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毛布と僕のSOS
作:並盛りライス


 電車の中で僕は、現実感を失っていた。窓の外のチラチラ雪や、ヌクヌクとした車内の空気のせいかもしれないし、違うかもしれない。
 景色が横を滑るように流れては、後ろの方に消えていく。
 僕の乗っているこの電車は、ローカル線のオンボロ列車で、ドアがプシュっと閉まっても隙間風が入ってくる。
 車内の人は少なくて、日曜の正午というイメージを寸分狂わず再現している。 列車に座る僕とは別に、高架下で目を瞑る僕が居て、耳を澄まして時間や人が通りすぎるのを待っている。
 車体のガタゴトという音とは別に、僕にしか聴こえないSOSを探している。

 眠るように、意識を肉体に沈めながら五感を耳の後ろの方に集中する。
 夢かもしれないし、そうではないかもしれない。
 いつものポイントを過ぎた辺りで、SOSが聴こえてくる。
「助けて」
 明瞭な発音ではないけれど、確かにそう聞こえる。
 二三日前から、聴き取れるようになった声は、ぼんやりと薄いフィルターを張っているみたいだ。
 こちらから意識しなければ、ほとんど雑音と変わらない。無関心を装わなくても、聞こうとしなければ聴こえない。
 それでも僕は、何故か耳を澄ましてしまう。あるいは高架下で、そしてカーブの後の短い直線で。
『つぎは東都南、お出口は左に換わります。』
内側に沈んでいた意識が、フッと戻ってくる。曖昧な現実。それでも、いつもの夢よりは確かなのかもしれない。 窓ガラスに写った自分の顔がひどくぼやけていて、はっきりと見えない。
 まだ、夢の中に居るような感覚が抜けきれなかった。
 降りる駅が近付いてきてようやく鞄の重みや、窓の外の暗さが戻ってきた。 雲のせいで月は隠れているが、雨が降りそうな程ではない。
「ただいま」
 ドアを開けると暗い廊下があって、奥行きだけが異様に強調された僕の家がある。
 一番奥が台所で僕の部屋、隣りがアイツの部屋だ。流し台には、昨日の夕食の食器と昼食にアイツが食べたスーパーカップがそのまま置いてあった。
アイツが帰ってくる前に宿題を終わらそうと思い、戸棚を開けると母さんと目があった。
母さんは
「ごめんね」
とも
「頑張れ」
とも言ってくれない。
 急に硝子が割れる音がして、アイツが帰ってきた事に気付く。
「おかえり」
 僕は震えている。
「……酒」
 まだ焦点はあっている。
「父さんの部屋だよ」
 椅子か拳か。アイツは背中を見せて自分の部屋に入っていった。
 宿題を戸棚に隠して、僕は食事の準備をするために冷蔵庫を開けた。いろんなものが腐っていた。
ハムを焼いて、卵を炒めた。包丁はないけどフォークはある。それが僕を、ほとんど食欲というものから遠ざける理由になった。
 夜になった。正確にはずっと夜だ。
 アイツが何かを吠えた。何かで、壁を叩く。
ゴト、ガァン、ガタラ
ゴト、ガァン、ガタラ
 あれは僕への警告なのだ。僕は毛布を頭から被って、テーブルの下で蹲る。
ゴト、ガァン、ガタラ
ゴト、ガァン、ガタラ
 いつ、背中に衝撃が走るのか脅えながら目を瞑る。 闇は温かくて、とても優しい。たとえ、一瞬の油断を招くとしても、僕は完全に目を瞑ることにしている。
 そして祈るのだ、毛布を握り締めて念じるのだ。
助けて、誰か
僕を助けて
 いつか誰かが僕のSOSを受け取って僕を助けてくれるのを信じて。
 闇に沈みかけていた僕を、いつもの重い衝撃ではなく、鋭い衝撃が皮膚を切り裂いた。
 ナイフ?そんなものは捨てたはずだ。毛布を入れる手に力を入れた。
 アイツの握ったガラスの刃が、窓から差しこんだ街灯の光に鈍く揺らいだ。

 電車の中で僕は、現実感を失っていた。窓の冷たい雨や、ケタケタ笑う女の子達のせいかもしれないし、違うかもしれない。
 景色が横を滑るように流れては、後ろの方に消えていく。
 僕の乗っているこの電車は、ローカル線のオンボロ列車で、ドアがプシュっと閉まっても隙間風が入ってくる。
 車内は学生やサラリーマン達で溢れている。
 列車に座る僕とは別に、高架下で目を瞑る僕が居て、耳を澄まして時間や人が通りすぎるのを待っている。
 車体のガタゴトという音や、ガヤガヤと煩い雑音とは別に、僕にしか聴こえないSOSを探している。

 眠るように、意識を肉体に沈めながら五感を耳の後ろの方に集中する。
 夢かもしれないし、そうではないかもしれない。
 いつものポイントを過ぎた辺りで、SOSが聴こえてくる。
「助けて」
 明瞭な発音ではないけれど、確かにそう聞こえる。
ぼんやりと薄いフィルターを張っているみたいだ。
 こちらから意識しなければ、ほとんど雑音と変わらない。無関心を装わなくても、聞こうとしなければ聴こえない。
 それでも僕は高架下で、あるいは、カーブの後の短い直線で何故か耳を澄ましてしまう。
「助けて」
 SOSはきっと僕にしか届いていない。それでも僕にはどうすることもできない。
「おい。アレ……何だ?」
「きゃあ、何?」

 周りの声が騒がしくなって、僕の意識が現実に戻された。
 列車が急停車して、人々が僕の座っている席とは逆の窓の方に群がっている。
「酔っぱらい……?」
「落ちたのかな」
「飛び下りだってさ」
「やだぁ、見ちゃった」
 窓を見ると首に一本の赤い筋の入った僕が僕の瞳をじっと見ていた。














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