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第八話:束の間の余暇
白い砂浜、蒼い海、速攻で水着に着替えた楓と氷雨は本当に仲が悪いのかと繰り返し問いたくなるようなコンビネーションで海に突っ込んでいった。

「うっしゃーっ!!」

「きゃはーっ!つめたーい!!」

時間帯的にはまだ夜が開けて数時間経った頃で、本来なら泳ぐに適した気温でも水温でもあるはずが無い。

……のだが、楓や氷雨にその常識は通じず、「ふっ、俺について来れるか!」「後で恥かいても知らないからね」と言った会話を続けている。

「おーい、せめて準備運動を……」

白の中の黒は目立つが、逆に黒の中の白は目立ってしまう。今の状況では冷静な廉が異端なのだ。

そんな廉の言葉が氷雨たちに届くはずもなく、沖のほうまで泳いでいってしまった。

溜息をついた廉は、いずれ自分も泳げと強要されるだろうと、その時に備えて準備運動を始めた。



……数時間後。



「さあ、廉だけ煤けてんじゃないわよっ!!」

「俺とお前、どっちが速いか決めよーじゃねえかっ!!」

早速廉をロックオンした二人は両脇から廉の腕を引っ張って海まで引きずり込んできた。

別に泳ぐ事に異論は無いのだが、もみくちゃになることは避けたい廉は水中で体制を整えて沖まで泳いで逃げ出した。

とはいっても、廉の泳ぎは後のことを考えて全力は出さず、どちらかといったら流れに身を任せた泳ぎなのである。

「よっしゃーっ!!」

後ろからは水飛沫を上げて、何故かバタフライで氷雨が追って来る。

バタフライの存在意義がわからない。

途中まではそれなりのスピードで泳いでいた廉だったが、氷雨が自分を追い越したところで突然その場で泳ぎをやめて止まった。

一人で暴走する氷雨を放置して海岸に戻り、適当に石を拾って楓の方を向く。

「……当たると思うか?」

「当たっちゃやばいんじゃないかなー……」

もし頭に当たっても氷雨なら何とかなりそうなので、廉は割と本気で氷雨を狙う。

……楓に見えないようにアービティアリィ・ハッカーを使っているのはヒミツだ。

「(アービティアリィ・ハッカー!)」

小声で叫びながら思いっきり肩を振りかぶり、仰角四十五度ピッタリで投げ放つ。

その石の行く先を見届けないまま楓に振りかえると、いつの間に膨らましたのか、数個のビーチボールをジャグリングしていた。

それを見て廉は顔色を変える。

「……まさか楓っ!?」

たじろぐ廉ににじり寄りながら楓は不適な笑みを浮かべる。

「うふふふふふふふふ…………、そのまさかよ。逃げるなんていわないわよねぇ?」

楓はジャグリング中のビーチボールを空高く投げ上げ、同時に跳びながら叫ぶ。

「古くは弥生時代に遡る!唐傘家に代々伝わる必殺遊戯!『ビーチボーイスイミング』!!」

説明しよう!ビーチボーイスイミングとは、唐傘家の初代当主が編み出した必殺遊戯だ!!

その残虐性から一時は使用をためらわれたこのビーチボーイスイミングだが、家族と愛するものを守るため、断腸の思いで代々伝えられていた技なのである。無論嘘だ。

僅かに高さを変えて投げ上げられたビーチボールを、同時に跳びあがって次々と標的目掛け叩き落す、遊戯というには少々度が過ぎている。

去年、どこからネタを拾ってきたのか、思いついた楓に付き合わされた氷雨はそれこそビーチでスイミングしてしまった。

その時廉もやらされかけたのだが、何とか氷雨を贄として逃げ切ったのだが……。

「まて、落ちつけ、とりあえず、落ちつけええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――っ!!」

まるでアームズでも使っているんじゃないのかと思うくらい、弾丸と化したビーチボールが襲いかかってくる。

これがガチの戦闘なのならば廉もアームズを駆使して逃げ切るのだが、楓が相手では使いようが無い。

「……こうなったらっ!!」

いくら凄い力で飛ばされたといえど、所詮はビーチボール、水の抵抗には適わないだろう。

そう思った廉は全力で砂浜を駆け抜けて海の中へ飛びこむ。

ちなみに、もう既に最初に放り上げた以上の弾丸(ビーチボール)を放っているはずなのだが、リロードしている様子は見られない。

氷雨が海中深く潜っているのを視界の端に捉えたが、今はそんなものを見ている暇は無い。

「(本当にアームズ使っているんじゃないのか……!?)」

海中に入って安心したのも束の間、一体どうやったのか、ジャイロ回転の加えられた弾丸(ビーチボール)が目の前の海底に突き刺さった。

水中であるにもかかわらず冷や汗を感じ、廉はさらに海底へと潜っていく。

もはや、ギャグの域を越えている。いや、ギャグだからこそなのか。

廉は紙一重で弾丸(ビーチボール)を避けながら、ビーチボーイスイミングの終了条件を思い出す。

「(たしか、氷雨の時は気絶したからであって……、だめじゃないかっ!!)」

水中で叫んだせいで海水を飲んでしまって咳き込む。

とりあえず楓を抑えこむ方向性で決めた廉は、既に放たれた弾丸(ビーチボール)の影を渡りながら回り込むように泳いでいく。

息を吸いに頭を出したら間違い無く狙い打ちにされるのだろうから、気合を入れて我慢する。

泡一つ出さないまま、岩礁に隠れて楓の背後に回りこむ。

楓は、いまだに廉のいた場所を狙って弾丸(ビーチボール)を放ちつづけているが、気付くのも時間の問題だ。突っ切るしかない。

楓自体に危害を加える必要はない。とりあえず弾丸(ビーチボール)を取り上げてしまえば事態は収束する。

「見つけたぁっ!!」

「……くっ!」

砂を蹴る足音を聞いて気付いた楓は、すぐさま振りかえって廉に狙いを定める。

とはいえ、元々の狙いが粗い上に、振り返って放った弾丸(ビーチボール)は、軽々とまでは行かなくとも紙一重で避けられてしまう。

見つかってしまって以上、直線で突っ込んでしまってはあててくれといっているようなものだ。楓に弧を描くように回りこみながら近づく。

「(右、左、左、中心……か。パターンは把握したっ!!)」

楓の癖を見抜いた廉は、雨のように降り注ぐ弾丸(ビーチボール)の隙間を見つけ、そこを突っ切る。

迂回していたので楓と廉の間は波打ち際になってはいるが、廉の脚力なら楓まで七・八歩という所。つめられない距離ではない。

向きを一気に楓の方向に軌道修正した一歩を踏み出す。

自分の進行方向を狙って放たれた弾丸(ビーチボール)は水を全く弾かずに砂の中に埋まって浮かんでこない。バレー部に入れ。

二歩目を踏み出した廉を狙って放たれた弾丸(ビーチボール)を廉は姿勢を低くしてもう一歩踏み出す。

三歩目は多少足が砂に埋まってバランスを崩すが、無理矢理に足を動かす。

四歩目、楓がそろそろパターンを変えてくるだろうと読み、悠々と避ける。

五歩目ともなると焦ってくるのか、楓の投撃も段々と単調になってくる。無論楽勝だ。

六歩目、そろそろ手の届く距離になってきたので、廉は膝を思いっきり曲げて力を溜める。

「(さあ、もうそろそろ終幕だ!)」

「(ただじゃあ終わらせないわよっ!!)」

傍から見たら馬鹿馬鹿しいこの行動も、当人にとっては真剣そのもの、若さ故の暴走である。普段冷静な廉とて例外ではない。

しかし、そんな二人の気合に忘れ去られていた男が水を差す。

ガシッ!

「ぐっ――――――!?」

頭にワカメを引っ付けた赤いツンツン頭が今踏み出そうとした廉の右足を掴んだのである。

「こんにゃろう……!置いてくたぁひどいじゃねえか!!」

と、そこで問題が発生する。

今まさに突っ込もうとする廉を、弾丸(ビーチボール)をもってしても、腕や足を狙ったところで止める事はできないだろう。

狙うのなら体のど真ん中、全身を吹き飛ばすべきである。

近づいてくる廉に合わせ、楓の照準は廉の現在位置よりも僅かに手前となっている。廉が動かなければそれは足元に着弾するのだ。

つまり

「いまこそ……ガアアァッ!?」

廉の足を掴んでいる氷雨に激突するのである。

まったく、つくづく空気の読めない男だ。

仕切り直しとなった廉はもう一度体制を整えるため小さく一歩を踏む。

そして、再び足に力を溜める廉だが、視界の端に入ったものに心奪われてしまう。

防波堤から降りてくる一人の金の長髪の少女を。

「(ユーディット……!?)」

しかし、見なおしてみるとそれは全く関係のない、ユーディットとはまるで似ていない染めた金髪である日本人の少女だった。

ただそれでも、廉の精神に与えた影響は少なくない。

人を吹き飛ばすほどの投撃が迫っているということを忘れさせるほどに。

「あ――」

放った楓は、廉なら突っ切りながらも紙一重で避けると思っていた。しかし、そんな予想は簡単に崩される。

正気を取り戻さないまま廉は弾丸(ビーチボール)に吹き飛ばされて海に墜落した。

「―――この馬鹿っ!!」

すぐに意識を取り戻した氷雨が廉を引き揚げた事によって大事には至らなかったが、しばらくの休息を余儀なくされてしまった。

氷雨が立てたビーチパラソルの下で、廉は横にならされた。

心配そうに楓が覗き込んでくるが、廉がショックを受けたのは楓のせいではない。

「(もはや、トラウマだな……)」

荷物の中から取り出されていたタオルで一旦顔を隠し、自虐的な笑みを浮かべる。

この広い世界の中、住む町すら違う、接点のない二人がそうそう会うことはないだろう。どちらか、もしくは両方が会いたいと思わない限り。

ユーディットは廉の住所は知らないし、廉も同じだ。廉に至っては会いたいとすら思っていない。

そう廉も理解している。しかし、心の奥底は恐れる事をやめない。

「(俺はこんなにも柔だったのか……。本当に、嫌になる)」

落ちこむ廉だが、今近くには楓や氷雨がいる。落ちこんでばかりもいられない。

幸い、染めた金髪もいるという認識を得たので、先程のようにいきなり固まる事はなくなった。今なら大丈夫だ。

タオルで思いっきり顔を拭いて嫌な雰囲気を拭い去った廉は表情を戻す。

「……もう大丈夫だ。動ける」

まだ心配そうな顔をしている楓に軽く手を振るって立ちあがる。

「本当に、楓はトラブルばかり運んでくるんだな」

「……なによそれ、起きあがって第一声が嫌味ですかー?」

楓も、暗い雰囲気は好きではない。今までのことを忘れるように明るく返す。

「間違ってないだろ?例を挙げようと思えばいくらでも……」

「さあ泳ぎましょうっ!!」

指折り数え出した廉の腕を掴み、楓は海へと廉を投げこんだ。



































「うはぁー……。もう泳げないわ」

廉の横には、あの後数時間ぶっ続けで泳ぎつづけた事によって体力を使い果たした氷雨と楓が転がっていた。

海に引きずり込まれた廉だったが、途中参加であってペース配分をしている廉の体力が尽きる事は無く、先に楓と氷雨が倒れてしまった。

昼頃となって気温も上がり、廉たちのほかにも人影が続々と増えてきた。

楓と氷雨はピクリとも動かず、このまま海に投げ捨てたら立派などざえもんが完成しそうである。

いくら日が照ってきているとはいえ、水に塗れた状態では風邪をひくだろうと楓の身体にバスタオルをかぶせる。

無論、氷雨は放置だ。その程度で風邪をひくはずが無い。

「……そういえば、朝飯すらまだだったな」

落ちついたところでようやく廉の胃袋は空腹を訴えてくる。

海の家でもないかと辺りを見まわすが、見当たらない。他の人は食事は来る前に済ませるか、持ってくるかしているようである。

「あ、じゃあこれでも食べる?」

そんな廉の横合いから、純和風の弁当が差し出される。

空腹によって思考能力を奪われている廉は大した疑問を抱くことなく受け取り、一気に口に含む。

その弁当はかなり高い水準の技術で作られており、廉が空腹である事を除いても箸は止まらないだろう。

「―――っ!!」

とはいえ、水分も無しに食らい続けたのでは、どんな人間でも喉を詰まらせてしまうのだろう。

「あーあ、ほら、これでも飲んで」

そうなる事を予想していたのか、廉が伸ばした手の先にお茶で満たされたペットボトルが差し出される。

奪い取るように受け取った廉は、元々喉が乾いていたということもあって一気に半分近くまで飲み干した。

来た方にお茶を返すと、入れ替わるようにペンを添えられた一枚の紙が差し出される。

「じゃ、これにサインして」

廉は場の空気に流されるまま紙とペンを受け取り、書こうとして気付く。

「……って危ない!!これ入部届じゃないですかっ!!」

その紙にはでかでかと、陸上部入部届と書いてあった。

そして廉が横を向くと、活発モードの鳴神が物凄く残念そうな顔で座っていた。

「……チッ、気付きやがったか」

「初登場で変なキャラを表に出さないでくださいっ!!」

鳴神は廉が投げ捨てた入部届を拾ってバックに仕舞う。

「あーあ、珍しく金城君が疲れてるからつけこめると思ったのに……」

今の鳴神の格好は、いつも三つ編みにしている髪を軽くまとめる程度にし、競泳用の水着にパーカーを羽織っている。

陸上で鍛えているだけあって一般水準を越えたスタイルなのだが、枯れている廉は鳴神が隣にいても心拍数があがる事はない。

「ん……?」

廉と鳴神の会話で、楓がゆっくりと目を覚ます。

半目で辺りを見まわしていた楓は、視界に鳴神を見つけた途端ガバッと効果音がつきそうな勢いで起きあがる。

「なる先輩っ!!なんでここに!?」

「な、なにぃっ!鳴神先輩だとっ!?」

そして、楓が上げた叫び声で氷雨も起き上がる。

「この野郎!!俺が寝ている隙に鳴神先輩お手製のお弁当に手をつけるなんて羨ま……もとい不届き者め!!」

叫ぶ氷雨を無視し、廉は残った弁当を一気にかきこむ。

いくら廉とて空腹には勝てないのである。

「ぬ、おぉっ!?お前、少しは味わえぇっ!!」

何か変な鳥が(さえず)っているな的なノリで廉は食後のお茶を嗜む。

二人のコントじみたやり取りを笑いながら見ていた鳴神は、背後にあったスポーツバックから二つ同じような弁当を取り出した。

「あーはいはい、君達の分もあるから落ちつきなさいって」

「うきーっ!!」

「うにゃーっ!!」

それを見た途端、二人は最早人間ではない泣き声を上げて弁当に飛びつく。

廉と同じように喉に詰まらせているのはご愛嬌である。

楓はともかく、さっき廉に味わえといっていたはずの氷雨までもがあっという間に完食し、手を合わせて感謝の意を表していた。

「んー!やっぱなる先輩には敵わないや」

「全くだぜ……!」

感動した二人は、やはり体力がまだ戻っていたわけではないので、すぐに横になる。

廉が顔に塗れ雑巾をかぶせたいと思ったのはご愛嬌である。

と、そこで何かを思い出したような楓が、うつ伏せ状態から上体を起こして鳴神に話しかける。

「……そーいえば、朝なる先輩んちが留守だったんだけどさ、どしたの?」

今朝、鳴神家に楓と氷雨が訪れた時、完璧に留守だったはずである。

家族旅行などの話は聞かなかったし、どちらにしてもここに三人がいる事を鳴神が知るはずも無い。

その質問に、鳴神は頬に手を当てて考え

「んー……、ほんと、『いろいろあった』ってかんじなのよねぇ……」

話が纏めきれないのか、はたまた言いづらいことなのか、口をモゴモゴさせながら考えている。

そして、痺れを切らした楓が早々に話を切る。

「まあいいや、とにかく泳ぎましょーっ!!」

「……ったく、さっきまで倒れてたんじゃないのかよ……」




鳴神:お初にお目にかかります。鳴神流古武術師範代、鳴神翼と申します。

氷雨:(うひょー……、やっぱ三つ編みモードも萌えるよなー……)

楓:めちゃくちゃ気持ち悪い顔してるわよ、それこそモザイクが必要なクラスに

廉:ああ、確かにここまで鼻の下を伸ばした男は見た事が無いな

鳴神:あら廉君、やっと陸上部に入る決心がついたのかしら?そうありがとう。それじゃあ早速この入部届にサインを……

廉:(逃走)

楓:はやっ!?……やっぱ清楚モードのなる先輩にゃかなわないのね。それとも三つ編み属性なのかしら?

氷雨:なんだとぅっ!?あの野郎鳴神先輩をそんな淫らな眼で見たってぇのかっ!!

楓:あーはいはい分かったから。ほら氷あげるから静かになりなさい

氷雨:この俺の憤怒の炎は氷なんて一瞬で蒸発……つめたっ!ちょ、氷を投げつけんなよっ!!

鳴神:そうだったの……。廉君が望んでたのは入部届ではなく婚姻届だったのねっ。ごめんなさい廉君、貴方の思いに気づいてあげられなくて……!!

氷雨:ファイアーッ!!!!

楓:火に油そそがないでくださいよ。なるせんぱーい……

鳴神:あらごめんなさいね。油は重油のほうが良かったかしら

氷雨:ヴォルケイノーッ!!

楓:……もう好きにしてください。

楓:(……しかし、廉がいないと本当にカオスになっちゃうわね)

鳴神:さて、そろそろ次回予告ね。
私という新キャラが出たにもかかわらず、特に私に触れる事が無いまま廉君は一人砂浜に力尽きて倒れ込む。
そんな廉君の元に見知らぬ人からメールが届く。その内容とは……!?
次回、『王水』……いきなり出番が無いってどういう事かしら?


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