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初手

 アルタから代金を受け取った後、私は出来るだけ急いでオウラン様の所へ帰った。

 秋が来てケイの村を襲う必要が出る前に、お金を食料に変えなければいけない。

 それにまだ七月。

 急げばもう一回柿の葉茶が作れるかもしれないし、ドクダミ茶を作るには良い季節なのだ。


 今、やっとこさオウラン氏族の天幕が見える所まで戻って来た。

 広い草原に天幕が並び立ち、外で何か縫物をしている女性達や、走り回る子供たちが見える。

 さて、オウラン様に話す内容を復習しておくかな……ん?

 あの馬に乗ってこっちに走って来る人は……。


「ダン殿! 首尾はどうであったか!?」


 オウラン、様だ……。

 うおおお……美少女に走って迎えて貰えるなんて出来事が、我が人生に在ろうとは……。

 亜麻色の短い髪が風に靡いてる……。 

 綺麗っす……しかも、尻尾までなびいてるっす……。

 そうだカメラ!

 カメラは何処だぁ!

 クソッ、どうしてないんだぁ! こんなに撮りたいのに!!


「ダン殿、首尾は……えっ、何故泣いてるのだ? もしかして……駄目だったのか?」


 ああ、そんな残念そうな顔をしないでくださいオウラン様、くぅっ、感動で声が……。


「ちがっ……グスッ、違うのですオウラン様。このように、出迎えて頂いて、例え首尾が気になっただけだとしても感動してしまったのです。売るのは非常に上手く行きました。話さなければならない事が幾つもありますから、天幕に招いて頂いてもよろしいでしょうか?」


「おおっ! そうですか! ランドから二か月も経たずに帰って来るなんて上手く行かなかったのかと心配したが、そうか! 早く天幕に来てくれ、わたしも詳しい話が聞きたい」


 ……なんて、純粋な笑顔。

 くぅっ……強い日差しのなか、お肌を犠牲にして頑張って……良かった……。




---


 運んできたお金の管理などは一緒に旅をしてきた草原族の人に任せて、私はオウラン様の天幕に入った。


 二人っきりで、だ。

 以前此処でお願いした時には護衛の人が居たが、今は二人っきり。

 くくくぅっ。近づいてきたな! 色々と!


 って違う。

 真面目な話をしなければいけないんだ落ち着け。

 心を平静にして考えるんだ、今何をしなければならないか……。って素数の神父さんも言ってた。


「では、成果をお話しします。ランドではバルカ家という貴族に紹介を頂いて、十官の一人であるアルタ様と茶っ葉の売買契約を取り付けられました。品質が保持される限り、今後とも買って頂けるだけでなく、取引量を増やせるかもしれないとの事です。

 バルカ家には大変お世話になったので、バルカ家ご家族が飲む分程度は運ぶたびに献上するべきかと思います。そうしておけば、もしかしたらバルカ家でも他所に売るため買い取ってくれるかもしれません。

 それと、これから作るドクダミのお茶は試供品として持って行ってください。体に良い薬膳茶としてお勧めして頂ければ」


 最後に今回の商売で得られた金額を告げる。

 それを聞いたオウラン様は目を見開いて驚いてくれた。

 うむ。当然の反応だな。

 素晴らしい額だ。やはり富裕層は持ってる金銭の桁が違う。

 目標額として聞いていた一冬の間最低限の食事を、一族の分賄うのには十分。

 これからもう一度売りに行くしな。

 ドクダミ茶がどの程度の値段で売れるかは分からないが……まぁ、余ってる人員を使って、彼らが生み出せる筈の食料より多く産み出せれば黒字である。

 その程度は行けるはずだ。

 ある程度売る伝手があるからこそ、アルタもバルカ家も自分が飲む以上の量を仕入れようとしてくれたのであろうし。


「本当に、素晴らしい。追加の分を直ぐに作らせよう。ああ、これで一族の者が冬に飢えなくて済む」


 良い笑顔っす。

 自分の富では無く、一族の飢えを心配するこの感じ、いやぁ若いって素晴らしい。

 しかし、残念ながらこの笑顔を曇らせるような話をしなければならない。


「はい。でもこれでオウラン様の氏族のみケイを襲わずに冬を乗り切ったとなれば、直ぐに周りの氏族もオウラン様が金銭を得ているのに気づくでしょう。となれば、周りの氏族全てから狙われませんか?」


 力こそが全て。

 恐ろしい時代があったものだ。

 まぁ、人類史の十割がそうと言う話もある。


 まず間違いなくこの氏族は周りから襲われる。

 自分たちの腹が直接的な意味で死ぬほど減ってるのに、全く平気な顔をしてる奴が隣にいるんだぜ?

 そりゃ殺してでも奪うでしょう。


「あっ……そうだな、その通りだ。周りの氏族から襲われない訳が無い。どうしよう……これだけの富をずっと秘密にしておけるとも思えない」


 喜びから急転直下した困った表情で、オウラン様が独り言のように言っておられる。

 ふっふっふ。この私に任せて貰おうか。

 抜かりはない。むしろこっからがメインである。


 今、私確実にどやがおをしてますわ。


「オウラン様、皆さまの戦う力を引き上げる為、馬をより上手く乗りこなせる道具を私は考えてあります。それをお渡ししたいと思っているのですが、練習が必要ですし誰にもその道具を知られたくありません。

 それで、これから一週間オウラン様と、鍛錬の相手役として馬に乗って戦うのが上手く、誰にも、そう家族にさえ喋らない口の堅い方にお付き合い願えませんか?」


「馬の道具、だと? ダン殿の知恵が素晴らしいのは良く分かっているが、馬に関して我々獣人に教えるというのは無理ではないか」

 

 そう言った後、だいたい、ダン殿の馬術はおそま……いや、あまり良くは無いし、とボソボソ言い難そうに付け加えられてしまった。


 そりゃそう思うよね。

 馬なんてこっちの世界に来るまで乗った経験が無いのだ。

 こっちに来た最初を考えれば、凄く上手くなったのだが。

 しかし、そんな事で疑われては困る。


「はい。お疑いはごもっとも。ですが私が遥か遠くの書物で見つけた物で、馬に乗って戦う皆さん達に有益だと確信した道具なのです。一週間だけ試して頂けませんか?」


 私は伏してお願いした。

 何だったら足を舐めても良いくらいだ。

 足を洗ってくれた後ならば、ご褒美になってしまうのは秘密である。


「まって、まってくれ。わたし達の為に考えてくれたというのに、そのようにされては困る。分かった。これから一週間貴方に付き合おう。言う通りにするから頭を上げてくれ」


「はっ。有難うございますオウラン様」


「うむ……。お礼を言うべきなのはこちらだと思うが……うむ……」


 困った表情のオウラン様も可愛いね。

 というか、何歳なのだろう。

 確実に二十以下だと思うんだが。


 それにしても楽しみだ。やっとこの時が来た。




---



 二年近く待ちに待った日が来た。

 昨夜は期待らしきものの所為で中々寝付けなかった。

 そう、二年前バルカ家の庭で思いついてからずっとこの日の為に用意して来た。

 これが私の最初の一手だ。

 そして全てが変わるはず。


 いや、まだだ。

 まだ馬具にどれ程の効果があるかはっきりとは出ていない。

 何と言っても私のお手製。

 実用に耐えかねる可能性もある。

 オウラン様が良い道具だと認めるまで気を緩めちゃいけない。


「ダン殿、この者はジョルグ。わたしの腹心なだけじゃなく、戦いを教えてくれた師範でもある人だ」


「ダンです。よろしくお願いします」


「ジョルグだ。ケイの人間が作った馬の道具がどんなものか期待している」


 皮肉……? じゃなさそう。

 すっごく真面目な顔。

 灰色に近い茶色の髪によって更に落ち着いた人格を感じる。

 そして、見事な細マッチョ。

 体のあちこちには歴戦の傷らしきものが走っていて強そうざんす。

 ま、期待にはお応えしましょう。

 バルカ家で二年、その後も細かく時間を掛けて手を加え、持ち運ぶときには布の袋に入れて隠し続けた私の傑作が日の目を見る時が来た。

 少なくともどういう物かを二人に理解してもらうには十分な出来だろう。


「オウラン様、これが私の作った馬に付ける道具です」


「これは、座るための敷物……に輪っかが付いている? 名前は何と?」


 訝しげだな。どう使うかピンとこない感じか。


「名前はありませんし、付けるのもやめて下さい。少しでもオウラン様の配下以外に知られない為に。まぁ、まずは使ってみましょう」


 当然名前は鞍と鐙なんだけど。

 現段階では丈夫な革ひもで鐙を作ってあるため、強度が今一だ。

 金属を加工するのは私には無理だから仕方がない。

 何処かに金属部分を発注しようかとも思ったが、誰かに知られる可能性を減らす為に止めた。

 オウラン様にこの問題を話して、独自に足置きだけ発注して貰った方が良いだろう。

 口の堅い職人を知っていないなら……革で我慢してもらうか、何処にでもありそうな輪っかにするかな。


「では、お二人ともその道具に座る形で馬に乗って下さい。そして、その輪っかに足を入れて体を支えるんです」


 うん、大丈夫そうだな。


「その輪っかで体を支えられるので、姿勢を保ちやすくなり、長時間乗ってもお尻が痛くなりにくくなるでしょう。それと、膝への負担も減らせるはずです。又、上手にその輪っかで体重を支えれば、今までなら落馬したような姿勢にもなれると思います」


「ダン殿、話は分かったのだが……正直に言うとこの道具は幼子が補助で使う道具のようで恥ずかしく感じる。殆どの者もそう感じるだろう」


 む、オウラン様は幾らか困ってる感じがする。

 ジョルグって人も嫌そう。


 そういう風に感じるのは盲点だった。

 もう小学生なのに補助輪付けるなんて恥ずかしいもん! という感じか?

 遊牧民の人は良い物なら受け入れる現実的な人たちというイメージがあったけど……。

 馬具の良さを理解すれば、納得してくれるかな?

 兎に角、馬具の効力を実感して貰わないと話がすすまんか。


「我慢してください。その道具は使いこなせば戦いの時大いに役立つはずなんです。一族の命運を左右する程に有益だと私は思っています。とにかく一週間付き合って頂けませんか」


「いや、別にもう嫌だという訳じゃないんだ。だが、長として皆が嫌がるかもしれないという話をした方が良いと思ってだな? ……ダン殿、怒ってるか?」


 いいや。可愛いなこのお嬢さんと思ってるよ。


「いいえ。皆が嫌がるような物を押し付けるのは難しいというのも分かりますから。まぁ、練習を始めましょうか」


 そして一週間使い、二人に鞍と鐙に慣れて貰った。

 長時間馬を走らせたり、馬上での戦闘も一通り。

 やはり耐久性に問題があったほかはおおむね良好であった。


 最後のテストは当然馬に乗ったままの戦いである。

 ただしオウラン様には馬具在りだが、ジョルグさんには馬具無しだ。


 まずは並走しながら槍のような武器で戦ってもらう。

 最初にオウラン様が攻めて、ジョルグさんが受け止めた。

 ん? 二人とも驚いている?

 なんでだ? 後で聞かないと。


 驚いた後も、二人は止まらず槍を叩きつけ合う。

 すると、少しずつジョルグさんの姿勢が崩れていくのがここからでも分かった。

 必死で体勢を整えようとしているが、眼に見えて分かる程オウラン様の方が有利になっていく。


 最後には、ジョルグさんの態勢が完全に崩れた所へオウラン様が胸を槍で押して馬から突き落とした。


 どうも意外な結果だったみたい。

 二人とも驚いている。

 まぁ、話し合いは後で良い。

 試験を全部終わらせてもらおう。


「お二人とも、戦い方を変えて試合をお願いします。長時間戦った影響も知りたいのです」


「あ、ああ。分かった。直ぐに始める」


 試験は考え得る戦い方全てで行われた。

 相手を正面に見る場合、弓で撃ちあった場合、など等。

 殆ど全ての試合でジョルグさんの姿勢が先に崩れ、オウラン様が勝った。

 四時間が経つ頃、ジョルグさんの姿勢が更に崩れやすくなってきた為、試験終了とする。

 多分だが、体を支えるのに同じ筋肉ばかり使ってるので疲労が早いのだと思う。


 二人がこっちに帰って来たので細かく様子を見ると、ジョルグさんは疲労困憊に見えるがオウラン様はまだ余裕がありそうだ。

 やっぱり強力だなこの道具は。

 落馬しにくくなるというだけでも大違いだし。

 戦場で落馬したら馬に踏まれるか、痛くてうずくまった所に敵が集まってきて死んじゃいそうだからね……。


「ダン殿、疑ったのを許してくれ。これは素晴らしい道具だ」


 いえいえ。ヒネタおっさんである私が裏にある物を感じられないその笑顔の為でしたら、何でもないです。


「私としても喜んで頂けてホッとしています。所で最初の組手の時、お二人とも驚いていたように見えましたが、あれは何があったんですか?」


「最初……ああ、何時もならばわたしとジョルグが試合をすると、一合ごとにわたしが不利になっていた。それが、一振りで逆の立場になったと分かったんだ。しかも最後にはジョルグ師範が怪我をしないよう気遣える程の余裕がわたしにあった。その差に驚いていた」


「なるほど、そこまで効果が大きかったんですか。一週間でそこまでの差が出るとは私も思いませんでした」


「この道具があれば、戦い方によっては二倍の敵にも勝てるかもしれない。長時間乗れるのも素晴らしい。戦い方自体を変える力を感じる」


 そーなのかー。

 これは戦い方についてはあんまり口出ししない方が良さそうかな。

 やっぱり実際に戦う人達に戦術を考えて貰うべきかも。

 自分達で考えた方法でないと色々納得できないだろうし。

 大体私の考えと言っても、脳内で考えただけの代物じゃあね……。


「あ、忘れないで頂きたいのは、私が馬を良く知らない事です。これを長時間付けられた馬がどう感じるか等は分かりません。しっかり馬と人の様子を見て、お二人で改良してください」


 これを言うの忘れてた。

 馬は繊細な動物。って漫画と物の本に書いてあった。

 今まで無かった物を付けられた影響があるかもしれん。


「ああ、そうだな。分かった。では、これを皆に教える為にはどうするべきか……」


「オウラン様、この道具はくれぐれも内密に。実戦で使う際も、馬と同じ色にしたり、布を被せたりして目立たないようにしてください。他の部族やケイに広まると、敵がこの道具を使い始めますから。本当にギリギリの戦いで相手もこの道具を使っていた。なんてなると勝ち目が薄くなります」


「そうか……うん、分かった。ジョルグと良く考えてみる」


 そーしてちょーだい。

 何にしても上手く行って良かった。

 記憶に在る限り忠実に作ったし、試行錯誤もしたけど実際には試せなかったんだ。

 誰かに見られてコピーされたら嫌だからね。


 後は暫く時間を置いて馬具の活用法を考えて貰ってから、今後についてオウラン様と話したいな。

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