リディア、同盟の使者としてビビアナの本拠地へ
ふむ、流石はビビアナ・ウェリアの本拠地キンガム州はゴルド。噂に聞いてはいたが圧巻の賑わい。まだ平和が残っていた頃のランドにも勝り間違いなく天下で最も栄えている。民の表情にも憂いが少ない。此処だけ戦乱を知らぬかのようだ。
ウェリア家が百年ケイ帝国の重要な立場を占めていた間、数多の人材を推挙し出世させた事で、ウェリア家に恩義を持つ有為の士を多く抱えているからこそなのだろうが……。統括すればビビアナの優れた内政手腕故となろう。
イルヘルミとトークが組めば六分の勝ち目がある。そう考えたは早計であったか。
これだけの賑わいを作るだけの富と民の数が生み出す兵力。机上通りに事が運べばイルヘルミとの連携が完全でも押し潰されかねん。単独で戦わなければならぬイルヘルミを哀れむ心さえ浮かんでくる。
幸いな事に私が此処に居るはトークの軍師として同盟を纏める為。難しい宿題も頂いている事だし、さっさと済ませるとしよう。早く帰って機を逃す前に子を作らねば。
***
宿に着き使者を送って訪問を伝えた翌日、寄越された迎えの者と共にゴルドが官邸へ。
うむ。遠くから見ても分かったが、近くで見れば更に素晴らしい。各所に高価な材木が使われ窓にあるは……硝子か。王宮でも帝王の部屋以外には殆ど使われていなかった物を各所に……。トークとは比べるも愚かしい豪奢さ。
そして案内された謁見の間。さぞビビアナと職人たちが悩んだのであろう作り。異常に明るいと思えば、屋根に硝子の窓が付いているではないか。愚かしいまでの無駄。だが大抵の者は気圧されような。
私としてはその愚かさから降り注ぐ光が有り難い。このケイで最も栄えた領地を支配する者たちの様子を、こうやってビビアナの手前まで歩く間に確かめなければならぬのだから。
左に居る女は恐らくカクト。私と同時にビビアナを見ている。これは話に聞く通りの蝙蝠か。
となると右に居る男がキョウ。殆ど無表情。されど目の中に傲慢さが見える。立場の違いから言って当然ではあるが……。
そしてビビアナの最も近くに居るホウデ。ふむ。厳しい目付き。成る程、相変わらず生真面目な。私の相手は己だと思っているのだろう。恐らくそうはなるまいに。さて、まずは挨拶と行こう。
「ビビアナ・ウェリア公爵閣下にご挨拶申し上げます。カルマ・トークが軍師リディア・バルカ、トークとウェリアの同盟を纏めるべく参上致しました」
「! 使いの身であるのに、何故我が主の前で跪かぬ! 天下に並ぶ者無き英雄ビビアナ・ウェリア様であるぞ!」
「おや、対等の使者であれば跪かぬのが習わし。私はてっきりトークを対等の友と思って下さっているのだと考えておりました。トークを配下に置こうとお考えならば、来た事自体が間違いとなるかもしれません。何にせよ不興を買ってしまったのであれば、まずは詫びましょうホウデ殿。もしお望みであれば拝礼では無く、帝王へするかのように拝跪致しましょうか。たかが使者如きが何をしようとも、カルマ様はお許しくださいますので遠慮なさらず申し付けを」
これで言葉に詰まる。ならトークを大事な同盟者と見る意見も在るのだな。
「ホウデ殿、かのトークからの使者に対して高圧的過ぎやしませんかな。貴方の命の恩人ですぞ。忘恩の輩は感心せぬなぁ」
キョウか。トークを尊重するというよりは、単にホウデを貶めたいだけと見える。……成る程。外からでは分からぬものだ。
「……失礼しましたリディア殿。『今は』対等として振る舞って頂くが道理でした。しかし同盟を結ぶか否かを決める前に、数点お聞きしたいのです」
バルカ領にて当主となったと公表した私の名を呼ぶ……。ホウデはこういった非礼を態々する人ではない。流石のウェリア家も戦乱によって必要な情報が余りに増え、こういった細かな情報までは掴み切れておらぬのだな。
「どうぞ。疑問に答える為私は此処におります」
「まずトークは先の戦で我等の敵に付いていた。だというのに我等と同盟とは虫が良いとお思いになりませんか?」
「全く。先の戦の前皆様はカルマ様を敵と見ていた。加えて連合側として参陣しなければ、帝室の敵であるという大義名分を諸侯へ与え、スキト家とチエン家から攻められた可能性も在った。己を守るため仕方なく取った行動、しかもウェリア家にトークは実害を殆ど与えておらぬはず。これをお咎めになるは滅べと言うも同然。我等を配下とさえなさるおつもりが無いと判断せざるを得ませぬが如何」
「どうかご冷静に。恩義あるトークを蔑ろにする訳がないではありませんか。そちらの意思を確認したかったのみですので。では次に、世ではトーク殿の悪評を流したのは我が主と噂されております。トーク殿はこの点如何お考えでしょう?」
「噂、では無く事実ですな。お陰でカルマ様はランドを追われ大難に見舞われております。しかし今は乱世。恨みよりも優先するべきは己と臣下の生き残り。それ故カルマ様は恨みを飲み込み、同盟をお考えになったのです。大体もしもウェリア公爵閣下への恨みを未だに持っていれば、先の戦において逃げる手助けなどしないのは童でも分かる道理」
「あら、恨みを持っていた場合、退路を断ちイルヘルミと挟み撃ちにしたと仰らないのですか?」
「その手は博打に過ぎるかと。イルヘルミには我等を捨て駒とする手も御座います。それ位なら戦力を削るだけにしておいて、公爵閣下が領土を広げようとする隙を突きイルヘルミと共に攻め込んだ方が無難でしょう」
「その物言いには含みを感じましてよリディア殿。今後ウェリア家に降り注ぐ栄光は全てトークの慈悲あってこそだ。とでも言いたくて?」
「カクト殿、私を若輩者と侮るのは宜しいですが、余り無駄なご質問はよして頂きたい。私が言った策程度、皆様ご存知であったはず。万が一にも我等トークが凡愚そのものであるとの誤解が無いよう申し上げたまでで御座います。現状ウェリア家の有利は火を見るよりも明らか。トークはこの戦乱を生き残り、戦った分だけ領地を増やしたいのみにて。他にお尋ねの儀は御座いますか?」
「当然まだありますわ。余りに理不尽な話なれど、今我が主ビビアナ様をケイの逆賊と言う者も居る。逆にトークは諸侯の集まる中忠誠心を褒められ、世での名が高くなっていると聞きます。今の名声を惜しく感じる心はないのですか?」
「今は戦乱の世で御座いますぞ? 一時の名声に何の価値が在りましょうや。事実公爵閣下の名声が一部で地に落ちていたとしても、ここゴルドの繁栄は天下一。しかし公爵閣下の信任厚きカクト殿が一時の名声を気にする方だったのは想定外で御座います。故に早めに申し上げましょう。我が領にマリオから追われたテリカ・ニイテがつい先日やって参りました。対応としては先の戦いにてこちらと戦ったテリカは同盟の邪魔になると考え、一党全員を処刑と致したのですが、彼女たちは伝国の帝印。玉璽を持っていたのです。そしてその玉璽、既にマリオへ送り返して御座います」
「なっ!? 玉璽を! マリオに!?」
黙って聞いていられぬかビビアナ・ウェリア。玉璽程度に動揺するようでは未だ覚悟が足らぬと見える。圧倒的力がある以上、当面の間問題とはなるまいが……さて。
「リディア殿! つまりトークは我等ではなくマリオを天下を取る者として認めたのかしら!? しかも態々此処へきて言うとは……我等も其処まで我等を軽く見られては考えがありましてよ!」
……カクト。ホウデとキョウは厳しい目付き。なれどそれだけ。やはりこの女の才が一番下。されど主君への配慮と忠誠心は一番上。……佞臣の素養在り、か。
「どうやら私はカルマ様に詫びねばならぬようです。ウェリア家はもう少し大所高所を見ているものだと考えておりましたのに、こうまで些末事を気になさるようでは」
「何が些末事なのかしら! 玉璽はケイ最高の宝物。このケイを支配する者が持つ物。それを渡したとなれば、トークはマリオをビビアナ様の上に置いたと天下万民が考えるに決まってますわ!」
「ではお尋ねしよう。多少綺麗な石で有難がるなら、ケイの支配者ケント陛下相手にはどのように対応なさる。今イルヘルミはケント陛下の名を使い自由に詔を出せるのですぞ。イルヘルミが公爵閣下へ降伏し、身一つでイルヘルミの本拠地ヨウキへ来いと言って来た時どう処するおつもりか」
勿論イルヘルミはそんな断り易い詔は出すまい。もっと賢く確実に自分の有利を生み出せるように使うであろう。
「そ、それとこれとは別ですわ。我等の詔への対処の仕方と、トークがマリオへ近づこうとしてる事に関係はありませんことよ。我等を重く見ていれば、当然ビビアナ様へ玉璽をお渡しするべきでしょう」
「答える前にホウデ殿とキョウ殿へお尋ねしたい。カルマ様の英断をお褒めになろうとは思いませぬのか?」
「……思いません。何故褒めなければならないか詳しく説明して欲しく思います」
キョウは答えたくないようだ。不快そうな表情。されど何を言いたいかは分かっている様子。優秀ではあるな。恐らくホウデ殿も分かってはいようが……ビビアナへ説明しろと言った所か。
「お分かりでしたらホウデ殿に説明頂きたかったのですが……致し方ありません。よくぞマリオの動きを止めた。と、お褒めの言葉を頂けるものと考えていたのです。皆さまがトークへ最も期待するのは、最大の敵であるマリオを食い止め、横腹を突かせない事で御座いましょう? しかしトークはマリオより弱い。正面切っての戦となれば数か月と持ちますまい。公爵閣下としてもマリオが我々を攻めた時、十万の兵を送るとは確約しかねるはず。トークが確実に生き残り動きを止めるにはマリオのご機嫌取りが必須なのは明々白々。第一マリオの下に玉璽があろうと何の不都合が在るのかとんと理解致しかねます。イルヘルミを倒した後、力で奪えば良いだけですぞ」
「……小娘ぇ! さっきからしたり顔で我等に説教しおって何様のつもりだ。天下一の軍師などというグレース・トークの虚名に我等が遠慮するとでも思っているのか! 増してやグレースでもない貴様如き小娘、殺しても何の問題も無いのだぞ。首を送り付けトークへの宣戦布告としてやろうか」
「キョウ殿の仰る通り私は小娘で御座います。経験も浅く此処に居る御三方の誰にも及びますまい。されど小娘だからといって責任からは逃れられませぬ。私はカルマ様に公爵閣下へ打撃を与える最大の機会を見逃させ、同盟を組むよう進言した責任が御座います。それもウェリア公爵閣下が寛容な御仁だと昔知遇を得て感じていたのと、今なら四方より攻められても互角の勝負が可能までの力により、トークへ恩恵を与えてくださる余裕が在ろうと考えた故にです。しかし皆様は愚にも付かぬ分かり切った質問ばかりをしてトークを下に置こうとなさる。私と致しましては使い潰される危険を考慮せざるを得ません。
私を殺して宣戦布告をすると仰いましたなキョウ殿。使い潰されるような同盟しか持って帰れぬようでは、カルマ様の前へ立つのは不可能です。どうぞ好きになさるが宜しい。醜く言い訳しないで済みますし、トークとしても大軍師グレース・トークに後事を任せた方がまだ未来が御座います。小娘一人の処遇ていど何の遠慮も要りませぬぞキョウ殿、ホウデ殿、カクト殿。ああ……しかし出来ましたら処刑方は斬首でお願いいたします。毒や腰斬は苦しそうですからな」
キョウ、実に悔しそうな表情をしている。ふむ……演技だけではないな。ビビアナの嗜好。単なる損得。共にトークとの同盟を結ばぬは在り得ぬと思っていたが……此処まで不快気にするようでは、万に一つがあるかもしれぬ。
どうも私は昔から一部の者を異様に刺激してしまう。やはり若さが不味いのだろうか。もう少し年長であったら与える屈辱も少なくて済む気がする。
死……此処で死ねば我が君は嘆いて下さるだろうか? ……あ、抜かった。
この状態、男女の仲を深める最高の機だったではないか。旅立つ前、死ぬかも知れぬとダン様へ不安を見せる。うむ、妙手。正に物語のような機であったのに……何と言う失策。
この同盟が失敗に終わるなど百に一つも在り得ぬ為、頭が回っておらなんだ。……認めたくないが、若さゆえか才に溺れたとしか言えぬ。
「おのれ小娘物言い一つ一つが癇に障る。ビビアナ様! この傲慢な身の程知らずを黙らせる許可を! こやつは今使い潰されては堪らぬと言ったが、それは自分たちの企みでもあるのですぞ! 信の置けぬ同盟者など後顧の憂い! まずはトークを攻め、平らげた後にローエンを滅ぼせば宜しい」
「ま、待てキョウ殿。このような大事を性急に決めてはなりません。一度審議をし事の長短を考えてから……」
「ホウデ殿! 元々は貴君が悪い。撤退の時、トークの施しを受けて涙したそうでは無いか。だからこの小娘はこのように驕っているのだ! まさかその時トークより何かを受け取ったのではあるまいな。違うと言うならこやつの処刑を自ら執り行ってみよ」
「なっ!? それとこれとは話が別です。しかもトークへの内通? わたしのビビアナ様への忠誠には一点の曇りも在りません!」
キョウの言い分に理はある。しかし言いようが悪い。成る程、ビビアナ殿の身命を左右する軍師の間に強烈な競争心在り、か。む、ビビアナが立つ。
「そちたち黙るのじゃ! 使者の前でなんというザマか! キョウよトークに信頼がおけぬだと? 天下の諸侯が皆妾の敵となった時、唯一トークのみが手を差しのべてくれたのだぞ。古来より苦しい時こそ真の友が誰か分かると言う。あの時、妾は過去の己の行動をどれだけ悔いたと思うてか。なのに今又もや下らぬ嫌疑をかけ妾に恥をかかせおって! リディア殿に謝罪致せ。ホウデそなたもじゃ。お前の態度は賢人たるリディア殿へ、妾どもの命を救ってくれた者へ相応しい物とはとても言えぬ」
「「はっ、ははぁ!」」「……失礼致しましたリディア殿。非礼をお許しください」「この身も諸侯の使者に対して不適切な態度であった。許して頂きたい、リディア殿」
キョウはともかくホウデまで。彼女の質問は外交の相手に対して至極当然の物であったのに。
まぁ最初から分かっていた事だ。ビビアナは酷く他の人からの評価を気にする。命の恩人が頼って来たというのに殺して帰すなど出来る訳も無い。
……ホウデは少しでもウェリアへ有利に持って行こうと先の問答をしたのだろうが、最初からビビアナの感情だけで決まる会見なのだこれは。
ホウデも本当は分かっていただろうに言わずにおれなかったのだろう。哀れな事よ。昔から生真面目で調整を知らぬ方であったが益々その傾向が強くなっているようだ。
「お言葉有り難く。外交の場なればある程度は当然の事。私の方こそ己の若輩を棚に上げた振る舞いお許しくださいキョウ殿、ホウデ殿、カクト殿」
「うむ。皆も彼女の若さに見合わぬ落ち着き見習うがよかろう。
―――リディア殿、妾はずっと不思議であったのじゃ。さぞ恨んでいたに違いないトーク殿が、何故窮地の妾を助けてくれたのか、と。そなたが献策してくれたのじゃな……。さぞ強い反対があったであろう。感謝するぞ命の恩人よ。我が大業は全て友、リディア・バルカあってこそだと忘れぬからな」
「ウェリア公爵閣下、態々手を取ってまでのお言葉厚くお礼申し上げます。されど私はトークにとって最も良き方策を示したまで。そのお言葉は過分に御座います」
「ふっはははははっ。その素っ気なさ変わらぬのうリディア殿。ああ、ウェリアなどよしておくれ我が友。公爵閣下も要らぬぞよ」
「あり難きお言葉感謝致します。ではお尋ねいたしますビビアナ殿。トークとの同盟ご了承頂けましょうか。我等も道義に沿って動きましょう。ただ、トークは単独だとマリオは当然イルヘルミにも勝てぬ事、お忘れなきようお願い申し上げます」
「うむっ。当然じゃ! 我がウェリアの姓に懸けて誓おう恩には必ず報いると! これで天下最高の軍師グレースに、妾が知る最も冷静な軍師であるリディアが妾の腹を守ってくれるとなった。これほど安堵できることがあろうか。天下の行方は今決したぞ! 天意は我がウェリアに在り! トークとウェリアは共に大業を成すのじゃ! 良いなホウデ! キョウ! カクト!」
「「「ははっ! 御意のままに」」」
「良し。リディア殿、暫く滞在してくりゃれ。幾つもの宴を用意するよって。帰りの際にはカルマ殿へ感謝の貢物も持って行って欲しい。頼むぞよ」
「度重なるご厚恩感謝いたします」
大変なご機嫌が手に取る様に感じる。そして間違いではない。トークとウェリアが組んだ以上、生半可な策略はただ踏みにじるだけ。
そして私にとってはここからだ。ウェリアの内実には多くの不安要素があるとは分かった。しかし力は全てを解決する。
ダン様の申し付けであるイルヘルミがどうやってビビアナに勝つか予想する為には、もっとウェリアを知らなければならぬ。
丁度宴を用意してくれると言う。あり難く甘え、軍師たちの人品を深く調べるとしよう。……ああ、となると出来るだけ早く個人的に今一度謝罪しておいた方が良かろうな……。