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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第六章・トゥールズの休日

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第5話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第六章・「トゥールズの休日」 休暇中のフェデルタは旧友トゥルーズ公テオドアの元を訪れるが、その街にも魔を宿した盲目の少女――魔物の気配があった。

第六章・完結
 フェデルタとリズの二人はテオドアの城に戻っていた。
 魔物に取り付かれた人間を助けると言う奇跡を起こしたリズであったが、その帰り道は決して晴れ晴れしい様子ではなかった。
 エリーゼを助けられたのは良かったものの、もう一つの問題が解決していなかったのである。
「はぁ……礼拝堂があんなにめちゃくちゃじゃ……また借金が増えちゃう」
 そう、問題とはファヴァール修道院が抱える負債のことだった。それが解消されない限り、エリーゼは借金のカタに人買いに買われてしまう。エリーゼ自身はそれでもかまわないと覚悟を決めていたが、リズは納得がいっていなかった。
 何度もため息をつくリズを見てフェデルタは呆れた様子で言った。
「まったく、まだそんなことで悩んでやがるのか。簡単に解決するだろうに」
 呆れ顔のフェデルタに対してリズは驚愕の表情で固まった。
「え? どうやって?」
「よし、じゃあついて来い。持つべき友人はカネと権力を持っている奴だ」
 フェデルタはそう言って含みのある笑みを浮かべると、テオドアの私室に向かった。
 リズは嫌な予感がした。
「なあテオドア、ちょいと頼みがある。ファヴァールの修道院の借金を肩代わりしてくれないか?」
 フェデルタはさらりと言った。慌てたのはリズである。
「なっなっ何言ってんの、フェデルタ!」
 驚いたのはテオドアも同じだ。フェデルタの言葉は突然すぎる。
「なんじゃ、やぶからぼうに。ファヴァール? 魔物の件は片付いたのか?」
「ああ、それは滞りなくな」
 フェデルタはにやりと笑って言った。
 続いて彼はテオドアにファヴァール修道院が抱えている負債について話し、エリーゼが置かれている立場も説明した。
 ファヴァール修道院の状況を知ったテオドアは深くため息をつき、リズを見た。リズはテオドアに見られて肩を小さくすくめた。
「なるほどのう。孤児院は皆、経営が苦しいときいていたがそこまでとは。しかしリズ、何故そのことを言わんかった?」
 テオドアの言葉は重い雰囲気だったので、リズは申し訳なさそうな顔をしてテオドアを見上げた。
「はい。公爵様は日ごろから公正であることを大切にされています。そんな公爵様に身内の修道院だけを助けてくださいなど言えません」
 リズは控えめに小さな声で言った。
 テオドアはため息をついた。
「馬鹿者」
 声は厳しくリズはいっそう身体を小さくした。だが彼の目は優しかった。
「まったく妙な気遣いをしおって。わしはたしかに為政者として公正でありたいと思っておるが、私人としてはまた別の話だ。大切な者を、家族の悩みを聞いてやらんような人間に思ったか?」
「いえ……いえ!」
 テオドアの言葉にリズは必死な表情で首を横に振って否定した。
 テオドアはやさしい表情でリズの頭をなでた。
「お前はわが子も同然。そのお前の身内が困っているのだ。わしに出来ることなら何でもしよう」
 テオドアは低く優しい声で言った。それは暖かで柔らかな声だった。リズはしばらくの間、身体を震わせて我慢をしていたが、すぐに大粒の涙をぽろぽろと零した。そして重厚なテオドアの身体に顔を埋めて泣いた。そんなリズを見て、テオドアは我が子のようにリズを抱きしめた。テオドアは人格も能力も優れた男だったが、唯一つ、子供には恵まれていなかった。
 フェデルタは二人を見て柔らかな表情を作った。
「よく泣くやつだ」
 フェデルタは声にはしなかった。その涙は決して悪い意味ではなかったからだ。


 テオドアはファヴァール修道院の借金を肩代わりすることを決めた。それは公費ではなく、公爵家の私財から捻出したものだった。私腹を肥やすことに勤勉でなかったテオドアの私財は決して潤沢なものではなく、公爵家の財政を任される執事やメイドたちの抗議にテオドア自ら頭を下げて回った。
 そのためファヴァール修道院の借金はなくなったわけではなく、高利貸しに借りていた分をテオドアが一括返済し、その金額をファヴァール修道院がテオドアに借金をした形になった。一言で言えば『借り換え』である。勿論、金利は格段に下がったため、ファヴァール修道院にとっても一つの光明となった。
 同時にテオドアは公人としても孤児院の現状を憂慮し、領地の税からの捻出や商人たちを巻き込んでの公庫の設立など公正な救済策を打ち出し、配下の家臣や役人に計画を立てることを指示した。
 また盲目のエリーゼの働き先もテオドアがメイドとして雇い入れることで解決した。リズがルテティアに行くことが決まっていたので、その代わりとなる働き手が必要だったのだ。エリーゼは目が見えないが、フェデルタたちにお茶を用意したように、給仕等の一般的な家事であればこなせる感覚を持っている。
 そのエリーゼは十六歳の誕生日を待たずしてテオドアの城へ迎えられていた。城の生活に早く慣れる必要があったからだ。
 城はエリーゼを加えて少しにぎやかになっていたが、すぐにフェデルタとリズがルテティアに向かう日が来ていた。


「本当にありがとうございました。フェデルタさんのおかげで修道院も、私も……なんてお礼を言って良いかわかりません」
 城門の前で見送りに立ったエリーゼがフェデルタに言った。まだ見習いだが、真新しいメイド服に身を包んでいる。元々清楚な印象を纏っていたエリーゼに、深い緑の落ち着いたドレスは良く似合っていた。エリーゼも事の顛末をリズたちに聞いていた。
「いや、俺はリズを手伝っただけだ。感謝するならリズにしてやってくれ」
 フェデルタは無愛想に言った。そう言った態度しか取れない男だ。エリーゼもそれを理解したようで軽く笑って彼の右手を取った。柔らかな手がフェデルタの手を包む。フェデルタはエリーゼが伝えたい感謝の気持ちを感じたような気がした。
 エリーゼはフェデルタから離れるとリズに話しかけた。
「リズ、本当にありがとう。ルテティアに行ってもがんばってね」
「うん、ありがと。でもエリーゼこそ大丈夫? 修道院と違ってお城は広いのよ?」
 リズはエリーゼの手を取って心配そうな表情で言った。
「大丈夫、リズに付き合ってもらっていろんなところを歩き回ったでしょ? お城の間取りや食器、家具の位置はだいぶ覚えたわ」
 エリーゼの回答にフェデルタたちは驚いて目を瞬いた。エリーゼがこの城で暮らすようになってまだ数日である。彼女の言が本当なら、いや嘘をつく理由もないが、驚異的な記憶力だ。
「ふふ、人は短所があればどこか長所があるはずよ」
 エリーゼは笑って言った。目が見えないハンデは彼女の他の部分を延ばしたというわけだ。
 なるほど、そういうものかとフェデルタは妙に納得した。
「フェデルタ、また来いよ。それにリズをよろしく頼む」
 テオドアはフェデルタに言った。
「ああ、あんたも元気でな。リズなら心配ねえよ。戦士として一人前だ。聖杯の騎士でも上手くやれるだろう」
「うむ、だがリズにとってルテティアは初めての土地だ」
「わかったよ。すぐに慣れると思うが、それまでは面倒を見る」
 テオドアは頷いた。二人は握手をするとお互い微笑みあった。友人との別れに再会の約束は必要なかった。
「公爵様! 私、お手紙書きますね!」
 リズが跳ねるように言った。
「ああ、楽しみにしておる。しっかり励むのだよ」
「はい!」
 リズの返事は明瞭で心地が良かった。同時にテオドアはリズが旅立つ寂寥をわずかに感じた。それでもリズを送り出すことは、彼女を成長に導くだろう。テオドアはそう信じて疑わなかった。


 フェデルタはルテティアの中心、貴族たちが住まう地区にあるリュセフィーヌ家の屋敷へ戻っていた。
 リュセフィーヌ家はフェルナーデでも屈指の大貴族である。その邸宅も伝統と地位にふさわしい立派なもので、フェデルタについて来ていたリズは目を白黒とさせた。それ以前にルテティアの人と建物の多さにリズは驚きっぱなしだった。トゥールズをはじめ、暗殺者時代も含めてこのような大都市に彼女は縁が無かった。
 フェデルタは正確にはリュセフィーヌ家の人間ではないが、幼少よりここで育ち、現当主代理のレルシェル・デ・リュセフィーヌとは兄妹のような関係にある。彼の家はこの屋敷と言って語弊はない。
「フェデルタ! 戻ったと聞いたぞ。まったくこの屋敷は代理とは言え私が主人なのだ、挨拶くらい来い」
 金色の髪を揺らしながらレルシェルがフェデルタの元を訪れてきた。口調は厳しいものがあったが、どこか弾んで聞こえるのはフェデルタの帰りを喜んでいる証拠だった。
「まったくお前がいないと剣の稽古に張り合いが出ない。私の腕が落ちたらお前のせいだ……ぞ……」
 レルシェルは嬉々とした声で文句を続けていたが、その彼女の言葉と体と表情が固まった。
 フェデルタに連れ添っている少女が目に入ったからだ。無論、リズである。
 レルシェルはそのまま固まってフェデルタとリズを交互に見た。レルシェルの脳裏にはものすごい速度で妄想が展開されていた。
 フェデルタは軽く肩をすくめて一つ息をついた。
「悪かったな、挨拶もなしで。ああ、そうだ。それでこいつをしばらくここにおいてやってほしいんだが……」
 レルシェルは愕然とした。フェデルタの言葉にレルシェルの頭の中で回っていた妄想が理性を突き破ってどこかへ飛んでいく。
「お、お前、言うに事欠いて何を言いはじめる! その女はなんなんだ! 女連れで帰ってくるとは聞いていないぞ! トゥールズに行くと言って勝手に出て行ったきり、何をしてきたんだ!」
 レルシェルはリズの二刀流にも勝るとも劣らない勢いでまくしたてた。声はほぼ罵声だ。フェデルタはその声をまともに聞いて頭を掻いた。
「やれやれ、こうなるような気はしていたが。セリカにでも先に話を通すべきだったか」
 フェデルタはため息をついてつぶやいた。何か弁明するにしても彼は口が達者な方ではない。どうするべきかと思案しているうちにリズが前に出てきた。
「あ、あの。レルシェルさんですよね?」
 リズは目を輝かせて言った。女性にしては背の高いレルシェルと小柄なリズが対面すると結構な高低差が出る。上目使いのリズは同性であっても可愛らしい印象を与えた。
「え? あ、ああ、そうだが」
「うわ、本物だ! あ、いえ、すみません。本物の英雄に会えて光栄です。お噂はトゥールズでも良く聞きますよ。いやー憧れの人に会えるなんて」
「え……っと」
 リズは一気にまくしたてた。レルシェルは自分が英雄として扱われることに慣れ始めていたのだが、同世代の女子にこう面と向かって言われることはあまりなく、反応に困った。
 レルシェルの勢いが止まり、主導権がこちらにあることを知ったリズは、わずかだがフェデルタを見た。
 フェデルタはそれに気が付いて大きくため息をついた。リズはレルシェルの感情を読み取れているようだった。感覚に優れたリズだが、その能力の恩恵ではない。ただ少女として彼女はレルシェルよりはるかに「女」だった。実際のところレルシェルにフェデルタへの恋愛感情があったかは、レルシェル自身でもはっきりしなかった。最も近しい異性である彼が、恋人であるのか兄であるのかはこの時のレルシェル自身わからない状態でいた。だがフェデルタを異性として見ていたのは確かで、リズのいきなり登場に心が落ち着かなかった。
「策士だな。これは厄介な女が増えたぞ」
 フェデルタはうんざりした声でつぶやいた。
 感情の勢いを止められたレルシェルは我に返った。
「はっ……だから、お前は誰なんだ。お前はフェデルタのなんなんだ?」
 レルシェルは戸惑いながらリズに問いかけた。
 リズは唇に指を当て、少し考えた。フェデルタは嫌な予感がした。
「うーん……フェデルタ、私ってフェデルタの何?」
 リズはわざとらしく甘ったるい声で言った。フェデルタは大きくため息をついて頭を抱えた。
「なんでもねえよ……」
 フェデルタはそう答えたが、レルシェルには届かなかった。
「フェデルタとなれなれしくするなーっ!」
 レルシェルの金切り声が屋敷中に轟いた。
 この後、フェデルタが事情と関係を説明しレルシェルの感情を抑えるのに数時間、そしてリズが聖杯の騎士候補であることを説明するのにさらに数時間必要とした。
 話術は身を守るかもしれない。フェデルタはその時、切に思った。


 この後、事情を知ったレルシェルはリズをメイドとして置くことを認めた。複雑な感情はまだ完全に静まったわけではないが、フェデルタとリズの間に何もないことは理解していたし、魔物と戦うために一人ルテティアへ来たリズへの配慮もあった。
 またフェデルタの推薦もあってセリオス三世はリゼット・ド・ヴィリエ――リズを聖杯の騎士として認める。ルテティアに現れる魔物は日々増加しており、確かな実力を持ったリズの参加はレルシェルら聖杯の騎士を大きく助けた。だが、リズが加わったのが運命だったかのように、王国を震撼させる事態が発生する。
 王国東南の都市レオンで大規模な反乱が発生する。その鎮圧のため英雄レルシェル・デ・リュセフィーヌに出征の辞令が下り彼女はルテティアを離れなければならなくなった。
 フェルナーデ歴四一八年は残すところを少なくしていたが、この年の物語を詩人が詠うにはもう一曲が必要だった。


トゥールズの休日 <了>
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