白雪姫の猟師の憂鬱
「ありえない、ありえない、ありえないっ!!」
小春日和な昼下がり。まぶたも閉じそうなぐらい穏やかな雰囲気だった庭で、眠気も吹っ飛ぶような怒声が響いた。
「あー……心中は察するがここは押さえた方が……」
庭で激怒する白雪姫に猟師である男は、必死に諭そうとしていた。しかしその声は弱い。それは猟師も彼女の気持ちが分かっているからでもあり、彼女が王女という立場であるからでもある。
小国であるこの国は、民と王家の距離がとても近く、猟師は白雪姫と幼馴染みのような関係で育た仲だった。その為王女の言葉は猟師に対してどこまでも気安いものだ。それでも年を経ることに猟師はもっと適切な距離を保たねばと努めていた。最もそれはあまり上手くはいっていないようで、猟師はいつも振り回されてばかりだったが。
「何が『鏡よ、鏡よ、鏡さん。この世で一番綺麗なのはだーれ?』よ。なんつう恥ずかしい呪文で、娘の現在地を調べるのよ!というか、そもそも普通、娘のプライベート時間覗こうとする?!ない、絶対ないわっ!どれだけ、過保護なのよっ!」
「お妃様も、決して白雪姫に悪意があってやっているわけでは――」
「当たり前よ。でもその方が、どれだけ良かったか。いい加減、子離れしてくれないものかしら?」
そう言って、白雪姫は苛立たしげに自身の爪を噛んだ。
白い雪が舞い降りる日に生まれたので、白雪と名付けられたのだが、雪のような儚さはそこにはない。確かに、闇より深い漆黒の髪に、陶器のように白い肌、リンゴのように瑞々しく赤々とした唇。誰もが雪の積もった白銀の世界を見た時と同じように、素直に美しいと言いたくなるような魔性めいた美しさがあったが、その内面はどこまでも雄々しかった。
「しかも勝手にお見合い話を持ってくるしっ!」
「でも本当に悪気はないのですし、お見合いに関しても無理にというわけではないのですから、時間が解決してくれると思いますよ」
「そんな、悠長なことを言っていたら、私はいつの間にかおばあちゃんよ。おばあちゃんっ!ローだって、うるさい姑がいたら嫌でしょ?!」
「ど、どうでしょう?」
白雪姫に座った目で詰め寄られた猟師は、オロオロとうろたえた。白雪姫より頭一つ分は背丈も高いが、見事に勢いは押されている。
「煮え切らない男ね。それにしても今回の私の意見総無視な話には、堪忍袋の緒が切れたわ。よし、決めたわ。私、家出します!」
「そうですね、家出ですか……って家出っ?!」
「そうと決まれば、早速準備するわっ!」
「ちょっと、まって――って早っ?!何、その機動力。いや、ねえ。本気ですか?!白雪姫ぇぇぇぇl」
猟師は自分が止めるよりも先に走り出してしまった行動力あふれる白雪姫を、顔を青ざめながら追いかけるのだった。
◇◆◇◆◇◆
「ああ。私の可愛い姫。どうして、どうして、出て行ってしまったのぉぉぉぉ!」
猟師はテーブルに顔を伏せて嘆く王女からツイッと目をそらした。それはアンタが過保護すぎるからだよとはさすがに言えない猟師は、ツッコミを入れたくなる王妃の言葉を流して過ごすしかなかった。
(というか……どうして俺、ここに居るんだろ)
本来の仕事と違うんだけどなぁと思わずにはいられないが、猟師は必死にその言葉を飲み込んだ。いくら民と近い場所に居る王族とはいえ、王族には変わりないのだ。
「ロー坊、もしも私の可愛い、白雪がお金に困り、人には言えないような場所で働居ていたらと思うと心が引き裂かれそうで。私は、私はあぁぁぁぁ」
「……先ほども言いましたが、白雪姫は私の知り合いの飲食店『七人の小人』で働いみえますから大丈夫です」
猟師は小さくため息をつくと、何度となく話した内容を再度白雪姫の母親に伝えた。
突然家出をすると言ってからの白雪姫の行動は、とても早かった。手早く金目になりそうなものをひっつかみ荷造りしてしまうと、まるで散歩に行くかのように、あっさりと城の外へ出てしまった。
そうなると、最後にそれを目撃してしまった猟師は見なかった事にすることもできず、白雪姫を追いかける事になった。とはいえ、小さな国だった事もあり、白雪はつね日ごろから城の外をで歩いていたりする。
なので町の人とも知り合いだった白雪は、とくに目立った危険にさらされることなく森まで行ってしまった。
さらにそこで、猟師さえも惚れ惚れするぐらい鮮やかにイノシシを仕留め、今晩のおかずにするとのたまったのだ。お金は大切に使わなければと言って狩りをしだすような白雪姫が早々危険にさらされるはずもなく、猟師はどんどん姫から離れていこうとする白雪姫をとりあえず友人に預ける事にした。
ただ預け先でさえ、飲食店でアルバイトだと意気込んでいたので、やっぱり姫からはかけ離れようとしている。それでも狩りをして自給自足をされるよりは、まだましだろうと猟師は思うしかなかった。
「それに心配しないでほしいと白雪姫から先ほど預かったイノシシは、現在コックによって調理されています。……一応、王妃様の事を心配されてみえますから」
「そうかしら?」
目に涙をためながら、王妃はむくりと顔を上げた。その顔は蒼白で、どこまでも図太い白雪姫とは打って変わり、とても線の細い人物だ。
王妃様は貧血ぎみなところがあり、心労がたまると倒れる事がしばしばあった。なので、イノシシはそんな母親を心配しての事なのだろうが……。
(もっと、他にあるだろ)
母親にイノシシの心臓や肝臓などの内臓を食べさせてくれと言い出した時は、猟師の方が気分場悪くなり倒れそうになったぐらいだった。白雪姫なりに母親の事を大切に思っているからだろうが、色々やり方が世間一般からずれていた。
それでも王妃が喜んではいる。
猟師は沈黙は金なりと心の中で呪文を唱える事にした。
「ああ。そうだったわ。そろそろ白雪の定期観察時間ね」
王妃様は手をポンと打つと、部屋に設置してある鏡台へ向かった。そして鏡にかけてあったクロスを取り除く。
クロスの下に隠されていた鏡は、大きな一枚のものであるため、とても高価なものだ。しかしいたって普通の鏡で、王妃の線の細い顔が映し出していた。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのはだあれ?」
「それは白雪姫です」
王妃が唱えた呪文に、どこからともなくそんな返答が聞こえたかと思うと、ぐにゃりと王妃を映し出した鏡の映像が歪んだ。まるで水でもはっているかのように揺らぐと、それはここには居ない、別の人物を映しだす。
「きゃぁ、白雪。今日もとってもキュートだわ。エプロン姿もすごくかわいい。でも、折角だからもっとフリルがついたエプロンにすればいいのにぃ」
制服ですから諦めて下さいの一言が言えない猟師は生ぬるいまなざしで、鏡をかじりつくように覗く王妃を見た。
目線を一度もそらさずに鏡を見つめる姿はナルシストのようで異様だが、そこに映し出されているのが自分の娘であったとしても、やっぱり異様な光景である。
(本当に、あの呪文なんだな……)
猟師は白雪姫を疑っていたわけではないが、実際に生でその光景を見ると、同情してしまうのだった。子離れできていないにもほどがあると。これではストーカーだ。
「まあ。何なの、あの男!私の可愛い白雪ちゃんに言いよって、マフラーを巻こうとするなんて」
「……マフラーですか?」
まだ雪も降らない季節にマフラーという単語が王妃の口から出てきて、猟師は首をひねった。他人を盗み見るのはどうにも気が引ける猟師だったが、あまりに不思議な単語だったので、そっと王妃の後ろから鏡を覗き込む。
「って、これ、腰ひもじゃ――」
白雪姫の首にまかれようとしているのは、マフラーというよりは腰ひものようだった。しかし白雪姫の背後から近づいた男が巻こうとしている位置は、腰ではなく首。
(あ、暗殺?!)
猟師はその様子に目を見開き、鏡の枠を掴んでさらに凝視した。しかしやはり映し出される映像は、暗殺以外の何物でもない。
(助けなければ!)
白雪姫にはいつも苦労をかけられている猟師だったが、それでも決して白雪姫がこんな死に方をしていいとは思っていなかった。しかし城と、白雪姫が今居るだろう『七人の小人』は離れており、例え猟師がたどり着いたとしても間に合う事はないだろう。
「白雪っ!」
逃げてくれ。そう猟師が強く願った瞬間だった。
ぐりんと、白雪の首を絞めようとしていた男の体が宙を舞う。そして叩きつけたところで、白雪姫はその上に乗っかり男を絞めた。
「まあ。さすが白雪。そうよ、きっちり絞めなさい!」
王妃はその様子を見ながら、こぶしを振り上げ白雪姫を応援する。状況についていけない猟師の方がぽかーんとしてしまった。
しばらくするとピクリとも動かなくなった男の上から白雪姫は降りた。どうやら上手く白雪姫の技がきまったようで、失神してしまったようだ。
(って、さすがとか、そういう問題じゃねーだろ?!)
強すぎる白雪姫を見て感動する王妃の隣で、猟師はこのままでは色々不味いと感じるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「嫌よ。まだ絶対帰らないわ」
「しかし、暗殺者に狙われたんですよ?!」
「ちゃんと、そいつなら憲兵に引き渡したわよ」
「暗殺がこれだけで終わるとは限らないと思いませんか?」
猟師は暗殺者に狙われた白雪姫に城に戻るよう説得をしようとするが、白雪姫は全く聞く耳を持とうとはしなかった。
「でも、嫌なものは、嫌なの」
「我儘言わないで下さい」
「我儘で結構。私はこの国の姫なんだもの」
「姫なら姫らしく、ちゃんと城で守られて下さい」
「そう言うのは、偏見よ。姫だから守られろとか、冗談じゃないわ!」
白雪姫はそう言うと、机をバンッと叩いた。乗っていたグラスがカタカタと音を鳴らして揺れる。
ちょうど店も昼の忙しい時間を過ぎ、一度店を閉めていた為、白雪姫の声に反応するものはいなかった。しかし白雪姫の声は、他の店員にもばっちり聞こえるぐらい彼女の不満に比例して大きい。
かたくなに反論する白雪姫に、どうしたものかと猟師は頭を悩ませた。『七人の小人』へ連れてきた手前、猟師は自分にも責任の一端はあると感じていた。
「何が不満なんですか。確かに王妃様の行いは度を越しているかもしれないですけど、白雪姫の安全を思ってで――」
「何が不満って、全部よ全部。せめて俺がお前を守るからここに残れとか言えないの?!」
「言えるわけないですよ。そもそも白雪姫より、俺の方が弱いですし」
「堂々と言ってるんじゃないわよ!」
叫ぶだけ叫んだ白雪姫は、ぜいぜいと肩で息をしながら、机の上に置いてある水を飲んだ。腰に手をやり一気飲みする姿は実に男らしい。しかし男らしすぎて、猟師はめまいを覚える。
「とにかく、話がそれだけなら帰って頂戴。お母様から預かってきたという櫛も一緒にね。なんなら質屋に売り払ってお小遣いにして構わないから」
「そんな事出来るわけないでしょうが」
「とにかく私は家出をしているの。それなのに、宝石が埋まった櫛の施しなんてもらえるわけないでしょ?!私はちゃんとここで生活できているわ」
そう言って白雪姫は目の前に置かれた櫛を猟師の方へ押し返した。
その目は絶対受け取りませんといっていて、猟師は深くため息をつく。長い付き合いの猟師は、白雪姫がそういう顔をしている時は、がんとして譲らないことを知っていた。
「殿方からのプレゼントなら貰ってあげてもいいけれど、母親からもらうなんて格好悪い事できないわ」
「はいはい。分かりましたよ」
「はいはいじゃないわ。本当に気の利かない」
「俺はしがない猟師なんです。気の利いた対応なんて期待する方が間違ってますって」
むっとした表情をする白雪姫に、猟師は肩をすくめた。
(まあ、もう少し様子を見るしかないか)
「でも。今度、何か持ってきますよ」
このままではヒステリー第二弾が起こりそうな我儘な幼馴染に、猟師はそう言って苦笑した。
◇◆◇◆◇◆◇
白雪姫がリンゴを食べて倒れたと猟師の耳に情報が入ったのは、白雪姫の家出騒動が起こってから、しばらくたってからの事だった。
最初はリンゴを食べて倒れたなんて情報に対して、馬鹿馬鹿しいと笑っていた猟師だったが、何でも本当に白雪姫がバイトで顔を出していないという話を聞いたところで顔が青ざめさせた。
(まさか、毒を盛られたんじゃ?!)
特に数日前に、白雪姫の暗殺事件があったばかりだった為、猟師がそう連想するのは早かった。
いくら狩猟や武術が得意で一般的なお姫様から遠ざかった姫だったとしても、毒を飲めば必ず倒れ、種類によっては死に誘うだろう。
酒場で猟師仲間と飲もうとやってきたばかりだったが、猟師は居ても立ってもら居られず、気がつけば酒場を飛び出していた。
(なんでアイツがこんな目に合わなくちゃいけないんだよ)
綺麗な娘だった。賢い娘だった。強い娘だった。
でもそれが白雪姫の努力のたまものである事も、幼馴染だからこそ猟師は知っていた。今でこそ我儘で母親に反発して家出するようなじゃじゃ馬姫だが、昔はとても大人しく、母親にも従順だった。毎日勉強、勉強、勉強。
それでもこの国が好きだからと笑って頑張る白雪姫を猟師は忘れていなかった。
だから猟師はそんな彼女の初めての我儘である家出をそんな悲しい結末で終わらせたくなかった。
「ああ、猟師さんっ!」
猟師がたどり着いた飲食店『七人の小人』は、まるでお通夜にでもなったかのように静まり返っていた。そんな中で、しくしくと泣く店員を見て、猟師は最悪の状況を思い浮かべた。
(まさか――)
「白雪姫は、どこに――」
しかしその最悪の事態を口に出す勇気がなかった猟師は、嫌な想像を抑え込んで店員に白雪姫の居場所を尋ねる。
「今立て込んでいますが、貴方なら……。こちらです」
(俺なら?)
自分だったらという言葉に、猟師は余計に不安になった。
猟師は幼馴染で、白雪姫の両親、つまりは王様達にも信頼されている。もしもこの国の第一継承権を持つ白雪姫の身に何かあった場合、国内の混乱を避けるために内緒にするだろう。しかし猟師自身だけならば教えてくれるだろうと思っていた。
(無事でいてくれ)
「ああ、どうして、白雪姫!死んでしまったんだ!」
はやる気持ちを抑え、店員に案内され足早に白雪姫が居る場所へ向かっていると、猟師の耳にとんでもない言葉が聞こえた。
(死んだだと?)
一番聞きたくない単語に、猟師の足が止まる。
「猟師さんっ!」
店員に声をかけられ猟師ははっと顔を上げた。悪い考え、悪い情報に不安になり、自然と顔が地面を見ていた。
猟師はすっと息を吸うと、パンと自分自身で頬を叩く。
「悪い。どの部屋だ?」
「あ、えっと。こっちです」
再び店員の後ろを猟師は進む。
悪い情報に猟師の心は、不安を抑えきれなくなりそうになっている。それでも猟師は白雪姫の状態を自分の目で判断しようと考えていた。それは白雪姫ならば、きっと簡単には死なないと信じていた為に。
(白雪姫はすごい奴なんだ)
誰よりも美しく、誰よりも賢く、誰よりも強く、そして誰よりも努力家なのだからと。
「白雪っ!」
バンッと部屋の扉を開いたのと同時に、パチンっと頬を叩く音が聞こえ、猟師はぽかんとその様子を見た。
「やっと正体を現したわね、死体愛好家王子!」
「な、何の事だ」
(本当に、何の事だよ)
途中から乱入した猟師も全然状況が分らなかった。白雪姫は、ベッドの上に腰掛けたまま、きつい眼差しで、ベッド脇に居た男を睨みつけている。
「私は死んだ演技をしていたけれど、その情報は外部に漏れないようにして、食中毒で倒れたという事にしていたわ。それなのに、貴方は私が死んだと思い込んでしまった。つまり貴方が毒を仕込んだ暗殺者の主人だったという事。動機は、この国で一番美しいと言われている私を死体にして愛でたかったのでしょう?私が貴方のプロポーズを断ったから」
白雪姫がそう宣言すると、さっと天井からヒトが降ってきた。
「貴様ら、何をするっ!」
「話は城の方で聴かせていただきます」
「私は王子だ、あたたたたっ!」
取り押さえられた王子は、噛みつくように叫んだが、腕をひねられて悲鳴に変わる。
「そんな三流悪役のようなセリフを吐かないでよ。ちゃんと、貴方の国の王とも話はついてるから。詳しい事は、また後でいいかしら?バイト先で迷惑かけたくないの」
白雪姫がそう話す間にも、王子は猿ぐつわを噛まされ、ぐるぐるに簀巻きにされていた。そしてんーんーと言葉にならない声を上げた状態で城の兵士に担がれ、部屋の外に連れて行かれる。とても鮮やかなものだ。
「……あー。やっぱりか」
(心配して損した)
猟師は、ぴんぴんしている白雪姫を見て、しゃがみこんだ。無事な様子を見て、体の力がぬ手けしまったようである。
(まあ、俺ごと気が心配するのさえ、白雪には不要だろうな)
幼馴染であったはずだったけれど、とても遠い存在となってしまった白雪姫を思って、猟師は苦笑した。
「何?心配してきてくれたの?」
「……まあな。大丈夫だとは思っていたけど……あっ。思っていはいましたけれど」
あまりに驚かされたせいで、敬語が抜けてしまった猟師は、慌てて言い直す。しかしその様子を見て、白雪姫はぷくっと頬を膨らまれた。
「折角敬語じゃなくなったのに」
「敬語じゃないと不味いでしょうが。まあ俺はあまり賢くはないから、まともな敬語はつかえないですけど」
「昔は敬語じゃなかったわ」
「そりゃ、俺もガキでしたから」
座り込んだまま、猟師は白雪姫を見上げる。
小さなころは、大人しく、泣いてばかりだった白雪姫を自分が守るのだと猟師は思っていた。しかし大人になったら、白雪姫と自分の違いに、それがどれだけおこがましい事か分かってしまった。
「はぁ。でもこの家出が、自分を暗殺しようとしている人をあぶりだすためのものなら、最初から言ってくれれば……」
(そうすれば、こんなに心臓に悪い思いをしなくても済んだのに)
まあそれでも、そんな破天荒なところも白雪姫だから仕方がないと猟師は思っていた。
「何言ってるの?家出は家出よ。好きでもない相手と結婚させられることも、無駄に親に干渉される事も、まっぴらごめんなのよ」
「は?」
「これは賭けでもあり、私の最初で最後の我儘だったの」
「えっと、もう少し分かりやすく言ってもらえませんか?」
猟師が眉をひそめると、白雪姫は深くため息をついた。
「だから!本当に鈍い男ね」
そして白雪姫の顔が猟師に近づき、離れる。
「プレゼントくれるんでしょ?私は姫ではない私を愛してくれて、さらに私も愛する相手が欲しいの。それをくれるなら、城に戻ってあげるわ」
(へ?)
あまりの事に猟師はほおけていたが、すぐに顔を赤くし、そして青くした。
「な、何言ってるんですか?!」
「どんなおとぎ話だって、お姫様は王子様からのキスで目が覚めるというのに、本当にダメダメね」
「待てって。駄目駄目じゃなくて。いや、色んな意味で目を覚まさなければいけないのは、白雪姫の方で――」
「白雪」
猟師は顔を青くしたまま、必死に白雪姫を説得しようとしたが、白雪姫はまっすぐに黒い大きな瞳で猟師をじっと見つめた。
「へ?」
「誰が姫と呼びなさいと言ったの?勝手に私から離れて。でもいいわ。もしもこの条件を飲んでくれないなら、私はここでバイトをし続けて、普通の町娘としてローを口説くから」
「はい?」
「覚悟しなさい」
そう言って笑う白雪姫を見て、猟師は自分に残された道の険しさに、顔を引きつらせるのだった。