貴方の近くに居る者へ機会を教えない為にです
「バルカ様、れ、冷静にお考えください。私には重要な問題が在ります」
あ、いや、冷静に話したいのであって近くで話したいんじゃないです。額がぶつかりそうなまで近寄らないで怖いから。言えませんけど。
「じ、実は私は子を作った事が在りません。もしかしたら子を作れない体質だったり、健常な子が産まれない可能性だってあります」
実際私子供を作れるんかいな。色々と健康なのは間違いないけども、耳が長くなるというぶっとんだ変化が体に起こってる。何か問題があってもおかしくない。
「以前貴方様が女性と関係した事が無いと教えて下さったのを忘れてはおりません。それにしても子が出来るか分からぬとは又適当な。良い子が出来ない場合私に問題がある可能性もございましょうに。第一この世に必ず健常な子を産ませられる男が居るとでも? そのような者が居れば是非紹介を。万金よりも価値が在ります。あの玉璽よりも素晴らしい贈り物となりましょう」
うっ、確かに。二十一世紀で親族を調べた上にDNA鑑定しても子供が問題無く産まれてくるとは限らない。流産も良くある話だった。
ま、まだだ。私はカナダで教わった。|If somebady married《結婚すれば》 |They will have three rings.《三つの指輪を持つ事になる。》| Engagering Marriagering《即ち婚約指輪、結婚指輪。》 |and Suffering《そして辛抱だ》と。いや、結婚を求められてるんじゃなかった。でもとにかくそんな感じだ。諦めんな私のドドメ色の脳細胞。何か思いつけ。
「で、でも、子供は多方面で親によく似ます。そして私が持つ子供に伝わる能力はバルカ様のお考えよりも遥かに低く、子供がバルカ様の子として相応しくない才の持ち主となる可能性が非常に高い。これは本当です。お美しく英明なるバルカ様には私のように庶人な感じじゃなくて才気煥発、明眸皓歯なお方が似合いますよ。ほ、ほらトーク領にも数名居るじゃないですか」
明眸皓歯ってどんな意味だっけどうでもいいや。確かイケメンって意味だった筈だ。あのイケメンどもは少なくとも私よりモテる。誰だって私よりは目の前のヤバイ人に相応しいと言うはず。今必要なのは絶対値じゃない。相対値なんだ。私はそう信じる。日頃は鼻で笑うけど今はきっと信じれば力が生まれて何とかなってください。
「……その数名の男どもなら知っておりますが、アレが私に相応しいと? ……確かに、このトークにおいて有数の才ある若者かもしれませぬ。しかしあの者たちは親族ともども纏めて己の才覚以上に名を成そうとしている。私に外戚で散々な苦労をした歴代の帝王が如き愚行をしろと仰せか?」
……うん。はい。確かに志の高い方は時に面倒ですよね。一応私も知ってました。あ、これ面倒なイケメン系だと。
そっか。親族も面倒そうな人が揃ってるのか。……実は私、日本に居た頃から結婚相手への理想に面倒な親族が居ない事って条件を妄想してたのよね。平民でもそうなのに、親族が複雑に絡み合うお貴族様なら尚一層……。いやいやいやいやいや。今私は目の前の人に同情する余裕なんて無い。ちゅーか騙されるな。
「で、ででも、バルカ様ならそんな功名心も上手く使えるのではありませんか? 貴方様が圧倒的に有利な立場なんですから。実質何の力も無い私より彼らは有用です。間違いない」
なんてたって実質このトーク三位でしょ貴方。掌で転がしてやってくらはい。
「……確かに。使えはするでしょう。しかし人材は我が一族の者で当面の間十分であり、必要とされる煩わしさに比べて余りに無益。何より機嫌に気を配らねばならぬ人間をこれ以上増やすのは流石に御免被りたく」
「うっ。何時もバルカ様には不安定な立場である私の為に、トーク姉妹の間に入って調整してくださり感謝して……」
な、何故眉をピクリと上げて私をより強く見るの。
「……あの、わ、私もですか? い、一応日頃からバルカ様にとって不快な存在とならないよう気を付けている積りなのですが、何か足りない点がある……なら……」
……初めて見た。この人の口がヒクついたのを。え、なんで。いや、まて。何かの拍子に唇が動いただけかもしれない。ちゅーか、その程度の変化でどうしてここまで動揺せねば「グボッ!? ―――バ……クァ……様?」
こ、呼吸が出来ず立ってられない。何が……あ、リディアに腹を殴られたのか。
なんで怒って、全ては……貴方のぐっ……き、きつっ……。
「リディア。気持ちは分かるけど流石に酷い。今の凄く苦しいよ」
え、分かるの? アイラさんもイラッとしたの?
なんでや……誰だって私が誠意ある対応をしてるって言うやろ……。
「ええ。ダン申し訳も無い。思わず手が出てしまい我が事ながら驚いております。此処まで自分を拒否されたのが初めてで動揺してしまったのでしょう。もしかするとこれが噂に聞く乙女心というものやも知れません。……大事御座いませんか?」
大事は無いっす。でも此処まで苦しいのはアイラさんと馬上での鍛錬をしていて落馬した時以来っす。
日頃はある程度手加減してくれてるんで……。ぬっくぅ……。よく考えたら幾ら動揺してたからって此処までオモクソ食らうなんて気を抜きすぎっしょ……。
と、所でバルカ様? 何故私の顔を両手で持ち上げてご覧に?
……なんか、貴方さまの手震え出してません?
そ、そんなに怒ってるの? なんかこう手に力が集まってんじゃねーかって位震えてるんですけど。でも表情は何時もの通りなのね流石。
「……諸侯の軍議を思い出しあれ。皆子供を作るのに難儀していたでは在りませぬか。夫とするに相応しい者を探して、子を産めなくなっていては本末転倒そのもの」
「……グッ……はい。でも、やはり子を作る以上はお互いを良く知るべき……だと。せめて、これから何年かお付き合いでもして……フゥウウ……お互いを知る所から始めるというのは如何でしょうか……」
喋るのきっつい。でも、とにかく時間を。その間に新しい男を見つけさせるのだ。
「まだそのような逃げ口上を……。既に何年も付き合っており、この世に貴方よりも私を知る男は居ませぬ。我が君、子の才と健康に育つか等天だけが知る事。我等に出来るのは出来るだけ多くの子を作るのみ。私が男であれば父のように何人も側室を持てた。されど私は女、子を作る機会はどのような宝物よりも貴重なのはご理解頂けるはず。才も性向も教育で何とでも致しましょう。……ああ、私の前で最も無防備と言われる状態を晒すのが恐ろしいのですかな? であれば、我が両手両足を縛ればよろしい。それでも子は作れますので」
ヒッ、ヒィイィィイィッ! なんて事言うんだこいつ!!
「お、お許しください。そんな真似をしてバルカ様の恨みを買うだなんて聞いただけで漏らしそうです! 貴方なら五十年後になろうとも恨みを晴らすでしょ!」
「私が、今、最も恨みに、思いそうなのは。ダンが、拒否なされている事です」
や、止めてください。喋りながら私の顔を圧縮しようとしないで。普通は語気を強めるでしょ。なんで腕力を強めるの。
私の自慢の没個性顔に特徴作るの勘弁して。逃げた時手配書で分かりやすくなったらマジ困るんよ。
「で、ですが若人が血迷った相手を連れてきた場合止めるのは年長者の務めで……。あ、そうだ。バルカ様、貴方様はこれからビビアナの所へ行くではありませんか。妊娠しての旅は危険です。今子供を作るのは不味いと思います」
これだ。今は天の時に在らず。後一年は待って欲しい。その頃にはビビアナとイルヘルミのにらみ合いが始まって余裕なくなるから。ついでにビビアナの所で素敵な男性を見つけてはどうかとラスティルさんにでも言ってもらおう。
やべぇ完璧な論理展開。私も頭がよくなったもんだ。追い詰められると人は成長するって話は真だった。
「少なくとも一月以内に立って二週後には帰ってくるというのに、大事になろうはずが御座いません。加えて特に急ぐ理由も無く、良い道と天候を選んで馬車で行けば尚更に。ダン。この乱世でそのような事を言っていては、何時まで経とうと子を作れぬと分かって仰っていますな?」
完璧な論理を蹴とばされた酷い。てか本当に手に力が……。ちょ、ちょ、護衛をして下さると仰ったそこのお方! 今ほんま危害加えられそうなの見てる!?
「アイラさん助けて! 同じ女性としてバルカ様に何か助言を! 自分を安売りしてはいけないとかそんな感じの!」
「? 子供を作るのはいい事だよ。ダンは健康。リディアにとっていい相手だと思う。……どうしてそんなに嫌がってるの?」
のぐぁあああああ! 価値観違い過ぎて頼りにならん! 私は足るを知る者なんだよ冒険は計画分だけで沢山なの。なんで子供を作るなんて超重大事をこんな敬して遠ざけたい人とせなならんの触らぬ神に祟りなしって言葉を知らんのか! って知る訳無かった! これ多分日本のことわざじゃんもうちょっとで言う所だアブねぇ!
ち、チクショウ誰も助けてくれない。ああ……ラスティルさんなら、きっと良い女としてトチ狂ってるお嬢さんに助言を―――でも遥か遠く前線に居る。
グレースとカルマはついさっき関係を悪くしたばっかりだ。でももしかしたら……しかしその前にこの場をどうやって凌「我が君」ぐ―――。
「はい」
誰が我が君じゃああぁ。その呼び方今更だけどめっちゃ違和感あるから止めろヤァ! なんて言うのは我慢します。だから貴方も我慢をですね?
「貴方に今妻にしようと考えている女性は居ない。そうですね?」
ぐっ、や、やたらぬー? 私だってキリさんと結婚しようと思えば出来たんだぞ。どんだけ悲しみに耐えて我慢したと思ってんだ。絶対察知すんなよ。
「はい。あ、そ、そうなんです。私は誰にも言い寄られない程度の男。十万を超える人の頂点なバルカ様の相手には余りに足り」「そう。私はこれでも引く手数多なのです。ダンも過去私の容姿をお褒めになった。ならば閨を共にしようとも不快ではないはず。それとも、あれは戯言であって私は至近で見れぬ醜女だと?」
や、やべぇ。手がこめかみに移動して来た。其処洒落にならんのよ? 過去遊びと言って其処殴って死んだ奴もいるからヤメテお願い。
「ままま、まさか。バルカ様は非情に美人です。本来なら近づけないほど美しい方とこのように会話出来る幸運を天に毎日感謝しております」
「宜しい。巧言令色にしても表情が今三つなれど許しましょう。次に私は臣下として貴方に忠勤を尽くしている。そうお思いになりませんか?」
「勿論。太陽の昇る方向と同じく確かですとも。この世にバルカ様よりも得難い方は居られません。バルカ様が居なければ私はこの手を何処に置けばいいのかさえ分からなっ痛っ! あ、あのめっちゃ痛いですバルカ様」
「えっ……。僕、要らない? 今日は頑張ったんだけど―――駄目だった?」
「あ、いや、今日の働きは驚天動地でした。日々もアイラさんに守って頂けてこそ安心して眠れる訳で日々感し」「アイラ殿」―――。
「今は譲って頂きたい。実は余裕が無いのです」
「う、うん。……ごめん、リディア」
何これ。変な悪寒がする。
「で、我が君。得難い臣下に。書によれば、使わない場合毎日無駄に排泄されるだけの物さえ与えたくないと仰る? 心してお答えを」
い、痛い痛い! やめて私の顔に貴方の手形が付いちゃう。はっ!? もしかして自分の物だという押印を!?
ちゅーか! 二十にもならない娘さんが無駄に排泄される物て!
そら立場と背負ってる物から考えて年齢で測るのは間違えてますが、にしても―――ヒド怖いよアンタ。
「本当に感謝しております。感謝してるからこそ、子を産むという重大事で間違った相手を選ぶのを止めたいのです。バルカ様は絶対私を過大評価してますって。考え直しましょう?」
「貴方は褒美の為に出来る限りをすると仰った。そして私は貴方の子を望んでいる。貴方は与えれば良いだけです。何でしたら共に寝る許可さえ頂ければ寝てる間に済ませましょう。……しかし我が君。私は臣下でありますし、貴方が真に嫌がって私の想定出来ないような手を取るのを恐れてもいまして。ですから私と閨を共にするのは、どうしても耐えられないほどに不快だと仰るのならば。大変残念ではありますが諦めましょう。但しその場合逆恨みと思われるかもしれませんが、この乱世において非常に希少な子を産む機会を不快感だけで下さらなかった事、お忘れ頂かないようお願い申し上げます。
……いや、この言い方は我が君のお好みでは在りませぬか。……ああ。我が君、私は非才故にこの好機に男を探しそこなってしまいました。しかしどうしても子が欲しい。どうか私の失敗を安んじて頂きたく」
三文芝居しつつとんでもねぇ脅迫をされてる。逆恨み……確かに時と場合によっては投げ捨てるだけで済ませる要求だが、この場合……。
う、ううう。マジ、か。私マジでこの人と子供を作るの?
なんてこった。危機感だけじゃなく今まで散々努力して捨てたはずの罪悪感まで、人生でも最大級の自己主張をしてやがる。
「分かり……ました。バルカ様が後悔しないと仰るのなら。あ、お考え直された場合は何時でも仰って頂ければと切に希います。なんだったら今直ぐでも。と、言いますか、確か今夜と仰いましたよね? 本気で? せめてビビアナの所に行って帰って来てからの方が良くありません?」
「やっと……観念なさいましたか。勿論本格的に子を作るのは帰った後に。しかしダンに時間を与えては何が起こるか分かりませぬ。今夜一度相手をして頂きます。さすれば無駄な足掻きをする気を無くしましょう」
ば れ て る
トーク姉妹に事情を話せば引っ掻き回してくれる可能性も在るのに。加えてビビアナの所から帰ってきたら忙しくなるかもしんないし……。
「ま、まっさか。バルカ様に望んで頂けて喜ばない男などこの世に居ませんよ? しかも足掻くだなんて無様な真似を……」
「宜しい。君子らしく豹変下さり歓喜の至り。では、今日の夕餉が終わった頃迎えの馬車を行かせます。トーク姉妹も疲れたとの事で帰っておりますし今日はもうお帰り下さい。明日の休みも含めて処々の手続きは私にお任せを。ああ、護衛としてアイラ殿を連れて来て頂いても結構ですが如何」
うんなアイラさんとリディア双方に恨まれそうな真似しませんがな。
「アイラさんには家でゆっくりして頂きたいです。その馬車に護衛も付けて下さるのでしょう?」
「当然。では決してお忘れなきよう。今夜を楽しみにしております」
そう言ってリディアはやっと私の頭を解放してくださった。
当然私の頭は地に落ちた。……痛い。
……夢じゃないんかい。いや、夢じゃ無くとも、
「アイラさん、今私バルカさんに子供を作る相手になれって言われてました? 私の痛々しい勘違いだったりしません?」
「僕にはそうとしか思えなかったけど……何か違う意味でもあったの? 腹の読み合いとかなら僕に聞かれても困る」
「ですよね。……えーと、今日助けて下さった方に凄く下らない会話を聞かせてしまい申し訳ありません」
「ううん、大丈夫。僕リディアの気持ち分かる。……ダン、リディアには優しくして欲しい。無理に相手をさせられて嫌だったとしても、乱暴にしないであげて」
「絶対しませんよそんな恐ろしい真似。出来る限り頑張りますとも。所で、バルカさんの気持ちが分かると仰いましたがどんな気持ちなんです? 私さっぱりなんですが」
「えっ。――――――。話したくないな。話せって命令するなら従うけど……」
そんなに? 益々怖くなってきたんですが。
「まさか、そんな真似を……。変な質問してすみませんでした」
うん。何時だってアイラさんは頭を振って否定する仕草も含みが無い感じで、ホッとさせてくれるね。
さて……何がどう転んで私は床で芋虫の姿勢を取る羽目になってんだ?
私はついさっきまで、十万の兵を従える力を持つ英雄二人を殺せる自分の影響力に恐れおののいていたはず。
其処から何がどうしたら、自称臣下の娘さんから鳩尾抉られた上に頭圧縮されて種馬になれと命ぜられる?
比ゆ的な意味でも頭痛てぇ……。
いや、種馬ならいい。わーい。美人さんと特別に親しい関係だー。と喜ぶだけ。
が、あの手の上げ下げにまで意味が在りそうなお方が態々私とって……どんな含みがあるんですかね。只管嫌な感触しかしねーすわ。
はぁ。とにかく窮地でも最善を尽くしましょう。意味のある足掻きであって欲しいな……。