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第二十二話:情熱の緋色


「俺の道を塞ぐんじゃねぇっ!!」

「ヘブッ!?」

因縁をつけてきた不良を氷雨は片手間のように薙ぎ払い、鳴神家への道を突き進む。

だが、こういう時に限って邪魔者が多く、先程も目の前で道が通行止めになって回り道を強いられていた。

上機嫌で許せたのも最初だけで、今では少しでも自分の邪魔をする可能性があるものには片っ端から睨みを効かせている。

……故に、氷雨と敵対する相手に目立つ事にもなっているのだが、氷雨が気付く事は無い。

とはいっても出発したのは集合時間の一時間以上前、この程度で遅刻なんて事はありえない。

氷雨が腕時計で時間を確認しても、残り一時間を切った所である。

「……………………!!」

いっそもう全力で走ってとっとと鳴神家についてしまおうかとも氷雨が考えた時、急に辺りから人影が消えた。

氷雨は咄嗟に辺りを見回すが、いずれ気付く。

廉だったらうんざりするほどに見慣れたこの光景は、アームズの為に隔離された空間である。

「こ、の……!!」

氷雨は歯を食いしばり、額に青筋を浮かべる。

度重なる妨害ならまだ一応許す事も出来たが、流石にここまで来ると誰かの悪意まで感じてしまう。

いつも以上に感情を込められ、はちきれんばかりの力に満たされたアームズを出し、叫ぶ。

「どこまで邪魔をすれば気が済むんだ。この糞野郎がぁーッ!!」

氷雨は外周から直角に、隔離された空間の中心に向かって走り出す。

それも、一切曲がることなく直進で。

間にある建造物に穴をあけ、塀を砕き、川を凍らせ、氷雨は突き進む。

この空間で行われた殆どの物的破壊が修繕されるのはいくつかの事例によって既に知られている事だが、いくらなんでもやり過ぎである。

もっとも、その程度の些事を気にするほど、氷雨の冷静ではなかった。

今の氷雨に理性を取り戻させる事が出来るのは、鳴神と、物理的な手段を用いる廉くらいであろう。

もしかしなくとも、たとえ直らなかったとしても氷雨は躊躇わないだろう。

この調子で元凶も叩きのめしたい所だったのだったのだが、いつまでたっても人影が見えない。

通り過ぎたかと立ち止まるが、その場で耳を澄ませても全く人の気配は無い。

余りにも氷雨が暴れたせいで逃げたとも考えられるが、それにしては空間が元に戻る事は無い。

首を傾げてその場に佇む氷雨だが、やがてあることに気付く。

「ここ、は……」

道無き道を作り出して突き進んでいた氷雨は今の今まで気付けなかったが、よく考えれば納得できる。

まっすぐ進んでいたのだ。最初から、一切向きを変えずに。

「鳴神先輩の……家」

町の中心部から離れた場所に位置し、職人の技を感じさせる年季の入った木造の道場。氷雨の目的地である鳴神家がそこにあった。

尚、実際道場で生活するわけではなく、裏手にれっきとした自宅がある。

そのままボーっと突っ立ていた氷雨だったが、ふとあることが頭に浮かぶ。

「ま、まさか……な。ああ、ありえるはずが無いんだ」

そのばかばかしさに氷雨は笑い飛ばすが、自分でもその笑みが引きつっているのがわかる。

そう、ありえないと氷雨自身も分かっている。鳴神がこの空間の原因であるなど。

だが、やはり一度浮かんだ疑念は拭えない。口ではうわ言のようにありえないと呟くが、その足は操られたかのように鳴神家の玄関に向かっていく

氷雨は道場の戸に手をかけ、ゆっくりと開ける。

「―――――――――ッ!?」

そこに広がる光景は、ある意味氷雨の望み通りであった。

氷雨の望み通り、鳴神が元凶ではない。

それどころか、この場には鳴神すらいない。

「て、めぇ……」

氷雨は今まで感じた事の無い感情の奔流を感じ、そしてそれに逆らうことなく身を任せる。

下手をすればユーディットを越えるのではないかというくらいのパワーとスピードのアームズを、氷雨は感情のまま発現させる。

そこにいたのは血を流しながらうつ伏せに倒れている鳴神の父。そして、鳴神の形をした何者かだけである。

「『グレーシャーブルー』!!」

姿形は鳴神と何ら違う所は無く、どこからどう見ても鳴神翼本人である。

ただ、あくまで姿形が鳴神であって、浮かべる表情は鳴神には全く似つかわしくない、歪で狂った笑みだった。

何者かは氷雨に気付かないまま、腕から半透明で指が無い、まるでスライムのようなアームズを発現させる。

それを見た氷雨は叫ぶ事も忘れて駆け出し、一気に肉迫する。

そこでようやく氷雨の存在に気付くが、もう既に遅い。今の氷雨になら相手が何をしようと叩きのめせる距離にまで到達していた。

氷雨は偽鳴神が咄嗟に出した防御のアームズごとへし折り、床板をぶち抜くほどに地面に叩きつけた。

個人差がある為に一概にアームズの硬さははかれないが、それでもアームズを折るのは相当の力が必要である。事実、廉だろうがユーディットだろうが、まともに正面から受け止めても折れる事は無い。

そのアームズをいとも容易くへし折る氷雨の込めた感情は計り知れないだろう。

そして、その激情はこの一発程度で発散されるわけも無い。

氷雨は無造作に偽鳴神の襟を掴み、手近な柱に叩きつける。

柱はまるで廃材のように叩き折られ、偽鳴神の体もありえない方向に曲がる。

擬態はアームズの能力だったのか、偽鳴神の姿はいつのまにか二十代中盤ほどの男に変わっていた。

しかし氷雨はそれに気付く事は無く――気付いた所でどうにもならないが――何度も何度も男の体を振り回し叩きつける。

男の意識は最初の数回で既に途切れているが、それでも氷雨の激情が収まる事は無い。

男を振りまわして柱を叩き折り、床板を砕き、天井までをもぶち抜いても氷雨が理性を取り戻す事は無い。

氷雨が腕を振るうたびに、男の体はまるで風に翻弄される木の葉のように跳ねまわる。

最早道場が倒壊するのではないかというぐらいに氷雨は暴れまわり、そしてようやく僅かな正気を取り戻す。

呼吸も忘れ暴れまわっていたために乱れた呼吸を整え、そしてようやくもっと急を要する事柄があることを思い出す。

既に男の事など忘れ、鳴神の父に駆け寄る。

傍らには中ほどから折られた薙刀が転がっている。古武術の師範である鳴神の父はかなりの実力者だが、やはりアームズには敵わなかったのだろう。

幸い背骨等が砕かれていたり、内臓がつぶれていたりと氷雨の能力ではどうしようもない傷は無く、大きな傷は氷で止血できる腹部への貫通だけだった。

グレーシャーブルーを傷口にあて、氷で傷口を塞ぐ。

そしてもう一方の手で携帯を取りだし、廉に連絡する。

止血程度では根本的な治療にはならない。完治させるには廉のアービティアリィ・ハッカーが必要となる。

氷で傷口を塞いで失血を止め、後にアービティアリィ・ハッカーで完治させる。特に不備は無い。

その事自体には不備は無いのだが、実はある欠点がある。

実際その欠点によって氷雨は大きな被害を受けたのだが、今の氷雨はそれに気付かない。

当人としては治療のつもりなのだろうが、残念な事に、端から見れば――

ドサッ

「父……さん」

――瀕死の人を氷漬けにしているようにしか見えないのだ。

玄関に膝を突いて呆然としている鳴神の両手には燃え盛る緋色の炎に包まれたアームズがあり、頬には一度殴られた痕がある。

なぜ気付かなかったのか。空間が隔離されるのはアームズが二つ揃った時であり、その時氷雨はアームズを出してはいなかった。つまり、少なくとも二人のアームズがいたはずなのだ。

そして更に不運なことに――氷雨には分からない事だが――擬態のアームズを持つ男は当時は氷雨に姿を変えていたのだ。

恐らく、信頼する相手に姿を変えるとかそういった能力なのだろう。

一度楓と廉のときに同じことがあり、その時は何とかなったのだが、今度は違う。

あの時の廉の力は大したことはなく、氷雨は簡単に御する事は出来たし、戦う事がそのまま解決にも向かった。

だが、今の氷雨は鳴神にとって一度既に戦った敵であり、今も自分の父を氷漬けにされかけている。

もう、止めようが無い。

戸惑う氷雨をよそに、鳴神の目は鋭くなり、アームズの火力も上がっていく。

「悪い……夢だと思っていたのに……!!」

燃え盛る炎は巨大な両手を形作る。

「何かの勘違いだと思っていたのに……!!」

鳴神が一歩踏み出すと、痛みすら感じる熱気が氷雨の下に襲いかかる。

「信じて、いたのに……!!」

……そして、鳴神の目からこぼれた涙はすぐに蒸発して消え果てた。

鳴神は悲痛な叫びをあげながら、アームズの名を叫ぶ。

「『パッシオ・スカーレット』!!」

理性を奪われた鳴神に、届く言葉は無い。



































「……………………………」

廉は今もまだ通話を続ける受話器を握り締めながら呆然としていた。

受話器の向こうからは今もまだ叫び声と悲鳴、破砕音が響きつづける。

廉は完全に失念していた。介入があるのは、ストラグルと自分だけだと思っていた。

「……くそっ!!」

しかし、嘆くのも諦めるのも後ですればいい。ストラグルの名の通り、廉は足掻くためにアームズを発現させて鳴神の家に走り出した



































「アアアアアァッ!!」

鳴神と氷雨の間にはまだ充分に距離があるにもかかわらず、膨大な火力を宿したアームズが氷雨に向かって襲いかかる。

氷雨は咄嗟に横に転がって避け、声を張り上げる。

「鳴神先輩!これは違うんだ。俺は……!!」

ゴオッ!!

氷雨の言葉は最後まで言いきることなく炎によって遮られる。

この炎はアームズなのか、それともアームズによって放出された炎なのかが分からない以上、グレーシャーブルーで受け止める事も出来ない。

炎型のアームズなら受け止め、熱量はグレーシャーブルーの能力で相殺できるが、それがもし実体の無い炎だったのなら、氷雨はあっという間に火達磨になってしまう。

もしかしたらグレーシャーブルーの能力で炎も消す事が出来るかもしれないが、パッシオ・スカーレットは最早、そういった実験が出来るほどの火力ではないのだ。

それほどまでに鳴神が氷雨に向ける感情は強いのだ。

対して氷雨は鳴神に敵意を向けることなど出来ず、明らかに動きは鈍っている。

炎を紙一重で防ぐのが精一杯であり、どんどん氷雨の体は闇金融の借金のように焦げ付いていく。

物理的にも鳴神に攻撃を加える事は出来ないし、精神的には論外だ。

「(……畜生!!一体なんだってんだよ……!!)」

鳴神に理性が取り戻される事は無く、状況を打破できるものは無い。

ここは腹を決めるしかない。苦渋の選択ではあるが、鳴神を止めるためと考えれば感情を込められない事は無い。

その決断は氷雨にとってとても厳しいものであり、しかしこのままでは文字通り断腸の思いになってしまう。

「鳴神、先輩……」

鳴神の表情は怒りに染まっている。しかし、その目は潤み、目じりから僅かに涙がこぼれている。

生半可な量ではすぐに蒸発してしまうにもかかわらず、だ。

「(……俺は、馬鹿だ。自分の都合ばっかり考えて、鳴神先輩のことなんか全然……!!)」

廉にも言える事だが、戦いたくないというのは結構な事だ。ただそれは平和な状況であればこその話である。

この戦いの末に氷雨を殺す事となっても鳴神は日常に戻る事は出来ず、殺し合いが当たり前の非日常に足を踏み込む事となる。

氷雨は決意する。鳴神先輩にそんな事はさせない。例え、自分がどんな思いをしようとだ!!

「『グレーシャーブルー』」

「『パッシオ・スカーレット』!!」

ガンッ!!

最早腕の枠を越えたパッシオ・スカーレットの拳を氷雨はいとも容易く受け止めた。

もう炎に実体があるかどうかなんて小難しい考えは氷雨には無い。今あるのは、どうすれば鳴神に被害を与えずにこの戦いを収束させるか、それだけだ。

「このアームズの炎と一緒に、鳴神先輩の怒りの炎も消してみせる!どんなものだって、俺のグレーシャーブルーは溶かせないんだ!!」

グレーシャーブルーの触れた部分から炎は一気に沈静化し、緋色のアームズが顕わとなる。

咄嗟に鳴神が腕を引いた所で氷雨は逆に一歩踏み込んで逃がさない。

もう一度、今度はしっかりとパッシオ・スカーレットの腕を掴み、凍らせていく。

アームズを凍らせるといっても素の手に霜が降りる程度であって、間違っても氷漬けや凍傷なんかにはしない。後で廉が治す事が出来たとしても。

そして今度は再び火力をあげられる前に鳴神の肩を狙う。

両腕ではすぐにパッシオ・スカーレットで溶かされてしまう為、まず肩を氷で固定する。

氷雨が右腕を振るうと同時に鳴神の左腕も自由になってしまうが、もう片方の腕を掴んでいれば距離を離されることは無い。

まずは左肩を氷で固め、反撃を封じてから右肩を固める。そして一時的に反撃できない状態にしてからゆっくりと事情を説明すればいい。動けなくなれば多少頭も冷えるだろう。

……そう、そうなればよかったのだ。

「――ッ!?」

鳴神の左手を離した瞬間、氷雨の視界は万華鏡のように流れ、反転する。

氷雨には何がなんだかわからなかった。ただ、鳴神に左腕を引っ張られただけなのに。

そして一拍遅れて背中に衝撃が来る。どうやら、投げ飛ばされたようである。

綺麗に一本背負いを決められ、僅かに呼吸困難になった氷雨に鳴神は追い討ちの拳を放つ。

それを氷雨は転がって避けてその勢いのまま起き上がるが、息つく暇なく鳴神が襲いかかる。

氷雨はもう一度肩を封じるべくアームズを放つが、それを鳴神は難なく後ろに受け流し、前のめりになった氷雨の胸元にアームズを叩きこむ。

ジュウッ!!

「が、バァッ!?」

殴られた部分の服は一瞬にして燃えつき、そして人体の焼ける嫌なにおいがたちこめる。

グレーシャーブルーで温度を下げていなければ焼けるどころか蒸発していたのだろうが、そんな事はなんの慰めにもならない。

そのまま掴まれていれば御仕舞いだったのだが、幸い理性を奪われた鳴神がそれに気付く事は無かった。

氷雨は即座に火傷を凍らせて治療するが、それすら完璧に終える前に鳴神の拳が振るってくる。

氷雨や廉の喧嘩慣れした荒々しい拳ではない。武術によって洗練された拳が氷雨に迫ってくる。

それを咄嗟に避けたとしても流れるような動きで次の追撃に移行され、氷雨の付け入る隙が無い。

力任せに体当たりでもすればなんとかなるかもしれないが、氷雨が無闇に鳴神を傷つける行動を取るはずも無く、やったとしても軽く受け流されてしまうかもしれない。

一瞬の隙を突いて氷雨が反撃を放っても、その隙すら鳴神によるフェイクであり、再び投げ飛ばされる。

無論、もう一度アームズを掴もうなどとは論外である。やはり再び投げ飛ばされて終わりだろう。

氷雨は全身にどんどん火傷を増やしながらそれでも諦めない。

逃げるのも選択肢の一つだろう。一度離脱して廉と二人で戦えば簡単に抑え込むことも出来るだろう。

だが、氷雨はその選択肢を取らない。それは氷雨の信念であり、プライドである。

「ハアアァッ!!」

パッシオ・スカーレットの温度はとどまる事を知らず、天井知らずにあがっていく。

高熱なのはアームズだけであり、周りに放出される熱量はそう大した事は無いが、それでもアームズの温度が天井知らずにあがっていけばいずれ周りの温度も無視できなくなる。

気温は四十℃を越え、まさに滝のような汗が氷雨の体から流れ出る。

グレーシャーブルーでなんとか温度の上昇は抑えられてはいるが、根底の力の差が違いすぎる。

しかし、それは鳴神も同じこと。いや、鳴神には温度を下げる術がない分余計きついだろう。

だが、鳴神はそれでも温度を下げはしない。下げられないといったほうが正しいかもしれないが。

理性を奪われた鳴神にアームズの制御は難しいのだろう。

氷雨以上の汗を流し、息も絶え絶えに、しかしそれでもアームズを振るうのを止めない。

このままでは氷雨が手を下さずとも、勝手に力尽きてしまうだろう。それは氷雨の本意ではない。氷雨は鳴神を心も体も全く傷つけずに助けたいのだ。

「(畜生。畜生がっ!!)」

常に無いほどに頭を巡らしても、解決策は見つからない。元々の性格のせいでもあるが、氷雨のアームズは単純故に強力であり応用や搦め手に乏しいのである。

「ぐっ!?」

グレーシャーブルーがパッシオ・スカーレットに掴まれるが、能力を全開すれば一応燃やされる事は無い。

鳴神はそこから一気に距離を詰め、氷雨の顔面に拳を放つ。

氷雨は反射的に避けようとするが、突然動きを止める。

故に、鳴神の拳は顔面に直撃するが、氷雨は倒れない。

鳴神は怪訝な顔をするが、すぐに謎は解ける。

「…………ったく、俺がびびってどうするってんだよ……!!このくらい、鳴神先輩に比べればどうってこたあねぇ!!」

パッシオ・スカーレットの触れた部分から広がっていくのは火傷ではなく、青く光る氷。

そして、吹き飛ばされないようにと足も氷で固定されている。

「『グレーシャーブルー』!クールに行くぜぇっ!!」

暑苦しい。

そのまま氷雨は全身を氷で覆わせていく。さながら、氷の鎧のように。

どれほどの熱量に襲われようとも、氷雨の氷は溶けることは無い。

絶対零度は-273.15℃であり――無論その温度に包まれれば死ぬので実際はもっと高いだろうが――鳴神のアームズは既に数千どころではない温度になっている筈なのに、氷雨の氷が溶けることは無い。

「ラアァッ!!」

氷雨は顔面に受けたこぶしを押し返し、両手で鳴神の両肩を抑えこむ。

鳴神が攻撃の為にほんの僅かに態勢を崩した今が、最後のチャンスであり、逃す事は出来ない。

全力で能力を発動させ、一気に凍らせる。

「(ァァァァァアアアアアアアアアアアア――――――!!!)」

肩を凍らせて動きを封じ、背中に手を添えてゆっくりと押し倒す。

「話を聞いて下さい!!俺は――!」

「―――――――――!!」

鳴神は氷雨の言葉に耳を貸す事は無く、言語の域を越えた叫びをあげて暴れ出す。

それでも氷雨は諦めずに言葉をかけるが、何も変わる事は無い。

「(くそっ……!!なんで、鳴神先輩が……!!)」

泣きたくなる気持ちを首を振って紛らわし、もう一度鳴神の目を見る。

その目にはいつもの優しい色は無く、凶暴な目つきで氷雨を睨む。

肩の氷は段々解け始め、このまま拘束できるのも時間の問題だろう。やはり氷雨は諦めない。

どれほど鳴神に殴られても、蹴られても、氷雨が折れる事は無い。

しかし、氷雨にはある弱点があった。

そして不運にも、鳴神はその弱点をつくことが出来た。

いや、鳴神にしかつくことの出来ないと言ったほうが正しいか。

「そこをどけ……!!死んでしまえ!!」

鳴神からの真っ直ぐな罵倒を受け、氷雨は思わずよろめいてしまう。

流石にそれで拘束を緩めるほど氷雨は馬鹿ではないが、それでもやはりショックは隠せない。

言葉を無くす氷雨をよそに、鳴神はどんどん火力をあげていく。

そしてもう一度鳴神は叫ぶ。力の放出と共に。

「そこを、どけ――――――――――っ!!」

ゴォッ!!

緋色の炎はあたり一面を覆い尽くし、氷雨の視界をも奪う。

氷の鎧を纏っていてさえまだ熱量を感じるのだから、もし無かった事を考えると、肝が冷えるどころでは済まない。

なんとか氷雨は拘束を維持しようとするが、うまくいかない。なぜなら、この熱量を抑えるとなったら、鳴神は凍傷どころでは済まされなくなってしまうからだ。

「ぐうっ!?」

視界を奪われた氷雨の腹部に衝撃が走り、数メートルほど吹き飛ばされる。

渦中から吹き飛ばされてよく分かったが、鳴神を中心に炎の渦が舞い上がり、氷雨はそれに巻き込まれていたのである。

ゴォッ!!

氷雨が起きあがった途端炎の渦は内側から吹き散らされ、その中心には鳴神が……浮いていた。

緋色の火の粉を撒き散らし、その背には同じく緋色の燃え広がる美しい翼。そして両手には耕作のアームズほどの大きさまでに肥大したアームズを構えていた。

緋色の火の粉はさながら鳴神を包むヴェールのように、緋色の翼はさながら不死鳥の如く、一個の美術品のような姿で鳴神は羽ばたいていた。

その姿を見た氷雨は状況を忘れ、鳴神に見入ってしまう。

鳴神がパッシオ・スカーレットを掲げると、背中の翼が更に広がり、氷雨の視界を全て覆っていく。

「う、あ……」

緋色に支配された世界の中、唯一の氷河の青は包まれ、消え果た。



































全てが水晶で作られたチェス盤の上、翼のオブジェがつけられたクイーンがポツリと一つ佇んでいた。

近くにあったポーンとナイトの駒は砕かれ、クイーンの近くに散乱していた。

遠くにあるキングの駒はまだ遠く、この盤面に干渉はしていない。

「流石、最強の駒であるクイーンだけはあるね。全く他を寄せ付けていない」

その盤面を見て呟いたのは少年ではなく、針金のようなという形容詞がぴったり当てはまる長身痩躯の青年だった。

近くには少年が水晶の椅子に座り、青年を見上げて答える。

「うン。いっつもクイーンは楽しませてくれるヨ。今回もぴったりの位置にいてくれた」

少年はそう言いながら懐から小さな剣のオブジェを取りだし、指でいじりながら続ける。

「勿論、君みたいなのは例外だネ。ポーンであり、クイーンであった君は。」

それを聞いた青年は淡く、感情の読めない笑みを浮かべる。

「やめてくれよ。俺はクイーンだなんて柄じゃあない。第一、クイーンっていうのは女王だろう?俺のどこが女だってんだよ」

「………………………」

「黙らないでくれるか?」

突然焦り出す青年に、軽く笑った少年は剣のオブジェをクイーンから少し離れた位置に突き刺す。

「あーあ。結局、これも用済みになっちゃったヨ。折角、創ったのにナァ」

よく見ればその剣は水晶ではなく氷で作られているのだが、溶ける様子は無い。

「用済み?……それはまだわからないさ」

つまらなそうに机に倒れこみ、剣のオブジェをいじる少年の上から青年は手を伸ばし、剣のオブジェを引き抜く。

そしてポンポンと手の上で跳ねまわせながら呟く。

「クイーンは確かに最強の駒だ。だが、倒せないって訳じゃあない」

青年は剣のオブジェを上に一際高く投げ、行き先を見ずに頭上で掴み

「最強と無敵は別物だ。ボードゲームである以上無敵なんて言葉は無い」

手首のスナップだけでナイトの破片に投げて突き刺した。

「まだまだ諦めるのは早いぜ霧霜氷雨。でも、勝つ事が必ずしも正しい事じゃあないってのを思い知らせてやるよ」

そして視線をキングに移し、今度は誰にも聞こえないように口の動きだけで呟く。

「(そして金城廉。いい加減お前は、自分の行動がどんな事態を引き起こすのか、理解すべきだな)」




廉:俺のこの手が光って唸る!

耕作:お前を倒せと輝き叫ぶ!

楓:くらえ!!愛と怒りと悲しみのぉ!!

氷雨:石破ラブラブ天驚拳!!

廉&耕作&楓:空気読め馬鹿野郎!!




廉:超級!!

耕作:覇王!!

楓:電影弾!!

氷雨:だぁからお前は阿呆なのだぁーっ!!




廉:……まあ、及第点ではあるな。

耕作:ああ、元々彼の分の台詞は無かったからな。十分なアドリブだ

楓:でも出来ればもう一声ほしかったよねー

氷雨:な、なんだよこの雰囲気……。

廉:氷雨なら仕方ない

耕作:ああ、氷雨君なら仕方ない

楓:じゃあもういっちょ行くよ!




廉:俺のこの手が真っ赤に燃える!

耕作:勝利を掴めと轟き叫ぶ!

楓:爆熱!

氷雨:ゴッドフィンガァァァァァァーッ!!

鳴神:ヒィィィト・エンド!!




廉:な、鳴神先輩!?

鳴神:久しぶりの出番がこれってどういうことよーっ!!


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