護衛長ジンに仕込みを頼む2
「事の起こりはテリカがランドの井戸で何かを拾ったらしいと、バルカさんが教えてくれた時なんですが……」
出来るだけ分かりやすいよう順序だって話す。マリオとテリカの仲に軋みがあるのを感じていた事。昔聞いた宝物に関する作り話から発想を得て、シウンへ尤もそうな話を吹き込み疑念の種を撒いた事。等々。
……。話が進むたびにジンさんの顔色が悪くなっていく。耳は垂れ、尻尾が震え出した。
えー。そんななる話? テリカの運の悪さには同情するのみだけども……戦いを生業にする人がこんなあからさまに怯える?
「つ……つまり、貴方様は知る方法のある訳も無い玉璽の行方をご存知で、あの英傑の運命を言葉だけで操った……あ、違う。違いますダン様。お、お許し下せえ。分を超えた質問をしたのは、魔がさしたからで、不味い内容ならお答えくださらねぇだろうと……」
何その解釈。私のドドメ色の脳細胞が付いて行かんぞ。
「え、はい。ジンさんだから話してます。で、私がテリカを操ったなんてのは誤解です。私は連合軍における彼女の働きを見て、少しでも足を引っ張りたいと思いました。そしてテリカが崖に立ってるのは誰もが知っていた。其処へシウンに背中を押させられそうな話を思いついたので吹き込んでみたんです。そうしたらシウンが思ったより強くテリカの背中を突き飛ばしたんですよねぇ。突き飛ばされたテリカは必死になって安全に落ちれる場所を探し、カルマという川へ飛び込もうとした。本来ならそれでテリカは生き延びたと思います。でもその川は偶に黄色くなる黄河の如く川底が汚れで見えない状態で、飛び込んだところには私と言う岩がありぶつかって死んでしまった。という感じでしょう。玉璽の行方だなんて知りませんでしたよ。あにはからんや適当に作った話通り持っているとは。テリカは酷く巡り合わせが悪かったようです」
事実テリカはかなり運が悪かったと思う。レイブンと知り合いなのと比較的近い等のトークへ来る理由は分かる。しかし少しの掛け違いで別の所へ行っていただろう。
ま、川面をせっせと汚してトークに何が在るか見え難くしたのは私ですけども。
で、だ。目の前のシベリアンハスキーな見た目の人が、チワワ並みな風情になってるのはどうしたもんかね。
「あのー……こんな言葉口にするのも恥ずかしいのですが、何か私に怯えてません? さっきから私に対する反応の根底に、とてつもない過大評価を感じるんです。何故そんな反応をなさるのかお話しください。配下の皆さんは私のテリカへの態度に怯えたと仰いましたが、あの程度バルカさんならもっと完璧にやりましたよ。必要ならグレースだって私より上手く出来るでしょう。二人の前でもそうなる訳じゃありませんよね?」
何度かジンさんと二人が話してるのを見かけた時、彼は堂々としていた。誰が相手でもこんな風になる人ではないはずだ。
「はい。トーク姉妹は大したもんですし、バルカってお嬢さんも相当気を引き締めないといけない相手だと感じてはいやすが、こんな無様に震えが止まらないなんて事になるのは……貴方様だけでやす。ですが、理由は……」
苦悩してるのが手に取る様に分かる。額には汗まで流れているって……。
「お―――俺は昔オウラン様と比較されてたんすよ。隣の氏族ですし、若くして氏族長になったと境遇も似てたんで。で、俺の方が優れていると皆言ってたんす。まぁ十歳近く年上なんで当然すね。それが在る時、突然オウラン様は商売を始め、食料を手に入れ周辺氏族を纏め上げるようになり、俺も服従か戦いかを迫られたんでさ。直ぐに服従を選び会いに行くと決めやした。オウラン様が話の分かる、仁義ある方だと知ってたんで。久しぶりに会ったオウラン様は……昔あった若さと迷いが薄れて自信を持ちはっきりと成長なさってた。俺がこの人なら長老の昔話で聞くような英雄になれるんじゃないか。って思うくらいにです」
入れ込んでる人を褒められて気分が良い。だが今一話が見えんのう。
「今のオウランさんは正に英雄なのではありませんか? 三部族を制圧した業績は誰もが認めるでしょうし、若く美しい獣人史上最強の部族長。更に彼女には知恵があり、私のような余所者の声に耳を傾ける大きな器までお持ちだ。尊敬されて当然かと」
「……オウラン様はもう英雄という表現では足りやせんね。殆どの獣人が同じ人だと思ってないんじゃってくらいで。大体の者が崇拝してると言うのが正しいんじゃないすかね」
「え。それは……流石に良くないのでは……。あ、いえ、オウランさんの支配力が強いのは良いのですが、彼女も一人の人でありまだ若い。考えに穴もあるでしょうし、何よりそれでは悩みを周りに言うのも難しくて、本人が辛いのでは……と、思ったりなんかしたりして……。……不敬でしょうか?」
「―――。正直俺とジョルグ様は同じ気持ちです。しかし中々難しい問題でして」
だよな。今はむしろオウランさんの意思が上手く進み、利点の方が多いくらいだろう。
しかし……英雄は基本孤独な物とは言え、二十歳程度の娘さんが孤独になってたらその内問題が出る。
せめて愚痴を聞いてあげたい所だが距離の所為で不可能。つーか、基本中級官吏である私が、数十万人の上に立つ英雄の愚痴を聞いてあげるって思考の時点で身の程知らずな気もする……。
……あれ? 何でオウランさんの話になってんだよ。
「あの、これはこれで興味深い話なのですが、ジンさんが怯えてる理由は何なのでしょうか」
幾つか予想はつくが、はっきりと言葉にして貰いたい。でないとわだかまりが残りやすい。男性が話を聞く際の欠点はせっかちで相手に全部話させず、さっさと結論を得ようとする事だと私は日本のアレな記事で学んだのだ。
と、言っても妻に『私と仕事どっちが大事なの?!』と言われた際の正しい返答が『ああ、寂しい思いをさせてたんだね。ごめんよ……』だという結論には無茶言うなと思った。まぁ、その印象が強かったお陰で未だに覚えていられるのだろうけど。
「……オウラン様は間違いなく大器をお持ちでやした。しかし……貴方様の与えた馬の道具と、何より参考にと話してくれた我等遊牧の民に最適な戦い方があってこそこんなに早く強い英雄の評価を得られたんです。そして何よりオウラン様が信頼できる者に教え始めた赤子を救う方法。誰もが産んだ赤子を直ぐに死なせてしまった悲しみを知っておりやす。その悲しみが起こる可能性をオウラン様に忠誠を示せば、大きく減らせる。全ての者が崇めるのも当然っちゃ当然の知識。これも貴方様がくださった」
「其処まで感じられる効果が出たんですねぇ。あの知識私が昔旅をしてる途中に、とある休憩所で話されてたのを聞いたものなんですよ。最初にお教えした食事を作ったり食べる前には喉と手を洗う健康法も同時に聞いたんですが、そっちをやってみたらはっきりと体調の悪くなる頻度が少なくなりまして。ならこっちも効果があるんじゃないかと思いお伝えした訳です。きちんと効果が出たようで本当安心しました」
そう。私の知識は旅の途中、隣に座ってる奴らが話してるのを偶々聞いたもの。多分そいつは真田だったんだろう。そうと決めている。この時代に在り得ない知識を矢継ぎ早に出すならこんな言い訳は胡散臭いだけだが、今後は出さないつもりなので何とか出来る……はず。
「お、―――俺は! 最初ケイの貴族が専有してる医術だと思ったんです。だからこっちに来て、トーク姉妹とかを見てる名医何人かに出産の時医者がどうするかと、十人の赤子の内何人が一年生き残るかを聞きやした。やはりケイは大したもので、今までの俺らに比べて多く赤子が生き残ってました。でも、それでも、貴方様の教えを実行した後に比べれば遥かに死んでいた」
これは感心な。与えられた知識を鵜呑みにするのではなく、確認を行うとは素晴らしい。しかし……。
「んー、出所の怪しい知識を知ってる者だから、私が恐ろしいという事ですか? 一応間違っても大丈夫なように気を使いましたのでご容赦ください……所で話の腰を折るようで申し訳ないのですが、私に繋がるような聞き方はされてませんよね?」
正直こっちの方が気になってしまった。獣人に医術を教えたなんて話が出回るのは何が何でも不味い。
「と、当然じゃないっすか! 俺がこれを聞いた時心底震えたのは貴方様が恐ろしいからなんですぜ。怒りを買わないよう万全に万全を期しておりやす」
「あ……はい。有難うございます。それでケイの赤子が遥かに死んでいたら?」
「俺は名医と言われてる奴に赤子を助けられるよう教えてくれと頼んだんす。基本鼻で笑われましたね。これは数千年に渡る先祖の研鑽が作り上げた知識、獣人如きに教えられるものかって。又、一番親切だったお人はこう言ったんでさ『ケイの医者とは賢いと言われるものが先達の道筋を必死に何十年も学び、そして数多の経験を経てやっとなれる者。それでも患者を殺す医者が溢れている。書を読むのも難しい獣人に医を教えるのは不可能である』とね。全くその通りじゃありやせんか。ケイの医学は赤子の死ぬ可能性を数段減らせる素晴らしい知識。しかし俺らにはそれを得るのは難しいでしょう。文字さえ読めない奴らばっかりじゃあね。しかし……貴方様はそんな俺らの所へひょいと現れたと思ったら、一冬教えただけでそのケイより遥かに多くの赤子を助ける方法を教えてくださった。ケイの賢い奴らが生涯を掛けて得る知識の数段上の物。在り得ねぇ価値だ。代価として何万人以上の戦士の死を求められても当然だと俺は思いやす。二十年で取り返せやすからね。いやそれ所かこの知識、価値を付けられるものなんすか? 俺にはこの世に存在すると思えねぇ」
数千年の積み重ねが無いと産まれない知識だからねぇ。きちんと調べ考えた結果、異常性に気付いてしまったか。
で、それを持ち込んだ正体不明の私が怖くなったといった所かな?
「しかも貴方様は対価らしい対価を要求してない。貴方様の賢さは恐ろしすぎやす。……俺は今まで怖いものはオウラン様とジョルグ兄貴くらいのもんだったんです。こんな、震えるような恐怖を感じたのは貴方様以外に一つだけでさ」
何? 私みたいに感じた? 真田か? あいつはもうこの人たちに接触していたのか。となると不味い。あいつなら私より躊躇なく多くの知識を与える。或いは私たち以外にも外れた奴が居「これほど圧倒的かつ無慈悲で人智を超えてるのなんて天だけでしょう。俺は、在り得ないと思いつつも貴方様が天の化身に思えてならないんです」
は? 天? 私が? …………。あ、ああ。そういえば遊牧民の皆さんは自然に寄り添って暮らす人らしく、自然崇拝をする人々だった。
しかし、天。化身。―――く。
「くふっ。ふっ。はははは」
「おかしいですかい? そりゃ俺だってまさかとは思っていやす。しかし貴方様を怒らせれば、天の怒りを買うも同然のめにあうんじゃないかって思いが消えねぇんですよ」
いかんいかん勘違いさせている。おかしいのはジンさんじゃない。自分と同じ存在が居ると聞いただけで、真田かと過剰反応してしまった私だ。
毎日時間が空けば常にあいつの事を考えてる所為で、何でも『真田なら』と仮定する癖が付いてしまってるようだ。
はー。おかしい。ジンさんは同じような人とは言ってなかったよな? いやはや、思い込みの激しい耳と脳みそをしている。こういうのは鍛えても中々直らんねぇ。
「失礼しました。さて、まず私は人、それも凡夫です。赤子を生かす方法だってケイの何処かでやってるはずのもの。まぁ実を言えば、この天の下で私は有数に貴重な知識を持ってまして。その所為でジンさんが私を恐るべき人物だと勘違いしたってぬぉっ? ど、どうしましたそんなに慌てて立って」
「ど―――どうしてだっ!? 爪も牙も顔まで隠す貴方様が、何故天の下で貴重な知識を持っているなんて言う。お、俺を殺す気なんですか? そうなんでしょう? 待ってくだせぇ俺はっ。貴方様の御意に適うよう想いを全て話しただけで、決して不都合な真似はしやせん。どうかお信じください」
……。絶大な勘違いを感じる。いや、まぁ……天の化身を不快にさせたと思えばこんなもんか? つーか、考えるのも恥ずかしい勘違いだわ……。確実に顔が赤くなってるぞコレ。
理性的に算数で考えれば、確かに私の影響は天の化身かってくらい酷くなるはずだが……。―――あー、そだな。台風も火山も目じゃないくらい酷いな私は。ジンさんは正しいのか。凄く恥ずかしいけど。クソ真田も同じような恥ずかしさを味わってんのかねぇ?
「ジンさんとにかく座って下さい。それと声を抑えて。―――。よし、お聞き下さり有難うございます。で、ですね? どうやって貴方を私が殺すんですか。私が大して強くないのはご存知でしょ?」
「アイラ殿がこの瞬間にも現れるかもしんねぇ。もしくは賢い貴方様の事だ。さっき何度か火に薪を入れる時、俺にだけ効く薬を燃やしたとか。笛を鳴らすだけでテリカたちが皆殺しになるようにした貴方様す。実は指を鳴らすだけで俺を殺せても何の不思議がありやす?」
これは深刻だ参ったね。竜を見たという噂がマジで流れる世の中なだけはある。
にしても指を鳴らしただけで人が死ぬて。どんな素晴らしい指パッチンよ。
そんなん出来たら連合軍の時、何としてでも真田とすれ違ってパッチンしとるわい。