらの部隊は歓声を上げたが、それはすぐにどよめきに変わった。反乱軍の第二陣がすぐに押し寄せたのである。その勢いは反乱軍の士気の高さを感じさせた。この時レルシェルが率いているのはわずか五〇〇騎だった。大部隊の突撃を受ければひとたまりもない。
 レルシェルは敵の第二陣の突撃を確認したとき、彼女は隊の最右翼に回り右手を上げた。
「撃て!」
 掛け声と共に右手を振り下ろす。レルシェルの右翼後方には二〇〇名の銃騎兵が控えていた。甲冑を着けず、小銃を装備した火力中心の部隊である。指揮を取るのは北壁騎士団副団長のアンティウスである。
 アンティウスは敵をひきつけると、部下たちに一斉射撃を命じた。この時代の銃は命中率と連射能力に難を抱えているが、瞬間的な火力と間合いにおいて弓や弩を上回り、運用次第では強力な戦力になりえた。
 二〇〇とは言え、集中した火力は効果を発揮し、反乱軍はその行き足を緩めた。
「よし! 行くぞ!」
 レルシェルは声を張り上げると、再び敵陣に向かって突撃を敢行した。
 銃撃に混乱した箇所に狙いを定め、レルシェルに率いられた部隊は強烈な一撃を加えた。そして、その表面を削り取るかのように右に流れて高速に戦場を離脱してしまった。
 その手並みは鮮やかで、反乱軍は追撃の余地がなかった。レルシェルの率いた小部隊は身軽で反乱軍が反撃の態勢を整えた頃には、彼女の部隊は戦場から遥か遠くへと退いていたのである。
 このときレルシェルが戦果に求めたのは、敗走する味方の援護及び敵の追撃を止めることだった。つまり彼女の目的は果たされていた。彼女の旗下六千名のうち、あえて一割ほどの戦力まで絞込み奇襲を行った彼女の作戦は成功した。
 『英雄』レルシェル・デ・リュセフィーヌはこれが初めての陣頭指揮であった。一会戦の局所的な戦いではあったが、鮮やかな一撃離脱を演じて見せた彼女は戦術的才能を一端を印象を敵味方に刻み込んでいた。


 四一八年末のこの戦闘は、双方が予測した場所で会敵した言わば『会戦』であった。
 マコン川中流で相対した王国軍三個師団三万八千と、反乱軍一万六千は数の上でも質の上でも王国軍が有利な状況だった。ただ、地の利を生かした反乱軍は河岸東側に広がる丘陵地帯に布陣しており、平地が広がる西岸に布陣した王国軍より有利な位置取りだった。
 王国軍はそれでも数で勝っており反乱軍を力押しで攻めれば勝利は硬かったといえよう。だが、王国軍総司令のオーギュスト将軍はより鮮やかな勝利を得るべく、軍を割き、二個師団に相当する戦力を反乱軍の裏側に回るように行軍させた。
 王国軍別働隊は夜陰にまぎれて反乱軍の背後をつくことができた。
 しかしその行動は反乱軍は察知していた。
 このとき戦力で不利だった反乱軍が勝っていた点がこの情報力であった。数と質で劣る反乱軍は情報網を強化し、常に有利な状態を作り出して戦っていた。彼らが蜂起以来連戦連勝を続けてきた最も大きな要因である。
 王国軍は反乱軍の背後を遅い、泡を食って山を下ったところを平地の部隊と挟撃するのが王国軍の意図だった。
 それを正確に把握した反乱軍は陣を偽装し、あたかも野営をしているように見せかけてひそかに移動した。それも数々の罠を残すという形で。
 王国軍別働隊はその事実を知らず、作戦どおり夜襲を決行した。反乱軍の陣のあちこちで火の手が上がり爆音や悲鳴が轟いた。だが、それは王国軍のものである。前述の通り反乱軍の陣はもぬけの殻であり、彼らを歓迎したのは反乱軍の仕掛けた数々の罠だった。
 燃え上がる反乱軍の陣の様子は麓の王国軍本隊からも見ることが出来た。オーギュストはその炎を見て勝利を確信した。あとは別働隊に追われた反乱軍を打ちのめすのみだった。
 だが、その時オーギュストの本隊は予想外の方角から熾烈な攻撃を受け、たちまち混乱に陥った。
 それは反乱軍の奇襲だった。反乱軍は集中した火力による銃撃のあと、強烈な突撃を行い白兵戦に持ち込んだ。無防備な側面をえぐられたオーギュストの部隊は反撃もままならぬまま陣を突破され、総崩れとなった。
 指揮系統も断絶し、オーギュスト配下の各部隊は各々の判断で後退し始めたが、やはり連携を欠いた行動に各個撃破されていった。
 わずかな時間によって多大な犠牲を出したオーギュストの部隊は潰走に至るが、追撃は免れた。前述のレルシェルの部隊が急襲し反乱軍の追撃を阻止したためである。
 勢いを止められた反乱軍は速やかに撤収を開始した。戦いの趨勢は彼らにあるとはいえ、数の上では相手の半数に満たない彼らである。深追いは危険であった。その撤収はオーギュストの本隊より数倍整然とした撤退であったとそれを見届けたレルシェルは印象深く感じていた。


「なかなか敵にもやるやつがいるじゃないか」
 前線からの報告を受けたリシェール・ヴィルトールは面白そうなものを見つけた少年のような表情で言った。二十五歳の彼は薄い茶色の髪と涼しげな淡い青の瞳を持つ優男で、とても反乱軍の指揮官には見えない。外見的な評価であれば、凛然とした雰囲気を持つレルシェルのほうがよほど指揮官らしい。
「あれは王都旅団の一軍だね。率いているのは『あの』レルシェル・デ・リュセフィーヌらしい」
 戦場で甲冑も軍服もつけていない青年が馬を寄せて言った。貴族の旅装を着ている彼はアルノ・デ・トリュフォー。青みがかった鉄灰色の髪とやや切れ長で狡猾そうな印象を持つ目が特徴的な青年だった。リシェールとアルノは幼馴染の親友であり、今は反乱軍の参謀と言う立場にありリシェールの片腕でもある。反乱軍の快進撃にはリシェールの軍事的才能によるものが大きかったが、影では彼の補佐がリシェールを大いに助けていた。
「ほう、あの英雄か」
 リシェールは感嘆の声を上げた。王都の評判はレオンでも聞くことができた。
「英雄だなんて言うなよ。今は敵だ。士気に関わる」
 アルノは呆れたように言った。
「そうだな。気をつけるよ。しかしこの戦い勝ちきれなかったのは残念だな」
 リシェールは軽く息をついて言った。戦術的にも戦略的にもほぼ完璧に勝利を重ねてきた彼は、今回初めて作戦を中途で断念することになった。彼は勝ち続ける使命があった。反乱勢力は立ち上がったばかりだ。蜂起後、ありとあらゆる戦いに勝ち、それが勢いと風評を呼び支持と支援につながっている。義勇兵も続々と集まっていた。もしどこかで敗退しようものなら、その勢いと信頼は失われる。反乱勢力に組することが損であることを印象付けてはならない。彼は勝ちづけなければならなかった。
「すまない。斥候からの情報では王都旅団ははるか後方で、この戦場には間に合わないと判断していたからね。まさか足の速い騎兵だけを切り離して戦いに間に合わせるとは思わなかった。しかし戦略的にも戦術的にも今回の戦いは私たちの勝ちだ。君の心配には及ばないよ」
 アルノの言葉にリシェールは頷いた。戦いのうち九割は勝っていた。損害は軽微であり失われた一割で大逆転をされたわけでもない。倍を数える王国軍に手痛いダメージを与え、その士気を挫いて戦略的目標は達成されていた。
 だが、レルシェル・デ・リュセフィーヌの登場は彼の心に漣を広げた。
「しかし気になるな」
「うん?」
 突然のリシェールの声にアルノは聞きかえした。
「彼女の事だよ。前線にいなかったことが残念だ。是非この目で彼女を見て見たかったな」
 無邪気な声で言うリシェールを見て、アルノはため息をついて頭を掻いた。戦場にいる司令官の声にはとても思えなかったからだ。そしてこう言う時のリシェールは決まって突拍子もないことを言いはじめる。子供のころから付き合いがあるアルノは嫌な予感がした。
「なあアルノ。彼女に会いにいかないか?」
「なんだって? どうやって会うつもりなんだ?」
 リシェールのさらりといった言葉にアルノは驚愕して叫び返した。
 リシェールは少しの間考える仕草をした。
「まあそんなに難しいことじゃないと思うけどな。どうせ俺たちの顔を知っている敵なんてそういないだろうし、敵の司令官が単身乗り込んでくるなんて普通考えられないだろ? だったら堂々と使者のふりでもして陣に忍び込もう」
「ばれたらどうするつもりだ」
「その時はその時」
 リシェールは無邪気な表情で、困った顔をするアルノの顔を見て笑った。
 あまりにも気楽な考えにアルノは頭を抱えた。だが、このリシェールが反乱軍を連戦連勝に導いていることは事実であった。リシェールにはこの豪胆な性格に加え、機を見る力、正確な判断力、そして人を率いていく魅力を備えていた。


 王国軍は何とか体裁たもちながら二〇キロを後退し、トールニュー村の郊外にて合流を果たした。三個師団はいずれも手痛い損害を受けており、いずれも将兵の表情は疲れ切って士気の低下が露になっていた。
 レルシェルが率いる王都旅団はその一部隊が戦いの終盤のみ戦闘に加わる形だったため、損害らしい損害もなく士気も健在だった。その王都旅団は後方に置いてきた歩兵や砲兵部隊とも合流し、王国軍の潰走を防いだレルシェルの指揮ぶりに沸いていた。
「リュセフィーヌ司令! 見事な戦いぶりだと聞きましたぞ。初陣なのにさすがですな」
 旅団を分割したとき、歩兵など鈍足な部隊を任されたアメレール男爵が駆け寄り敬礼した。西壁騎士団に所属する初老の騎士で今回の出征に際し、西壁騎士団を率いてレルシェルの旗下に加わっていた。
 このようにレルシェルの部隊は王都の各騎士団から供出されていた。彼女の直属である北壁騎士団から六百名を中核とし、北壁以外の王都騎士団から千二百名の供出を受け、予備兵力四千余名を加えた混成部隊である。
 各騎士団は動員できる兵力の半数から四割を出征部隊に割り当てた。これは彼らの本分である王都の治安維持と防衛のために半数以上を残さなければならなかったためだ。レルシェル直属の北壁騎士団ですら六百余名を残している。これはルクレール候の暴動から日も浅く、レオンの反乱によって情勢がより不安定となり王都でも市民の暴徒化が恐れられたからだった。
 部隊の成り立ちの上からこの集団は作戦行動から補給まで独立して行動することが出来る権限があったが、戦力的には一個師団の約半数であり、これを『王都騎士混成旅団』通称『王都旅団』と呼称された。
「アメレール男爵。留守役など退屈な役をお願いしてすまない。だが、おかげで敵の動きをうまく封じることが出来た。オーギュスト将軍も一息つけるだろう」
 レルシェルはアメレールに敬礼を返して言った。
 アメレールは職務に忠実な男で、レルシェルの指揮下でも命令を文句なく受け入れそつなくこなしてくれた。
 レルシェルは自らが若輩であり、かつ前例のない女の司令官とあって北壁以外の将兵が素直に命令を聞いてくれるか不安であったが、アメレールのような経験豊かで地位のある将がよろこんでレルシェルの命に従ってくれることは、レルシェルの全体の統率にとって非常に助かっていた。
「しかし肝を冷やしましたよ。本当に先頭に立って突撃するんですから」
 アンティウスが近づいて来て言った。北壁騎士団で副官を務める彼はそのままこの旅団の副将に起用されていた。
「私のような未熟な若輩者が司令なのだ。それくらいしないと皆ついてこないだろう?」
 レルシェルは笑って言った。アンティウスは肩をすくめた。確かにレルシェルの心意気はわかる。司令官が前線に出て戦うと言う事も自軍の士気を高めることになろう。だがやはり危険とは隣りあわせだった。
「あなたは何かと目立つのです。真っ先に標的にされますよ?」
「そんなに目立っていたかな……」
 レルシェルは女性にしては背の高い方だが、やはり屈強な兵士たちに囲まれると小柄で周りの兵より一回り小さく見える。それでも戦場を駆ける彼女の姿には敵味方を惹きつけるものをアンティウスは感じた。それが彼女の持って生まれたものだろう。それは味方を鼓舞し、敵を畏れさせるものであるが彼の言うとおり標的となることもありうる。
「だが結局のところ、私は敵から一太刀も浴びなかったし、一太刀も浴びせることがなかった」
 レルシェルは不満げに腕組みをして言った。ギャランの隊が彼女をしっかりと取り囲み終始隊列を崩さずに彼女を守り切ったからである。
「大将ってやつはそういうもんだ。普通斬った斬られたはしないもんさ。大将の剣が敵の血を吸うなんてことになった日にゃ、そりゃ負け戦ってもんよ」
 その隊を率いていたギャランが現れて言った。
 彼の言い分はもっともである。古代の戦争でもないかぎり、指揮官自らが敵陣に切り込むような戦いは今日ではほぼ皆無である。
「そういう訳です。レルシェル様の仕事は采配です。ギャランの仕事を取らんでやってください」
 アンティウスは冗談めかして言った。レルシェルは肩をすくめた。
「それでいいのだろうか。皆ついて来てくれるかな。私のような実績のない若輩に……」
「意外とそうでもないかもしれないですぞ」
 笑って言ったのはアメレールだった。
「王都でのあなたの評判はあなたが思っている以上のものだ。皆、あなたのことを評価している。失礼ながら今のところあなたに否を打つところはない。我々はあなたの指示に喜んで従いますぞ」
 アメレールの言葉は王都旅団の総意を代弁したものだった。
 レルシェルはそれを聞いてうれしそうに力強く頷いた。だが、裏を返せば成功し続けなければならない。失敗は彼らの信頼を失うことにつながるのだ。
「ありがたいことだ。だが、私はなるべく前線に立とうと思う。危険な前線に仲間を送り込み、後方で見ているだけなど私には到底できそうにもない。皆と共にある、それが私が理想とする私の姿だ」
 レルシェルは配下の将を前に力強く言った。清廉で潔白で気高さを感じる声にアンティウスらは圧倒された。確かにそれでこそレルシェル・デ・リュセフィーヌであると彼らは思った。
「だが、やはり私は未熟者だ。いろいろ卿らに迷惑をかけると思うが、私が間違っていれば忌憚なく言ってくれ」
 レルシェルはそう言うと表情を緩めて微笑んだ。
「まったく……この人にはどこまでも着いて行きたくなる」
「やれやれしょうがないな、このお姫様は。俺たちの今回の仕事はこのやんちゃな姫を守りきることだ」
 アンティウスとギャランは声に表さなかったが、気高い少女の指揮官を前にしてそれぞれの想いを強く胸に刻んだ。
 フェルナーデ歴四一八年末、かつてない大規模な反乱との戦いにレルシェル・デ・リュセフィーヌの名が刻まれた。当初、三か月あれば鎮圧されるだろうとみられていたこの内乱は、王国を大きく揺るがすことになる。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ