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ラスティルへランド行きを勧める

 カルマと会話した次の夜、私はラスティルさんの邸宅に居る。

 緊張する。毎度毎度ではあるが、今回は特に事情がある。

 全部真田って奴が悪い。

 あいつさえ居なければ、ラスティルさん相手に此処まで緊張しなかった。


「ふむ……ダンよ、拙者はてっきり真面目な話だと思っていたのだが、夜這いの方だったのか?」


「は……い? いえ、真面目な話の為に来ました。肘鉄を食らうような真似はしませんよ……どうしてそう思ったのですか?」


「お主が余りに緊張していたのでな。気を緩めてやろうと思ったのだが……外したか?」


 外したも何も……貴方のような美人さんがそーいうの言ったら緊張しかせんがなー。


「……一応お心遣いにはお礼を言います。有難うございます。えーと、今度トーク様がザンザに呼ばれてランドに行きますよね? それにラスティルさんも付いて行かれてはと思ったのです」


「流し方が雑だ……拙者は寂しいぞダン……」


「そ、そう言われましても……。分を弁えるのは……重要でしょう?」


「はぁ……もうよい。ランド行きはどうしようか迷っていた所だ。何か拙者に頼みでもあるのか?」


「私からはありません。ただ、ラスティルさんはケイ帝国の実態を知った方が良いと思ったのです。今の所、サナダという人とトーク様をはかりにかけてますよね?」


「おや、拙者としたことがそんなに分かり易かったか? 正直な所迷っておる。ダンが文に書いていた内容は真であった。アイラ殿は正に武の頂点。常に隣で技を盗み続け、尚届かぬ方。武の頂きを目指す者にとって余りに魅力的である。彼女と鍛錬が出来るここは余りに離れがたい」


「では、ずっと此処に居て下さりますか」


「そうなるとトーク殿の配下か。悪くは無い。悪くは無いのだが……やはり、サナダ殿とユリア殿の夢が眩く思えるのだ。……若さという物かもしれんな。今の所なんとも言えぬ」


 思ったよりはマシな状態か。

 そうだよラスティルさん。私が思うにそれは若さだ。

 それも後で後悔をする類の。

 ……いや、真田一人ならば滅びない所か、そのつもりがあればこの国を再統一出来るかもしれない。

 最低でも生き残れると思ったからこそ、ユリアって奴に着いたのだろうし。

 しかし、私がここに居る以上私にとって都合が悪ければ真田に再統一などさせん。

 真田が人智を超えたスーパーマンならば、どうしようもないけどな。


「ラスティルさんが眩しく思う夢とは何ですか?」


「勿論この乱世を治め、民が穏やかに暮らせる世を作る事だ。拙者は旅をして多くの人を見て来たが、あの二人ほど民に優しい人物を知らぬ。義勇兵から始めて今では貴族。天の時を得ていると見ている。それにあの二人の下で武を振るえば、正史に名を遺すような活躍が出来る可能性もあるだろう」


 天の時を得ているのは間違いない。

 何と言っても、真田を得たのだ。

 リバーシを売ろうと発想するような奴ならば、後は常識をある程度弁えているだけで巨大な戦力となる。


 しかし、そーいう問題じゃないんだよ。

 本当の理由は話せないが、それでも説得できる要素はある。

 その為にはランドへ行って、汚れた政治を知り、大人になって貰わなければ。

 ただ……正史、か。やはり名を遺すのが望みか。

 皆それを望んでいる。庶民でさえ「ああ、俺も正史に名を遺す活躍がしてーなぁ! そうしたら死んでも良いのに」なんて酔っぱらって言ったりする。

 私とは正反対の考えだ。

 はぁ……やはり余計なお世話なのかもしれん。だが、それでも……。


「私は民の為ならば、特にその二人の元へ行くべきではないと確信しています。今は理由を説明しません。ラスティルさんに納得してもらえる自信がありませんから。しかし、ランドに行って今の政治中枢を見て来てもらえば納得してもらえると思っています。

 何にしても、政治という物を見て来るのはラスティルさんの為になるはずです」


「……分かった。要するにダンは大人になって来いと言ってるのだな?」


 おう……しっと。


「そう、見えました?」


 バレバレだった?


「うむ。若さを自覚してるだけに堪えたぞ。しかも同年齢のそなたから言われてはな。だが、良い助言かもしれないとは感じた。ダンの言う通り、ランドに行って政治を見てこよう。得難い経験となるだろう。拙者は戦い以外は何も見て来なかったからな。大人になった拙者を説得してみせろ」


「そんな露骨に考えてはいないつもりだったのですが……そう感じさせてしまったのはすみませんでした。そうですね、帰って来られた時には説明をさせて頂きます。どうか無事に帰ってきてください」


「うむ。ま、安心しろ。お主の主君であるカルマ殿を暗殺させたりはせぬ」


「……正直に言いますと、トーク様よりはご自身を大事にして欲しいですね」


「なんと。その物言いは臣下失格であるな」


「はい。黙っていて下さい。お願いします」


「言われるまでも無い。第一嬉しかったのだぞ?」


 あ、そこで微笑は卑怯だと思います。

 落として上げる系ですか。

 相変わらず何というか、アレな方ですね。

 心から元気に戻って下さるよう願っております。


 さて、ふざけてる場合じゃない。

 彼女がランドへ行くのなら、忠告をしなければならない。

 ……絶対に私がどれだけ血の滲む思いでこの忠告をするのか、理解してくれる日は来ないだろうけど。

 仕方がないな。

 ラスティルさんなんだから。


「ラスティルさん、最後に忠告をさせて頂きたいのですが、その前に今からする話、死ぬまで主君、未来の夫、誰が相手でも話さないと誓って頂けませんか? いえ、出来れば私という人物の話は、私を既に知ってる人以外にはして欲しくないのです。私は出来るだけ誰にも知られず生きて行きたいので」


「お主は以前文にもそのような事を書いていたな。どうして其処まで隠れようとする。確かに隠者趣味の者は居るが、二十そこそこの歳でダンのような者は見た事が無い。誰かから逃げてでもいるのか? 困っているのなら相談に乗るぞ?」


 良い人だ。

 簡単に言ってるが、多分本当に槍を振るってもくれるのだろうな。

 しかし私が恐れてるのは、その恐れてる理由を知られる事なんですよラスティルさん。


「好意には心から感謝を。でも、誰かから追われていたり、問題を抱えていたりはしませんよ。単に私は出来る限り人に知られず暮らして行きたいだけなんです。

 今から言おうとしてるような違う意見は目立ちます。或いは他の人の攻撃も呼び込むでしょう。現状で満足している私には、何よりも人に知られないのが幸せを維持する方法だと思っています。自意識過剰だと言われようが、直す気はありません」


「確かに、な。一理ある。良かろう。ダンという人間については誰にも話さぬと約束しよう。一応だがもしも引き立てが欲しくなれば言え。アイラ殿を教えてくれた恩の分は助けて進ぜよう」


「……両方のお言葉、有り難く。では、忠告させて頂きます。

 今のランドは非常に難しい状態。どんな事でも起こり得ると私は考えています。トーク様の出世も十分にあり得る。しかし、偉くなった所為で人が変わって悪行を行うようなら。或いは、嫉妬されて酷く悪評をふりまかれたならば、どうしようもない状態になりかねません。

 その時にトーク様が逃げるならばよし。しかし、ランドに留まって何とかしようとするならラスティルさんは逃げて下さい。貴方は正式な家臣ではない。逃げても大した非難は受けないでしょう」


「立派になったと思ったが、臆病なのは変わらぬのだな……。皆大きな立身の機会だと喜んでいるというのに逃げろとは。忠告は有り難いが、拙者は戦う事で俸禄を貰っておる。である以上、真に求められた時に逃げる気は無い」


 あー……もー……やっぱりー。

 絶対事態を甘く見てるよねー。

 嫉妬、怖いんだよ? 人類史で何人が嫉妬により引き摺り落とされたと思う?

 神話のアベルから始まって、ハンニバル、源義経、二十一世紀になるまで幾らでもいる。

 そりゃー、ザンザが生きてればいいさ……利用価値があるから呼んだのだろうし、ある程度は風よけになるだろう。

 でも、庶民の間でさえ新しい帝王を巡っての争いが激化してると話されてるんだ。

 マジで何が起こるか分からないつーに……。


 まー、これで納得してくれないだろうなーとは思ってたけどねー。

 くーそーがー。更に踏み込むんかーい。

 どっかの抜刀術と違って、勇気を持った踏み込みによる力なんて御免だってのに。


「はっきりと申し上げます。私の考える最悪が実現すれば、ラスティルさんが十人居ても無駄です。正に犬死になるかと。だから逃げて下さいと申し上げました」


「ダンは拙者を軽くみていないか? 拙者十人いようが犬死とまで言われては流石に不快だな」


 本当に不快そうだ。

 考える事態が根本的に違うから仕方ないし、優れた将軍であるラスティルさんならそう思って当然なのは分かるが、困った。


「ラスティルさんお一人で千人に囲まれた時、全滅させて尚五体満足で居られると言うのなら撤回しましょう」


「其処までの状態になると? 大法螺にしか聞こえんな。すまぬとは思うが、倉庫係の言では誰もが同じように感じるはずだ」


 それはごもっとも。

 だが私としては、地方の人間がいきなり本社の社長秘書になって、しかもコネが社長のみの時点でヤバイ雰囲気ムンムンだろと言いたいが。

 日本なら首になるだけだが、ここでの首は首だけになるのを指すからね。

 当然、そいつの周り全員を含めて、だ。


「この話はもしも、の話ですよ。臆病な人間の世迷言とも言えます。ですが、どうか忘れないでください。ラスティルさんのような素晴らしい女性に不幸があっては、生きている男性全員にとっての不幸じゃないですか」


 これは本心だったり。

 私と結婚してくれなくても、イケメンがラスティルさんと結婚すればあまり女性が一人増えるという寸法よ。

 小さくコツコツと行かないとな。

 素晴らしい女性は大切に、イケメンは大殺(たいせつ)に。

 つーてもラスティルさんじゃなければ、当然ここまで大切にはしない。


「なんだ。良く分かっているではないか。……ふむ。拙者の美貌を大切に思う余りの言葉ならば腹を立ててはならなかったな。許せダン」


「……はい。ご理解頂けて嬉しく思います」


 ぬぅ、何故だ。

 ある意味正しい事を言われた上に、理解してくれて丸く収まったというのに微妙に納得が行かないこの感じは。


「いや、一応冗談だったのだが……なんだその顔は」


「てっきり、完全に本気だと……冗談だったのですか」


「お主、拙者の事を何だと思っているのだ? 大体お主が悪いのだぞ。女と見れば鼻の下を伸ばす年齢の癖にやたら達観した雰囲気を出しおって。少しは刺激を与えてやろうと思っても仕方がなかろうが」


 いや、その理屈を思いつくのは……。


「あの、そんなお世話を焼こうとしてくれるのは、とても有り難い親切な女性だけだと思いますが……しかもかなり自分に自信を持ってないと……」


「なんだ。拙者が悪いと言うのか?」


「いえ、とんでもない。感謝しておりますとも。だからこそ余計な心配もしてしまったわけでして……」


「……其処で本当に申し訳なさそうにするから……いや、もういい。とにかく分かった。少なくともより一層気を付けはするさ。必ず又会おうダン」


「はい。その日を楽しみにしています」


 本当にね。


 ……だが、分かっている。

 ラスティルさんには死んで貰った方が良い。

 忠告をするなんて愚かな行動だ。

 彼女は私がこの世界に来て倒れてた時を知っている。

 あの時の私はそれはもう変な人間だったはずだ。

 真田のような奴が居ると分かった以上、そんな情報が出る可能性はどれ程小さくても減らしたい。

 だが……何を犠牲にしてでもと思っていたのに……。

 未熟、未練、何と言うのだろうな。

 

 はぁ……やってしまった事をグダグダいうのこそ未熟、か。

 

 ……ははっ。今ならこのセリフを言えるかな。

『勝つ事だけを考えると際限なく卑しくなる』

 とね。

 しかし、私はあの空想上の人物とは違う。

 際限なく卑しくなるのを望んでいるのだから。

 大体他人の心臓を自分の手で抉った経験があれば、あんなハチミツみたいな言葉は出てこない。


 私は必ず手に入れる。

 この国に住む誰もが、嫌悪感で吐き気を覚えるような行為を眉一つ動かさず全く精神的苦痛を感じずに行えるような心を。

 その点だけは全ての人を、リディアをも超えて見せよう。

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