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護衛長ジンに仕込みを頼む1

 リディアはビビアナの所へ行き、アイラさんはフィオから夕食に呼ばれている。鬼の居ぬ間に洗濯ならぬ策を選択すべき時と言えよう。

 夜、一人で軽い夕食を食べ便所へ行ってから闇に紛れやすい服装に着替えて待つ。外から木で木を叩く音がした。合図だ。

 水筒を持って外へ出ると遠くに松明を持った誰かが立っていた。火の位置は壁の直ぐ近く。全て指示通り。ゆっくり歩きだしたその人に付いていく。

 今夜は厚い雲が月と星を隠す闇夜。非常に都合が良く、天候が祝福してくれてるようで気分が良い。

 ゆっくりと進む松明は日頃危なくて近づけない貧民街へ入っていった。しかし事前に警備がてら掃除しただけでなく、今も闇に紛れて後ろと左右を護衛の人が守ってくれているそうなので安心して入っていく。

 誰ともすれ違わず歩く事しばし。松明が一軒の家とも納屋ともつかない場所で止まり、地面に置かれて火が消えた。その場所に行き松明を拾って中へ入る。

 中ではジンさんが火の世話をして座っていた。信頼はしているが一応部屋を見渡す。窓には木戸と覆いが付き、外へ声と光を漏らさないようになっていて、風の流れも感じる。火を燃やしても大丈夫そうだ。全て問題無い。


「お待たせしてすみませんジンさん。確かな前準備に感謝致します」


「当然の仕事を果たしただけでさ。で、始める前になんですが……」


 ん? ……は? ジンさんが目の前で後ろに手を組み両膝を付いて、頭を地面に付け首筋をこちらへ見せている。

 確かこれは獣人がする最も深い謝罪の姿勢のはず。ケイ人で言えば『法に則って処罰をお与えください』と言う感じの。軍なら軽くて背中の皮が剥けるくらい棒で叩かれ、下手したら死刑。

 この姿勢、ジョルグさんに教えて貰った時非常に屈辱だからとお手本を見せてくれない所か、私がやってるのを見るだけでも嫌そうだった。

 それをなんで? 何かあったっけ。


「どうか先日の不始末をお許し下せえダン様。さぞご不満でしょうが、俺以外の人間は本当に居ないんでさ。これは決して自分可愛さに申してるのじゃありやせん。オウラン様にお尋ね下さっても結構です」


「―――まず、先日の不始末とは何のことでしょう?」


「当然テリカの配下に貴方様を襲わせてしまった事。俺の統率が甘かったばかりに貴方様の完全な策に穴を開け、アイラ殿まで出してしまった。二度とあのような失敗は、決して!」


 あー、あれか。確かに失敗と言えなくもない。しかし……。


「あの、声は小さくお願いします。誰かの注意を引いて覗き見しようとする人が居たら殺さないといけないんですよ? 面倒は増やしたくないです」


「す、すいやせんお許しを。……近づこうとする人間が、監視の存在に気付かないよう工夫はしてありやすんで」


「それは有難うございます。で、失敗と言いましても私は一連のジンさんの準備、場の整え方、振る舞いを見て貴方を深く信頼し、トークへ送って下さったオウランさんへ更に感謝するようになってるくらいでして。と、いうかですね? あれは私が作ってしまった、『私という舐めてる人間の意思に従い、草原族の人々にとって恩義在るカルマを不快にさせる』なんて条件が余りに無茶だったからでは。そりゃ戸惑いと不満で仕事がなおざりになって当然です。この程度の道理は理解出来ますよ?」


「それを整えるのが俺の役割でさ。あの時俺が自分の眼で一人一人確かめておけば問題は起こらなかったんです」


「……やはり難しかったと思います。ネイカンは滅多に居ない系統の達人。アイラさんさえあの縛られた状態から攻撃してくるのは予想外だったと言ってました。兎に角、立ってください。そんな謝罪の姿勢を取らせてジンさんが私へ不快感を抱くようになる方が困るんです」


「―――お許し頂けるんすか? 最低でも棒叩き三十回は当然かと。棒も其処にありやすぜ? ……ああ、いや、貴方様なら叩くくらいなら殺すと存じておりやす。しかしどうにか棒叩きだけでお許しください」


 本当に怯えが見える。意味が分からん。この人がその気になれば十秒で私は死ぬってのに。窮鼠猫を噛むとは言うが、ネズミに怯える猫なんて居ない。

 理由を尋ねるべきだな。が、後でいい。まずは本題だ。


「ですから、ジンさんには今後も私を助けて頂きたいのです。罰なんて……言われるまで謝罪の理由さえ分からなかったくらいですよ。どうか座って下さい。アイラさんが帰ってくる前に私は帰らないといけない。本題に入りましょう。まず、そのテリカを殺した影響です。あの場に居た人を草原へ返すお願いが実行されたのは知っていますけど、問題は在りませんでしたか?」


「……承知。あの後、カルマの所へ行き逆らった謝罪として半年の俸給返上を願い認められてやす。ついでにあの場に居た者を放っておくとカルマの権威を損ねそうだと言って、草原へ返すよう提案した方もです。問題と言えば新しく兵を呼んだんで訓練のし直しが必要な事くらいっすが大丈夫す。あんな不始末をした後でよく言うとは思いやすでしょうが、俺には服従しやすから」


「そうですか、謝罪と俸給返上。カルマを不快にさせたのはやはり不味かったですね……。これから暫くの間は、カルマの機嫌を損ねる協力は頼まないと思います。カルマの意思に逆らうとすれば、私へ危害を加えようとした場合の連絡と脱出の援助をお願いしたいくらいかと。しかし兵の再訓練も大変そうですね……色々と面倒を掛けてしまい申し訳ない。あの場の出来事を、他所の間諜がうようよ居るレスターで話されたく無かったんです」


「存じておりますんで。俺としてもあの馬鹿どもに罰を与え、叩き直したかったので都合が良いくらいでした。今頃は最前線で使われてやすでしょう」


 最前線とな。私は怒って無いから穏便にと言うべきだろうか? ……やめた。考えが在るに決まってる。正に余計なお世話だ。


「それと、あの場に居た奴らが貴方様に怯えていたんですが、戻った後見た事を口にしないよう口止めしたのは御意に適ってやすでしょうか? 普通なら広めるべき手柄話ではありますが……」


「は? あそこに居た強そうな人たちが私に怯える? 弟の決闘を断った時なんて大体の人は馬鹿にしてましたよね?」


「それがあの後冷静になって考えた奴が居て、あの玉無しや……いえ、ダン様は怖い奴なんじゃないか? と言い出しやして。事情を知ってる奴らで否定しようとはしたんですが、弁の立つ奴なんて居ないすから当然の話に押されて静めきれず……すいやせん」


「当然の……話って?」


「―――。テリカは一目で分かる位大した奴らでした。俺より強そうな奴だっていたし、賢い奴はすげぇ賢かったんでしょう。それが結果を見たら貴方様の意思で皆殺し。しかもあいつらは明らかに貴方様へ怯えていやした。何よりあんな死んでも霊となって祟りそうな奴らを殺すのに、躊躇の欠片さえ無いのは……。て話しす。馬鹿ども最後は青くなってやしたぜ。特に一部の貴方様を直接笑い者にした奴らは怯えてやした」


 あ、そういう。もうちょっと祟らないで下さいって必死さを出すべきだったか? ……方法が思いつかん。つーか、十人殺すだけで祟りとか考えてられねーよ。

 でも笑い者にしてくれた人たちに怖い思いをさせたのは申し訳ないな。騎射の練習での落馬や、羊の放牧を手伝った時逃がしかけてかえって仕事増やした話とかを広めてくれた功労者なのに。

 ……どうしようもないね。せめて最前線で大怪我をしないよう祈っておこう。


「口止めしてくださり有難うございます。……出来れば、戻ってもトークでの出来事を誰にも話さないよう配慮頂けると。ま、次に行きましょうオウランさんの調子は如何ですか?」


「山と雲は完全な配下に。今は水を攻めていやす。水も俺が子供の頃はイキセンタってそれはもう強い族長が居たんすけど、後を継いだ子供が阿呆だったお陰で今はバラバラでして。端っこから吸収して行けば特に問題なく征服できそうと聞いてやす。ただ、あいつらイキセンタのお陰で未だに広い領地と数を持ってるんで五、六年は掛かっちまうんじゃねーかと。火の部族には触れてやせん。元々雲の端っこがちょっぴり繋がってる程度でやすしね」


「なんとまぁ圧倒的な侵攻速度で。オウランさんは大した方だと思っていましたが、それでも足りなかったようですね。あ、危ない忘れる所でした。ジンさん、トークに住む獣人たちの取り纏め有難うございます。元々税という言葉さえ知らなかった人々に、カルマへの納税を了承させるのは大変だったでしょう。他にも多くの摩擦を解決してくださったそうで。グレースたちも驚いてました。申し訳なくも話に聞いただけなのですが、私の提案で起こった無茶な問題の尻拭いをさせてしまいすみません」


「―――貴方様ならご存知でしょうが、俺たち獣人にとって放牧出来る土地は正に命そのもの。時に一個の井戸と、羊に子供を産ませるのも難しい荒れた土地を巡って殺し合いをしてきやした。其処へ誰にも荒らされてない草原と、焦がれて来たケイの人間が黄河と呼ぶ川を広く使う機会を頂いた。一定の苦労と妥協は当然でしょう。それも理解出来ない奴らは殺しやす。部族の為になりません」

 

「有り難い言葉です。トーク姉妹にもジンさんの認識と努力は伝わっていました。何か難しい出来事があれば彼女らに相談してもいいと思います。で、次に私からのお願いです。この地図は私が写したオラリオ領はカメノ州の物なんですが、此処へ人をやり現地を調べ、皆さんだけで攻め込む方法を考えて頂きたいのです。しかも誰がやったのかと考えた人間が、トーク以外の諸侯だと思うように、です」


「俺たちを使ってカメノ州の露払いをして領土を手に入れるつもりなんすか? カルマが同意しなければ此処まで派手に動くのは良い手とは思えやせんぜ」


 カメノ州を手に入れるつもりならそうだな。が、違う。私は真田に打撃を与えたいだけ。

 奴はオラリオの所へ行った。今攻めようとしてるマリオに殺されたり、オラリオの配下となって落ち着いてくれたら有り難いが、どんな準備も最悪に備えてするのが乱世の倣いである。

 私にとって不味い真田の行動は攻め難いと聞くムティナ州を手に入れる事。だがその為には兵が要る。

 奴は兵をオラリオから貸してもらうか、或いは後継者争いの隙を狙ってオラリオ一族から座を奪うだろう。

 兵を手に入れた後動くとしたら、イルヘルミとビビアナが戦ってる最中だと思う。この戦いの決着が付いてしまうと、どちらが勝ってもオラリオのカメノ州を狙う強力な勢力が増えてしまう公算が高い。

 そして私としてはムティナ州を手に入れようと真田が動いた時、是が非でも背中を刺したい。手に入れるのを防ぎきれずとも、少しでも時間と労力を奪わなければ。しかしその時トークが動けるかは非常に不透明だ。

 なら獣人に動いてもらうしかあるまい。但し私の意思だと、いやトークの意思だとさえ思われないような手間が要る。真田へ敵意を持つ者がトークに居るのを隠すために。

 

 ただこれは全て机上の空論。しかも私が考えた物。実行可能かはジンさんの判断に任せるとしよう。


「領土を手に入れる気はありません。しかし攻めて貰う可能性はあります。その場合の利益と方法はこうです……」


 話が進むごとにジンさんの怯えが深くなってる。……内容からして分からんでもないが……。此処まで怯えるか?


「―――本当にそんな手段を取るお積りなんですかい?」


「不快ですか?」


「俺らは……少なくとも最後の処置以外は問題御座いません。喜ぶ奴も居るでしょう。利益も十分す。しかし……ケイ人である貴方様にとっては不快極まると思うんですがね」


「楽しみの為にこんな真似をするなら不快ですよ。しかし必要ならします。人選には気を付けてください。何をしたかは獣人相手でも広めたくありませんので口の堅い人を。何より喜び楽しむようだと油断が生じますし、常に同じ真似を期待するようになる。今回はあくまで特別。毎回望むような人が居れば……言うのも僭越ではありますが対処した方がいいでしょうね」


「―――。脅さないで頂きたいす。お言葉、決して忘れないと誓います」


「はい。毎度で申し訳ないのですが、可能かどうかの判断をお願いします。それに必ずするとは限りません。なので準備の目的も内密に」


「先刻承知しておりやす。他には?」


「ん……。ああ、マリオはランド周辺に力を入れてないそうです。なのでそっち方面からカメノ州へ入る方が、人目も少なく出所を確かめにくいかもしれません。後は……ビビアナの領地と、マリオの所を通ってイルヘルミの領地に入ったりして、ケイ全土の街と出来れば村の場所を書いた地図を作れませんか?」


「それは……時間を掛ければ出来るかと。獣人で行けるところは行商人として行かせられやす。獣人に難しい地域は俺らの所へ逃げ込んできたケイ人を使い、一人前の奴らを行商人にして隊商を組ませ、そいつらの家族はこっちで面倒を見て諸侯の領地を巡らせればいいでしょう。しかしムティナ州は厳しいですぜ。あそこは山に囲まれてるだけあって、獣人が長い間入ってない場所。南方より更に獣人に攻撃的だと聞いておりやす。調べるならケイ人を使わないといけないでしょうから更に人手が限られちまう。何処を優先させやすか?」


 あー。そうなのか。そう言えば昔日本に居た頃見たドキュメンタリーで、ムティナ州に当たる蜀の地では、昔から山に囲まれた故に孤立しており宗教さえ違う特別な文化が起こっていた。という内容を見たわ。

 こっちでも昔は流刑地として使われたくらい孤立した土地だからな……獣人への激しい偏見があって当然か。

 となるとオウランさんの所へ逃げ込んだケイ人を使うのは唯一の良手かね。彼らが食い扶持を稼ぐため、行商人になるというのも自然な流れで抵抗が少なかろう。そして与えた商品を売った金でケイに居着かないよう、家族を人質とするのも素晴らしい。実行力のある人って本当有り難いね。


「攻める可能性の高いカメノ州からで。ムティナ州は他も調べて余裕が出来たらで結構です。余計なお世話かもしれませんけど、何処でどんな商品を必要としてるか調べておき、獣人の所の特産品である毛皮とかをマリオの領地で売り、其処で得た物をイルヘルミの所へ、そしてイルヘルミの所で買った物をマリオの所で売るという風にしていくと儲けが大きくなるかもしれません。移動する距離の浪費や売り物を売った後馬車を空のままにするのは勿体ないですからね」


 このわらしべ長者行商理論、かなり近代まで当然のやり方じゃなかったそうなのよね。どっかの日本の商社が初めて実行して大儲けしたと物の本で読んだ記憶がある。

 まぁ、それ以前から賢い商人ならやってたんでしょうけども。


「……何でもよくご存知なんすね」


「単なる思い付きですよ。実行に移すなら調査と試行錯誤が必須でしょうからご参考までに。所でジンさんからの話や質問はありませんか?」


「―――。テリカが……貴方様がマリオに吹き込んだとか言っていたのは……何だったんすかね? あ、その、分かれば、でいいんすよ。勿論話したくなければ結構で」


 ああ、あれね。気になるわな。んー……ジンさんならいいか。

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