疲れを見せてはなりません
リディアの部屋では彼女の家臣が掃除をしていた。
適当な理由を付けて周りの人払いをするようお願いし、中に入る。
リディアの机を使うのは不味いので、偶に私も昼寝に使わせて貰ってる仮眠用の寝台に座る。……やっとひと段落した感じがするな。
はぁ……。テリカとその一党は皆最後まで毅然としていた。恨み連なる私への嫌がらせとして、トーク姉妹とその周りに在ること無いこと吹き込んで当然と思っていたのに。
テリカ・ニイテにビイナ・ニイテ。あの英雄の卵たちを殺せたか。
私如きが殺そうとすれば天から雷が落ちる並みの理不尽な現象で助かるかも、とまで考えていたのだが。
「ふっ。フフフフフフフクククハハハハハッ」
馬鹿丸出しだな。それじゃあ私が特別って事になってしまう。違う。テリカとビイナは私に殺された。私もこの世を生き他の人間に影響を与える特別でない人。彼女たちと同じように死ぬ。英雄も凡愚もただの人だ。
そして歴史に沿って歩く単なる人ではどれだけ優れていようとも、私という小石から生まれた波紋に抗えない。
私の計画を覆せるのは真田のみか。酷い話。ふざけた話だ。
私たちに在るのは知識のみ。多くの偉人たちが生涯を掛けて涙、汗、血を流して作り上げた物を知ってるだけ。
意思は弱く、知恵は無く、苦労も少ない。……いや、私が真田の意思を弱いと言ってはいかんな。私は本当に忙しい時以外しょっちゅう仕事をサボろうとしてるが、奴は戦場で血に塗れていた。日本に居た頃と同じく殆ど傷のない体を保ってる私とは違う。
だが奴も高く評価されてるのは私と同じ借り物のお陰さ。
それでも私が知る英雄たちのように血を流し、昼も夜もどのように民を導き世を動かすべきか考え続けているマリオ、ビビアナ、イルヘルミは私たちに勝てまい。
テリカが私に勝てなかったように。
……はぁ。理不尽さに怒りさえ沸く。結局の所私と真田は同じような物なのだろう。
少なくとも、ケイで懸命に生きる英雄たちにとっては。
……。最初から自分がどれだけ理不尽な真似をしようとしてるかは分かっていた。なのに今更罪悪感か。
流石私。何時まで経ってもパンピー。計画は全て順調。最早私にも止めるのは基本無理なのに。
テリカも哀れな奴。まさか自分を殺した相手がこの程度とは夢にも「我が君。入っても宜しいでしょうか」
……。…………。顔を洗いたいけど、水が無いや。せめて顔を揉もう。
「バルカさん、部屋をお借りしてます。何か御用でしょうか」
すっげぇわリディアの変わらない声。一発で現実に引き戻された。しかもさっきまでの私ちょっと自己陶酔入ってたな。との自覚付き。
なんかこー、恥ずかしくなってきた。考えてた内容は間違いじゃないはずだけど「それでも僕には! 守りたい世界があるんだー!」並みの自己陶酔をこの歳で……。
これなんだっけ。超嫌いなストーリーのアニメだったはずだけど……もう昔過ぎて思い出せん。
ぬおおお―――恥ずかしくてどうでもいい思考が! 三秒で戻せ。リディアが来るぞ。
……さっきの笑い声は聞こえてないよね?
「失礼致します。我が君、非常に機嫌が宜しいようで私も嬉しく思います」
……。
「もしかして、さっきの笑い声聞こえてました?」
「はい。ご安心を。私とそちらのアイラ殿以外には聞かれておりませぬでしょう」
げ。アイラさんも居たのかい。……多方面の意味で聞かれたくない物を二人に聞かれちゃったよ。
「どうも奇妙な笑い声を聞かせてしまったようで失礼しました。忘れて頂けると助かります」
「……笑い? 哀しんでたんじゃなかったの? ……僕に慰められるか分からないけど何か出来る?」
なんてこった。私の恥ずかしさが有頂天だ。話を、変えなければ。
「心配は嬉しいですが大丈夫ですよアイラさん。それよりバルカさん、相談もせず勝手にテリカらの処遇を決めてしまいすみません。まさかあんなにあっさり受け入れが進むとは思わなかったもので……焦って動いてしまいました。バルカさんが咄嗟に合わせてくださらなかったらどうなってた事やら。心より感謝してます。それで……その、謝っておいて更に申し訳ないのですが、やり方が不味かった所為で悪化したカルマとの関係、何とか気休めだけでも修復したいのです。何とかなりませんか?」
てなポーズだけでも見せないとまずいべや。特にこの二人へ。
「まず確認が御座います。ダン、ビビアナとの同盟が間近に迫ってる今、カルマらに危害を加える気はおありですか?」
おいおい。今じゃなければ危害を加えるみたいに言わないでちょ。
「いいえ。在りません。仲良くやっていきたいと思っていますよ」
「ならばご安心を。確かにカルマらは不快に思っているでしょうが、我が君の行動に一定の正しさも認めているはず。加えて意図自体もより先を安定させる為であったと伝えればかなり安心させられるかと。ただ伝える時期を少し選びたく。今すぐは二人も感情が荒れておりましょうし、伝え方や言葉を選ぶ時間が欲しくありますので」
おお……なんて頼りになるお方。これが包容力ってやつだろうか。問題を、包容出来る限界が大きいという意味で。
「はい、宜しいように。一応私にもどう振る舞うべきか教えてください。私自身が言った方が良いこともあるでしょうから。所でバルカさん、こちらに来られたのは何か私に用でも?」
「ええ。お願いがあって参ったのですが、出直すべきかもしれません。笑い声を聞き機嫌が良いのであれば、と考えていたので。又の機会に致します」
あああぁ、話が戻った。やーめーてー。笑い声忘れてー。
「大丈夫です。今は落ち着いています。御用があるのでしたら聞かせてください」
「そう言って頂けるのならば。詰まり褒美を頂戴したいのです」
……おう? 何とも珍しい話ぞね。驚きで恥ずかしさも吹っ飛んだわ。
「はぁ、褒美ですか。私に差し上げられる物だと良いのですが……。何をご所望で? 出来る限りはしますがとんと自信が在りません」
! な、何故突然速足で近づく? 何時もより更に雰囲気が怖いっすよ貴方。
「出来る限り。そう仰いましたね?」
「……はい。バルカさんの望みとあれば、当然では……」
念押し、だと? この紙一重が此処まで気合を入れて欲しがる物……。全く思いつか無い。……何か不味い気がする。
「お言葉誠に有り難い。安心して褒美を望めます。まず思い出して頂きたい。私は今年十九歳、そろそろ子が欲しい年齢なのです。それでダンには褒美としてご協力頂きたく」
え? ……。お、おお。一瞬何か変な解釈をしそうになった。……寒気がするまでに恐ろしい解釈を。
やっぱ頭が働いてないな。テリカの件で疲れてるからか。帰りたいけど後半日は働かないといけないのが辛い。
しかもその前に目の前の人の褒美とやらをどうにかせねば。しかし子供……。
当然の話ではある。庶人の六割以上が十七には結婚してるし。
そして貴族なら当然血を繋ぐのが何より大事。でも近頃は誰もが子供を作る余裕を持てず可哀想な事になってんだよね。武将とかが多く余裕のある所なら何とかなるけど、そんなのマリオとビビアナくらいのもんだ。
このトークで生きるもう年齢的には若くない美人さんたちと、若い美人さんなんて男の気配が全く無い。皆色々条件が厳しそうなのもあるけど。フィオ・ウダイに至ってはレズかもしれんし。
子供を作り難いのには正直助かっても居た。夫が出来れば妻が偶に変な男と会ってるのに気づく可能性が発生するし、アイラさんなら同居出来なくなってしまう。
身の安全自体はアイラさんの家の周りが自然に獣人の住む所みたいになったお陰で、オウランさんからの護衛が複数住めてるから、近辺に新居を構えれば特に問題はないけど。
でも一回襲われたら一部の獣人と親しいのが発覚する状態にはなりたくない。
ラスティルさんは……真田じゃなければ好きなだけ男を囲ってくれていいわ。
モテ過ぎて選びきれないのか理想高いかで、結局一定以上に親しい関係の奴は居ない感じだけど。美人ザマァである。
リディアは……相手は家格のしっかりしたお貴族様だろう。となると対処しきれない面倒が発生するかも。場合によっては直ぐに姿を消せるよう、準備の確認をしておきますかね。
「協力、というとどのような? 私の知ってる男性は皆バルカさんも知ってると思いますから良い相手の紹介は厳しいですよ。男性の意見が欲しいとかなら出来る限り頑張ります」
協力なんてここら辺が限界だべ。このリディアが自分の代わりに文を渡して欲しい。なんてのは在り得ん。
「おや。分かり難い言い方を致しましたか。我が子の父となるのは貴方ですダン。褒美として貴方に私と子を作る労を取って頂きます」
……あいべっぐゆあぱーどん?
ボク、リディアさんの頭が良すぎて何を言ってるか分からない。
何かの策? どんな策? それともおいら試されてるの? なんで?
「えーと、すみません。どんな深い考えがあるのか分かりやすく教えてください。それに……余計なお世話とは思いますが、人は誰でも異性にそういう事を言われると、自分に気があるのでは? と思うのです。色恋が絡んだ思い込みは非常に予想外の面倒が発生すると聞きますし、もう少しご自分を大事にするよう気を付けた方が良いのではないでしょうか」
「私はこの上なく自分を大事にしておりますのでご安心を。では今夜からお願い致したく。私の計算によれば一年は大きな戦は無い。されど出来るのに時間が掛かる物ですので早いに越した事はありませぬ」
……?
「え、本気? 私とバルカさんで夫婦の営みをするつもり?」
「本気も何も最初からそう申しておりました。我が子の父親をダン、貴方にすると」
は、はは、は。……。久しく忘れていた感触だ。恐怖で胃が捻じれ、冷や汗が頬を伝っている。
ヤバイ怖い。とにかく逃げて考える時間を! だが入り口の方には恐怖の元が陣取ってる逃げられない。
なら背後の壁。ど、何処に抜け穴が在るんだっけ!? か、壁に分からないよう印があったり屏風……があるのは時代劇の忍者屋敷だ。とにかくそんな感じのって何も無ぇじゃねぇか! あっ、ここ官邸内部じゃん!
どうする? この邪魔な壁を殴り壊すか? 何処が一番薄い? いや、この感触は無駄に厚い。無理だ。何故壁がこの世に存在するのか理解できない。
なら……最後の手である笛を……。い、いや。表向きは女性に迫られてるだけなのに呼べるかクソがぁ!
「む、無理です。ヤです不可能です。あ、そうだ。貴方のような名家の方と結婚してしまうと名が知れ渡ってしまうでしょう? 何がどうなってもそれは嫌なんです。どうかお許しくださいバルカ様」
「存じております。故に私は子を産むのに協力しろと言ったのであって、夫となってバルカ家に入れとは申しておりません。ダンという名前は何処にも出しませぬのでご安心を」
「え、そういうのって在りなんですか? バルカ様の名が貶められたりしません? 私のような何処の馬の骨とも知れない者と関係を持ってるらしいぞって」
「幾分か聞こえが悪いのは事実。されど男遊びによって子が出来るのは貴族の嗜みですら在ります。名を馳せている者の子であれば、もう片方など皆大して気にも留めませぬ。事実イルヘルミの夫の名を聞いた覚えが御座いますか? 馬の骨だろうと鳥の骨だろうと問題御座いません」
あの人はそーいう領域じゃなかったような……。いや、ちゃう。この土壇場で考えがずれている。評判うんぬん以前にアカン。
リディアはバルカ家を継ぎそうだと言っていた。その長子となればリディアにとって途轍もなく重要な人間。
そして子は親に似る。リディアの子ならさぞ優秀な子が産まれるだろう。
しかし其処へ私の遺伝子が入ったらどうなる? 下手したらパンピーが産まれかねない。
いや、パンピーならまだいい。昔の私は身の程知らずの痛い子だった。あんなアホが戦乱の世の中で長子として産まれたら……バルカ家でも滅びる可能性が産まれてしまうのでは?
子供は生涯に渡って関係する。その子供を地雷に変えるような真似、不義理じゃ済まんがや。
子供が成長し、才能の有無と生来の人品が明らかになった時殺されても文句が言えない真似だ。ぜってえええ恨まれる。孫に至るまで。リディアに限って恨みを忘れるなんて在り得ん。
つーか、私と子供なんて作ったら将来的にとんでもなく肩身の狭い思いを母子共にするんじゃなかろうか。やっぱり恨まれる。雪が降り積もる様に生涯ずっと。もっとも恨まれたらヤバイ奴に!
第一私としては親しい関係になる女性の理想は、グレースかラスティルさんを数段落とした感じがいいんです。
ある程度理性的だけど、お互い特別賢くなく失敗を許容し合うような。出来る事が終わった後、そんな女性の主夫となって歴史の流れを見ながらゆっくり暮らすのが私の最高に贅沢な夢なんす。
無駄に美人な人も無駄に賢い人も無駄に鋼鉄精神な人もお断り。過ぎたるはギロチンを付けられるが如し。
結婚は墓場だと言うけども、この場合子供を作るだけで十分死ねると私の理性と勘が言っている。
人道と我道どちらにおいても拒否以外に道は無い。何としてでもこの難局を逃げ切らなくては。
またもや物見櫓様より支援絵を頂戴いたしました。
表紙絵風ダンとリディアです。
あいい。美少女に見下ろされ表紙大好きー。あいいいぃい。
すみません。ぶっちゃけダンのは……その、あんまり表紙で決め顔すると拙作の論旨に反する的な問題により複雑な心境を近頃抱えておりまして……。
所で、首を傾げただけで只管不気味になってるのはなんでなんでしょう。普通はブリッ子ポーズのはずと思うのですが。物見櫓様の腕なんですかね。
一方でリディアの絵はひじょーーに私の理想的表紙だったりします。
実は私昨今のラノベの表紙で多い、複数のキャラが描いてある奴は埋もれて魅力的に見えないと感じてまして。
1キャラを大きく描きこんだ方がええと思うのに、どうして昨今は複数なのかしら。と業界の方にお聞きしとう御座います。
ついでにこんな風に見下ろして頂けるとよりいいですね。昨今まず見ない感じであり、目で語る系で迫力があって良いと思います。
物見櫓様、大変理想的な表紙有難うございます。皆様からの支援絵への感想お待ちしております。
物見櫓様ピクシブurl
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