カルマがランドに赴いた影響18
グレースの尽力により自領へ帰る準備は大よそ整った。
それゆえ今日は帝王ケント様とアルタへ内々に挨拶するため王宮へ出仕した。
先導するアルタとの距離が気付くと離れてしまっている。
この王宮を、ケイ帝国の主の住居も見納めかと思うと、一つ一つの物から目を離しがたい。
久しぶりにケント様の私室に入った。
部屋の主の表情は……硬い。
一応要件は伝わっているようだ。
アルタがどのように伝えたかは分からぬがの。
「ここにケイ帝国大宰相カルマ・トーク拝謁致します」
「表を上げる事を許すです」
「はっ」
「それで、今日は何用であるか」
「本日はお別れを告げに参りました。ワシはこれより病気になり、任に堪えぬとして自領に帰ります」
「……真にか。アルタよりそう聞いてはいたが、お主は朕の前でケイ帝国を中興してくれると誓ったではないか。あれは嘘であったのか」
ケント様はやはり子供だな……あのような言葉を真に受けていたとは。
「嘘ではありませぬが、不可能で御座いました。今では我が身さえ危ない有様。下手をすればケント様にさえ害が及びかねぬ。故に帰らざるを得ぬのです」
「何を言うのですか! そなたはケイの臣下ではありませぬか! 己が死のうとも帝室の為に尽くして当然でありましょう」
……はぁ……。分かっておるのか?
いや、分かっておるのだろうな。
その上でこの物言いか。愚か者が。
「ケント様。このカルマ最後にご忠言をしたいと思います。心よりの忠言で御座います。ただ、その前にどのような事を言おうとも決して他所に告げぬとお約束下さい」
「う、うむ。良かろう。カルマの忠言は何時でも聞く用意があるぞ」
「決して喋らぬと、帝室のご先祖様に誓って約束下さいませぬのか?」
「い、いや。誓おう。決して喋らぬ」
うむ……これでこの哀れな子供に最後の義理を果たせる。
よく考え己の身とするのは難しかろうが、何もせずに去るよりはよかろう。
「ケント様。まず貴方様を含め帝室の力は既に全くございません。ワシは貴方様の大宰相としてケイ帝国を再興しようとは致しました。しかし、誰一人我が命を聞かず大した事は成し遂げられませなんだ。帝室の権威を持って何かしようとする者は全て同じ結果になると確言いたします」
「な、何を言うか! 全土の諸侯はケイの臣下なのは変わらぬです! ケント様を不安にさせるような妄言、許しませんよ!」
「このアルタもワシの邪魔をした一人。本人としては忠勤のつもりでしょうが、ケント様にご助力を頼もうとしても、そのような雑事に帝王を煩わせてはならぬと全て拒否されもうした。はっきり申し上げましょう。ワシが逃げずに大宰相として任を続けるのであれば、まずはこのアルタを殺しますぞ。ケント様の動きを巡って争うような余裕は御座いませぬからな」
「! そ、それは許さぬぞカルマ! アルタは幼き頃より朕を守ってきてくれたのだ! 数少ない信じられる者なのだぞ!」
「しかし、貴方への害となる者です。ああ、忘れておりました。これよりケント様にはワシと連名でビビアナ・ウェリアを大宰相とする王命を出して頂きます。故に今後はアルタではなくビビアナの声に耳を傾け、全てにおいて彼女の言う通りにすることをお勧め致します」
「ば、馬鹿な! カルマ、そなた狂ったか! ビビアナはこの王宮へ攻め入った者である! 我が義弟を殺したかもしれぬ者だ! 朕さえ殺しかねぬ……朕は認めぬ」
む……この誤解は解いておいた方がよかろう。
「ケント様、私見では御座いますが貴方様の義弟にして先帝が死んだのは……まず事故で御座いましょう。あの時は非常に混乱していたはず。間違って殺してしまったというのも大いにあり得まする。ビビアナとザンザの関係は良好であったと聞いております。ザンザの妹が産んだ義弟様を殺そうとは致しますまい。
そして何より、このケイでビビアナより強い者はおりません。故に貴方様を今もっとも守れる者はビビアナ・ウェリアでございます。かく言うワシもビビアナとマリオに負けて大宰相を辞めるのですから」
「それでもビビアナは駄目である! 朕は良いとして、このアルタは必ずや殺される。朕はアルタを死なせとうはない」
「アルタ。貴様が世の動きを考えずに帝室の権威を振りかざし守ろうとした結果がこれだ。貴様の大事なケント様がお前を守って死のうとしておられる。好き勝手私腹を肥やした挙句がこれか」
「黙っていれば……好き勝手言ってくれますです。私腹を異常に肥やしたのは他の十官。私は好き勝手などしておりません! 大体先祖代々ケイの臣下として繁栄しておきながら、帝室を軽く扱う諸侯が悪いのではありませんか! 今では下手をすれば隣の領主同士で争って世を乱している。その筆頭がビビアナですよ」
「そうだ。それが今の世だ。力が無ければ何も出来ぬ。だというのに力が無いお前が無駄に抵抗するから、ワシもケント様も苦労する事になる。そして、お前は死ぬしかなくなるであろう。
ケント様、今一度申し上げます。ビビアナに協力なさい。そしてこのアルタにも協力させるのです。それがこやつを生き延びさせる唯一の手」
「……考えておく。してお前はどうなのか。帰った後ビビアナに何かされたりはせぬのか」
ほぉ。やはり賢い。
惜しいな。もう少し帝室に権威がある時、この方が大人であれば。
ワシが最初願った通り中興の祖の右腕として、歴史に我が名を遺せたかもしれぬものを。
「ご賢明であらせられます。ワシも自領に帰って直ぐ戦をしなければならぬかもしれません。勝ち目はさて……一割か。我が臣下の準備が良ければもう少しあるかもしれませんが、厳しい戦いとなるのは間違いないかと。
この戦で少しでも有利になる為、そしてケント様の将来が少しでも明るく成るためにビビアナを次の大宰相とする王命をワシと共に出して頂きたい。いえ、出して頂きます」
「分かった……ビビアナを次の大宰相に任じよう。アルタ。お主もそれでよいな?」
「御意のままに……」
不服そうであるなアルタ・カッチーニ。
だがワシは出来る限りの忠告をしたぞ。
はぁ……まさかザンザと組み、ランドへ来た結果がこのような結果になろうとは。
しかも帰る切っ掛けとなったのが下級官吏の書いた一枚の紙だ。
あやつは、ザンザと組むと言った時に疑問を呈してきおった。そしてそれが問題となって何もできずに終わった。
哀れんでいたように見えたのも思い過ごしではないのか?
だとすれば、とてつもない鬼才だ。
天はワシを見放してはおらなんだか?
ふん。
これでは溺れる者が藁を掴んでいると言われても反論できぬ。
あやつの言う通り、誇りを捨てビビアナを次の大宰相とする王命を出した。
これで駄目なら文句の一つでも言わせて貰おう。
……そのような余裕があれば、だが。