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グローサ・パブリ提案す

「これは手が無いな。仮面の方、少しいいだろうか」


「何でしょうパブリ様」


「まず先ほどワタシがした誹謗の許しを請いたい。貴方の人物を知ろうとしたにしても短慮だった。この通り伏して……まぁ、元から伏しているのだが。何とか許して頂けまいか」


「元より謝罪して頂く理由は在りませんパブリ様。貴方が仰ったのは事実です。私も不快に思っておりません」


「……その言葉に感謝する。では願いを聞いて欲しい。ワタシは死にたくない。それに後ろの者たちの命に責任がある。だからテリカを見限る事にした。

 勿論言葉だけでは信頼してくれまい。そうだな……前の主君であるテリカの処刑をワタシの手でやろう。正直に言えば妹分であったビイナの命は救ってほしいが、望まれるのであればそれも。

 これでワタシとワタシに付いてくる者の命を助けてくれまいか。皆有為の士だ。必ずやカルマ様と貴方様の力になってみせよう。かつてケイ帝国を再興させた帝王に仕えた数多の英傑の内、もっとも功績が高いと言われているのは有能な臣下を幾人も推挙した者ではないか。我々全員を殺さず推挙すればカルマ様もお喜びになるであろうし、我々も後世に貴方様の名が社稷(しゃしょく)の臣として残る一因となるべく努めよう。どうか英断を(こいねが)う」


 ……。切々と訴えるとはこの事か。確かにこのままでは単なる心中。テリカを離れて生き残ろうというのは正しい判断だと思う。

 配下たちは……驚天動地といった様子。ただ数名表情を読めん。


「なっ!? グローサ!? どうして……本気なの?」


 さてどうする。一応リディアに相談するべきか?


「グローサどういうつもりだ! テリカ殿は主君なだけでなく、お主の親友では無かったのか。ワシはそのような裏切り許さんぞ!」

「このメントも決してテリカ殿を見捨てはせぬぞ。フォウティ様に誓ったのだ。身を捨ててでもニイテ家を守ると!」


 私にはテリカと親しい間柄だったこの者たちが、主君を殺された恨みを忘れて協力してくれる未来が見えない。


「ジャコ殿、メント殿。この方はどうあってもテリカとビイナを殺すつもりのようだ。最早万策尽きました。共に犬死するよりは生き延び、この方の下で大業を成したいのです。貴方方はもう四十だから良いでしょうが、ワタシと後ろに居る者たちはまだ三十にもなってないのですよ?」


 特に私にとっては害になるとしか思えん。カルマも私こそ恨むべき相手であると言うだろうし……。


「グローサ、本当にアタシを裏切るのね? 貴方だけはどんな時でも裏切らないと思っていたのに!」


 それにどうも違和感がある。何か忘れてるような……。


「グローサ、お前はあんなにテリカ姉様と親しくしていながら! 見損なったわ。この恨み死んでも忘れない」


 ……あ、思い出した。縄で縛られているテリカ一党の一番後ろ。ロシュウとショウチの体で見えにくい子供。……あれは二人が少しでも隠そうとしたのか?

 成る程……。となるとこの目の前で行われてる醜くも真剣なように見える罵り合いは。


「お前たちはもう死ぬ。好きなように言うがいい。

 仮面の方、そこのジャコとメントのように死ぬ者へ忠義立てする愚か者も居るでしょう。その者たちも御意に沿うようならばワタシが殺しましょう。それでもって貴方様への忠義の証としたく存じ上げます」


 茶番だな。後世の人が知ればきっと涙するこの場面も、相手である私が見透かしていては。

 グローサが私へ媚びるような視線を向けてきてる。……余り上手く無い。多分初めてなのだろう。

 誇りも何もかも捨ててるのに、只の道化とは……哀れだ。


「パブリ様それ位で結構です。私は人に危害を加える時なぶるのは嫌いです。貴方も無駄に辛い思いをしないでください」


「パブリ様など恐れ多い。グローサとお呼びください。どうかカルマ様へ我等の命を助けるようお口添えを。命助かれば、我々は貴方様をカルマ様に次ぐ大恩の方として崇敬致しましょう。

 勿論今までの主を見捨てるのは辛いですが、新しくより強い主を得られるのは喜ぶべき事。どうか小さな問題からでもワタシを配下と思いご相談くださいませ。必ずやご期待にお応えいたします」


「……そのような言葉を言わせてしまい申し訳なく思っております。元よりパブリ様が私程度の人間の下に付こうとする訳がない。なのに何故そのように仰るのか……」


「下などとんでもない。この乱世力を持ってる者が正しく偉大なのです。そして貴方様は我々の命を手中に収めておられる。当然服従すべき」「待ってくださいパブリ様、話が途中です。……ニイテ様の命運は尽きています。では今ニイテ様の望みは何か。……ニイテ家の血を残し、その遺志を継がせる事と推察致します」


「……確かに。ニイテ殿はそう望み、最後の血筋であるビイナを何とかして生かそうと考えてるはずです。そして貴方様はビイナの恨みを恐れると僭越ながら推察致しました。故にワタシがビイナの首を落とし忠節を証明いたしとう御座います。この赤心、どうかお認めください」


「いいえ。ビイナ様の他にもう一人居ます。其処の少年。一番後ろに居て、周りの者たちが隠そうとしてる子。その方もニイテ家の血筋なのではありませんか。

 パブリ様は何とかその子の命を救い、同時に一人でも多くの配下を残してニイテ様の願いを叶えようとしておいでだ。……ジャコ様とメント様に至っては当然出るはずの反対意見を自分たちが言って殺される事で不自然さを消し、残されるパブリ様たちが疑われ難くしようと考えられたのではありませんか?」


 必死に浮かべていたのであろう媚びるような笑顔が。一瞬で崩れた。

 ついさっきまでグローサの方へ体を捻って向け、詰っていた者たちも私の言葉に弾かれてこちらを向いた。グローサと似た表情で。

 ふむ。今までも強い殺意を向けられていたと思ったが上があったか。

 ……思いつくのさえ難しく実行は至難である最高の手、だと思うよグローサ。普通ならね。

 命運尽きた主君を捨てて新しい主君に仕えるのはよくある話だし、受け入れる方も徳と器の大きさを内外に示すいい機会になる。基本通ったのではなかろうか。


「馬鹿……なッ! 在り得ない。フォウティ様に他に子供が居ると知ってるのはワタシたちの他に五人と知らぬ。しかも皆江東に居る。……気付いたのか。どうやって! グレース・トークでさえ気づいていなかったのに!」


 其処までして隠していたとはね……乱世の知恵か。

 私だけが気付いたのは……一つとしては誰よりもケイの常識が身になっておらず、先入観無しで見れたからだろう。

 お前たちはケイの常識を基準に隠す方法を考えただろ?

 何にしてもグローサ、元からお前の策は通らなかった。

 テリカは非常に魅力的な人物だ。この若さで人の上に立つ長なだけはある。

 その魅力的な人物を殺しておいて、配下が恨みを忘れるような魅力が自分に在ると思うほど、私は逝っちまった自己陶酔を持ってない。

 ん? 何だ。テリカだけ様子が違う。


「……父上は手を尽くしてフィリオを隠していた。マリオにも決して漏れてないわ。それをこんな遠方の地で知れる訳も無い。ならこれだけ隠したのに気づいた……。あのグレース・トークさえ……いや……。待ってやっぱり……。さっきの礼の呼吸と間違い、歩き方……。

 なんて事……アタシはこいつと出会ってた……。リンハク! 貴方なら分かるでしょう? 連合軍の時レイブン殿にマリオへの文を頼んだじゃない。あの時後ろに居た二人の文官の片方よ」


 はぁっ!? なんで分かる!


「えっ? ……すみませんテリカ様、二人付き人が居たのは覚えていますがそれがこの者だったかは全く。覆面で隠してましたし背格好さえ覚えてませんから。本当にこの者だったのですか?」


「まず間違いないわ。……えっ。待って。じゃあ、こいつはあの時ずっと傍に居たの? そして……。まさか。アタシが玉璽を拾った時、マリオに何か吹き込んだのは……こいつ? そうよ。あの時イルヘルミもサナダも居なかった。アタシに敵意を持つような奴は誰も……。そんな……あれこそどうやって気づいたの。魔術でも扱わなければ……。そんなの噂の方のグレースでなければ……。

 あっ…………。

 信じ……られない。こいつが、この男が……本当のグレース・トーク!?!」


 ?! ざ……ざっけんな! 論理性吹っ飛ばして何言ってやがるんだこいつは!?


「あ、あの~テリカ様? 何を仰ってるんですー? こいつは服装と態度からして下級官吏程度の男じゃないですか。それをグレース殿ってアッチには意味が分かりませんよ~? しっかりしてください」


「はっ。はははっ……。そうよね。結局は勘でしかないわ。でも今までのグレース・トークの業績を思い出して。周到極まる準備と徹底的な隠匿で、誰一人気付けない内に結果を確定させる智謀に恐ろしさと不気味さを感じなかった? でも本当のグレース・トークにそんな感じはなかったわ。

 さてアタシたちに何一つ気付かせずこのザマにしたのは誰? 何よりこんな状態のアタシたちを前にして、尚あの化け物に背後を守らせる周到さ。こいつなら全てが当て嵌まってる。第一カルマ様が教えてくれたじゃない『この男がカルマ様と共に歩んできた』って……こいつが本当の大軍師グレース・トークよ。……どうりでカルマ様が従う訳よね……」


 仮面をしてたお陰で、全く表情を読まれてないのがせめてもの救いっすわ。

 やはり、情に流されて発言する奴はクソ野郎だな。幾ら血の涙を流しそうなほどの感情と戦いつつ媚びてくるグローサを見たくなかったからって……。全員まとめて不幸になるじゃねぇか。

 誰も気付いてない事を気付いてますよって態々言う脳足りんなんて普通居ますかね?

 普通かどうかは知らんが居たわ。せめて理性による判断じゃなかったと思いたい。

 く…………。クソッッツタレがぁッッ!!!


「テリカ、それは在り得ん。どんなに才があろうと一人で学ぶのは不可能だ。だから賢人を志す者は話し合い、互いに秘蔵の書を持ち寄って智を高め合う。

 この男声から言って相当若いぞ。にもかかわらず天下一と言われるような智の持ち主であれば、噂くらい聞いてるはずだ。それに功績の大きな臣下は立場が不安定になるのが世の常。なのに世の評価さえ得ていないのでは、主君の気分に完全に依存しているという意味では無いか。何かあれば簡単に首が飛ぶぞ。態々自分の立場を不安定にしてどうする」


 テリカ配下は皆四信六疑の様子。つまり四も信じようとしてやがる。

 こ、こいつら世が乱れてるのも黄河が氾濫するのも全部私の所為だとでも?

 不味い。少し気を許せば頭を掴んでのけ反りそう。

 くそっ。勘違いすんじゃねぇよテリカぁ! この世に真のグレース・トークなんて居ねぇ!

 どれもこれもグレース、リディア、私とついでにフィオが居たからこそ練られ実行できたんだ。

 大体世の噂だと昔ランドでザンザが殺されて、帝王をカルマが助けたその全てがグレースの策になってるじゃねーか。

 そんなの因果律でも操作出来ねぇと不可能に決まってんだろド畜生め。

 ……はぁ。この不始末どう対処する? 今すぐに全員殺すべきか?

 

「パブリ様の仰る通りですニイテ様。正直に申し上げますと世に出ているグレース・トーク様の噂は幾分大げさ。トークの躍進はグレース様だけでなく、多くの人物の働きあってこそですから。

 そして私は単なる一官吏。この大して金のかかってない装いを見れば分かるでしょう? 当然グレース様をはじめとした方々の功を、私の物であると主張したなんて誤解されては身の破滅。どうかそのような妄言は口から出さないで頂きたく思います」


 いや待て落ち着け。リディアを心に描け。

 こいつが言ったのは妄言。その証拠に殆どの護衛兵たちに理解してる様子はない。

 事実として私が本当のグレース・トークとは言えん。シウンと会話したのを知られたらチト面倒だが、この世に証言できるのはシウンのみ。カルマたちが会話するのは不可能。何せ直ぐにマリオは敵となる。

 私の想像を超えた超常現象でバレても……面倒だけで済む。あの会話はカルマにとって益となる物だったからな。うん……今すぐに全員殺す方が悪そう。強い反応は無駄な憶測を呼ぶ。

 よし大丈夫。想定しうる最悪でもカルマたちの私に対する危機意識が高まるだけで外には漏れない。……痛いのは間違いねーがね。

 とりあえずこの場に居る護衛兵の内、私について知らない人は全員北へ送り返すようお願いしなければ。困った時の国外追放と行こう。

 此処での詳細な会話を広められると想定外の影響があるかもしれん。


「世の評価? いいえ。多分こいつはもっと怖い。「テリカ様」さっきグレース殿はこの者を重要視してない素振りだった。「お姉様」同じ旗を仰ぐ者、主君にさえ己を教えてないのよ。これは……優秀と言えば良いの? こんな怪物が世に「お姉様! 黙って下さい!!」え……ビイナ?」


 ビイナ・ニイテ? ずっと黙っていた少女がこちらを向き、縛られたまま全身の力を込めてと思われる礼を取りやがった。……なんのつもりだ?

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