挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第五章・革命の火種

22/51

第4話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第五章・「革命の火種」 辺境から現れたもう一人の英雄と王都についに放たれた革命の火種の黒幕は――
 レルシェル・ド・リュセフィーヌを陣頭に北壁騎士団幹部はその夜、深い時間まで王都内を奔走した。深夜ゆえに上層指揮官に取り合うことはかなわなかったが、現場の警戒警備を高めることができた。それは他の騎士団でも末端の下級騎士や兵士にレルシェルの評価が高かったためである。
 翌朝、レルシェルは入城が許可される最も早い時間に王宮に現れた。伴うのはリュセフィーヌ家に仕える魔術師セリカ・シャレットであった。御前会議には出席者に一人、同伴する者をつけることができる。前日まで供だっていた北壁騎士団の副官、アンティウスは総動員をかけた北壁騎士団の指揮のためレルシェルに同伴することは不可能だった。
「本当ならフェデルタかマリアが居ればよかったのだが」
 レルシェルはセリカに言った。レルシェルは目前のクーデター阻止を第一にしていたが、オスカーの副官イリアに魔物の気配を感じており、不確かな自分の感覚を他の『聖杯の騎士』の感覚を知ろうとしていた。
「すみません、私にその力が無く……」
 セリカは役に立てないことに落胆した。
 レルシェルは首を振り、セリカの肩に手をやる。
「仕方がない。しかしセリカのことを私は信頼している。セリカにはフェデルタやマリアにない力を持っているしな。それに私は、セリカが隣に居てくれることが一番心強い」
 それは本音だった。レルシェルの世話係であるセリカは、実の姉よりレルシェルは姉のような存在だと思っている。彼女がもっとも信頼する人物の一人だった。
 レルシェルは御前会議の前に、王都の各騎士団長を一室に集めた。末端の騎士団員には昨夜のうちに伝えたが、やはりその責任者たるものに説明が必要だった。
 だが集まった騎士団長らから出た言葉は罵声に近いレルシェルへの叱責だった。自らの管轄を超えた騎士団員らに直接指示を出したためである。無論、越権行為であることはレルシェルも自覚の上だった。だが執拗に軍規や慣例を盾にレルシェルを責めたのは、やはり彼らに募る嫉妬に寄るものだった。大貴族の娘とはいえ、自分たちの年齢の半分にも満たないような小娘が自分たちと同列に居る。そして彼らと違って私利私欲を出さず、清廉潔白な政治により評価を上げる彼女は、彼らにとって目障りな存在だったのである。
 罵詈雑言混じりの非難にレルシェルに従っていたセリカは怒りに唇を噛んだが、当のレルシェルは彼らの言葉を冷静な表情で聴いていた。
「閣下らのご意見は良くわかりました。しかし越権行為であることはもとより承知の上での行動です。それに関してどんな処罰でも受けましょう」
 レルシェルは静かに言ったが、次の声は激しかった。
「その上で私は閣下らに警備警戒の強化と最大限の努力! そして首謀者ルクレール候の逮捕に協力願いたいのです!」
 凛とした少女の声は、大の大人たちの心を波立たせた。だが、既得権と保身によって固められた堤防は強固で硬い。
「しかし、ルクレール候ほどの大貴族。冤罪であった場合はただの謝罪では済まされぬぞ。だれが責任を取るというのだ」
 レルシェルは落胆と絶望を覚えた。クーデターが失敗に終わったとしても、もし暴動の鎮圧に手を拱いたとしたら、治安維持を最大の責務とする各騎士団の責任は計り知れない。ルテティアはただの大都市ではない。王国の顔、首都である。そこを守る彼らの責任は、彼らが思う以上に大きいことを彼らはもっとも未熟で経験の浅い少女を残して認識していなかった。


 その後、レルシェルは三騎士団の団長の説得を試みたが物的証拠がない今、消極的な彼らを動かすことはできず御前会議が始まってしまった。
 大勢の諸侯や大臣、将軍が一堂に会する。
 そして本来議長は国王たるセリオスだが、その代理の王妃ディアーヌが遅れて席に着いた。
「俺ならこのタイミングだな」
 末席にいたオスカーがイリアにつぶやいたと言う。
 爆発音とともに激震が王宮を襲った。悲鳴が各所で上がる。
 火薬の匂いを嗅いだレルシェルは右手を机に叩きつけた。
「内部にも手が回っていたか……」
 予想しなかったことではない。だが、その規模と展開の速さは彼女の予想外であった。大規模な火薬による爆発は、入念な仕掛けとそれが可能なだけの時間と人員がこの王宮内に存在することを表している。
 突然の爆発に王宮を警備する近衛騎士が駆けつけてきた。だが、いたるところで同士討ちが見えた。近衛騎士に反乱に加わった者が居るのか、近衛騎士に扮している者なのかは不明だが、要人を警護すべき近衛騎士は混乱で自らの身を守るだけが精一杯だった。
「これは一体どういうことです。一体何が……」
 聡明なディアーヌさえ混乱してうろたえた。その時、もう一度爆発が起こった。
「あぶない!」
 豪奢な王宮の石柱が粉々に砕け、その破片がディアーヌに向かった。レルシェルは反射的にディアーヌを押し倒すようにかばった。間一髪二人は瓦礫の下敷きになることを避けることができたが、破片がレルシェルの額を切っていた。
「レルシェル……た、助かりました。しかしこれは一体……」
「反乱です。昨夜、これに関する情報を得たところでしたが、まさかこれほどまで早く……いえ、報告が遅れたのは弁解のしようがありません」
 レルシェルは顔の半分を血で染めながら言った。
 真摯な瞳と声、そしてその表情にディアーヌは叱責をすることはなかった。
「まったく……騎士団長を集めて協議をしていたのはそのためでしたか。あなたの努力は認めますし、今は弁解や謝罪などより、現状を打開するべきでしょうね。あなたは仮にも軍人です。この場の判断はあなたに任せます」
 レルシェルは頷いた。
 二人は立ち上がると状況を確認した。
 近衛は同士討ち、もしくは侵入者と思しき者への対応で手一杯だ。貴族の大半は襲撃による混乱と恐怖で右往左往するか、その場にへたり込んでいた。
「皆左前方に集まれ! 近衛は敵を右側外廊下へ引き付け押し出せ。相手いない者は敵を求めるな、私の元へ集まり態勢を整えろ!」
 レルシェルは大声で叫んだ。声量を上げても美しさを損なわず良く通る声は、混乱を極めた大広間の空気を一変させた。
 女性としては背の高いほうであるレルシェルであるが、ほとんどが男性であるこの場では小柄な部類になる。その彼女が胸を張り危険を顧みず大声で指示を飛ばしている。その姿は勇ましく頼るに値する存在だった。
「なるほど、彼女は確かに英雄だな」
 オスカーは感心して言った。突然の襲撃に怯まず、陣頭に立ち対応するその姿を形容するに、彼の言葉が一番端的で的確だった。
 貴族たちは王妃を守り大声で指示を飛ばすレルシェルを見て、彼女の指示通り一箇所に集まる。
 敵の数がわからない以上、守るべきものは一箇所にまとめ、そこに防御戦力を集中させる。また、レルシェルは各個で対応していた近衛に指示を与え、混乱から立ち直させて行った。近衛は実戦経験は少ないが、もともと選りすぐりのエリート軍人である。騒ぎによって駆けつけた数的有利と、レルシェルの指揮下で統率された行動は、内通者および侵入者に対し有利な状況になりつつあった。
「レルシェル様……お怪我は?」
 セリカが流血した主人を気遣った。
「かすり傷だ。見た目はちょっと派手だが、治療は後で良い」
 治療魔法を専門とする魔術師であるセリカだが、治療魔法は数分から数時間を要する。
「まったく……女性の顔を何だと思っているんですか。軍人としては名誉の負傷と言えるかもしれませんが、あなたも嫁入り前の娘なのですから少しは気にかけなさい」
 ディアーヌはあきれたように言った。そう言う彼女も騒乱により髪や化粧が乱れ、常の鮮やかさを失っていたのだが。
「そうですね。次から気をつけたいと思います。しかし、今はその『次』を得ることを優先すべきでしょう」
 レルシェルはセリカが差し出したハンカチを受け取り、流れた血と傷をふき取った。
「確かにあなたの言うとおりですね。何か手はありますか?」
 ディアーヌの問いかけに、レルシェルは数瞬思考に時間を費やした。
「敵の目的は何か。まさか金銭目的ではないでしょう……この実力行使は政治的なアピールか、政権そのものを暴力で奪おうとしているのか」
 ディアーヌは頷いた。王宮を占拠し、長期間立てこもることができたならば政治的なアピールは甚大だろう。特に王権の威信は地に落ち、ただでさえ貧しい求心力はついにその底を見せることになりかねない。しかし、政治的なアピールが目的であれば、王権に代わる何かしらの発信があるはずだ。
「後者……ですね」
 ディアーヌの答えにレルシェルが頷いた。
「革命……と言うものですか」
 ディアーヌの声は物寂しげだった。彼女が現在の支配者階級であり、その立場を脅かされたからではない。彼女は王の代理としてその実務をこなしてきた。才気と決断力あふれる彼女は各所の官僚からため息が出るほどの指導力を発揮し、山済みになっていた国内外の問題を処理している。レルシェルほど一般市民に持てはやされたわけではないが、彼女の能力は当代の貴族や指導者たちの最高峰の一人だった。しかし、彼女をもってしても斜陽の王国の問題は減るどころか増える一方だったのだ。
「城門に武装した集団が市民を率いて押しかけております! その数すさまじく破られるのは時間の問題かと」
 近衛の兵が悲鳴のような声で叫んだ。
「なかなかやるではないか、ルクレール候も」
 その声を聞いて、貴族の集団からオスカー・フォン・ヴァーテンベルクが現れて言った。
「この反乱はルクレール候ベルナルドが企てたものですか」
 ディアーヌが驚いたように言った。
「ええ、俺は彼に誘われていたんですがね。一緒に事を起こさないか……と。渋っていたらこのざまだ。船に乗り遅れたかな」
 オスカーの態度は不敬だった。レルシェルはそれに腹を立て睨み付け、オスカーは肩をすくめた。
 しかし彼は本当にベルナルドを評価していた。
 彼の持つ戦力は僅かな私兵と傭兵のみだ。不満を持つ市民を味方につけたとは言え、この勢いでは王宮、いや王都を制圧してしまうだろう。
「これは焚き付けが多すぎたか」
 これは彼の心の中でのつぶやきである。その言葉の通り、彼は水面下で市民を扇動する活動を行っていた。ベルナルドが反乱に成功するか否かはどちらでもよかったが、王権に大きなダメージを追わせれば、彼の野望は近づくことになる。市民の扇動はベルナルドへの助力になったが、それ自体をベルナルドには伝えていない。ベルナルドがその事実を知ることも無かった。
 そしてこの騒乱は彼の思惑に非常に近い形で落着することになるのだが、この時点ではオスカーにその未来が見えていたわけではない。
 ディアーヌは窓から外をの様子を伺い、王宮に流れこんでくる光景を見ていた。
 レルシェルが王宮内の対応を行わなければ、すでに門は開かれ収集がつく状態ではなかっただろう。
「市民は扇動されているのです。私が行って説得を……」
 レルシェルがそう言って王宮の入り口へ走ろうとしたが、ディアーヌが彼女を押しとどめた。
「ディアーヌ様?」
「止しなさい。あなたでも市民をなだめることは無理でしょう。それにもしこの場を止められたとしても、市民が不満を持っていることに変わりはありません。市民をこのような行動にとらせたことは我々為政者の責任。彼らに罪を問われるのであれば、受け入れなければならないでしょう」
 ディアーヌの言葉は鋭利で冷徹な響きだった。それは何者でもない、自らに向けられたものだった。
 権力を持つ者として自らを厳しく戒め、権力に見合う責任を持つ。彼女こそ王と言えるのではないか。オスカーはそう思った。
 しかし、セリオスも王位を譲り受けたときはディアーヌと同様であった。むしろディアーヌは折れてしまった彼の意思を継いだだけである。もし、もっと早くにセリオスとディアーヌが出会っていれば、ディアーヌの生まれが十年早ければ、フェルナーデの歴史はまた変わっていただろう。
 覚悟を決めるディアーヌにレルシェルは首を横にふった。
「なだめるのではありません。説得に行くのです。彼らに不満があるのはわかっていたことです。だが、我々はそれを聞くことを知らなかった。彼らは声をあげることを知らなかった。ならばお互いの過ちを認め対話をするべきです。彼らと話合い、歩み寄るべきではありませんか」
 レルシェルは微笑んで言った。
「彼らは私たちと同じルテティアの、フェルナーデの人でしょう」
 レルシェルはそう言ってディアーヌの手を振りほどいた。
「陛下の代理としてお約束ください。彼らの意見を聞く……その場を設けると。この国の行き先を彼らが知らぬところで決めはしないと、と」
 ディアーヌは頷くしかなかった。レルシェルの言葉は市民が政治に参加する、と言うことだった。政治指導は王、そしてそれに連なる貴族らが行うものと思っていたディアーヌには信じられないことだった。彼女の視野が狭いわけではない。そう言う時代だったのだ。レルシェルとて北壁で下級の騎士やテオら市井のものと直接声を交わしてようやく感じ取ることができたことだ。
 レルシェルはディアーヌの返事に微笑み、足を東門に向けた。
 北壁騎士団長レルシェル・ド・リュセフィーヌの名と姿は、ルテティア市民で知らぬものはない。その彼女が市民の前に立ったとしても暴動が治まる保証はない。彼らが勢いのまま彼女に襲い掛かればなすすべはないだろう。だが、わが身の危険を顧みぬ英雄的行動をディアーヌはその姿を呆然と、オスカーは好奇心の目で見ていた。


 ベルナルドは近衛騎士に追いやられていく同志達を見て、歯軋りをした。
 王宮内の戦力は互いに少数だ。爆薬を事前に仕込んでおいた彼らは絶妙のタイミングで爆破を行い、会議の出席者と護衛の騎士たちを混乱に落とし入れた。後は騎士たちを排除し、ディアーヌやテオドールと言った最重要人物を誘拐できれば目的は達成できる。市内の暴動は彼が予想した以上に大きく、城外の騎士団などが王宮内に水を差すことは難しく、王宮内の混乱に乗じれは可能性は十分だった。
 だが、計算以上にうまく言っていた彼の計画に水を指す存在があった。
「レルシェル・ド・リュセフィーヌ……か」
 彼女はベルナルドにとって理想的だった状況を完全に覆した。ディアーヌを守り、近衛騎士たちを指揮し混乱から立ち直らせた。鮮やか過ぎる彼女の英雄的行動に、彼の声は恨めしさと嫉妬で呪いに近かった。
 彼女を味方に引き入れなかった理由。それは彼の個人的な感情にあった。
 オスカー・フォン・ヴァーテンベルクと違い、大きな実績無く半ばプロパガンダ的に現れた彼女を彼は感情的に嫌っていた。その彼女が改革の英雄として北壁で名声を得、そして今また英雄的行動で輝いている。それは暗い地下社会で改革を唱えてきたベルナルドにとって嫉妬の対象でしかなかった。貴族である彼が活動の場に地下社会を選んだのは彼自身であるのだが。
「……あの娘が憎いか?」
 低く暗い声だった。それはベルナルドしか聞こえない声だった。
 それは彼が幼き頃、実家の書斎で見つけた古ぼけた本だった。彼はそれを見つけてから、肌身離さず持っている。それは特別な本だった。彼はそれとであったときにそう理解した。なぜなら、その本は生きていた。そしてその本は彼のみに語りかけた。彼以外の人間はその本の声を聞き取れなかった。彼は本が話しかけてくることを回りに告げたが、誰も聞き取ることはできず、彼を気味悪がった。いつしか彼は本のみを友とするようになった。人を信じず、地下社会で活動したのはこう言った少年期を過ごしたことにもある。
「ああ、メフィスト……私はあの女が憎い。恨めしい。あの女が居なければ……」
 ベルナルドは内なる声を喉を通して言った。それはおぞましいほど醜悪だった。
「違うな、ベルナルド。違うんだ。お前はあの女が妬ましい。あの女のようになりたいと思うから憎いのだ」
 メフィストはベルナルドを見透かしたように言った。ベルナルドは小さく震えた。図星だったからだ。
「だが、お前はあの女のようにはなれない。なれないからこそ憎い。そして彼女は存在してはならない。そう思う」
 ベルナルドはメフィストの声に震えながら自らの両肩を抱いた。
「ああ……ああ、その通りだ」
「我であればあの女を滅ぼすことができる。お前の野望をかなえることもできる。お前の心と体を我に委ねれば……な」
 ベルナルドは今度は右手で顔をつかんだ。黄色い目がぎょろりとあたりを見渡す。
「何を躊躇う。お前の思いはもう少しで届くではないか。革命を成し遂げ、世の中を変えるのだろう?」
 メフィストの声は暗く低く、そして甘かった。
「ああ、そうだ。私は決起をしたときに未来は捨てていた。ああ、いいだろう。私の体と心、お前にくれてやろう。後は、市民が私に続いてくれる。この国を、世界を反転させる」
 ベルナルドはメフィストを受け入れた。おぞましい感覚がベルナルドを襲った。
 メフィストは本の姿をした魔物だった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ