「紅葉……」
一言そう呟いたおばあちゃんは、微笑みながらこの世を去った。
病室には真っ赤な夕日が差し込んでいた。
*** 紅葉色 ***
中学の授業が終わり病院にお見舞いに行くと、おばあちゃんは危篤状態だった。
他には誰も間に合わなくて、私は1人でおばあちゃんの最期を看取った。
連絡を受けて病院に駆け付けたお父さんは、廊下の長椅子に座る私の隣に腰を下ろした。
「おばあちゃん、最期に意識戻ったんだって?」
私は視線を下げたまま頷いた。
「……おばあちゃんね、最期に『紅葉』って言ってた」
「そうか……」
お父さんは深く息を吐いた。
瞼の裏には最期の時が鮮明に浮かぶ。夕日に染まった病室でおばあちゃんは目を細く開いて微笑み、私を見ながらはっきり『紅葉』と言った。理由を考えようとすると涙が溢れた。
「お父さん……おばあちゃんは私の名前を間違えたの?」
「そんなことはないさ。おばあちゃんは最期に好きだった紅葉のことを考えてたんだよ」
お父さんは私の頭をポンポンと撫でた。私はそう思えなくて指で涙を拭った。
だって、おばあさんはしっかり私を見てたもん。
翌日、昼間は家にいてもお通夜の準備の邪魔になるからと、いつも通りに中学校に通った。
授業中はうわのそら。先生の言葉は右から左に抜けて、頭の中ではずっとおばあちゃんとの思い出を巡っていた。
近所の公園に小さい頃からよく2人で散歩に行った。いろんな話をするけど、おばあちゃんは必ず毎回同じ事を言う。
『あんた、赤かったらよかったのにね』
ずっと聞いていた言葉なのに、私には最期までその意味がわからなかった。
授業が終わり、まっすぐ帰って来るように言われていたけど、私は少し遠回りして帰ることにした。あてもなくフラフラ歩いていると、病院の前に来ていた。
昨日の今頃おばあちゃんは…そう思うと夕日で真っ赤に染まった病棟が涙で滲んだ。
『あんた、赤かったらよかったのにね』
……赤?!
私は言葉の意味に気付いて、おばあちゃんがいた病室に走った。
扉を開くと無人の病室には昨日と同じ夕日が差していた。胸の前で両手を開き確認すると、手の平に涙がこぼれ落ちた。
そういうことだったんだ。
「あらっ楓ちゃん?どうしたの?」
いつもこ優しい看護婦さんに声をかけられて、私は泣きながら笑顔で振り返った。
私の名前は楓。
緑色の葉っぱ。
おばあちゃんが最期に見た『楓』は燃えるような秋の夕日に照らされて『紅葉』になっていたんだ。
出棺前にみんなが棺に花を飾る中、私はお父さんの服の袖を引いた。
「ねぇ、これも一緒に入れていい?」
私はポケットから昨日の帰りに拾って来た真っ赤な紅葉を取り出した。
「入れてあげなさい」
お父さんは頭をポンポンと撫でながら微笑んだ。
『楓ちゃん、赤かったらよかったのにね』
おばあちゃんの声が私の中に響く。
お願いごと、最期にちゃんと叶ったよね?おばあちゃんの大好きな紅葉を見られたよね?
問い掛けながらおばあちゃんの顔の横に紅葉を飾ると、反射した赤い色がほっぺたを彩った。
(Fin.) |