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  桜色の闇 作者:香住
21:ポジティヴ
 昼間は親子連れが多い。小さな子の手を引いたお母さん。ベビーカーを押す親子。皆が口々に「綺麗ね」と褒めるその先はピンク色の天井だ。彼女たちは微笑んでる。柔らかく眼を細めて、その色の濃淡を楽しんでいる。

 ――あんな風に笑えたら。

 多分あの反応が『ふつう』なのだろう。既に自分がそのカテゴリから逸脱しているのはわかってはいたけれど。それでも――誰かにわかって欲しいと思うのは我侭なんだろうか。彼が、理解してくれたと思うのは傲慢なんだろうか。
 遠巻きに桃色が見える場所に腰を下ろす。あの天井を見つめていると息が詰まるけれど、それを見て幸せそうに笑う彼女たちを見るのは幸福だ。誰かの笑顔。それを見つめているのが嬉しい。

 しばらくそうして幸せそうな親子連れを眺めていてふと、思う。綺麗事だ。そりゃあ誰だって、誰もが笑顔でいるほうが幸せだろう。でも彼女たちのその笑顔は、いつでもそう在り得るのだろうか。あの瞬間だけでなく?
 笑顔でいて欲しいと望むのは簡単だ。そして笑っていることも。けれど本当に大事なのは。

 すっくと立って、周囲を見回す。あの姿はない。そうだ、約束なんかひとつもしなかった。彼がどこの誰かさえも知らない。もう一度会えるのかどうかさえ、だ。あんな風に帰ってきてしまって、彼が二度と姿を現さなくてもおかしくはない。

 けれど会いたい。もう一度会いたい。伝え切れていない言葉を彼に伝えたい。私の思いを、真っ直ぐに彼に伝えたい。それが『ふつう』でなくてもいい。私は私――そう、結衣がよく言ってくれた。『自然体でいいのよ。人よりも自分が心地いいのが大事でしょ?』

 私は……彼と居て、自然体だった。彼がどうだかはわからないけれど、私は、彼と居たかった。もしも彼がそこで笑ってくれるのならそれに越したことはないけれど。
 でもまずは、私は私自身が笑っていたい。『ふつう』で在ろうとしなくてもいい。今のままの私でいい。我侭でもいい。自分勝手でもいい。でも、私が自分で自分を幸せにしてあげられないのなら、他に誰に頼るのだ?
 誰かの微笑がそこに居ていいと思えるような許諾だとするのなら……私はいつまでも居た堪れない気持ちでその誰かの笑顔が消えるのをびくびくしながら待っていないといけない。


 彼の傍に、居たい。


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