ラスティルに面倒をお願いする
ジンさんとの打ち合わせは終わったが、まだ休むわけには行かない。もう一つリディアが帰ってくる前にやっておきたい事がある。
準備をし、ラスティルさんを夕食に呼ぶ。しかし……どー話したもんだろ。…………。なんも考え付かん。……頑張って接待して、誠心誠意お願いするしか無さそう。よし、買って来た食材の質をもう一度確認しよう。
「あ、ラスティルさん杯が開いてるじゃないですか。お注ぎしますね。―――おおっ! 素晴らしい飲みっぷり。いやぁ、流石トークでその人在りと言われる方だ。飲み方まで違う」
「ふーむ。この酒、美味いな。それに強い。トークにある酒は全て飲んだと思っていたのに、かような物がまだあったとは……。何処の酒なのだダン?」
なんとあり難いお言葉。飲兵衛だらけのこの国なら、美味しい酒を知っていれば何かの役に立つと、新しい物を見つけては試飲し続けた甲斐があった。
この酒は今まで飲んできた中で一番だと思ってはいたけど、人には好みがあるからね。
「よくぞお尋ねくださいました。この酒はイルヘルミの所で作られた物です。何でもイルヘルミ自らが酒造りを推奨し、試飲までして新しい酒を求めてるそうで。これでまだ未完成品らしいですよ」
「ほぉ。イルヘルミも戦い、領地経営と忙しかろうに大したものだ。しかし領外の酒ならかなり高価だったのではないか?」
高かった。最上位品だからって一壺で中級官吏の月収の四分の一て。高すぎて一人で運ぶのが怖くなってしまい、一度帰ってアイラさんを護衛として連れて再度買いにいったくらいだ。それでも帰りの道中は怖くて大変だったぜ。
「安くはありませんでしたね。ああ、勿論一壺の酒で私がどれだけ日頃ラスティルさんに感謝しているか、示せるとは考えてません。どうか誤解無きようお願いします」
「ほぉほぉ。感心な物言いだなダン。にしても美味い。そして珍しい。飲むのが惜しくなってくるぞこれは」
「有難うございます。しかし一度開けてしまった以上飲み切らないと味が落ちます。もう一壺お土産としてお渡ししますので、そちらをお好きに飲んで下さい。あっ。駄目ですよアイラさん! それはラスティルさんの分です。ちゃんと皿に分けてあったでしょ!」
「うー。でも、この一番美味しいの僕のが少なかったのに。そのお酒だって一杯しか僕にはくれないし……酷いよダン」
「仕方ないでしょう。市場で売ってる数には限界があるんです。お客様を優先させるのは当然の礼儀。特にラスティルさんはトークの十万を越す民の為戦い帰って来たばかりで、こうやって食事を共にさせて頂くのも久しぶりではありませんか。我慢しなさい。いいですね?」
全く。うーうー言うんじゃありません! 可愛いけど貴方二十歳越えてるやろ!
「ここは我慢してくれアイラ。どうやら我が主君は拙者に何か面倒な頼みがあるようだ。しかし何だって隠したがるそなたなのだから、もう少しさり気なく媚びれぬものか?」
「なんとも御慧眼。見抜かれていましたか。しかし今まで申し上げたのは嘘ではなく」「「常に思っている事を表に出しただけですよ」か?」
げ。ハモった。
「お、おお……。あっははー。一言一句違わず見抜かれてしまいましたね。まさかラスティルさんに軍師染みた相手の意思を読む才能まであるとは。敬服いたします」
「全く。今日は何処までも煽てるつもりらしいな。こんなの長く付き合って来たのだから、読めて当然であろうに。なぁアイラ?」
あ、そう? 確かに何時も通り過ぎたかな。アイラさんにまで読まれちゃうくらいだったか。「……え? 読むって……え?」
……。「……」
この人に求め過ぎたか。
「で、ダン。どんな願いが在るのだ。言ってみろ」
「あ、はい。えっと、実はですね。私とバルカさんが男女の関係を持ってしまったんです……おお?」
何その超面倒そうな顔。しかもいきなり疲れた気配を出されてますよどしたの。
「はぁ……まぁそなたも男だからな。あれであろう? どうやって女を落としたのか、女がどんな風に反応したかの武勇伝を話したいのだろ? 分からんでもない。あれ程の難物を自分の物にしたのなら、自慢もしたかろうさ。分かった分かった。この酒を飲み終わるまでなら聞いてやろう。にしても何故男どもはどいつもこいつも拙者にこの手の話をしたがるのか。一兵から将まで機会を見つけてはコレだ……まったく……」
あらま。ラスティルさんがやさぐれてる。って誤解ですよ良い女さん。
「いえいえ、あのバルカさんの居ない所で、彼女に対してどーこーしたなんて自慢しませんよ恐ろしい。第一どっちかというと落とされたのは私の方だと思うんですよね。だって、なんでこうなったかって言ったら……」
かくかくしかじ……ぬ、今度はラスティルさんが考える人になってしまった。うん、困惑するよね普通。
「……世にも聞いた事が無いくらい色気の無い話だ。だがらしいと言えばらしいのか……? 全くリディアめ何を考えている。もうあいつに年頃の娘らしい物なんて期待していないが、初めての相手ならもう少し何とかならぬのか」
「本当何を考えてるんでしょうねぇ。子供が欲しいってのは分かるんですけど、もうちょっとマシな相手が居ると思うんですよ。まぁ単なる種馬としては、決して問題を起こさないと言う意味で私は天下一だと思わんでもないですが……」
「え、えっと。ダン、リディアだってダンが好きだから子が欲しいと思ったんじゃ……ないかな?」
……? んー……ん? 何か大前提に共通理解を得てないような気がする。
「アイラさんのお考えがどーなってそーなってるかは置いておいて。そもそもですね? バルカさんが好き嫌いで物事を決める訳ないでしょう? そーいう感情に流される凡夫の判断から彼女は一番遠い所に居ます。あー、とりあえず本題に入りましょう。ラスティルさん、お願いと言うのは私とそういう関係になった事で、バルカさんが不快な思いをしていないか確かめて頂けないでしょうか。そして私に教えてください」
「うん? つまり拙者に密偵になれと言うのか?」
「そんな大層な話じゃなくて、ほら知り合いの女性が新しい男と付き合ってたら、様子を聞いたり愚痴を聞いてやったりするもんでしょう? そういう風に彼女を気遣って頂けたら、と。……正直に言いますと、密偵じみた動きも期待してはいます。だって彼女の不快感が頂点に達した時、私の首が胴から離れていても何もおかしくありません。私が危険な目にあう可能性を減らし、万が一の時には逃げられるようどうかご尽力頂きたくお願いする意味も在ったり無かったり」
「成る程……分からんでもない。男女の仲になったと思ったら突然不仲になる者も結構居るものだ」
だっしょ? 近づくと欠点が良く見えるのよね。しかも自分への関係が深くなるし。具体的には体臭がキツイとか。
「あ、あのさダン、リディアは感情で決めたりしないんでしょ? だったらそんな心配する必要無いと思う、よ?」
「あー、感情で決めないのは大事な判断では、って事です。バルカさんは誰だって欲しがる人材。私の相手をする必要なんて在りません。極端ではありますが、機嫌が悪いからってだけで殺してもまぁ、問題ないくらいでしょう。お二人が怒ってくださっても、彼女なら何とでもするでしょうし。んー余計な事を言い過ぎました。つまり特殊な状況となった彼女が気を晴らせるよう、気遣ってあげて欲しいだけですよ」
流石に危害を加えたくなるような真似はしてない……と思う。そうならないよう日本に居た頃本当かどうか怪しかった新聞の記事を思い出してまで、女性が嫌がる要素を避けるよう散々気を使ってるんだし。
第一このお願いをしないのは在り得ん。私が此処で良い生活が出来るのはリディアが居るからだ。恩義の意味は当然として、常に機嫌を伺う姿勢を見せなければ余計な不審を招く。
「うーむ。やはり面倒だ。加えて正直あのリディアを上手く気遣う自信がない。出来れば誰か別の者に頼ってくれぬか? 例えばカルマ。過去に子を身ごもっていると聞く。流産だったようだがな……」
あんれま。私も夫を直ぐに病気で亡くしたと聞いた覚えはあったが、そっか……色々辛い目にあってるんだ。
「それが毎度ながら私とバルカさんの関係は秘密でして。バルカさんの相手となれば誰もが噂してあっという間に有名人になっちゃうので、出来る限りトーク姉妹にも教えたくないでおこうかと。あの二人には何時かバレちゃいそうですけどね」
「本当に毎度の事だが、確かにそうであろう。そうなると……アイラは…………。成る程」
「え、えっ。ぼ、僕だって気遣うくらい出来るよ? な、何で二人ともそんな目で見るの」
「だって……。例えばバルカさんが『ダンそっくりの今一な子供が出来たらどうしよう』とか『一族の者が無名の父親の子を認めない場合どうしたらいいのか』と悩んでたらなんて声を掛けます?」
「え……そんなの、ダンに似てても大丈夫だと思うし、一族の者が認めなかったら……殴ればいいんじゃない?」
大丈夫な訳ねー。確かにあの人なら最後は殴るかもしれないが、貴方過程無しでそーするっしょ。それチャウねん。
「と、言う訳で相手の立場などを考えた細かい配慮が出来る素敵な女性。そんな知り合い私にはラスティルさんしか居ないんです。当然やり方や程度はお任せしますし、何か面倒になっても責めたりはしないと誓います。何とかお助け頂ければ、と」
「えっ。あの、僕の話は? 駄目なの?」
「あー、気にするなアイラ。物事を単純に見れるのがお主のよい所なのだから。はぁ……分かってしまう自分に頭が痛いぞダン。……にしてもお前は本当にリディアを信頼してるのだな。たいしたものだ」
「え? あの、何の話でしょうか?」
「む? リディアは今ビビアナの所へ同盟の交渉に行ってるではないか。しかも本来の力関係から言って在り得ない対等の同盟を結ぼうとして。勿論その為に今まで積み上げて来たのはしっているが、それでも乱世に他所の領地へ一人で行けば死の危険は当然付きまとう。なのにお前は全く心配する気配を見せず、帰ってくるのが当然であるかのようにリディアへの頼みごとをしている。男女の仲になったなら益々不安が増すものであろうし中々同じようには振る舞えまい。肝が太いと感心したぞ」
「え、だって……バルカさんは……」
絶対の自信を持って、何の不安も見せず……。―――あ。リディアは無意味に不安を見せな……違う。そもそもリディアが確信を持っていても、彼女は神じゃない。想定外は起こる。
成る程。何も考えてなかったのか私は。慣れて惰性が出てたのかも……凡愚らしいふざけた奴だ。
……リディアが死ぬ。……そうしたらどうする。まず出来るだけ早く此処を出なければ。今の立場はリディア無しに不可能だ。
リディアの仇は……。取れん。私は無力な個人。ジンさんも色々言ってはくれたが、彼へ強制する力が無いのにビビアナのような大きな問題で頼るなんて愚かしい。第一私にリディアの仇を取る資格なんて無い。
でも……間違いなくビビアナの不幸を望むだろうな。……銀を口から流し込みたいとまでは思わんが。
「―――どうしたダン。突然考え出して。それに……恐ろしく厳しい表情だぞ。お前もそんな表情をするようになったのだな」
ん、そんな顔をしちゃったか。どうにも自分が情けなくて……表に出すとはいかんね。アイラさんまで耳が垂れてる。悪い事したな。
「失礼しました。どうもバルカさんが自信あり気だったというだけで、私は失敗する可能性を考えてなかったようで……お恥ずかしい。ラスティルさん気付かせてくださって有難うございます。―――何時もお世話になりますね」
「成る程。それも分かる。正直拙者もあのリディアが失敗するとは思えない。トーク姉妹もかなり安心して構えていた。ふっ。気づいたら不安になったか?」
「はい少し。とは言え信じて待つだけですけども。で、お願いの件、引き受けてくださったと考えて宜しいのでしょうか?」
「仕方あるまい。主君の不安を拭うのも臣下の務め……だろうか? ……まぁ男女の仲は下らない問題で拗れる物。ダンとリディアの仲が悪くなっては拙者だって大変であろうしな」
「あ、あのさ。そんな悪い事ばかり考えるんじゃなくて、リディアを喜ばせてもっと仲良くなればいいんじゃない?」
「それは素晴らしいです……でもどうやって?」
「それは勿論、リディアが必要で欠かせない人だと言って安心させるとか……」
おーう? ラスティルさんを見る。彼女もこっちを見ている。首を傾げなさった。うむ。目だけで確認できる話だよな。
「私、常にリディアさんへそう言ってるような……。と、言いますか今の私の何もかもが彼女のお陰である事は自明の理過ぎて、更にどう言えばいいか皆目……」
「うむ。アイラ、本人の前で言うのは何だが、ダンはかなりそういう言葉を言うし、我々を気に掛けてくれてるではないか。……ただ主君と言うからには、もっと直接的に土地や金銭の恩恵を与えて欲しい物ではある。せめて土産の酒が二壺にはならんか?」
「何度言われても耳が痛いお言葉ですねソレ。すみませんそれは本当に後一壺しかないんです。次回の入手もどうなりますか。イルヘルミとの関係が悪く成れば当然物の行き来も難しくなります。上手く行けばビビアナ領の良い酒を探すとしますよ」
「う、うううううっ! そうだけど! でも……うんぬーぅ! もう、ダンはいっつもダンで偶に頭に来る!」
あ、ちょ。ほっぺ伸ばさないで。若い美人さんにそれやられてもオッチャン喜ぶだけや……って痛てぇ! 全力じゃないにしても力入れ過ぎ! 千切れるからヤメテ!