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短編詰め合わせ

影像世界。

作者:七瀬 瑛
 凍てついた風が北から吹いてくるこの時期になると、僕は毎年、祖父の話を思い出す。

 僕がずっとずっと小さい頃、やっと文字が読めるようになった頃に、祖父から聞いた話だ。


 あの日も、冷たい木枯らしが吹いていた。


 その冷たい風が茶色く乾ききった落ち葉を攫って、からからと乾いた音を立てる。
 その中を、僕は寒さから身を守るように背中を丸めながら歩いていた。


 僕は祖父に手を引かれるままに歩きながら、広い道の左右に立ち並ぶ街路樹をそっと見上げる。


 空いっぱいに伸ばされた腕には木の葉など1枚も付いていない。
 ただ、太い幹と枝があるばかりだ。


「見ろ、根っこが空に向かって伸びておる」


 突然、祖父が歌うような口調でそう呟いた。
 驚いた僕が祖父を見上げると、祖父は僕の手を引きながら、きらきらと輝く優しげな瞳で僕を見下ろす。


 それから、祖父は再び寒空いっぱいに無数の腕を伸ばす木を見上げながら、言った。


「この地面の下にはな、こことは違う別の世界があるのだ」

 僕はその言葉に首を傾げた。

「地面の下に? でも、地面はどれだけ掘っても土ばかりしか出てこないよ」
「そりゃあ、そうさ。すぐ足元に、地面を隔てた向こう側で足の裏を合わせるようにして存在する世界があって、そこで暮らす人々も確かにいる。だが、我々は決して互いの顔を見ることはできない」
「ふうん……」

 そう言ってはみたものの、祖父の話はいつも難しくて、たいてい何を言っているのか分からない。


 でも、僕は祖父が語る不思議な話を聞くのが大好きだった。


「それで、その『別の世界』がどうしたの?」


 先を聞きたくて、僕が続きをせがむと祖父は僅かに笑顔を浮かべてみせた。


「別の世界とこちらの世界は繋がっていてな。繋がっている、と言っても、地面を掘ればいつかその世界にたどり着くという訳ではなくてな。地面の下に広がっている別の世界は、この世界を映す鏡のようなものだ。確かに存在する世界だが、触れることは決して出来ない」


 そんな世界が、広がっているのだという。


 うん、と僕が小さく頷くと、祖父は遠くを見つめながら、再度笑顔を零した。それと同時に、白い吐息がふわりと漏れる。


「この世界が夏の時は冬、冬の時はあちらの世界が夏になる。こちらの世界で草木が芽吹き木々が緑で潤う季節になれば、あちらの世界では草木が枯れ木々から葉が舞い落ちる季節になる」
「季節がぐるぐる回っているの?」
「そう。季節だけではないぞ。天気も、人の命も、皆そうだ。互いが互いに関わりながら、ゆっくりゆっくり廻ってゆく。この木のように、な」
「木?」
「そうだ」

 祖父は再び、寒空に枝を伸ばす木を見上げた。

「――根っこが、空に向かって伸びておる。今までは地面の下にある世界にあって見えなかったものが見えるようになったのだ。季節の移り変わりは、世界が移り変わる姿そのもの、今まで地面の下にあった世界とそれまでの世界が入れ替わるのだ」


 緑の葉がさわさわとささやく声、枯れ葉が擦れるからからという音、凍てついた夜に雪がそっと舞い降りる音。

 その全てが、地面の下にある世界と僕たちが生きている世界がゆっくりと入れ替わっていく音なのだと祖父は語った。

 今日も『地面の下にある世界』と、それまで僕が生きていた世界は、とてもゆっくり、しかし日々着実に移り変わっているらしい。


 木を支えていた根が空に向かい、空を目指していた枝が木を支える根と入れ替わる。


 大地に落ちた花びらは地面を通して『地面の下にある世界』の植物を育てる養分となり、それを吸って育った植物がまた新たな花を咲かせる。


 こちらの世界で生命の灯火が1つ消えると、『あちらの世界』では新たな灯火が1つ灯る。 

 
 世界は、ゆっくりと廻っている。


 僕は、白い吐息と共に寒空一杯に枝を広げる木を見上げた。

 空から、細かな雪が舞い降りてくる。

 まるで木の枝に吸い込まれているようで、それは別の世界で青々とした葉を茂らせる養分の姿であるように思えてくる。


 ――今日も、木は空に向かって根を張っていた。

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