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ある日のリディア1

*


 初老の男性が先ほどからずっと口を開閉させている。


「ですから、現在民衆が苦労しているのは偏に帝王の不徳であって、かの方が仁と義を弁えていないからでしょう」


 近頃はこのような方が増えた。

 王宮で父の手伝いを始めて三年、噂の才人リディアは意外に人の話を聞くとの話が広まった。

 ならば我が考えに同意させ名を得よう、といった所のようだ。


「先年ありました蝗害(こうがい)も、丁度帝王が無駄な離れを立てようとしたとき。その前の水害もそう。やはりウリュウが残したとおり、皇帝が守るべき則を守らぬから天災が起こるのです。ですから私は……」


 美食と一部の学説に付いての議論しかしていない為であろう愉快な体型の方が、フナのように口をパクパクさせるのは物珍しかったが……流石に飽きが来たか。

 さて……。


「リディア様も私と同意見かとは思いますが、ここはより我らの意見を整理する為、是非今夜我が家で行われる討論会に参加」「ご高説、確かに承りました」


「と、リディア様、何と仰いましたか?」


「お考えよく理解出来ました。と、申し上げました。しかし私はこの通り若年の身、視野も狭く、物事を公平に考えられぬ故、政治の集まりはまだ早いと父より申し付けられております。私自身もそう感じていますし、此度は遠慮させて頂こうかと。それでは失礼致します」


 さて、追いかけられぬ様にさっさと帰ろう。

 とはいっても、あの体では追い付けぬであろうが。

 ……先程の断り文句、少々適当に過ぎたか?


 しかし、話を聞いてる最中から胸に何かが溜まってくるように感じた。

 あれ以上聞くのは御免被りたい所だ。

 今も不快な感じが胸にある。

 これはどうしたものか。


 ……そういえば、あの人が気分が良くなると言ってした事があったな。


「都の外の草原へ」


 馬車の御者に指示を出す。

 あの時はどのような内容だったか。



--



 久しぶりにここへ来たが、良い風が吹いていて心地いい。

 それだけで溜まった物が減るのを感じる。

 しかしせっかく来たのだ。

 彼を思い出しながら歌とやらを試してみるのも悪くないだろう。

 大きな声で、元気よくだったか。



 空にそびえる正義の鉄像の歌、振られた女の歌、友と幾つもの夜を語り明かした歌。

 思い出せる限り歌ってみたが……。

 ふむ。

 今一つ楽しくない。

 ダン殿との時程は面白くなかった。やはり二人でした方が良いなこれは。


 とはいえ胸に溜まっていた物は無くなったように感じる。

 ……十分か。

 中々良い物を教えてもらったようだ。

 帰るとしよう。



---


 以前送った季節の挨拶に対するダン殿の返書が届いた。

 貴族である私から挨拶を送るのは、通常ありえない。

 しかし、あの人からは送ってこないのだから仕方があるまい。

 まぁ、平民から貴族に挨拶を送るのも変な話ではある。

 ここまでする気は無かったのだが、あの人の文は『面白い話を』と要望すれば面白い話を書いてくれるのだ。


 このように返信を欲しがって文を送る女を俗に何と言ったか……。

 ああ、思い出した。

 たしか、『重い女』そんな言い方だったはず。

 ……なんと、私は重い人間だったのか?

 むぅ……。一度たずねておくか。

 こちらからもランドの話などを書いて送っているし、毎度感謝の言葉を貰ってはいるが。

 ……人が自分についてどう思うかを考え不安になるとは、私にしては珍しい。

 ま、今はこの文だ。


 『季節の挨拶を送って頂き有難う御座います。私は無作法者にて、貴族の方へどのように礼儀を示したら良いか分かっておりません。もしご不快だったり足らぬ点がございましたら、どうかご教授頂ければと思います。

 さて、面白い話との事ですが……。私はこちらトーク領に来る際黄河を渡りました。しかし、この黄河、昔は黄色く濁っておらず、河とだけ呼ばれていたとの事。

 それが濁った原因は私たち人間にあるようです。オリジの時代には、我々は青銅器を盛んに作るようになりました。その青銅を作る為には燃料として大量の木が必要で、時代を重ねるにつれ鉄を扱うようになると更に木が必要となっていきます。

 そして大量の木を切った結果として、木の根に抑えられていた土砂が河に流れるようになり、黄色く濁ってしまいました。

 このように無体に扱われようとも、黄河は我々の生活を支えてくれています。有り難くも申し訳ない話に思えるのです』


 後は、向こうでの細々した貴族の動きか。

 それにしてもオリジの時代とな。

 1000年は昔の話ではないか……相変わらず広い物の見方をする方だ。

 黄河がかつて河と呼ばれていたのは知っていたが、何故そうなったのかは知らなかった。


 これだからダン殿に文を送るのはやめられん。

 同年齢の者達は恋だの何だのに夢中だというのに、記憶に在る限りずっと変わってない自分に如何な物かと思わんでもないが。


 いや、男性に対して手紙を送り、返信を待ちわびるのは彼女達の言う恋そのものではないか?

 私も近頃子供を作れるようになった。

 それに伴い知らず知らずのうちに感情の変化が?


 ……。

 違うな。やはり御令嬢達の言う恋は実感できん。

 子供を作る相手を選ぶのに感情を加味するという話が、そもそも理解出来ぬ。

 今日話しかけて来たような御仁は流石に不快だが……。


 少々残念に思える。

 自分で自分を制御できない感情と言うのも面白そうであるのに。


 さて、明日はビビアナ・ウェリア殿の家で六博(りくはく)をしながら話をする約束なのだ。

 その準備をしなければ。



---



 本日は晴天なり。

 我が土産に赤フナなり。

 眼前には目が痛い程に眩しい金細工なり。


 何時見ても大量の金と細工によって彩られた門だ。

 勤め人も大変であろう。

 とはいえ、富を溜めずに使うのも大貴族の務めではある。


「リディア殿、今日はよく来て下さったのじゃ」


 相変わらず大量の銀髪を高く結い上げておられる。

 幾ら長い髪は富の象徴だとはいえ、面倒であろうに。

 その上この方は、同じ髪型で戦場に出られると聞く。

 其処まで思いを決めておられるのには感心せざるを得ない。

 本日はこの方が、その立派な髪と同じ中身をお持ちかお教え頂こう。


「今日は宜しく頼むビビアナ・ウェリア殿」


「ウェリア家に不備などあろうはずが無かろう。我が家と思ってくつろがれるが良い」


「そうさせて頂きましょう。こちらは土産。近頃見つかって増やされている魚で緋魚という。直ぐに庭の池に入れるのをお勧めする。それと近頃我が家で良く飲んでいる茶がこちら。お湯だけで薄く出して飲むのが美味しいと思われる」


「茶葉か。まぁ、最高級品であろうが何時も同じ茶では飽きてしまうというもの。有り難く頂こう。こちらは……おや、真っ赤な色が美しい魚じゃな。何処かで見た気もするが。うむ。気に入った。すぐに池に放すとしよう。中々気の利いた土産じゃなリディア殿」


「そう言って頂けて安堵いたした」


 元がフナだとは分からないか。

 色しか違いは無いのだが。

 興味深い。


「では、こちらに来るがよい。既に準備はしておる」


 おや、何時も自信に満ち溢れているビビアナ殿だが、今日は更に大きな自信を感じる。

 そんなに六博がお好きなのか。


「さて、始めようかの。妾はこの遊戯で負けた記憶が殆どないのじゃ。そなたの話を聞くのも楽しみじゃが、こちらでも妾を楽しませて貰いたいのう。全力を尽くすがよい」


 ほぉ。殆どの者が賽の目次第だと考える六博でそれは大したもの。

 私も楽しみになって来た。


「それは素晴らしい。全力とおっしゃったが、賽は自分で振るのかな?」


「変な質問をする。当然じゃろ? 他の者に賽を振らせる六博など意味が分からぬ」


「そうですか。分かりました。では、全力で挑ませていただく」



 二時間が経った。

 一般的には一時間で一回終わるのが普通なのだが、既に四回が終了している。


 目の前のビビアナ殿は、頭を押さえて苦悩しておられるご様子だ。

 途中までは現在の情勢などについて有意義な会話が出来ていたのだが、二回目の半ばから黙ってしまわれた。

 今回の趣旨は六博では無く、お互いの意見交換だったはずだが……。


「どおおおぉぉおおおいぅううう事じゃあああぁぁ!?」


「おお、どうなされたビビアナ殿」


「どうして! この妾が! この短時間に四回も負けるのじゃ!! それにおかしくはないか? 18の目が五回連続で出るなんて! おぬし賽に何か仕掛けでもしたのか?!」


「おや、異なことを仰る。道具は全てビビアナ殿が用意されたではないか」


「言われなくても分かってるのじゃ! ……あ、グッド! アグラ! こっちに来るのじゃ!」


 ほう。ビビアナ殿配下でも名高い兄妹将か。

 ふむ。

 相変わらず日頃の苦労が出ている顔と、特に何も考えてなさそうなお顔。

 髪型も細かく編まれた三つ編みに対して、適当に短くしただけと見ただけで分かる髪型。

 非常に分かり易いお二方だ。

 自分の心を顔に出すのは褒められた物ではないと我が家では教わるのだが。

 家風の違いがあるな。


「どうしたのだビビアナ様。屋敷の外にまで聞こえそうな声だったぞ」


「そなたら、妾の代わりに六博をするのじゃ! このリディアを負かして見せよ」


「お待ちください。ビビアナ様が勝てない相手に勝つなんて無理ですわ。というか、ビビアナ様がどうやって六博で負けたのですか? 負けを見た記憶が殆どありませんが」


「見てれば分かるのじゃ! 全く、グッドは慎重すぎて使えぬのう。アグラ! お主は逃げたりせぬじゃろうな?」


「当たり前ではありませぬか! 俺の戦歴に逃走の文字はありません。ビビアナ様が勝てない相手と聞いて益々やってみたく思います」


「よいか? 必ず勝つのじゃぞ。では、リディア殿もよろしいかな?」


「それは構わないが、やはり賽は自分で振るのだろうか?」


「又か! 当然じゃろうが。自分の運命を他人に振らせてどうする?」


「そうか、分かった」


 賽子(さいころ)は運命というには簡単すぎると思うのだが……望まれるのであれば良いか。


「では、先行を譲ろう」


「おう! 見ていて下さいビビアナ様! 俺が武だけの男ではないと証明致しましょう!」

○ビビアナ・ウェリア 以下私見に塗れた紹介。正しさは保証せず。

袁紹(えんしょう)が元。

優柔不断、無能、感情に行動が左右され過ぎる人物。

と頻繁に言われている。

曹操だろうが誰であろうが、彼の動向を中心に自分の行動を考えたに違いない位強かったのにである。

とても良い領主で、彼の支配下にあった住人たちは曹操が主となった後も彼の統治を惜しんだ位慕われていたらしい。

それが一回勝負に出て負けただけで上の評価。

昨今の若者は安全第一で勝負しないと聞いているが、この袁紹の人生を考えると正解に思えて来る。

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