■ 19 ■
「森川、肉の代わりになるものを何か調達してきてくれる? 魚でもソーセージでもいい。あと、出来たら夏木を助け出してやって欲しいんだけど」ムーミンがうなずいて、無法地帯と化しつつある場所に戻ってゆくのを見届けて、「幸村」と声を張り上げる。
「奈瀬ー、聞いてくれ。晴吾がすっげぇ意地悪する。俺が先に狙ってたのに、横から掻っ攫っていくんだぜ」ぶうぶう文句を言う幸村をなだめすかして、がしっと首に腕をまわして顔を近づけ、さらに声のトーンを落として「昼飯、食いたくないのか」と言うと幸村の肩がびくっと震えた。
「食う! 俺もう腹ぺこ」よしよし、そうだろうそうだろう。俺だって昼飯が食いたい。
「今のままだと食いっぱぐれるんだよ。ネゴシエーターの仕事しろ、幸村。正面から突っかかっていかなくていいから。仲本のほかにもネゴシエーターがいるだろう。そいつらからなんでもいい、焼いて食えそうなもの取ってきて」
「わかった。……でも、大丈夫か? なんか、すごいことなってない?」幸村は泡にまみれた米を目にしてしまったらしく、本気で動揺している。
「こっちは俺がなんとかするから」
「奈瀬」
「なに」
「お前、なんかさっきから性格変わってない? そんなに積極的な奴だったっけ」
「いいから行けって」積極的にならなきゃ食うものねえんだぞ、という言葉を飲み込んで、僕は幸村に向かって顎をしゃくった。
「璃桜」
「なあに、奈瀬くん」
「俺の言うとおりにしてくれる?」
「もちろん、約束ですもの」姫さんは、ライチをぱくりと食べながらにっこり微笑んだ。
そこからは時間との戦いだった。制限時間二時間のうち一時間と十五分をすでに消費してしまった後だったので、もう一刻の猶予も残されていない。僕は、ボールににんにくとスパイスを放り込んだ。カレーのルゥも砕いて混ぜた。ほとんど手当たり次第だ。そこに醤油、酢、白ワイン、レモンをさらに加え、適当に混ぜて味をみる。なんとなく、それっぽい味になっていたので、次に網を用意した。
「奈瀬くん、何を作っているの?」横から九条が覗き込む。
「シェラスコ、って知ってる?」
「いいえ。わたしも野菜、焼いていい?」
キャベツやらパプリカやらズッキーニと言ったメインとは関係ない野菜は、森川の努力の甲斐あって種類も豊富に揃っていた。僕はBBQ用の網にそれらの野菜を並べながらシェラスコの説明をした。
「ブラジル料理なの? わたし、食べるの初めて。奈瀬くんはどうして知っているの?」
「シドが、あ、俺の叔父なんだけどね。ちょっと放浪癖のある人で、ふらっと世界中どこへでも行っちゃうわけ。で、帰ってきたときに、行った先で食べた美味しいものを俺に作って食わせてくれてたの。たまたま今日、思い出してさ。どうせならカレー味にしてやろうって思って」
「素敵な叔父様ね」
「……たぶん、想像とは違うと思うけど」僕はもごもごと言った。叔父は意外なところで役に立つ男だった。
「奈瀬、くん。リオちゃん。お肉、ちがうけど、エビがあったよ。あとね、鶏肉」
「上等」僕はムーミンから貴重な蛋白源を受け取った。エビはほどよく解凍済みだったので、殻を剥いて背腸を取ってから先ほどの調味料に漬け込む。鶏肉にはナイフの先で皮に切れ目を入れ、味が早く染み込むようにしてからやはりボールに突っ込んだ。
「なに、が出来るの?」網焼きの野菜に目をしぱしぱさせながらムーミンが聞き、姫さんがそれに答えていた。
「奈瀬。焼けば食べられるって、これとかじゃ駄目?」幸村はバケットを一本丸ごと持ってきた。
「駄目じゃない」
「駄目じゃないよ、幸村くん」いつかのように、今度は僕と姫さんの声がハモった。
「ガーリックトーストだな」再び叔父のレシピ参照である。
「なにそれ美味そう! いつ食べられる? もうこのへん焼けてねえ?」目をきらきらさせている幸村に苦笑しつつ、僕はエビとチキンを網にのせた。スパイスの焦げるいい匂いが立ち上り、思わず喉が鳴りそうになる。
その頃になって、ようやく夏木が戻ってきた。ものすごく憔悴している。
「ごめん」心底申し訳なさそうに謝る夏木を全員で労った。曰く、「あれでは仕方ない」だ。むしろよく無事で帰ってきてくれた。
「璃桜?」戻ってきたことが嬉しくて堪らないくせに、まだ何か言いたそうな姫さんを夏木がうながす。
「さっちゃんの馬鹿」
「うん、ごめん」
「浮気者」
「ごめん」今度は苦笑だった。
「お守りじゃないもの」
「そんな風に思ってないよ」
「知ってるわ。……ごめんなさい」
幸村が僕のシャツの裾をくいくいと引っぱって曰く「奈瀬、俺知ってる。こういうの、痴話喧嘩って言うんだぜ」やはり反論は出来ず、僕は曖昧にうなずいていた。
「みんな、焼けた、よ」恐る恐る、声をかけてきた森川に僕は心から感謝した。彼女はこのチームの理性だ。使い物にならないネゴシエーターに代わって一番よく動いてくれたのも森川だった。
「ありがとな、リーダー」
「え、え、え。どうしたの、奈瀬、くん。わたし、何もしてないよう」慌てて否定するムーミンは真っ赤になって首を振った。
「そっちも! ラヴシーン禁止。いらないなら俺ひとりで食っちゃうよ」幸村が早速手をつけようとしていた。なんとか時間一杯まで踏みとどまらせて、加藤の「それじゃあ、頂きます」に唱和する。
カレー味のシェラスコは、物凄く美味かった。
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