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テリカとの会話開始

 さて……一言も口を開くべきではないと思うけど、カルマにああ迄言われた以上努めねばなるまい。

 会話らしき物さえしなかったと告げ口されたら、会話自体を拒否するよりも印象が悪い。

 そのテリカは……配下皆と呆然自失か。この戦場慣れした英雄たちが。……そらそーだよな。何一つ納得が行かないだろう。

 ……いかんな。同情してるぞ。しかも今この時で無ければ二度と機会が無い、私らが居なければ歴史を作ってそうな英雄たちと会話出来る事を、嬉しいと感じてる。

 未だにクソったれな判官贔屓(ほうがんびいき)の精神が残ってやがるんかね。

 自分で突き落としておいて……ってこれもヌルイ自虐的思考だわ。

 もしや今私は油断してる?

 左右後方の壁に百人ずつの兵。テリカらは縛られ、正面の私は護衛長ジンさん率いる八人の護衛で守られてるからって気が緩んだか。

 どうにも不出来だのぅ。

 まぁ、前向きに考えれば、今どれだけ自分が足りてないか分かったのは良いことだ。

 後でどうやって一皮剥けるか考えんとな。


「あの~ アッチ凄く気になった事が一つあるんです。さっきのリディアって人はもしかしたらリディア・バルカでしょうか? 昔神童、今死んどー。で有名な。にしてはカルマ様からの信頼厚く、権威も高いように見えましたけど~。見た感じもとても死んでるよーにはみえませんでしたしー」


 おっと、突然な奴。しかしリディアにそんな評判が。

 怒りは……しないか。私みたいに喜ぶかは分かんないけど。


「……そうじゃろうな。他にリディアという名も知らぬ。だがロシュウ。今はそんな疑問よりも、そこの仮面をした不快な男の機嫌取りを考えんか。状況が見えておるのかこの馬鹿弟子め」


「もー、それこそこんな状況で説教しないでくださいよショウチ師匠。それに機嫌取りと言いましても……。

 あ、そーだ。仮面で顔を隠さないといけないほど不細工な上に、あんな粗末な服しか着れない身分では女性と縁遠いと思うんですよ。

 アッチみたいな、身分ある美人の胸を触らせてあげれば喜ぶんじゃないんですかね? グローサなら文句無しでしょ。今一活用できてないその美貌、今が使い時では~?」


「おい勘弁してくれ。ワタシがマリオの誘いを断るのにどれだけ苦労したか良く知っていように。まぁ、縛った我等に対してさえ怯えるあの男に、こっちへ来て不埒な真似をする度胸があるとも思えんが」


 えーと、これはもしかして挑発されてるん? ……どうでもいいか。返答は一つだし。


「……ご安心ください。皆さまに無駄な苦痛や侮辱を与える気は御座いません。縛られてるのが不服とは思いますが、何分仰る通り私は臆病者でしてどうかお諦め願います」


「……何と矜持の無い奴。お前男とはとても思えんな。もしや宦官なのか?」


「とんでもない。切り落とす勇気なんて私には在りませんよパブリ様」


 まじありえねーっす。普通に落としたくないだけじゃなく、この国の医療技術だと下手したら死ぬんだもの。


「…………ねぇあんた。その仮面とってくれない? それと名を教えて。カルマ様のお言いつけに従い話すなら、名を知るのが第一歩でしょ?」


 何時の間にかテリカがこちらをじっと見ていた。……気を取り直すのがはやいな。羨ましい。


「お断りさせて頂きます。私の名、顔。共に皆さまが覚える価値の無い物です」


 今居る兵の口止めは護衛長さんに任せればいいが、問題はトークで働く人間の口だ。

 こいつらが処刑される時、大声で私の名を叫んで恨み言を言えば私の名が話題となり、世に広まりかねん。

 顔も同様。そもそも教えて私に良いことは起こらんべ。


「……あんた、何処かでアタシと会ったわよね? でないと殺したいほど恨まれる理由が分からないし。それとも戦場で親しい人を殺してしまったかしら。だとしても戦場の掟に反するような真似はしてないはずよ。こんな世の中である事を考慮に入れてちょうだい。

 或いは……あんたに挨拶しなかったからとか? カルマ様より先に挨拶なんて出来ないし、こっちに来て直ぐのアタシが有力な人間全員を把握するのは不可能だったの。……勿論この後幾らでも挨拶させて頂きましょう。だから、命を助ける条件があれば何でも言って。例えばさっきの二人の非礼の詫びとして、今夜貴方の閨に二人を放り込むとか」


「ニイテ様のお姿を見た事自体初めてですよ。当然恨みなんて全くありません。私が皆さんに抱いてるのは畏敬の念だけ。そしてそれ故にトーク様を心配しております。よって助ける条件も御座いません」


 もしかしてこう繋げようとして、二人は失礼と取れるような事を言ったのかな?

 不快な女性二人が自分の寝室に放り込まれる、か。喜ぶ奴も居るかしら。

 そんな奴は長生き出来ないだろうけどな。

 この国の権力者はかなりの確率で腕が立つ。素手でも首を折るくらい楽勝っしょ。

 だから私はどんな美人でも、こちらへ悪意を持ってそうな人に近寄る気は無い。

 

「あんたさっきから非常に低い立場みたいに振る舞ってるけど、それ本当なの? もしそうなら何故有力な諸侯であるカルマ様が従ったのよ」


「トーク様は非才の臣下にも優しく、忠誠を重んじる方でして。私は日頃トーク様を第一にしていますので、新参であるニイテ様よりも重要視して下さったのでしょう」


「……単なる忠誠心で、アタシたちの積み重ねて来た名声を上回った。なんて与太話を押し通そうとは大した面の皮ね。……ねぇこれ脅しでしょ? カルマ様に反意を抱けば何時だってあんたが見てるっていう。だったらアタシは今これ以上ないほど思い知った所よ。

 生涯決してカルマ様に歯向かおうなんて考えられないでしょうね。ああ、あんたが心配していた獣人との関係もカルマ様の御意のままにするわ」


 戦場で生きる将軍を脅しで何とか出来るとは思っちゃいないがな。というか推測自体が的外れだ。

 テリカとしても『であって欲しい』程度で言ってそうだが。


「テリカ様を私の脅しでおさえるなんて不可能ですよ。獣人への考えは有り難く思いますが……中々難しいでしょう。我々も苦労しましたから」


「……どうにもこうにもアタシって欠片も信頼が無いようね。じゃあこういうのはどうかしら。

 アタシは此処で隠居して僻地に引っ込むの。後はこのビイナが継ぐ。ビイナはアタシと違って穏やかで慎重な性格。無用な争いを起こしたりはしない。加えてこの若さではカルマ様の補佐とご恩が必要になる。これならあんたも安心できるでしょう? これなら将来ビイナが問題を起こさず忠勤に励んだ時、あんたは事前に問題の芽を摘んだとカルマ様に言えるわよ」


 ビイナ・ニイテか。彼女は十六歳くらいだろうに怯えの色を見せず、口を挟まずじっと私を見ている。

 テリカの言葉を聞いて初めて一瞬動揺を見せたけど、それでも声を出していない。

 感心の言葉以外何も浮かばんな。リディアと言いどうやったらこんな若者が育つのか理解不能だ。

 さてテリカの案だが……、多分かなりの人間が受け入れるのだろう。

 私の知る日本戦国史でも、当主の代替わりを持って配下になるけじめとした例は多い。

 が、そんな問題じゃないのだ。とは言え何と理由づけしたものか。

 困った。場当たり的な発言を積み重ねた挙句、論理的におかしな発言をしそうだ。

 ま、知恵者と会話する良い訓練だとも言える。

 余程大きな失敗をしなければ死人に口なしで済むのだから。


「長がビイナ様になろうと(こころざし)は変わらないでしょう。それに若いと仰せですが、これ程緊張した場面でこの落ち着きは正に大器。優秀な配下も居られますし危険性は全く変わらないと愚考致します。加えますれば尊敬する姉を隠居に追いやった私はきっと恨まれます。やがてトーク様にとってビイナ様が私より大事な人物となった時、恨みを晴らされては堪りません」


「……それが忠臣の言葉? 何にしてもあんたどうしてもアタシだけじゃなく、ビイナと配下の皆まで殺すと言うのね? 正気を疑うわ。少しでも見識と理性があるなら、こんな貴重な人材を捨てようなんて思えないでしょうに」


「仕方ありません。ニイテ様ほどの主を殺されては忘れられない恨みになるでしょう。貴重な人材に恨まれては危険極まりませんので」


「……なら、あんたはニイテ家の敵ね」


 何を当然の「ぐぁっ! 目が!」「つぅうっ!」

 は? 壁の兵に何が、!? テリカの後ろから人がこっちに飛び出て

「網を! 弓は撃つな! 味方に当たる!」「壁ぇ! 通すな!」

 流石ジンさん反応が速い。短剣みたいなのを持ってるが動きを止めたら後は数で、何か球を投げた? そんなもん護衛の盾で、破裂して粉が!?

「つぅうっ!」

 目が痛てぇ! くっそ、どうやってこんなもん持ち込みやがった!

 !? 背中に誰かが覆いかぶさって来「頭を押さえてしゃがめ。合図したら右の壁まで走れ」ジンさん?


「ぐっ! ツッッ! グギャァアッ!」

 後ろで重い物が床に落ちる音と、打撃音そして男の悲鳴。

 何が、どうなった? 覆いかぶさってるジンさんからの合図は……来ない。ただ荒い呼吸が聞こえる。

 ちっ、目が痛くて開けられん。ここは指示あるまで動かない方が良さそうだ。下手に走ったらテリカたちの中に突っ込んでしまうかもしれない。


「いいよ。もう大丈夫。ジン、これで目を洗って」


「すまねぇ。感謝しやす」


 ああ……アイラさんの声だ。良かった。彼女がそういうなら安全だ。


「おい、竹筒に入れてる水を寄越せ! 副長は十人で井戸から水と布持ってこい! 壁の間抜けどもの為にな!」


 渡された竹筒に入った水で目を洗い、袖で顔を拭う。

 何がどーなったんだ……あ、テリカに一番近い所に居たと思われる兵たちはまだ目を押さえ呻いてる。

 テリカたちは何重もの網の下。で、さっき飛び出して来た奴は……ネイカンだったのか。

 アイラさんに矛の石突で抑えられており、両手と片足が変な方向に曲がってる。

 アイラさんが折ったのだろう。短剣みたいなのは……壁際に転がってるな。

 

 やれやれ……誰もがテリカに集中していた隙を突かれちまった。

 加えて獣人の護衛兵たちが集中してなかったんじゃなかろーか。

 突然過ぎる展開への戸惑いと、私という訳分かんない奴に従えと言われた不満でやる気が低かったんだろうて。

 テリカとギリギリで配下しか視界に入れておらず、欠片も兵に気を配っていなかったわ……。

 怪我人さえ出なかったのは幸運としか言えん。

 危険もあったがアイラさんを背後に置いたのは正解だったな。

 アイラさん様様だな。今の対処以外にも助けられっぱなしだ。

 カルマがジンさんに私を捕まえるよう命じず私の意見を受け入れたのだって、一番の理由は私がアイラさんへテリカを殺せと言う可能性に気付いたからだろう。

 私がアイラさんがカルマへ付く場合を想定して動いたように、カルマもアイラさんが敵となった場合を考えて判断したはずだ。

 実の所私としては長く離れていたのもあり、カルマの意思に強く反する願いを聞いてくれるかは賭けだと思っていた。

 だがこの場面でカルマが命じなかったなら大いに信頼出来る。後で重々感謝しないと。

 それにしても危なかった。距離があったからどんな展開になろうと大きな被害が出たとは思えんが……。

 あっ……。さっきグローサたちが私を挑発した時、もしも近づいてたらネイカンに捕らえられていたのか? 

 私がカルマと会話をしてる間、もしもカルマが助けきれなかった場合を考え、静かに縄が切れるよう準備して、もしかしたら何かの合図で相談を?

 まず在り得なかったけど怖え……。この経験、決して忘れないようにしよう。

 さてまずは命がけで助けてくれた人へのお礼を言わなければ。

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