挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第五章・革命の火種

21/51

第3話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第五章・「革命の火種」 辺境から現れたもう一人の英雄と王都についに放たれた革命の火種の黒幕は――
 ベルナルド・デ・ルクレール。
 伝統のある家柄、侯爵号を持つ彼は大貴族の一員であり、支配者階級の最上辺の一角にいる立場の男である。蔵書家だった先代の影響を受け、幼少時より書物と共に育った。数千冊に及ぶ家の蔵書を読みつくすと、今度は王立の図書館に毎日のように通って本を読み漁った。図書館の司書たちの中で彼の顔と名前を知らぬものはいなかった。
「ベルナルド様は本に取り憑かれている」
 ある司書がそう冗談を言ったものだが、それはある種事実であった。
 彼が成人するころ、ある思想書を片時も手放すことはなくなっていた。自由主義、市民主義を唱えた、政治と思想を論じた本である。王を頂点とする階級社会で成り立っているフェルナーデにとっては異端、危険な思想であり、取り締まられるべき書物であった。
 彼はその本に傾倒し、彼は革命家を夢見た。
 この混沌とし腐敗と堕落に老いた王国を打倒し、不条理な階級と言う鎖につながれた市民を解放する。その夢を実現するため、彼は同志を募った。元来長く続く王国の腐敗政治に失望し、革命を望むものは知識層や富裕層には革命の機運があった。改革を求める動きは市民レベルで暴動という形で現れていた。レルシェルの北壁騎士団ももちろんのこと、王都の騎士団の仕事の半分は、そう言った革命家の取り締まりや暴徒と化した市民集団の鎮圧だった。
 ベルナルドが地下で出版した出版物は、左翼的な有力者や市民グループのリーダー達に高い支持を得た。理想とも言える市民主義の社会がそこには描かれていたからだ。選挙による市民代表の議会政治。憲法を整え、すべての身分のものがその法に従う。身分は無く富と利益は社会全体が平等に享受する――。
 理想的過ぎる思想は、机上の空論だとも言えた。だが、それでも革命家たちは彼の歩調に乗った。そして四〇〇名を越える同志が、彼の呼びかけに応えたのである。
「ヴァーテンベルク伯からの返事はまだか。もう明日にでも決起する準備はできているのだぞ」
 彼は薄い灰色の髪を弄りながら言った。誰の目にも焦りと苛立ちを感じ取れる。彼にはレルシェルやオスカーのような人の上に立つような器は無い。また二人のような輝かしい実績も無い。それは彼自身もよく理解しているところだった。それゆえ、英雄オスカーを擁立し革命を成功に導こうとした。
「ルテティア郊外にヴァーテンベルク伯のものと思われる、約一五〇〇名の部隊を確認しています。彼も何らかの意図を持ってその戦力を動かしていると思いますが」
 ベルナルドの部屋には何人かの男がいた。彼の考えに共鳴した革命思想家たちである。言葉を発した彼は側近という雰囲気ではない。彼も革命の同志だった。
 その情報はベルナルドも手に入れていた。
 オスカーの部隊はただの一五〇〇人の兵士ではない。彼を英雄とさせた百戦錬磨の強兵である。味方につけば彼の名声とその戦力は何事にも変えがたい。王城の近衛騎士団と四方の市街を守る騎士団を合わせれば、ルテティアの常備兵力は五千を数えるが、ベルナルドらの決起に市民の暴動が加われば、その数の差は問題にならないだろう。
 だが、オスカーが敵に回った場合はどうだ。
 革命家やその傭兵四〇〇では、オスカーの率いる一五〇〇に抵抗し得るか。市民を味方に付けルテティアの堅固な王城を頼りにしても難しいだろう。
「やはり北壁騎士団のリュセフィーヌ家のご息女も同志に加えるべきではなかったか。彼女も国を憂う者にはちがいない。それに彼女の名声と騎士団の戦力、リュセフィーヌ家の助力も得られれば磐石だったのではないか……」
 同室にいた男がつぶやいた。
 ベルナルドはその声には露骨に不機嫌さを表した。
「今そのようなことを言っても始まらぬ。彼女は魅力的な人材ではあるが、彼女は王城の警備の一角を握る人間だ。もしも我々に同調しなければ、計画は水泡に帰すだろう。現時点で彼女を同士に加えることは危険だ」
 彼の言葉はもっともらしかったが、その実は彼のレルシェルへの嫉妬が彼の判断材料になっていた。
 今年三〇になる彼は、オスカーと同世代でまだ青年と呼べる若さであったが、それでも十以上も年下の少女を英雄として担ぎ上げることを妬んだのである。
「とにかく、明日決行する。我々に協力すると名を上げている諸侯や地方都市の革命家も確実にいる。ヴァーテンベルク伯は我々の覚悟を見ているのかも知れぬ。我々が動けば同調すると言うこともあろう」
「彼が同調しなかった場合は。あるいは敵対した場合はいかがなされる?」
 慎重論の声がした。
「彼が同調しなかった場合、それは我々だけで決行する。敵対した場合は、おそらく彼の持つ戦力と軍事的才能の前に我々は敗れ去るだろう」
 一同はざわついた。
「負けるのは怖いか? だが、だれかがやらねばならぬ。この濁りきった泥沼に一石を投じようではないか。それは小さな波紋でしかないかも知れぬ。だが、その波紋は次の波を呼ぶであろう。誰かが動けば時代は変わる。それを皆に伝えるのが我々の目的ではなかったか」
 彼の声の色は幾分か陶酔の色が見え隠れした。しかし、階級社会に慣らされた市民も貴族も、その服を脱ぎ捨てるにはまだ季節は進んでいないといえる。彼らに啓蒙する必要があった。王都と要人の軍事的制圧とは過激であるが、それを声高に主張すればやがて革命の火は王都のみならず、フェルナーデ全土へと広がるだろう。不平不満という火種は十分に燻っているのも事実だった。
「賛成だ!」
 誰かが叫んだ。そして皆が同調した。
 悲劇の物語に名を連ねる。それも彼らなりの「英雄」への道だと言えた。


 ベルナルド・デ・ルクレールの行動をオスカー・フォン・ヴァーテンベルクはすべて監視していたわけではないが、オスカーの推測はほとんど的を得ていた。そのオスカーの推論をすべて鵜呑みにしたわけではないが、レルシェル・ド・リュセフィーヌは王都が置かれている状況をおおよそ把握した。
 彼女はゆっくりとハーブティを楽しみ、明日を迎える準備をする気分にはなれなかった。
「もう一度言うが、俺と手を組むつもりはないか?」
 オスカーはそう投げかけた。若く活力と才能に満ちたこの青年の野心を持ってすれば、老いたフェルナーデなど抵抗しようも無いのかもしれない。だが、彼の野心はどれだけの市民の命を流すだろう。レルシェルはそれを許せなかった。彼女は改革派であるのは間違いなかったが、それでも王都の治安を守り、「革命」と言うものを嫌悪する理由はそこにある。
 彼女は首を縦に振らなかった。
「そうか」
 オスカーは小さく息をついた。落胆とも侮蔑とも見える表情で彼は少女に背を向けた。
「では、俺は誰の味方でもない」
 オスカーはそうつぶやくとレルシェルの前から立ち去った。
 一人残されたレルシェルは表情を沈めて思考の海に落ちた。
 時代は、世界は動いている。オスカーやベルナルド、それに比べて自分の動きはあまりにも遅くは無いのか。改革による王国の再建は彼女の目指すところである。それが彼女の生まれ育った国、王都を守ろうとする矜持だ。それが揺らいだ。
「レルシェル……レルシェル! どうしたんだ? やつに何か言われたのか?」
「レルシェル様、何かお考えのようでしたが……」
 声をかけたのはギャランとアンティウスの二人だった。
 二人が部屋に入っていたことに気づかないほど少女は思考に集中していたらしい。彼女はあわてて首を振った。
「すまない。考え事をしていた」
 レルシェルは取り繕うと表情を引き締めた。
「この一件の首謀者を伯が教えてくれた。首謀者はルクレール候ベルナルド。これを卿らはまさかと思うか、やはりと思うか?」
 アンティウスらの表情が色めき立った。彼らはルテティアの治安を預かるものとして、過激な地下出版物の中にベルナルドの著作があることを知っている。自由主義、市民主義を掲げる彼が実力行使に出たということだ。
「どちらも、というのが正直なところです。しかしそれが本当だとするならば、ルクレール候ほどの大貴族です。その財力や地位から考えて小さな規模のクーデターにはならないでしょう」
 アンティウスの意見にレルシェルは頷いた。大貴族の財力で雇える傭兵の数もしかりだが、大貴族という立場を捨ててまで実行に移したベルナルドの決断はすべてを投げ打つ覚悟であろう。
「では、俺たちはどうする? 仮にも王都の治安を任されている身だが、もし俺たちが捕まえたような集団がこの王都中に散らばっているとしたらとても追いきれるとは思えんが」
 ギャランは頭を掻いて言った。実働部隊を率いる彼としては、森の中に木を隠したごとく、無数の人々が行きかうルテティア市中でベルナルドの雇った傭兵を見つけるのはきわめて困難である実感があった。
「しかし、やれることをやるしかない。計画を知っておきながら何もしなかったとなれば、我々は怠慢極まりない無能者として名を残すことになる。アンティウス、全隊員に招集をかけよ。総動員をかけて、北壁騎士団はこの件に当たる。無論、各騎士団へは重ねて伝令を出せ」
 アンティウスは短く敬礼をすると、すぐさまレルシェルの指示を実行に移すためにレルシェルの部屋を退出した。
「なあ、レルシェル」
「どうした? ギャラン」
「俺たちにできることと言ったな?」
「うむ。今我々にできることといえば……」
「もうひとつある」
 ギャランはレルシェルの言葉をさえぎって言った。
 レルシェルは驚いた顔でギャランを見つめた。
「俺たちもそのルクレール候とやらの計画に乗っちまうことさ。自由主義だとか市民主義だとかは俺はいまいち理解ができねえ。だが、レルシェル……あんたがこのクーデターに乗っかり、成功に導けば国民はあんたを熱烈に支持するだろう。ルクレール候が望んでいる形など知ったことじゃねえが、あんたが王国の頂点に立てばこの北壁を変えたように、今よりマシな国にしてくれるんじゃねぇかって……」
 ギャランは途中で口をつぐんだ。レルシェルが恐ろしい形相で睨み付けてきたからだ。ギャランは肩をすくめた。
「卿はそれを本気で言っているのか?」
 ギャランはすぐに答えなかった。先ほどの方策はこの少女が望むものではないだろう。彼はそれを知っていた。だが、彼は少女の望む答えを口にしなかった。ギャランは元傭兵だ。現実の厳しさと合理主義の思想はオスカーのそれに似ていた。
「ああ、冗談でこんなことが言えるか。こいつは現場にいる俺の意見だ」
 ギャランの顔は真剣だった。彼の言葉は王権への不敬反逆に値するもので、軍人として許されるものではない。上官たるレルシェルには彼を処罰することができる。いや、すべきだった。
 だが、レルシェルは厳しい表情のまま彼に背を向けた。束ねた金色の長い髪が遅れて揺れる。
「そうか」
 彼女はそう短く言うだけで、部屋を出ようと歩き始めた。その小さな肩は落胆に抱かれているようだった。
「すまん……レルシェル。あんたを支えるべき俺は……俺たちだが、逆に重荷を背負わせてしまっているのかも知れんな」
 ギャランは低い声で言った。失望がこめられたその声色は、自分に向けられたものだったがレルシェルにも突き刺さっていた。
 レルシェルは振り返り、小さく笑った。
「いや、ギャラン。歯に衣着せぬ卿の言葉は貴重だ。おそらく、卿と同じように私を買ってくれている者もいることだろう。だが、私は……」
 レルシェルは視線を落として唇をかみ締めた。目の前の期待に応える事が彼女の正義ではない。生き方ではない。だが、オスカーやベルナルドに比べて、自らのやろうとしていることの小ささに、また時代の流れと逆行している存在ではないのかと彼女は打ちひしがれていた。
 金色の小さな頭が、無骨な大きな手のひらに包まれた。
 ギャランの手がレルシェルの素直な金髪をぐしゃぐしゃにした。
「な、何をする」
「いや、前にも言ったかもしれないがな。お前はなんとも愛すべき『英雄』様だよ。ヴァーテンベルク伯に比べりゃ、小娘も同然かもしれん」
「なっ……」
 レルシェルは頬を染めて怒りを露にした。
「だが、そこがお前さんのいいところだと俺は思うぜ。まあ、今はお前の信じる道を行くといい。俺たちは、それに従う。俺たちはお前と共にありたいのだからな」
 ギャランの声は粗暴で荒っぽいものだった。だが、それゆえに感情というものを感じられた。レルシェルは救われる思いがした。ギャランやアンティウスという部下を持って、本当に幸せだと彼女は思った。
 しかし気恥ずかしくなった彼女は、無理やりギャランの手から逃れるとわざとらしく仏頂面をつくった。
「ともかくだ! これから忙しくなる。卿にもいつも以上に働いてもらわねば困る」
 取り繕う彼女を見て、ギャランは苦笑を浮かべた。
「ああ、任せてもらおう」
 置かれた状況は厳しい。だが、彼女のためであれば身を粉にするのも悪くない。ギャランはアンティウスほどレルシェルに心酔している訳ではないが、そう思わせる何かを彼女は持ち合わせていると彼は思う。
 二人は向かい合って笑みを浮かべると部屋から退出した。
 それぞれが、それぞれのできることを行うために。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ