テリカ・ニイテの望み
「あんた本当に大したもんだわ。子供にも容赦無しとはね」
「弟君への非礼を謝罪します。しかし子供に関しては今更だと考えます。皆さまとは比べるも愚かですが、私も覇を唱える諸侯の下で働く身。私の行う仕事の一つ一つがやがて他の領土の人間を殺す事に繋がっているのも、親を殺せば子供がどれだけ酷い目に遭うかも承知しております。ニイテ様だって子供だからという理由では容赦しないでしょうに」
真田の奴なら心を痛め孤児院とかを開くつもりかもな。そして頭のいい奴らが真田への恩義を刷り込むって所か。
カルマとグレースも孤児関係の問題には頭を痛めてる。が、罪も無い子供が哀れだなんて類の話は言わん。
誰もが特別ではない様に子供も特別ではなく、子供だからってだけで優遇しようとして他の事に使う資源を使っていたら、まだ生きてる大人たちごと他勢力に滅ぼされるのだから当然だろう。
源頼朝と義経を助けた所為で平家は滅びた。徳川家康は確かな意思を持って豊臣秀頼を殺したと私は考える。
一方で子供を助けたお陰で良い事が起こったなんて話を私は知らない。
私にとっての『歴史』『現実』『己の計画』どれを取って考えようと子供に容赦したらアホだ。心を痛めるだけでも偽善よりおぞましい何かとしか思えん。
「……凡愚なら目の前の事だけを見て行動するものでしょうよ。アタシは無駄に子供へ同情する凡愚とやらを山ほど見て来たわ」
「どうにも困りました。私を凡愚じゃないとお考えのようですが、そのように高い評価を吹聴されてはトーク様から応えられない期待を寄せられてしまいます。……如何でしょうかニイテ様。皆さまが私についてこれから何もしゃべらない代わりに、出来る限りご要望にお応えしようと言うのは。質問でも良いですよ。分かる限りは正直にお答えしましょう」
やって欲しい事があると嬉しいね。私にそれをさせようと黙ってくれるだろうから。
「ふん。元から晩節を汚すような真似する気は無いのだけど。でも質問は確かにあるわ。さっきビイナを第三位の英傑だと言ったわよね? どういう基準でなのかしら? そしてアタシは何番目? ついでにアタシより上の者を教えてちょうだい」
ん~。まぁいいか。
「断っておきますと私の価値観で個人を長い目で見た場合、世にどれだけ影響を与えそうか。なんてのを感じたままに並べただけです。正しさの保証は無いとご承知くださいね?
それで言うとニイテ様は五位です。二位がイルヘルミ。四位は……やたら運の良い感じがする奴とだけ。一位はお教えしません」
一位はリディアだ。リディアより賢い人間は居るのかもしれない。だがケイで最も注意すべき二人の片方である私の配下になろうなんて考えられるのは、彼女だけだろう。
その上貴族でありながら名誉や権力をあっさり捨ておった。恐れ入って漏らすかと思ったぜ。
人間は穴の開いた瓢箪の中にある餌を取ろうと、手を突っ込んで抜けなくなるのが普通だと思うんだが……。
ん、待てよ私と同格は二人で確定か? ……うん、確定だな。現時点で出て来ない上にオウランさんから何も連絡が入らない以上、私の邪魔には基本なり得ん。
「……普通ならビビアナとマリオ。でもビイナが三位なら違うか。四位は……サナダかしら? そうね。マリオが滅ぼすと思ってたのに、アタシたちに気を取られて攻め方が中途半端になってそうだし生き残るかも……確かにやたら運のいい奴らだわ」
無いわ。敬意を抱いてしかるべき人間の中にアレを入れるわけねーわ。真田は私と一緒でクソッタレの枠外。四位はサナダと縁を結んだとんでもねぇ幸運の持ち主ユリアだ。
「ご明察です。マリオとビビアナも勿論強力な諸侯ですが、個人としてはニイテ様ほどでは無いと考えました」
あの二人はあくまで以前のケイの人間。テリカほど放置できない相手とは思えない。
「……正直マリオより上と言われるのは気分が良いわね。で、一位はあんたかしら?」「いいえ」「おお我が主君テリカよ。いい加減学んで欲しいものだ。この者であれば『いいえ一位は我が主君カルマ・トーク様です。私など千位にも入りませんよ』と言うに決まってるではないか」
「……」
「あ、それか。そっくりよ上手いわグローサ」
「それに一本取ったみたいですグローサ様。……ちょっと気分いいですね。さっき男だからって振られた心の傷が少し癒えた感じがします」
Exactly
一言一句違わず正解だよクソったれ。馬鹿の一つ覚えだと言いたいのだろうが、他にどう言えというんじゃい。……いや、喜んでくれるならそれが一番か。
「……ねぇ、マリオはどうなると思う? アタシを追い出して内憂が減り、サナダの物となっていた領地を取り返すのも確定でしょう。ビビアナとも領地が離れてるしこのまま繁栄してしまうのかしら」
「マリオは……暫くこの世の春を見そうです。しかし最終的に天下を取れるとは思えません。彼は内政を省みない方と聞きました。兵糧がどうやって産まれてるのか考えないのでは、領地と奪う相手が上手く増えてる間は良いですが、一度失敗すると自分の領土をやせ細らせて限界以上の力を出したのが祟り巻き返せなくなるかと。……もしかしたら飲む水にさえ困るような最後かもしれませんね」
「へぇ。今の様子だとそうなるとはとても思えないけど、他ならぬあんたが言うなら……。良い話を聞かせてくれて感謝する。……最後にお願いがあるわ。聞いてくれるかしら」
「可能であれば出来る限りをすると約束します」
「実は今あんた以上の恨みをマリオとシウンへ感じてるの。何せあいつらはアタシの父を殺した。少なくとも暫くの間は同盟を組んでいくつもりだった父を。アタシだって奴の為にかなり働いた。なのに結局何も貰えず追い出され、そして此処に来る破目になったのだもの。だからあいつらはアタシの手で殺したかった。でも、それはもう無理なんでしょ? だからせめて、あいつらを殺す時は我がニイテ家に伝わる宝剣、白虹の剣で殺して欲しいの」
「……私にそんな機会が在るとはとても思えないのですが」
「可能なら。の話よ。トークがマリオと手を組む可能性があることくらいは分かってる。でもこんな時代だしあんたがマリオを殺す将来だってあるかもしれないじゃない?」
マリオか。奴は非常に高い誇りを持っていた。……確実に敵。しかも殺さない理由が無い敵になりそうだ。ならば……。
「そうですね。ではどのように殺しましょう。幾らかその剣で苦痛を与えるのを望まれますか?」
「いいえ。一太刀で殺して。いたぶるのは嫌いなの」
「分かりました。もしもそんな機会を得られれば、マリオへ簡単に死ねるのはテリカ・ニイテのお陰だと教えてから殺しましょう」
「そう。有難う。せめてもの慰めを得られた。……皆、ごめんね。アタシには天運が無かったみたい」
「謝るなテリカ。此処までの選択でお前に大きな過失はない。ならば全ては天運。それに我々の思惑が全て成功しようとも最終的にこの男に勝てたかどうか……。ビビアナ、イルヘルミといった奴らもやがては我々のようになろう。大した差ではない」
「確かにね……。ビイナ、長子なのに貴方が成長するまで守れず、その大器を世に広める機会を与えられなかったアタシを許してちょうだい。……それに関しては本当に残念。アタシが領地を切り開きビイナが治めれば諸侯所か国さえ作れたかもしれないのに……。貴方は人を見定め使う治国の才を、天下で誰にも負けない可能性を持ってる。そう思ってたの。本当よ?」
「姉上……ワタクシこそ何一つ助けになれず……。……ワタクシは姉上が史に残る手助けをするのが夢でした。なのに、姉上だけそのように傷だらけにしてしまったまま……終ってしまい残念です。次の生があれば又必ず妹として産まれ、今度こそ役に立ちましょう」
「ええ。次は天下を得たいわね。ねぇあんた。残りの時間皆で話してもいいかしら?」
「はい。どうぞ心の赴くままに。護衛長様、皆様が顔を見て話せるようにして頂けませんか?」
ジンさんがテリカたちを並べ終えると、彼女たちは和やかに話し始めた。
私は会話の内容を書いて残す。後世の人が彼女たちを想って嘆けるように。そして私が己の行いを忘れないように。
リディアとアイラさんを連れたカルマたちが戻って来たのは、更に一時間は経った後だった。
二人はネイカンの死体を見て表情を厳しくした後、こっちへ来た。
「……それで、結局どうするのだ」
そんな平易に尋ねないで欲しいのだが……今更か。とりあえず恭しく頭を下げておこう。
「結論は変わりません。皆さまの処刑をお願いいたします」
「……あの下僕の少年はよかろう。何処か遠くの街で暮らさせてやりたい」
……本当優しいね貴方。でも危ないよ。これが聞こえていたらテリカが無駄な希望を抱いてしまう。私を気遣ってか小声だったから助かったけどさ。
「トーク様、彼はニイテ様の弟だそうです」
「何? ……グレースそうなのか?」
「いいえ。知らないわ。貴方どうして分かったのよ」
「顔が似てると思ったのが一つ。それと皆様が何とかしてあの子を助けようと庇いましたので、問い詰めた所白状なさいました」
「……言われてみれば確かに顔が。……はぁ。この者たちはどのように処刑すべきと考えている?」
「名誉ある形を。皆様に要望があればそれも叶えて頂けると嬉しく思います。特にカーネル様はアイラ様に担当をお願いしたく。その時彼に貴方の名を教えてあげて頂けませんか?」
「うん。いいよ。僕と戦いたがってたしね」
「後は……武器などの遺品は出来る限り大切に保管して頂けないでしょうか。彼女たちは一世の英雄。彼女たちの足跡を知りたがるであろう後世の者の為に、記録を残したく思いますので」
「其処まで高く評価していながらっ。……いや。最早言っても詮無いな。ジンまず別れの酒としてワシ秘蔵の物を持って来たのでそれを与える。そして……処刑せよ。決して屈辱と苦痛を無駄に与えないように」
「御意」
私は片隅で最後まで見届けた。テリカたちは数人がこちらを見たくらいで私について何も言わず、全員が首を斬られた。
……大きな喪失感。そして更に大きな安堵を感じる。
テリカ……想定以上に恐ろしい者たちだった。
まさかグレースの実績で私が担っている部分もあると気付くなんて。
誰も私を知らないのは非常に重要な守り。それが危なくなるとは。殺せて本当に良かった……。
……。感情が複雑に荒れている。人前に出ない方がいいなこれは。テリカの会話を記録してる時にジンさんへ配下を北に戻すようお願いして、緊急の用件も済ませてある。
グレースに一言言って何処かで休憩したい所だ。
今誰も居ない所は……偶に使わせて貰っているリディアに与えられた私室なら大丈夫だろう。