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護衛長ジンに仕込みを頼む3

「大きく勘違いしてますよジンさん。天は。地は。比べるべくもなく偉大で我等へ関与せず、ただ在って私たちを受け入てくれるだけです。私は化身所か自分の欲望に従うだけの小物。力は在りませんし、今賢いと仰いましたがそれも違う。私には知恵が無い。私には貴方のように賢い方へ、使えそうな知識を提案するのが精一杯です」


「……何が違うって言うんですか。人に指示し動かすのは最も賢い者、人の上に立つ者の仕事ですぜ。しかも貴方様は唯一無二の結果を出してなさる」


「賢いと言うのは知識を活用できる人です。偉大な書を幾つも読んだお陰で、偶には絶世の賢者が如き事を言えます。しかし知識があるだけで実行力と知恵に欠ける奴は結局使えないでしょう? そう言う人が何人も思い浮かぶのでは。私が何故人前に出ず何時も陰に居るんだと思います? 能力が無いからです。

 貴方のように人の上に立つ者は、数多の競争相手と争いながら戦場や政治、多くの問題と苦難を乗り越えて実績と能力を磨き蹴落としあって残った英傑。でなければ多くの人が付いてきはしないと思います。では私がその競争に出たらどうなるか。確実に貴方が蹴散らして来た雑兵の一人になるでしょう。私は十分に準備した状況以外に自分を置くつもりも苦労するつもりもありません。真に本性を試される一瞬の判断が必要な場だと、対処できないからです。貴方が狼なら私は虫。まぁ虫でも偶に使える知識を狼に伝える事くらいは出来る。後は有能な狼次第。行動を決定し歴史を作るのは貴方方なんですよ」


「――――――。にしては、トークでもえらく上手く支配者の側に居られませんかね。しかも実際は貴方様こそ主要人物なんでがしょ?」


「それこそリディア・バルカという有能な狼が走ってるじゃないですか。元々の予定だと私は、トーク姉妹が忠実だと感じる配下になるはずでした。その中で小さく皆さんへ利益を出していこうとね。其処へ何故かあの人が配下になるなんて言ってきまして。なら大きくでようかと。実際ちょっと相談するだけで、勝手に最高効率の手段と結果を出してくださいました……。いやぁ、本当何なんでしょうねあの人」


「貴方様は、何も隠さない事をお望みでしょうから言います。お言葉を殆ど理解できやせんし、本当とも思えません。貴方様が俺たちに多大な影響を与えているのは事実すから。それよりも俺とオウラン様が貴方の目に良い物と映ってるかを教えちゃくれねーですか」


 あ、私の話はどうでもよかったですか。……相手は興味が無いのに熱弁を振るってしまうとは、私恥ずかしい奴だったようで。


「勿論良い物、好意を抱く大事な方々と映ってますとも。しかし其処まで私の賢さを高く評価してくださるなら、一つ質問が」


「何なりとお聞きくだせえ」


「私が他にも有益な知識を持っているとは考えないのですか? 何とかしてそれを出させ、より自分たちの力を大きくしようとは。何だったらジンさんの功績としてもいい」


「は? ―――ぇ……あ! それはっ。痛めつけてでもって意味……すか?」


「ええ。基本はそうなると思います」


 あ、又汗がふきだしてる。……マジでさっき言った力が無いって話を欠片も頭に入れてないなこの人。


「ば、馬鹿かっ! あ、その、お、頭に過った事も、今後ともねぇです! この言葉が嘘ならば、今すぐ俺の(ひつじ)誇り(うま)が死に絶えるよう天に望みやすっっ。貴方様は感謝の言葉さえ難しい贈り物をくださった。それを更にって、羊が多くて放牧地の草を食いつくしそうなら自分の羊を殺すのは当然で、自分の財を減らしたくないと欲張って草原を荒らす奴は親、親族からさえ殺されかねないんですぜ。貴方様から更に絞ろうなんて、昔ばなしでも聞かないような欲深い奴はオウラン様を始め俺の一族に一人たりともっ!」


「ほっ。成る程。―――何を言ってるかはともかく、何を言いたいかは良く分かりました。……くっ。クククフフフッフハ」


 素晴らしい! この思考、判断、価値観。全てを捧げるが正に本懐。遊牧民族は本当至高だぜ。


「ああ、ジンさんすみません。静かにするようお願いした私が五月蠅くしてしまって」


「だ、大丈夫す。外に声が漏れてるようなら、陰で張り付いてる奴が教えてくれるはずす。そ、その、何が可笑しかったので?」


「可笑しかったのではなく、爽快だったんです。私はずっとその言葉と考えを求めていました。クフッ。ケイの群雄ならそんな事は言いませんよ? 戦争をしてるのです。知ってる知識はどんどん出して強くならないと、負けて滅んでしまいますからね」


「ケイの腐れ高貴な賢者様なんて知ったこっちゃぁねえですよ。俺なんかにはあいつらの遠慮の無さは異常す。鉄を自分たちで作ってみて驚きやしたぜ。こんなに山と川を汚すものかってね。なのにあいつら全く遠慮しやしねぇ。戦の時優れた武器が必要なのは分かりやす。でも狩りの時さえ銅、下手したら鉄を使いやがる。普段は骨で作った矢を使うくらいの遠慮を見せろってんですよ」


 あ、謎が一つ解けた。これを知ってたからカルマとアイラさんの所に骨の矢じりがあったのか。

 私が珍しい矢だと思い何かをカルマに質問して『狩りで使う骨の矢だ』と聞いたのに『ふーん』で終わってしまってたわ。

 成る程なぁ。地道に獣人の信頼を得ていたとは感心する。


「俺のどうでもいい愚痴を聞かせてすいやせんでした。それより、本当に俺たちを大事に思ってくださるなら……その、傍に置く奴隷を贈らせて頂けやせんか?」


「又その話ですか? 前も言ったでしょう私と貴方方が親しいと周りが感じるような真似は困ると」


「ええ、ですからケイ人でもいいんす。形としては貴方様が買って来た。とか、何処かから逃げて来た奴隷を助けた。とかで。オウラン様は獣人の娘と貴方様の子に拘っておられやしたが、俺は貴方様の好意を得るのが第一だと考えやす。幸い増えた支配氏族の中にケイ人の見た目を持ってる者も多く居たんで。良い奴を教育して届けやしょう。アイラ殿の家の雑用をかなりやってらっしゃるんでしょう? 中級官吏なら家事全般をやらせる奴僕の一人くらい普通ですぜ」


「私の情報が洩れる可能性は増やしませんってば。ああ、その点も教育すると仰りたいんでしょう。ですが舌を切って喋れなくしようとも伝える方法は在りますし、家族を人質に取ろうが伝えようという気になる可能性は在ります。第一人には必ず失敗がある。その奴隷に悪意が無くても、何かの拍子に漏らしたりね。家事に関してはバルカさんの家人を借りて十分楽をしてますよ」


「それは……そうかもしやせんが……。貴方様は誰相手でも秘密が多く、色々と話して頂けてる俺だって貴方様を理解してるとは言えず余りに孤独に見えるんす。常に傍に居る理解者が居たほ……うっ」


 理解者? 私に? ハッハッハッハッハ。……はぁ。無理だ。

 ラスティルさんのように器が大きく素晴らしい人だろうと。リディアのように人の限界に思えるほど賢かろうと。軽く千年違う文化で培われた思考を理解出来る人なんて存在しえない。

 ケイ人は天下に史とよく言う。その天の下に在る物、心に描く地図は最も賢い人でケイと、あって周辺国家だけ。獣人だって大差無かろう。史とは此処千年くらいの歴史だな。が、私の天下はこの大地全体。歴史になると恐竜時代から人類が宇宙に立った時まで。実際の生活に全く関係しないのに変わらないこの思考は、誇大妄想染みて我ながら恥ずかしく思う時もあるが……致し方ないわな。


 私を理解し、孤独を癒してくれる可能性を持つのは真田のみ。逆に私が想像する奴の行動の裏にある葛藤、例えばあいつにとって領主になって人々の上に立つのと、田舎で畑を耕しつつ気立ての良い女性と夫婦になって暮らすのが、全く同等の価値を持つかもしれないなんてのは、私にしか思いつきもしまい。

 連合軍でマリオへの態度を咎められた時、一番見せていた気配は戸惑いで、あいつに強烈な権力志向は感じられなかった。はっきりと感じた訳では無いが、横に居たユリア・ケイの方が不快感を持ってそうなくらいだ。

 私の予想では、あいつは生き残る為、知り合いを死なさない為戦ってる内に今の立場となっている。

 見方によっては流されてると言えるかもしれない。日本人らしいと言えば日本人らしく、親近感を感じる。とは言っても確固たる意志で山に引っ込もうが戦火に巻き込まれて死ぬ確率は十分ある訳で、勝てるなら領主となるのが一番良い生き残りの方法かもしれないが。

 何にせよあいつには感心する事しきりだ。流されていようが前線に立ち、知識を実用化して富と戦力を増強。正に立派な君主として人の上に立っているなんてね。同じような場所に産まれたはずなのにこうまで違うとは。

 そしてその唯一の理解出来そうな最も思い入れの深い奴は殺すと決めた敵。なのに理解者が欲しく無いかと言われても……。


 大体私の思考を全て聞いた人が味方になってくれるとは思えん。目の前のジンさんだっておぞましさに恐怖し剣を抜きそう。

 人の心の無い権力者は民を幾らでも産まれてくる虫のように扱うと言われる。ケイならマリオが一番近いか。だが私に言わせればヌルイ。私たち人は『ように』ではなく虫であるべき。地球の循環の一端として虫でなければならない。本当の意味で特別な人等居るものか。ユリウス・カエサル、劉邦、徳川家康。だれが産まれずとも何時か必ず同じような役割をした者が出てきたに決まっている。

 人は皆虫のように生き、虫のように死ぬ。民が十万百万、もっと悲惨に死のうが何ほどの事がある。それでも地球は回り、歴史は紡がれていく。

 勿論今の私は口だけだがな。実際には其処まで達観出来ていないと自分でも感じる。しかし何時かは。


「奴隷だか理解者だかは知りませんが、とにかく今は結構です。この話は以前オウランさんの前で終わったものだと思っていたんですが、何かあったんですか?」


「えっ……あ、その、貴方様とバルカが夫婦になりやしたでしょう? そうなるとどうしても貴方様のご心情が、ケイに近くなると心配なんす。それで俺らの事をお忘れにならないよう、近くに俺らと縁のある者を置いて頂きたいと思ったんで」


 あり触れた発想だね。とても分かりやすい。で、今すんげーーー聞き捨てならない事を仰いましたね貴方。


「―――あの、何故私がリディアと夫婦になったとお思いに?」


 裏門から出たりと色々気を使ったんだぞ。加えて大前提として一中級官吏が最上級官吏の家に泊まったからって、夫婦となったなんて発想は誰からも出ないはずだ。普通に考えて家僕の誰かとの逢瀬である。なのに……なんでだ。


「ああ、それは先日彼女が公務を休んだ時、下級官吏として働いてるウチの若い奴が怖い物しらずにも声を掛けたんでさ。体調でも悪かったのかってね。そうしたらあっさり『子供を作っていた』と返って来たそうで。一部では本当なのか、誰が相手だと大騒ぎだったらしいですぜ。でも、俺らは同じ日に貴方様が休んだのもしっていやすから、きっと貴方様と夫婦になったんだと……違うんすかい?」


 子が出来れば必ずバレるとはいえ、あっさり答えるとは流石リディア。相手が私だと言ってないなら文句を言う事ではないけども……急な頭痛を感じる。


「はい……ご明察です。しかし経緯がありまして」


 褒美からの横隔膜殴打に至る話をする。と、ジンさんの表情が変になった。


「あのお嬢ちゃんなら在り得ると思えるのがスゲーすわ。所で何故そこまでお嫌なんで? あんな美人居ませんぜ。そりゃ手強いなんてもんじゃないすけど」


「美人とかそういう問題じゃないんですよ。とにかく、彼女との間に子が出来ようと皆さんと疎遠になったりはしません。オウランさんこそ私の命綱であり希望。これまでも、これからもです」


「その言葉を聞いて安堵できやした。それで……図々しいお願いなんすが、今の言葉をオウラン様へ文として書いて頂けないすか? 貴方様がケイの貴族と子を作ったと聞いたオウラン様は、きっと心労を溜めてしまうと思うんす。それと以前貴方様の傍に置こうとしたキリ。奴は以前自分が貴方様にした失礼の所為で、獣人の女を見切られたんじゃないかと気に病んでたんす。出来ればあいつにも、その、お願いできたらと」


「え、はい。直ぐに書きます。しかしキリさんが失礼って……ああ、私に男として価値無しってやつですか。……あの、そんな風に気に病むって事は、もしかしてあの後叱りました?」


 あれは素晴らしい手助けだった。なのに彼女が不利益を被ってるなら猛抗議っすよ。あーいうのをお願いしたいんだから。


「い、いえ。あの後オウラン様もお褒めでした。よく貴方様のお考えを掴んだと。少し顔が引き攣っていやしたが。でもキリは自分の意見が獣人の女の総意みたいに受け止められたんじゃないかと思えるみたいで」


「だとしても気にしませんよ。妻を選ぶとき、それでも我慢しくてる人を探すだけです。キリさんへの文は当然書きますが、貴方からもよく言ってあげてください。……思い出されますねぇ、キリさんが傍に置いて欲しいと言ってくれた時を。いい夢が見れました」


「……何でしたら今からでもいいですぜ。一応同じ建物で働いてるんす。偶々昼食の席が隣になって、其処から付き合いが始まり一緒に住むようになったって話くらいありふれてる。お望みなら早く手を付けないと、後一年もしたら結婚しちまいますよ? そうなると流石に面倒がありやす?」


「誘惑しないでくださいよ。今なんて絶対ダメです。そんな真似をしたらバルカさんが怒るかもしれないじゃないですか。おお……想像するだけで震えが。それよりこの文の添削をお願いします」


「やはりそう言いなさるんですね。残念ですが、承知しました。では拝見。キリはどうで……いいとして――――――。貴方様にとって、オウラン様は……娘みたいなもんなんすね」


「えっ。そう感じました? 不味いですね。昔であった頃の印象をまだ引き摺ってるんでしょうか。書き直します。何処がよくないですか?」


「いえ、これでいいでしょう。若くしてご両親を亡くされ、こんな心から気遣う人も少ない。きっとお喜びになりやす。しかし……さっき奴隷女を傍にと言った時やこの文、貴方様は二十そこそこすよね? なのにやたら世間に疲れた気配をだしたり色々で、時に三十の俺よりもかなり年上に感じちまうんですが。それも貴方様が人なのか疑わしいと感じた理由なんすわ」


 あーん? 私が……私が、なんだっけ。ロ……ロリータ。あ、ロリババァ。違うロリジジイだってんか? ……あれは千歳とかだったわ。まぁ現実に中身四十年は生きてるおっさんだとそりゃ違和感あるよね。日頃若々しくしようとか思ってねーし。無理だし。ただ……日本人気質が抜けた以外成長してるのか自信持てないのが……ちょっと情けねーけども。


「多少老けてるだけですよ。大した誤差じゃありません。……あのー、実は最初から気になっていたのですが、ジンさん口調変わりました? 昔はもっと厳めしい口調だったような」


「……。此処に来て、馬鹿どもを厳しく締め付けないといけなくなりやしてね。毎日馬鹿どもを怒鳴り散らして教育してたらそりゃ口調も変わりやすよ。……貴方様の所為とは言いやせんが、出来ればお許し頂きたいす。口調は乱暴になっちまったが、抱いてる恐怖と敬意は増えてますんで」


「あ、成程。しかも私の所為で又一から教育し直しと……。誠に申し訳ありません。伏して謝罪申し上げます。―――あの、恐怖は無くして大丈夫なのでは? 私がジンさんに危害を加えるなんて不可能に近いですし」


 と言いつつ最初にジンさんが取ってた最大級の謝罪の姿勢を取る。……ちょっと軽く使っちゃっただろうか。文化圏が違うと相応しい態度を取るのが難しい。ケイのさえまだ自信が無いし……。


「無理す。俺を少しでも大事にお思いくださるなら、二度とその恰好を取らないでくだせぇ」


 ……又耳が垂れてる。なんかなぁ。こっちを尊重してくれるのは嬉しいのだけども、過剰な感情を持たれると失敗が増えそうな……。これはジンさんを軽く見過ぎかね。

 兎にも角にもこれで確認と仕込みは十分。後は世の流れを見よう。歴史は誰に天の時を与えるのか。私も何とかお零れにあずかるべく仕込まなければな。

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