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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第五章・革命の火種

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第2話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第五章・「革命の火種」 辺境から現れたもう一人の英雄と王都についに放たれた革命の火種の黒幕は――
 フェルナーデ王国の御前会議は年四回行われることを通例としている。
 その四半期の国の方針を決定する重要な会議で、有力貴族や各地の総督といった重臣たちが一同に会する。とは言え、フェルナーデ王国の領土は広く辺境と呼ばれる地域の領主や総督にとっては負担でしかない。土地を離れられない場合も多く、配下のものを代理で派遣することも散見される。
 オスカー・フォン・ヴァーテンベルクがこの会議を欠席し、批判を浴びたのは彼がこの会議に出席する初回だったからだ。前例のないことだった。長い歴史を持つ王国にとって、前例なき事柄は何事も許されない事柄のようにあった。しかし彼の領地は大規模な紛争が鎮火したばかりであり、その残り火は予断を許さない状態にあった。もし彼が前線を離れたとあっては、再びその地は戦火に焼かれ敵国に奪われた可能性は高い。
 オスカーは一同の前で非礼をわびたが、そのような理由を一切説明しなかった。その会議の場で、彼を理解しようと言うものは極少数派であったからだ。保守と慣例に埋め尽くされた会議の席。そこに彼が求めるものは何一つなかった。
 また彼をさらに落胆されたのは、国王セリオス三世の不在だった。彼はセリオスを尊敬していたりあこがれていたわけではないが、この落陽の王国の王と言う者を一目見てみたかったのだ。
 だが議長席に座るのは王妃ディアーヌだった。オスカーは知らないがここ数年の御前会議にセリオスは参加せず、彼女が議長代理として出席している。実際の進行は宰相のワイマールが行っていた。
 そして一日目が終わる。慣例と保守によって構成された会議は無難に終えていた。
「まったく退屈な会議だな。こんなもののために俺はニケアから呼び出されたのか」
 王宮の廊下でレルシェルの姿を見つけたオスカーは、挨拶代わりに愚痴をこぼした。その声は決して小さくなかったので、周りの者からどよめきが起こった。
 レルシェルは困って肩をすくめた。
「ヴァーテンベルク伯。そのようなこと、あまり大声で言われては敵を作りますよ」
「敵か。なるほど、敵か味方かわからぬものほど戦場で怖いものは無い。むしろはっきりしたほうが安全と言うものだ」
 レルシェルは苦笑せざるを得なかった。
「伯らしい考え方だと思いますが、私にそのようなことを言われては、私の立場が悪い。まるで私があなたと同じ考えの人間のようだ」
 レルシェルの声には冗談交じりの声色が十分に含まれており、オスカーもそれに気がついて笑った。
「たしかに、あなたはあなたで中央にいる気苦労がある。ところでどうだ。先日の話だが、今晩共に酒でもどうかな? あなたとは一度、ゆっくりと話をしてみたい」
 オスカーはにやりと笑って言った。野趣に富んだ精悍な顔立ちと、戦場で鍛え上げられた無駄の無い体つきは、中央の貴族には無い男性的な魅力を放っている。普通の貴族の娘であれば、すぐに靡いてしまうだろう。
 オスカーは「出来れば二人きりで」と加えた。
 レルシェルはこう言った申し出に経験が薄く戸惑った。彼女の容姿からすれば、声をかける男子などいくらでも居そうなものだが、北壁の騎士団長に、いやそれに就任する前からも自他共に厳しい態度をとる彼女に、声をかける骨のある若い貴族は居なかったのである。
「二人きりと言うのはご遠慮願います。公私で言えば私の部分に当たるかと思いますが、北壁の騎士団長にしてリュセフィーヌ家のご息女です。立場はわきまえていただきますよう」
 毅然とした声で言ったのはアンティウスだった。レルシェルの副官たる彼は、副官として分を超えた発言であると自覚して言った。
 オスカーはアンティウスを見た。歴戦の英雄の視線は鋭かったが、アンティウスも一歩も引かぬと言う気概があった。オスカーは部下にするならこう言う男が良いと思った。
「残念だな。しかし彼の言うことももっともだ」 
 オスカーの声は残念そうで、レルシェルの苦笑を招いた。
「ならばアンティウス。卿の予定はどうだ? 卿が同行ならば私も気兼ねせずにすむが」
 レルシェルは忠実な騎士を見て言った。彼は喜び、笑顔で敬礼をして肯定した。
 オスカーはその二人を見て、珍しいものを見たという表情をした。
 敬愛する主君に配下が心酔することは少なくない。レルシェルとアンティウスの関係がそれだ。だが二人がその関係になって、まだ一年とならぬはずだ。その僅かな時間の中で、これほどまでの信頼関係を築けることに彼は驚いたのである。アンティウスも有能な人間である。その彼をして心酔せしめるレルシェルの魅力性は彼にとって注目するべきものだった。
 しかしアンティウスはその表情を曇らせて、レルシェルとオスカーを交互に見た。
「ですがレルシェル様。先ほど騎士団より連絡があり、ルテティア市内に不穏な動きありとのことです」
 レルシェルは怪訝そうな顔をしてアンティウスを見た。
「ここ最近の王都で不穏な動きって奴は日常茶飯事なんだろ?」
 オスカーが冗談めかして言った。停滞と退廃の靄に包まれるルテティアでは現体制に不満を抱くものがくすぶり続けている。それはオスカーの耳にも届いていることだった。小規模なデモや混乱などはそう珍しいものではなく、その鎮圧は各騎士団の日常業務の一つと言えた。
「王都の警備責任を担う一人としてお恥ずかしい話ではありますが。だが、アンティウス……これはその手の類ではないと言うことだろう?」
 アンティウスの表情を読んだレルシェルの言葉にアンティウスは頷いた。
「はい。しかしながら、詳しい話はここでは……」
 レルシェルも頷き、次いでオスカーに正対した。
「そう言うわけで、伯のせっかくのお誘いでしたが職務を優先させていただきたい」
 オスカーは肩をすくめて言った。この誠実さ、勤勉さも彼女を彩る一つだろうと彼は理解した。
「わかった。まあ御前会議が終わるまではルテティアに滞在しているわけだから、一日くらいはお付き合いいただきたいものだ」
 彼はそう言って笑い、敬礼をした。
 レルシェルも敬礼で返し、アンティウスを伴だって颯爽とした足取りで彼の前から姿を消した。


 北壁騎士団の詰め所に戻ったレルシェルは表情を厳しくした。
 彼女にもたらされた情報は、ルテティア市内各所に潜んだ武装勢力が、御前会議を襲うと言った内容だ。政治や経済、権利を求めた武力を伴う主張はかつてより無かったわけではない。ただし、その規模、計画性はそれまでの経験に無いものだった。
「というタレコミがあったのさ。半信半疑で部下を向かわせたら、情報どおりに武装した集団が五人。といっても傭兵の一団だが……捕らえて牢にぶち込んである。そいつらの話によるとそう言った集団が五〇から一〇〇ほどこのルテティアに集まっている予定だと。合図があり次第、王宮に乗り込んで会議の連中を人質にする計画出そうだ」
 情報を得て実際に部下を動かしたギャランも半信半疑で言った。だが、情報と捕らえた者の証言が一致するのであれば信じざるを得なかった。
「恐らくその情報は正しいだろう。規模は実際のところ正確ではないかもしれないが、他にも同調する集団があるとみると二〇〇人以上の規模で、暴動なり反乱なりが起こりうるということだ」
 レルシェルはルテティアの市街地図を広げて言った。二〇〇人が一箇所に固まって武力蜂起を待っているとしたら、その発見は難しくないだろう。だが、大都市のルテティアに少人数単位で分かれて息を潜めているとしたら、それを見つけ出すのは困難極まれる。
「各騎士団に伝達しろ。王宮の近衛にもだ。どこも御前会議で動員を増やしているだろうが、より一層の警戒を依頼しろ」
「未然に防ぐことは出来るでしょうか?」
 アンティウスが部下に指示を出しながら、レルシェルに尋ねた。
 レルシェルはしばらく応えず、広いルテティアの地図をにらみつけていたがため息をついた。
「難しい……だろうな。彼らの狙いが御前会議の出席者であれば、決行は数日内に行われるであろう。数日内で市内各所に潜んだ勢力を拘束するなど、我らにも他の騎士団にもその力は無いだろう」
 レルシェルは残念そうに首を振った。
「あいつらを締め上げるか? 少しは情報を搾り出せるかも知れねえ」
「いや、ギャラン。無駄だろう。彼らは末端の一集団に過ぎない。他の仲間の位置すら聞かされていないと思う。首謀者の名でも聞き出せればその価値もあるだろうが、これだけの計画を立てている者だ。やすやすと尻尾はつかませてくれないだろう」
 ギャランの提案をレルシェルは否定した。人道的な意味もあったが、拷問の労力に見合った結果は得られないだろうと彼女は考えた。
「首謀者……そうか、これを指揮する者を抑えれば、その手足は動かなくなる」
 彼女はそう呟いた。
「その肝心の首謀者ってやつが簡単に見つかるなら楽な話だがな」
 ギャランは大きな肩ゆらしてため息をついた。それにレルシェルも同意する。
「まったくその通りだ。だが、二〇〇や三〇〇の戦力で王宮が簡単に落ちるとは思えない。内通者がいると考えるのが普通だ。御前会議に参加している貴族や重臣の中にこの計画の首謀者がいると考えて良いだろう」
 ルテティアの城郭は市外を守る外郭と、中央に位置する王宮と王族や譜代の貴族の邸宅があるを守る内郭がある。市外に潜む勢力は内郭を突破しなければ、王宮に踏み込むことは出来ない。一般人が立ち入ることが出来ない内郭内部には彼らは実力で突破する必要があった。堅固な王城の門は各騎士団が対応する時間を与えてくれるだろう。それ故、この計画には内部から門を開ける協力者が不可欠だった。
「とは言え、あの参加者の中から探し出すのは……」
 レルシェルが唇を噛んでいると、にわかに部屋の外が騒がしくなった。
 レルシェルの執務室の扉が豪快に開く。現れたのはオスカーだった。入り口で押し問答したのだろう、数名の若い騎士が困った顔でレルシェルに救いを求めた。
「ヴァーテンベルク伯……乱入とは伯と言えど、いささか無礼ではないか?」
 レルシェルはさすがに厳しい顔で言った。
「無礼は承知の上だ、リュセフィーヌ卿。だが、俺は有益な情報を持っている。今あなたがお困りの件についてだ」
 レルシェルは驚いてオスカーを見た。彼女たちが話していた事態を彼は知っている。しかしその理由がわからなかった。
「何を知っているとおっしゃるのだ?」
 オスカーはその野趣に飛んだ顔で一つ笑うと、挑戦的な顔で言った。
「暴動の首謀者についてだよ」
 レルシェルは今度は驚かなかった。その答えは彼女の予想の範囲内だったからだ。
「教えていただけるか、その情報を……市民の安全のためだ。暴動は未然に防ぐことが出来ればそれに勝ることは無い」
 レルシェルの視線はまっすぐだった。相手を威圧するでなく、だが虚偽を認めない強い視線だった。オスカーもその視線をまっすぐに受けて動じなかった。彼はレルシェルの視線を高く評価した。このような表情を出来るものは意外と少ない。
「良いだろう……だが、条件がある。その者の名を口にする前に、二人で話したいことがある。どうだろうか?」
 オスカーの真意をレルシェルは読むことが出来なかった。疑問には思ったが、急を要する上に他に情報のあてがない。
 彼女は首を縦に振った。


 渋るアンティウスとギャランを退出させたレルシェルは、オスカーに席を薦めた。
 オスカーは不遜な態度でソファに座り、レルシェルが対面に座る。
「昨日今日、ルテティアに着たばかりの伯が何故この情報を手に入れている?」
 レルシェルはまず疑問に思うことを口にした。
「俺は小心者なのでね。ルテティアには俺を快く思わない貴族も多い。俺にとっては敵地も同然というわけだ。下調べに数日前から密偵を入れている。悪く思わないでくれ、つまらんことで暗殺などされてはかなわんからな」
 それはなるほどとレルシェルは思う。彼女には思いよらないところだが、戦場を駆け巡った彼にとっては、当然の準備なのかもしれない。
「そこで少なくとも俺のことを敵だと思っていない者を味方につけることにした。それが北壁騎士団長レルシェル・ド・リュセフィーヌ、あなただ」
 レルシェルは歴戦の英雄にそう言われて悪い気はしなかったが、彼が油断ならぬ男であることを直感的に感じ始めていた。
「私は伯のまだ味方になった覚えは無い」
 彼女の反応にオスカーは残念そうに肩をすくめた。
「手厳しいな。少なくとも俺のほうは良い関係を築きたいと思っているのだがな」
 オスカーの言い様にレルシェルは思わず苦笑いを浮かべた。
「本題だが、俺はこの計画を半年前に知っている」
 オスカーの声にレルシェルは驚愕した。恐らくはこの大規模な暴動は、かなりの時間をかけ計画されているだろう。ルテティアを遠く離れ、外敵との戦いでに奔走していた彼がその情報を何故知り得たか。少女はその明晰な頭脳で二つの可能性を弾き出していた。
「伯が首謀者そのものであるか、伯にこの計画の一員にと持ちかけられたか、か」
 レルシェルは低く言った。
 オスカーは不敵な表情の中に、小さな驚きを浮かべた。彼も若いが彼より一〇以上も若い少女が、予想以上の洞察力を見せたからである。
「なるほど、ルテティアの英雄は祭り上げられただけのお飾りではないらしい。陛下は政治に興味をなくしたと聞いたが、中々に人を見る目があるではないか」
 レルシェルは不機嫌さを隠さなかった。
「無礼な」
「それは陛下に対してか? それとも値踏みされたことに対してか?」
「無論、陛下に対してだ。臣下が主君を評するなど……」
「そこが、まだまだだな」
 オスカーは皮肉っぽく笑った。彼の目はレルシェルが稀有な才能を持つ人物であることを認めた。だが、彼女は王国や貴族の古い慣習に囚われている。それでは彼女の掲げる夢、この国を改革するのには届かない。
「さて、さきほどの答えだが……俺は首謀者ではないよ。そこまで無鉄砲ではない」
「では……」
 レルシェルの問いにオスカーは頷いた。
「今回ほどの計画を練る者だ、反体制派の連中も無能無策ではない。かなりの数を今回集めているようだが、その活動の核となる者が居ない。反体制の象徴となるものがな。そこで俺に声がかかった。何しろ俺は、英雄、だからな」
 最後の一言には皮肉の色が伺えた。それは彼自身に向けられた感情だろう。レルシェルはその部分に強く共感を覚えた。
「それで伯は……」
「ふん、計画に参加しているならこんなところに来て、こんな話をするか」
 オスカーは投げ放つように言った。レルシェルは胸をなでおろした。まだオスカーと会ってほんの数回会ったところだが、彼の性格を快く思っていた。油断なら無い相手ではあると思っていたが、それを超える魅力を持つ男だ。その彼を反逆者として捕らえるのは忍びなかったのである。
「だがな、レルシェル・ド・リュセフィーヌ。チンケな反乱計画などどうでもいい。この国の英雄二人、俺とあなた、この二人が組んで反体制の旗を揚げたらどうだ。俺たちと政治から逃げた王とそれを食い物にする重臣共。民衆と兵士が支持するのは誰だ?」
 レルシェルは目を見開いて、翡翠の瞳を揺らした。オスカーの顔と声はとても冗談を言っているようには見えなかった。
「この国はもうだめだ。腐りすぎている。一度すべてを洗い流してやるしかない。それが今出来るのは、俺たち二人だけだ」
 オスカーは立ちすくむレルシェルを見て笑った。その表情はむき出しにされた野心だった。レルシェルは戦慄した。
 この男は危険だ。レルシェルは迷い無く思った。その恐ろしい野心は確かに一つの国を救うに至るかもしれない。この国の現状を変えるかもしれない。だが、それにより流れる犠牲はどうだ。彼女は恐ろしかった。それが二人の『英雄』の違いだった。オスカーは戦場で敵味方の屍を超えて英雄となった。古来英雄とはそう言うものだった。だがレルシェルはそうではない。何かを成す為に屍を踏みつけること、それは彼女にとって未踏の世界だった。
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