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満月の夜に会いましょう

作者:志内炎
この小説は完全なフィクションです。
 早めに店をあがって、深夜2時。いつもならマンションの前まで送ってもらうのを、少し遠目のコンビニで降ろしてもらう。
「結衣さん、本当に大丈夫ですか?お買い物済むまで待ちましょうか?」
「大丈夫。この辺りは治安がいいのよ」
 ドライバーの心遣いを断り、コンビニに入った。
(ふう……)
 ため息が増えた。水商売を初めて10年。自称は25だが、本当は27歳。酒も弱くなり、腰回りの肉も気になる。
(食べない方がいいか)
 ミネラルウォーターだけ持って、レジに行く。
「後、タバコ。それ……」
 指さした爪のマニキュアが剥がれかけているのに気付き、慌てて手を引っ込める。
 半ば引ったくるようにビニル袋を受け取って、店を出る。
 目の前には、赤く大きな満月。

 少し歩こうと思ったのは、今日が満月だと思い出したから。
「結衣さんは、幽霊信じない人なんですよね?」客席で女の子に話を振られる。
「目に見えるものしか信じない」
「結衣ちゃん、それは寂しいよ。愛だって見えないじゃないか。だから売れ残っちゃうんだよ」
「あら、売れ残ってるんじゃないわ。まだ売り出してないだけよ」
 失礼な馬鹿な客。男がいる時だってある。……ここ5年はいないけど。
(それも出来ないんじゃなくて作らないんで)心の中で悪態をつく。
 最後の彼は不倫。妊娠した途端、金で解決された。
(生まれてたら五歳か……)
 コンビニからマンションまでの間の踏切。満月の夜になると小さな子供が立っている。声をかけてはいけない。
「何時になったら電車が来るの?」
伸ばして来る手に触れられたら……もう正気には戻れない。
 ただの都市伝説だとわかっていても、満月に気付くと、そこを通りたくなる。
(幽霊が見えるようになりたい)
 そうすれば、成長した私の子供に会えるかも知れないから。

 残念ながら、踏切幽霊には会えず、車にもすれ違わず、路地を曲がった。この辺りは大きな家が多い。それぞれの家から覗く大きな木が怪しく揺れている。
(本当に出ないかな)
 酔いも手伝い、人影が見えた時、期待感で胸がドキドキした。
 少しひょこひょこと動く影をよく見ると、杖をついている様だった。見事に薄くなった髪は真っ白だったが、ふさふさの眉毛は黒々としている。
(こんな時間に大丈夫かな……)
 声を掛けようとして目があった瞬間に、おじいさんの方が先に言った。
「おお幸子、お帰り。今から雄太迎えに行くところだ。一緒に行くか?」
 私はこっくり頷いて、おじいさんの横を歩いた。
 少しびっくりしたが、ついて行こうと思ったのは左右の靴が違ったから。綺麗に洗濯されたシャツも、ボタンが掛け違っているし、八月なのに、長袖のコーデュロイ。
(きっとぼけてるんだ……)駅まで行けば交番がある。そこまでついて行こう。
「幸子も大変だが、お前が決めたんだ、頑張りなさい」
「……はい」
 私を幸子だと疑わない。
「お前は自分で決めたが、今日子と雄太は好きで父親のいない子供になったわけじゃない」
(……うちとは逆か)
 私は両親の離婚で父親に引き取られた。引き取られたというより、父親の酒と暴力で、母は出ていった。
「出来るだけ甘やかしてやらんと。グランパが守ってやる」
 グランパなんて、余程いい家だろう。
「どうして幸子はあの男の暴力に気付かんかった」
 自分の父親とリンクした。確かに父は駄目な人間だった。酒の飲み過ぎで、二年前に他界した。だが、私を育ててくれた。
「パパ、そんな事言わないで。あの人、子供たちには手をあげなかったし、子供たちには父親なんですからね」
「おお、おお、そうだ」グランパは急に優しい顔になって言った。
「可愛い孫達の父親だからな。悪口は言っちゃいかん」
 父を思い出す。私を殴ったのは一度だけ。母の悪口を言った時だった。
「お前を生んでくれた人を悪く言うな。恨むなら俺を恨め」
(まったく無茶苦茶な話よね……)
 思い出し笑いを堪えたら、涙が出そうになった。
 グランパの歩みは遅く、一向に駅には着かない。上着も暑そうだ。それでも、私を幸子と疑わず、楽しげに話す。
「もうすぐ雄太の誕生日だが、プラモデルは、まだ早いかな?ほらガンダルとか、なんとか」
「……ガンダム」
「それそれ。五歳には難しいか」
「パパが教えてあげて」
「そうか。グランパと一緒なら大丈夫だな。きっちり作らんと佐々木教諭に鉄拳をくらうからな……」
 雄太は今いくつなんだろう。五歳でガンダムなら同じ歳くらいか……じゃあ幸子は今もう六十近く?
(失礼な……)
 そう思いながら笑ってしまった。グランパの中では時間が止まっている。いったりきたりしているのかも知れない。グランパは目に見えない世界で生きている。
(今日は目に見えないものと五歳に縁があるな……)
 幸子でいるのが楽しいと思っていた時、後ろからゆっくり近付いて来た車があった。

「グランパ」車から声がする。しっかりとした眉毛。目元が似ている。
「おお、幸子。今から雄太を迎えに行くんだが……」
 降りて来た女性が私に目礼をしながらグランパに駆け寄る。
「グランパ、私は今日子よ。今日は雄太はパパの家にお泊りだから……」
「おお、帰って来るのは明日か」
「……ええ、そうよ」
 グランパを後部座席に座らせる。
「ありがとうございました。よろしかったらお送りします」
 私は自分が酒臭い事に気付き、急に恥ずかしくなった。
「あ、いえ、近くですから……」
「幸子も早く乗りなさい」グランパが私に向かって言った。今日子さんは私の顔を見て寂しそうに笑った。
「乗っていただけますか?」
 グランパの家は車で十分もしないところだった。確かに大きな家だか、どこか旧く、暗い感じがする。庭草も伸びているようだ。家に着いた時にはグランパはうとうとしていた。
「ちょっと待っててください」
 今日子さんは家に入ると、酷く老けた女性と出て来た。半分女性に被さる様に、グランパは担ぎ出された。
「じゃあママ後お願いね」
(えっ、あれが幸子なの?)
 少し驚いたが、何となく似ているような気もした。
 マンションの場所を告げると会話がなく、剥がれかけたマニキュアが恥ずかしくなった。
「あの……聞いていいですか?」
「なんでしょう」
「雄太君は今、いくつですか……」
 踏切の手前の信号で止まる。今日子さんの右手で満月が光っている。
「今日は満月ですね……」
「……はい」
「雄太は」今日子さんは胸で深く息をして、言った。
「私の弟は、永遠に四歳です」

 ある冬の日。不幸な踏切事故。グランパが大好きな雄太は、かばんから、グランパに書いてもらった飛行機印の迷子札が落ちた事に気が付いた。幸子が切符を買うために手を離したのとは、偶然の一致だった。
 誰もがその瞬間を悔やんだ。飛行機印を書いた祖父。手を離した母。手を繋いでいなかった姉。ばらばらになった小さな手にはしっかり迷子札が握られていた。
 母は酒に溺れ、祖父は一番最初に孫の死を忘れた。そして家族はそれぞれ、ゆっくり壊れて行った。

「聞いた事あるでしょう?踏切幽霊」
「……はい、あの、ごめんなさい」
「謝らないで。もし見かけたら是非教えてね。雄太に会いたいわ。叱ってやらなくちゃ……」今日子さんは震える声でそう言って、笑ってみせた。
 マンションの前で車を見送った。見えなくなるまで。部屋に入ってベランダから踏切を見た。
 目に見えないものは信じない。でもグランパ、ありがとう。
 私には今しっかり見えます。グランパにそっくりな眉毛の男の子。男の子は手を伸ばす事なんて出来ない。だって片手には飛行機印が、もう片手は赤ん坊を抱いた私の父と、しっかり手を繋いでいるんだから。
 また満月の夜に会いましょう。
満月の夜に会いたい人は誰ですか?

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