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トークの方針と、ラスティルとの晩酌

「まずフィオ、周辺の情勢を教えてちょうだい」


「ではマリオから。奴はサナダを攻め、逃がしたみたいっす。サナダはオラリオ・ケイの領地へ兵と共に逃げ込んだ模様。これでマリオはランド一帯の王領だった地域を手に入れました。とは言え、あそこは先の戦いで荒れ果てているので復興しないと大した税収は望めないっす。そしてマリオは復興に力を入れる気は無いみたいっすね。周辺の荒れ果てた村の者を人が死んで土地が余ってる大きな街に集めただけで、それ以上力を入れる気は無い模様っす」


 やはり逃げ切りやがったかクソ野郎。

 出来ればこのトークの先を決める話し合いの中で、真田に打撃を与えるような方針を打ち出したい。

 が、何も思いつかなかった。私が真田に意識を向けている気配を微も見せないで。という条件が厳しすぎる。

 何か確実に打撃を与えられそうなら又考えるが……オラリオの所へ逃げ込んだのではな。


「ふむ? 奇妙な話だ。先の戦においてマリオの出費が激しかったにしても、復興へ使う程度は残っていように。何かあるのか?」


「はい。長年不仲であるオラリオ・ケイの土地を攻める為でしょう。オラリオ・ケイは今死の床についてるっす。しかも成人したての母違いである若い二人の娘によって跡目争いまで起こる気配まで。後妻として土地の有力な豪族の娘を妻とし、支配を盤石にしたのは知ってたっすけど、今となればマリオにつけ入る隙を与えた致命的な失策となりそうです」


 難しい話だよなぁ。結婚する時には将来自分が病気になるかなんて分からない。

 加えて相手も実家も猫を被ってたりする。何時の世も結婚は大事やで……。

 ちゅーかフィオよく纏めてあんな。軍より先に帰って来て何してるのかと思ったら、この為だったのか。

 

「……哀れだが、マリオの立場なら確かに最高の好機か。他に特筆すべき事は?」


「スキト家はヒッポスを攻めようとしてるっすね。それだけでなくトークの西端であるベイビイ郡、今はトークとスキト家によって北黄河の南北で分割支配してるあそこ。その川岸にある街の防備を固めようとしてるという報告が入ってまして。態々両面作戦をする可能性は低いでしょうけど、一応監視を強めまっす」


「あそこは昔から獣人が集中的に狙った所為で、旨味の無い土地なのに面倒な奴ね。或いはこちらの出方を見ようと挑発してるだけかしら」


 私の覚えている地球史では南黄河を渭水(いすい)と別名で呼んでいた。でもこっちだと黄河に流れ込む大きな二本の河を北黄河に南黄河と呼ぶ。最初は違和感があったのを覚えてる。


「そんな所でしょう。で、ビビアナっす。増えた支配地を安定させつつ、黄河より北を全て己の領地にすべく、家臣の数に物を言わせて凄い速度で動いてるっす。イルヘルミはビビアナとの戦いに向けて準備を整えてるみたいっすけど、密偵狩りが激しくなっておりよく掴めてません。どうしてもと言うならかなりの損失が必要になります」


「あ、それは本当にやめて。どうせビビアナが調べてるわ。余裕のある人から情報は貰いましょう。考えるのはトークだけに戦いを押し付けてきた時で。まずは交渉で使い潰されるのを避けるのが先よ。見栄を大事にする人柄を感じたから、何とかなると思うわ」


「英明な判断ですグレース殿。ビビアナにとってイルヘルミとの戦いは非常に重い意味を持つもの。昔なじみの友が相手と言う情の点だけでなく、イルヘルミを倒して領土とケント帝王を手に入れれば、ビビアナこそがケイを統べるに相応しい者であるとの明確な宣言となる。そんな重要な戦いを他人任せにしては正に鼎の軽重を問われると考えるはず。トークにはさせて露払い程度だと考えます。あの性格ならそれも嫌がるかもしれませぬ」

 

「リディアもそう思うなら安心ね。では次。まず対応を決めないといけないのはイルヘルミ。使者が文を持って来てるの。読むわね。『我が戦友カルマ・トーク殿。戦勝心よりお喜び申し上げる。さてわたくしイルヘルミは貴方と同盟を結びたいと考えている。何故なら我等は同じ賊に立ち向かわなければならないからだ。即ち、ビビアナ・ウェリアという賊である。奴はケイの帝王に逆らった逆賊、共に手を携えケイを救おうでは無いか。我が都におわすケント帝王は貴方を覚えておられる。更に貴方がケイの為に功を上げたとなれば、必ずや大いに喜ばれ厚く恩賞をお与えになるだろう』ですって。使者は返事を持って帰りたいと言ってたから宿にとめて待たせてあるわ」


「流石イルヘルミ手が早い。此処まで早く動いたならチエン領の戦いを監視していたはず。フィオ殿、それらしき者は居ましたかな?」


 リディアが言うと一段とごもっともって感じがする。何せ十歳だった彼女へ唾を付けに来たからな。


「―――居たっす。決して敵対するような姿勢を見せず、遠くから詳しい所を調べようともしなかったので、近寄ってきたら追い払うだけにしてレスターまで報せを出さなかったんす。改めるべきっすかね?」


「難しい所ですな。監視の目は夏の蠅と同じ。何時もかまけていては仕事が増えすぎる。……特に何かを隠さないといけない場合以外は、これまで通りに。ただ監視の目があったという連絡をお互いにもう少し取る様にするというのはどうでしょうかカルマ殿」


「それでいい。で、イルヘルミへの対応は? ビビアナと組む予定である以上、断るのみと思うのだが」


「はい。ただその文をビビアナと会う際に渡して信頼を得る小道具にしたく。彼女はそういった催し染みた物を好みます。使者は暫く考えたいので後日こちらより使者を送ると言って帰し、少しでもイルヘルミの動きを遅らせるのは如何。万に一つではあれど、更に勢力を強めつつあるビビアナが我等との同盟を取りやめる可能性も御座いますので」


 お、おお。私好みの慎重かつ効率的な策……。

 ……あ。よく考えたらこれイルヘルミを……なんだっけ。キープ君? にするって話じゃん。……成る程。あの時代の男女付き合いには孫子の兵法があったのか。

 ―――うーむ。誰も理解してくれないクソな冗談を思いついても悲しいだけだな。


「……良いわね。確かに彼女は一々芝居がかってる感じがした。うん。ビビアナは貴方に任せるわリディア。次に決めたいのは玉璽の扱い。どうすべきかしら……ってダン、何よその表情」


 え、だって。あ、リディアが手で『どうぞ』って。同意見なん? ……何も話して無いのに同意見なん? というか、私は出番無くても良いんですけどそういうのは伝わって無いのでしょうか。


「玉璽はテリカがカルマさんに送った宝物です。その扱いをご相談下さるとは思いもよらず。んー。まずカルマさんがどうしたらいいと考えているか教えて頂けませんか?」


 と言ってリディアの方を伺う。こういう指示待ち人間的な凡夫主張が大事。ついでに不味くないかの確認によって安心できる。……こっちを見てもくれねーや。多分大丈夫なんだろう。

 ……。この人一緒に一夜を過ごしても完全に何時も通りね。どうもマジで初めてだったっぽいのに。貴族における夫婦の行為は、恋愛感情云々ではなく義務だって事か? どうも未だにそういうのが実感出来ずにいるのよね。

 ……もう殆ど忘れた日本のアレな文学の影響で、恥ずかしがるものだと思い込んでる訳では無いと思うのだけど。

 

「選択肢は三つだと考えている。一つ、ビビアナ・ウェリアに渡す。二つ、マリオ・ウェリアに渡す。三つ、イルヘルミの下に居るケント帝王へ返納。無難に考えてビビアナだろう。ビビアナは天下に覇をとなえようとしているらしいのに、他の所へ国の長たる象徴を渡してはビビアナを認めぬという意だと捉えられかねん」

 

「あんれ? カルマさんは持っておきたくないんですか?」


「―――今のワシが持っていても余計な注目を浴びて邪魔になるだけだ。最強に近い力が無ければ、国を統治する者が持つべき宝物など持っていても難を招くのみなのはワシでも分かるぞ。かと言って隠し持っていては何かで知られた時により一層大きな問題となろう。使ってしまうに限る」


 確かに。大声で持ってると主張して初めて意味のある道具だから、渡した奴は自慢する。渡されなかった奴は自慢されて、何故自分に渡さなかったのかと不満に思う。

 かと言って隠してるのを誰かがビビアナに密告でもすれば、野心を持っていると決めつけられて同盟破棄の上攻め込まれかねないし。

 ん? もしかしてカルマは私の密告を心配している? ……まぁ可能性が在る時点で、隠し持っておくという手はないか。弱みは消すものだ。

 第一テリカを殺しちゃったしね。もう何処にもテリカが現れない以上、テリカが此処で死んだとバレるのは時間の問題。

 そしてマリオがテリカが玉璽を持っていたと知っていれば、トークが持っていると考え奪われたと恨むに決まってる。


「それに、あれを見る度にテリカの事件を思い出して不快だ」


 あ、成程。……姉妹に睨まれてる。別に皮肉で言ったのではないけど、ちと気が回って無かったか。


「失礼致しました。素直に疑問だったのです許してください。ふむ。そう言えばお二人からは文句を聞いてませんでしたね。テリカの件、言いたい事があればお聞きしますが?」


「ならば―――何故テリカを殺したか本心を聞きたい。我々がお前たちを抑えつけるようになる一因だと考えたのか? ならワシは譲歩すると言った。それにダンの立場が不安定な最大の要因はお前が表に出たがらぬからだぞ。それともワシに含む所があるのか」


「テリカを受け入れないで欲しかったのは、さっきレイブンさんへ説明した通りです。加えて草原族の問題もある。だから譲歩されようとも受け入れには応じられませんでした。お二人だって本心では危険性の存在を良くご存じでしょう? 私たちの違いはそれをどれだけ重要視するかだけかと」


 実際の理由である真田を話す事は在り得ない。よって表向きはこれで押し通す。


「……貴方とリディアが一致して協力してくれれば、テリカらは何も出来なかったと思うのだけど?」


 やはりそう思うよな。実の所相当な不運でも起こらない限り、カルマとテリカらとの共存は可能だったかもしれない。

 一方で私がテリカとの共存が厳しいと考えても自然のはずだ。


「子供の理屈みたいで済みませんが、絶対ではありません。武の達人は厄介です。剣一本あればカルマさんを殺しさえ出来る。その動機には他所からの文が一通だけで十分で、流石に防ぎようがない」


「リディア、おぬしも同意見なのか?」


「我が君と(わたくし)は一心同体で御座います。それとも……何故カルマ殿より疑わしい目を向けるのですか我が君。ああ、一心同体の理由を説明した方が宜しいか?」


 え。理由? 最初から最後まで何言ってんだこい……あ。夫婦の営みがどうのって意味? ほんまこの人冗談なの本気なの。何考えてるの。


「お願いですから止めてください。それより話の続きをお願いします。それとも?」


「……。それともお二人は我等に敵意ありと仰せか。我が君は恩に着せるのをお嫌い故深くは申しませぬ。されど我等が此処に居なかった場合と今の差をよく考えて、尚そのように? もしそうなら大所高所より見る力に欠けてると(わたくし)は考えます。心してお答えを。其処で不快気にされているグレース殿」


 あの、又私の考えが勝手に……。恩に着せるも嫌いは嫌いだけど、そういうのじゃなくて恩なんて覚悟次第でどうにでもなる物に頼りたくないだけ……いいですけど。別に。

 口に出す内容なんて、適当に都合の良い言い方をするべきなんだし。


「敵意が在るとは……考えて無いわよ。―――ランドで死ぬ所だったのに、土地の広さだけならちょっと前の公爵と同じまで勢力を強められたのは、貴方たちのお陰なのも覚えている。……これでいいかしらダン?」


「どうもかえって不快さを増させてしまったようで。申し訳ありませんカルマさん、グレースさん。私としてもテリカについて迷いはしたんですよ? ……今思えば見るからに覇気のあるテリカに怯えていたのかもしれません。まぁ、話を戻しましょう。バルカさん、玉璽をどうすべきとお考えですか?」


「マリオ・ウェリアで。もしもテリカが此処に来たのをマリオが把握していれば、大声を上げて玉璽を探すは必定。奴はアレを貴重な物かつ自分の物だと考えているはず。渡さなければ恨みを買い、予期せぬ時に攻められる可能性が御座います。逆に渡せばさぞ喜ぶはず」


「……加えてあそこに居る謀略家として名高いシウンなら、玉璽を渡してくる弱気でマリオの気をうかがっているトークを、己よりも強大となるかもしれないビビアナとの交渉役として残しておきたい。と、考え大事にする。つまりあたしたちが接する相手で気を使わないといけないのはスキトだけに。……でもいいの? ビビアナは不快に感じると思うわ」


 あ、シウンならそう考えそう。成る程賢いなー。そんな直ぐに思いつかないずらよ。これが地頭と苦労の差すかね?

 

「はい明察ですグレース殿。不安の方もごもっともではあるのですがお任せを。少しは隙を作って、ビビアナ配下の意思を出しやすくした方が調べやすいと考えます。ビビアナの人格から言ってまず問題御座いませんし、この程度で同盟破棄を考えるようなら、まだイルヘルミと手を組みなおせる今の内の方が宜しい」


「……はぁ。貴方何時でも自信に溢れてて羨ましいわ」


「いいえ? 何事にも想定外は御座います。されど成すべき事を成すのみでありますれば。不安を抱いても致し方ありますまい」


 ……いや、そんなスチャって感じで礼を取りながら言う定型文で、貴方みたいに不動の態度を取れたら誰も苦労しないと思うよ。きっとトーク姉妹も同意見。

 こういう時、なんで私は貴方と組んでるんだろうと思ってしまいます。グレースと組んでたらきっとずっと心安らかだったろうに。

 ……本気で言えば大事な物が多いグレースとは組めないんですけども。


「おほん。必要な議題は以上でしょうかグレースさん?」


「え、ええ。……えーと、多分。じゃあマリオへ玉璽を返す用意と使者選びはこちらでやるから、ビビアナは任せたわリディア。各自何か話し合いが必要そうだと思ったら、何時も通りあたしに連絡を。じゃあこれで閉会します。……あ、でいいかしらカルマ様」


「あ、うむ。大丈夫だ。皆、今後とも戦乱の世で生き残る為尽力してくれ」


 トークの為に働けと言えないのがちと可哀想っすな。と、不味い不味い急がないと。

 まずラスティルさんに声を掛け、今夜の夕餉へ招待を。よし。了承を貰った。次はフィオだ追っかけないと。


「お待ちくださいフィオ・ウダイ様、お話があります」


「……何っすか。…………そっちの使われてない部屋へ行くっすよ」


 フィオの先導で誰も来ない部屋へ行く。で、なんか一緒に入って来た人が居るんですけど。


「あの、アイラ・ガン様? どうしてこちらへ?」


「……なんかフィオの後を追ってたから気になって。僕居ちゃ駄目?」


「お望みでしたら。関係もありますし。さてウダイ様、お願いが在りまして」


「何っすか。正直疲れてるので後日が嬉しいんすけど」


「聞くだけお聞きください。ガン様の事なんです。これまで私が臆病なばかりに、ガン様にはずっと家に居て頂きました。でもやっと余裕が出て来まして、ガン様に友人付き合いさえ遠慮させていたと気付いたんです。それで、ご友人であるウダイ様の家で出来ましたら月に一、二回は夕餉の招待をして頂けたら、と。それ以上は少し困りますが」


 おお。唾吐きそうだったお顔が、一瞬でデートを申し込まれたお嬢さんみたいに。……どっちか一方が男性だったら、アイラさんと結婚したかったら配下になれで完全な忠誠を得られたかなコレ。残念極まる。


「ほ、本当に? 騙そうとしてるのなら流石に怒るっすよ?」


「……いいのダン? 護衛する人は?」


「騙したりしませんよ。ガン様、いい加減トーク様も皆さんの必要性をよくご理解下さったでしょう。私に危害を加えて、無駄な怒りを買いはしないと考えます。それに貴方様がウダイ様と食事をしてる間くらいは、何も起こらないようウダイ様もご協力くだるんじゃないでしょうか」


「も、勿論! カルマ様にはきちんと釘を刺すっす」


「お言葉に感謝をウダイ様。ただ、寝るまでにはガン様が帰られるようご配慮ください。家の防犯はガン様だけなので、強盗にでも入られたら私死んでしまいます」


 と、カルマたちにも伝えてくれると有り難い。


「少し残念だけど仕方ないっすね。それよりアイラ殿、何か食べたい物は?」


「あ、僕前も食べた猪の肉で作ったあつものが良いな。フィオの家の何か美味しいんだよ。猪は前日に僕が狩ったのを届けるから」


 二人とも嬉しそう。良い事した後は気分がいいね。

 そしてこれでジンさんと打ち合わせする隙が出来た。合図は……『門から見える所に特定の農具を置く』にするか。連絡要員へ布に書いた文を渡さなければ。

 さて、やるべき事はもうない。後は適当に仕事をしてラスティルさんとの夕食に備えなえよう。


――――――

 

 ラスティルさんを迎えての夕食が和やかに終わった。正直気は重いが、本題に入らなければ。


「ラスティルさんもう少しお時間を割いて下さい。真面目な話があります」


「―――。わかった。では酒を頼む」


「え、でも……」


「いいから。酒を用意してくれ」


 自分に取って不都合な話をする時に、酒を出すのは不快かと思ったのだが……本人がそう言うなら。


「ふむ……食事中に出してくれた酒の方が良いとは。吝嗇は感心せぬぞダン」


「すみません。残ってるお酒はアイラさんが何時も飲んでるこれだけなんです。……ではまず、テリカの処遇について言いたい事が在れば」


 ラスティルさんもあの者たちと鍛錬、酒宴と交友があった。不満があれば聞くくらいはしておきたい。


「……残念ではある。世でも有数の英傑、これから多くを成すと思っていた者が戦場以外で死んだのだから。しかしテリカは……非常に覇気のある人物だった。拙者の主君とリディアの人となりから言って、受け入れは難しい。……斬首されたと聞いてさもありなんと感じたくらいだ」


「だから文句は無い、と? 不快な真似をした奴を、そういう奴だからで許すのは甘やかしすぎではないでしょうか」


「そうか? 主君の行動に黙って付き従うのは臣下の……ああ、分かってる。そういう事を聞きたいのではないだろう。しかし殺して覆水とした後に、配下の不満を聞いて大器ぶるのも自分を甘やかしてると思うぞ我が主君」


 何時も思うんだが、混ぜっ返して尚爽やかに感じるのは何でなんだ? ……美人だからか? 苦笑とも皮肉な笑みとも取れる笑みが似合ってるからか?


「確かに。しかし不満のはけ口になるくらいは、親しくしてくださってる相手への当然の気遣いでしょう?」


「ははっ。何だって物はいいようだな。……ダン、拙者も成長しているのさ。今日レイブンに話した問題の解決法を拙者は思いつけぬし、聞いて納得もした。第一全ての英傑に戦場での華々しい死が在る訳も無し。人知れず牢屋、毒、暗殺、自死によって英傑が死ぬのもまた乱世の倣いだ。……出来れば我が主君には、拙者へ華々しい戦場と死を用意して欲しいとは思うがな」


 理解と包容力がある同僚は有り難いね。……そして将来、か。―――。いや、今は考えまい。歴史は流れる大河。私に出来るのは小石を投げて後は見るのみ。


「又そんな事を。ラスティルさん、貴方には老衰を覚悟して頂きましょう。バルカさんの考えでも華々しい戦場で貴重な将を殺すなんてものは無いはずですよ」


「おお詰まらぬ。それではこの身を磨いて来た意味はなんだ? 毎日の鍛錬は。全ては戦場にて史に名を遺す為ではないか。なのに身を惜しんで如何とする」


「鍛錬は勝てる戦で確実に勝つ為。そして生き残る為ですよ勿論。生き残ってこそ出来る事は色々とあります。例えば貴方が経験した戦いと英傑の評価を書き残すといい。千年二千年後に、数多の学者と演劇を作る人が貴方の書に深く感謝するでしょう。ま、そんな大げさな話じゃなくても、私が老いた時、世の為政者と将軍たちへの無責任な駄目だしを言い合う相手になってください」


「良い女としては、そのような無思慮な真似は出来かねる。それよりもダンが考え無しに発言して咎められそうになった時、庇ってくれる人間が必要ではないかな?」


「は、あはっ。ラスティルさん、余り人に親切にしてると、多くの人に集られて擦り切れますよ? 憎まれっ子世に憚る一つの理由は、憎まれる人間は多くの面倒を持ち込まれない為に、疲労が少なくお陰で長生きするからだと私は思うんです」


「お前なぁ、拙者が目指すは史に遺る英雄だぞ? 多くの人と交わらずに何とする」


「ああ……そうですね。頓珍漢な説教をしてしまいましたすみません。―――。で、もうひとつ話があります。ジョイ・サポナがビビアナに殺されました。一族もです」


「で、あろうな」


「ご存知だったのですか?」


「いいや。だがビビアナが領土を広げたならまず邪魔となるジョイ殿は良くて追放だろう。それに、ほんの少しだがダンの様子に後ろ暗い物を感じた。……随分感情を隠すのが上手くなったなダン」


「感づかれてるのではまだまだですよ」


「お前をよく知る人間でなければ無理だと思うぞ? ―――それで、どのように亡くなった?」


「サポナが自領に帰り着くのとビビアナの侵攻は殆ど同時だったようです。その為各地の兵を集められず、個別に押しつぶされました。仕方なく堅城と名高いエキカ城に籠ったらしいのですが、ビビアナは地面に穴を掘って城壁の一部を崩壊させたと聞きます。これで諦めたサポナは城に火をつけて一族を自死させ、己の首を斬ったそうです」


「―――そうか。あの人は……将としては中々だったが、領主としては……凡夫であった。見栄を気にし、周りの意見に悩み大きな決断を出来ぬ。逃げろと言ったが……全てを捨てられる訳も無かったな。なぁダン、思い出語りに付き合ってくれるだろう? 実はその為の酒だ」


「ええ、是非。凡夫であったのに群雄となった人の話を私も聞きたいです」


「―――有り難い。初めて会ったのは拙者が兵の採用試験で、試験監督を倒した時だ。見ていたジョイ殿が……」

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