いらっしゃいませ。
どうぞこちらへ。
本日はいかがなさいますか?
甘い香りのバイオレットフィズ?
それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?
はたまた、大人の香りのマティーニ?
わかりました。本日のスペシャルですね。
少々お待ちください。
本日のカクテルの名前は珍味でございます。
ごゆっくりどうぞ。
あっしは鍋屋でやんす。
町じゃ、五本の指に入る老舗の鍋屋でやんす。
今夜は少し飲み過ぎたでやんす。ウィック。
さっきまで鍋屋の全国鍋屋商工協会の会合に出向いていたでやんす。
冬は鍋の季節。
そして全国鍋屋選手権の季節でやんす。
あちきらの地区は、このところ三年連続最下位でやんした。
そこで組合長が今年こそは、ってんで鍋が、いや、話しが長くなっちまったんでやんす。
しかし、毎年同じ顔が揃っているわけでやんすからなかなか名案なんて出てくる訳なんかないでやんすのに、皆さん酒と鍋に熱くなって、いやいや、今年こそはどうするかと熱くなってでやんすね、こんなに遅くなってしまったんでやんす。
ウィック。
しかし、夜道は真っ暗闇でやんす。
いくら酔っ払っているったって薄きみ悪いでやんすな。
その時、後ろから冷たい風が突然強く吹いてきたんでやんす。
あっしは思わずびびっちまったんでやんすが、その途端提灯の灯がパッと消えちまったんでやんす。
あっしは慌てて灯打ち石を出そうとしたんでやんすが、本当に真っ暗になっちまいやんして、そこで困っていたら後ろから灯を差し出されたんでやんす。
これは有難いと、礼を言って振り返って見るっていうと、そこには誰もいないでやんした。
でも灯り火が。
でもってその火ときたら青白い。
あっしの背中は途端にぞーっとしたんでやんす。
その青白い火はゆらゆらと浮かんでるんでやんす。
まさかっ!
あっしは悲鳴をあげて走り出したんでやんすが、真っ暗な中、先なんて見えやしやせん。
でも夢中で走りやんした。その時、何かに激突したんでやんす。
するっていうと、痛いっていう声が聞こえたもんで、申し訳ないって謝ったんでやんすが、その声の主が真っ暗で見えなかったもんで、とりあえず後ろからヒトダマが追って来てるかと、その人の背中に回り込むと、何やらその人っていうのがヤケにでかいんで、暗闇に目が慣れるのを待ってよくよく見てみると、それには二本の角と、大きい目玉が顔の真ん中に一つ。
あっしは、あまりの出来事に腰を抜かしちまいました。
悲鳴も出ないくらい怯えていると、その妖怪はヒョイっとあっしを摘み上げて、うまそうだから、なんて言いながら、大きく開けた口の上に運んいくんでやんす。
あっしはたまらず、何とか声を出して言ったんでやんす。
待ったっ!
するって言うと、その妖怪は手を止めて、モソモソとあっしに言ったんでやんす。
腹減ったからお前さんうまそうだから食べるから。
あっしは必死で、自分なんぞは旨くなんてないでやんすって言ったでやんす。
それを聞いた妖怪は少しあっしをジロジロ大きな目玉で見始めたんで、あっしは何とかして逃げなきゃって思って、言ったんでやんす。
あっしなんて鍋のダシにもなりやしないって。
するっていうと、その妖怪は、あっしに鍋ってなんだって聞いてきたんでやんすよ。
この鍋屋のあっしに向かってでやんす。
あっしは頭にきて、鍋も知らないであっしを食おってやからがあるかって言っちまいましたが、あっしもこうなったら引っ込みがつかなくなっちまって、勢いに任せちまったんでやんす。
鍋ってもんはこの世の中で、万人皆が楽しく温かくそして、美味しく食べれる料理でやんすよっ。
大きな器に好きな具や、季節の具やらあまり物なんかでも入れ込んで、味噌でもダシでも醤油でも、はたまたお湯だけだって構いやせんから、一緒に煮立てて頃合い計って頂くでやんす。
その大きな器が鍋って言うんでやんすよ、このトウヘンボク!
その妖怪は、あっしの切ったタンカに拍子抜けしたらしく、少したじろいだんでやんす。しかし、妖怪はあっしを小脇に抱えて、ノッシノッシと歩き始めたんで、あっしは足をバタバタさせてみたんでやんすが、やはり逃げることは出来なかったんでやんした。
あっしは結局、薄気味悪い洞穴へ連れて来られたんでやんす。
あっしはあまりにバタバタ暴れたもんで疲れちまったんでやんす。
ここが年貢の収め時だと思いやんした。
かなり奥の方で妖怪はあっしを小脇から降ろしたんでやんす。
あっしは煮るなりなんなり勝手にしろと、大の字になりやんした。
すると妖怪はそれはそれは大きな、なんと鍋を出してきたんでやんす。
あっしは思ったでやんす。
さっきの話で妖怪めは、あっしを鍋物にするつもりだと。
あっしは、鍋屋が鍋で食われるなんて本望だと思いやんした。
そしてこれが最後と思った途端、涙が出そうになりやんしたが、あっしは堪えて言ったんでやんす。
好きに煮やがれってんだい。
そしたら妖怪の奴は、あっしに向かってこう言ったんでやんす。
鍋あるから食べたいから作れないから。
何だ?この妖怪は何を言ってるんでやんしょ?
ははぁーん、この妖怪はさっきのあっしの話しを聞いて、鍋をつつきたくなったんでやんすね。
あっしは寝そべっていた体を起こして、とりあえず鍋を覗きにいってみたんでやんす。
それはそれは大きな鍋でやんした。
あっしが見た中じゃ一番でやんしょ。
きっと百人分くらいはいっぺんにできちまいそうな鍋でやんした。
あっしは考えたでやんす。こんなに大きな鍋で鍋物をやれるなんて鍋屋の冥利に尽きるってもんだ。
あっしはその妖怪に、ここにある食べ物を全部出すように言ったんでやんす。
妖怪は意外に素直に頷くと、両腕一杯に食べものをあっしの目の前に持って来たんでやんす。
あっしは腕を捲り、鍋を作り始めたでやんす。
食材は、見たことのないキノコに、見たことのない根っこ、見たことのない魚に、見たことのない動物の肉、それに見たことのない調味料。
あっしは恐る恐る少し舌に載せては確かめたでやんす。
すると、どれをとっても、今まで口にしたことがない味と、香りに驚いたでやんす。
あっしは興奮したでやんす。
頭の中で味の組み合わせを考えて、スープを整えて、そしてきれいな盛り付けをしていよいよ鍋に火を掛けてみたでやんす。鍋はグツグツを音を立て始めると、いい香りで辺り一面を覆い尽くし、その香りに妖怪ときたら手を出そうとしてきたでやんすが、あっしは何回もその手を叩いたでやんした。
さてさて、そろそろ食べ頃でやんす。
あっしは最後に、うちの店の隠し味を入れたでやんす。
これは酒でやんす。
竹筒に入っていた酒を惜し気もなく鍋に注ぐと、何とも言えない香りが。
妖怪をみると、奴の顔はもうとろけていたでやんした。
ヨダレを垂らして、あっしの方をうらめしそうに見ていたでやんした。
あっしは頷いて、目で鍋をツツくことを許すと、妖怪は凄い勢いで熱い鍋を抱えて食べ始めたでやんした。
美味いから、これ美味いから。
そりゃそうでやんしょ。なにせ、あっしが作った鍋でやんすから。
妖怪はそのうち、鍋一つペロっと食べ尽くすと、今度はうとうとと、寝始めたのでやんした。
シメシメ。あっしはここから逃げ出したことにしたんでやんす。しかしながら、少しだけ気がかりなことがあったんでやんす。
それというのも、実はあまりにも、妖怪の体が美味そうに見えていたんでやんす。
そう、何かとても艶やかで、透き通っていて、弾力があり、舌触りがよさそうな。
あっしはついつい、寝ている妖怪の体を摘むと、それがなんと、ポロリと何の抵抗もなく取れたんでやんす。
一口拝借。かぷっ。
なんという歯応え。
コリコリと軟骨と、サザエやアワビの間くらいの丁度いい歯応え。
味はしつこい程無くして、ほんのり塩味。
これは鍋には持ってこいでやんす。
あっしは、もう二つ摘み、その妖怪から身を頂いたでやんす。
そうしたら、妖怪はいきなりイタタッと体を起こたもんだから、あっしは慌てて逃げ出したでやんす。
いやー、しかし危なかった。なんとか逃げ出したでやんすよ。クワバラクワバラ。
あっしは必死になって逃げて走った手に、礼の妖怪の身を持っていたことに気付き、その夜は急いで店に戻ったでやんした。
次の日、あっしは早速組合長の所に出向き、話しの一部始終を語って聞かせ、例の妖怪の身を差し出して、二人で密かにそれを使った鍋をこしらえてみることにしたでやんす。
そして出来上がったその鍋は、たまげる程の絶品でやんした。
あっしと組合長はお互い向き合うと頷き、これで選手権の優勝はいただきだと、ヒソヒソ笑ったのでやんす。
狙い通りに、あっしらの地区は、組合発足以来初の優勝を果たしたのでやんす。
今回は妖怪の身のおかげで、それに合うスープ作りなどを、組合員たちが寝る間も惜しんで努力して取り組み、この味で興奮した全員が今までにないくらい高級な食材なども、協力して集めてきてくれた結果でもあったんでやんした。
組合長を始め、全員がその優勝に歓喜して、その夜の宴会は大盛り上がりでやんした。
噂じゃ、あの鍋物は近々殿様にも献上されることになり、選手権が終わるやいなや、たいそう立派な馬車がその鍋を運んでいたでやんした。
鍋屋冥利に尽きるってもんでやんす。
めでたいめでたい。
ウィック。
いい気分でやんす。
あっしはご機嫌で、夜道を千鳥足で歩いてやんした。
そういや、あの妖怪と会ったのもこんな夜でやんした。
そんな事を思って歩いていると、いきなり強い風が吹いたと同時に提灯の灯が消えて真っ暗になりやんした。
そして、どこからともなく声がしたでやんす。
美味い鍋食いたいから。
あっしはキタキタと、この間の詫びと礼を言うつもりで周りを見渡し、大きな声で出てくるように言ったでやんす。
すると、何かあっしの体が変な感覚に襲われたでやんす。
はて??
あっしは懐から火付け石を出して提灯に火を入れて自分を照らしたでやんす。
するっていうと、あっしの体は、体はみるみるうちに透明に透き通って、何とも美味そうになったから、どうなってるかわからないでやんすが、食べ頃だから。
あっしは、こうして妖怪の腹の中に収まったでやんす。
あっしはため息をついて今までの人生を振り返ったでやんす。
あっしは小さくうずくまってしょげていたでやんす。
すると、後ろから誰かが肩を叩いたでやんす。
えっ?と思い、振り返ると、な、なんと組合長!
その後ろに続々と組合員のやつまで。
あっ!選手権の審査員や隣のおばちゃんやおじちゃんや、おとうやお袋、婆さまや爺さまや、あっしの好きな隣町の鰻屋さんの娘さんや、と、殿様までー!
こりゃていへんだっ!鍋つくらなきゃっ、でやんす!
鍋は大勢でつつかなきゃでやんすっ!
あっしは妖怪の腹の内側を摘まんでみたんでやんす。
おしまい。
いかがでしたか?
今日のオススメのカクテルの味は。
またのご来店、心よりお待ち申し上げております。では。
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