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剣を抜いたなら

「よし! お前ら一人ずつ網から出して手と足を縛れ! 弱そうな奴からだぞ! 抵抗されない限り乱暴は許さん!」

「近衛来い!! ジィイン! 貴様どういうつもりだ!! この事オウランは承知しているのか! 冗談では済まさんぞ!」

「カルマ様の警護は近衛に任せてお前らも縛るのを手伝え! カルマ様、御意に反しているのは承知しております。しかし決して貴方様に歯向かってる訳では御座いやせん。少々お待ちを。こんな強そうな奴らに矢を向けた以上、縛らないと落ち着いて話もできねーんで。おい! 手つきが乱暴だぞ! そっち! もっと慎重に。ケイ有数の武将だって分かってんのか死ぬぞてめぇ!!」

「今! 貴様は我が意に歯向かっておろうがぁ! 今すぐにテリカの縄を解き詫びんかぁ!!」


 カルマに呼ばれた近衛兵は……十名か。トーク姉妹の前に壁を作ると剣を抜き獣人へ敵意を見せた。

 ちょいヤバイか? いや、グレースが抑え始めたな。

 カルマは激高しているが、護衛長さんの意思を確かめようとしてる辺りまずまず冷静。

 そんな中護衛長さんが仕事を果たしテリカ一党を縛らせ終わった。

 これで一息つける。テリカめ、あの一瞬でグレースと護衛兵の方へ飛び掛かる姿勢を見せやがった。

 やはりテリカの視界に、不穏な物を何一つ入れないようにしたのは正解だったな。

 笛一つで動けるよう訓練済みだと言う護衛長さんを信じ、何が起こるか知っている彼には隣室で私と一緒に待機してもらう等、考え得るだけ場所を整えた。

 そしてカルマがテリカを認めた最も安堵したであろう瞬間、平伏という一番動き難い姿勢の時を狙って笛を鳴らした。

 獣人の皆さんの動きも素晴らしく、一瞬で全てが終わると思ったのにあの反応……。

 どう足掻こうと一波乱程度で終わったのは間違いないけど、心臓が口から飛び出るかと思ったわ。

 今もカルマの様子がおかしいと一瞬で察知し、配下全員で黙って様子をうかがってやがる。

 裏切られたと思い、さぞかし動揺しただろうにこの状況判断と自制心は尋常じゃねぇ。


 しっかしまさか本当に玉璽を拾ってるとは。棚からボタ餅所か冬虫夏草鳥スープだよ。

 何とかコレ使えないかな。『玉璽を我が物にするなどケイへの大逆、配下としてはお名前に傷がつきましょう』とか言って比較的穏便に言いくるめを……。

 ……駄目だ。これから帝王の名を使いまくるであろうイルヘルミはビビアナをケイの敵だと言うに決まってる。

 なのにビビアナと組むつもりのトークが深い考え無しに、ケイへの忠誠心が厚いみたいな態度を取ると、ビビアナを捨てイルヘルミに付く準備なのかって話になっちまう。

 リディアかグレースに時間を割いて考えて貰えば何か良い手があるかもしれないが……私が三分で考えた理屈で説得出来るような話ではない。

 第一、テリカにこちらを騙す意思はなく、有用な道具として玉璽を献上したのは明白。

 事実使いようは幾らでもあるってのに、難癖付けて斬首なんて真似をカルマは絶対許さん。

 玉璽に関してはテリカが良い道具を持ってきてくれた。と、感謝するだけだな。

 私が使えるかは不透明だし、テリカへ実のある返礼は無いがね。

 何せテリカ一党は全員此処で死ぬ。一人も逃がさん。


 テリカ一党、能力、精神、団結力、訳の分からない運。全てを揃えた本当に危険な集団だった。この機会を逃したら一網打尽の機会が訪れるとは思えん。

 もしもこいつらが兵と領土を持てば、下手すると十年単位で邪魔となった可能性が在る。

 しかもそれさえ最悪ではない……。

 今は大きな安堵を感じる。隕石が突然降ってきでもしない限り、最低限の目標達成は保証されたのだから。

 リディアならかなりを読んで準備出来た可能性もあるが、それでも邪魔しきれないはず。

 彼女の表情を読むのは無駄としても立ち位置は……殆ど前と変わらないか。

 ただし外に出る扉の近くに移動している。……もしもの時逃げるためかな? だとすれば大丈夫そうだ。

 何か危険が迫るか、万が一の逃走経路に問題が発生した時鳴るはずの、笛を聞き逃さないようにすればよし。

 後はどれだけ損を小さく出来るか。どうしようも無くなれば全てを捨てて逃げるしかないけど、出来ればまだトークに留まりたい。

 護衛長さんの名演に期待しつつ、何よりトーク姉妹の表情と視線の動きに集中しよう。


「ジン、全員を縛り終えて満足したか? ならば説明せよ。心してな」


「脅かさねぇでくださいカルマ様。まず誤解の無いように申し上げます。ジブンに邪まな考えはありません。カルマ様は勿論、客人がたにも危険が少ないようこんな真似をしやした」


「……全く意味が分からん。お前はワシの顔に泥を塗ったのだ。テリカはワシが配下として受け入れると保証した。なのに縛り上げ屈辱的な姿勢を取らせるのが、どうしてテリカたちの危険を少なくするのにつながる」


「ごもっともで。ですがこの文を読んで頂ければご理解頂けるかと。ああ、お二人だけが読んで下せぇ」


 護衛長さんはその場で剣を置き、近衛を経由してカルマへ私からの文を手渡す。

 文の趣旨はこうだ。

 一、危険極まるテリカ一党をカルマが追い出すと考えていたのに、受け入れると判断したので失望している。カルマがテリカに追い落とされる際巻き込まれて死にたくないので、テリカ一党を殺す事にした。

 二、私としてはカルマの口から護衛長へ、テリカ一党全員の首を落とすよう命令して欲しい。話し合いがしたいのであれば、近衛が居ては私とリディアが自由に話せないので外へ出すように。

 三、話をする場合、私の立場は忠実な臣下とする。合わせるように。仮面を付けてるが気にするな。

 四、私の名をよんではならない。又、何か気づいてもテリカや獣人に伝えない事。伝えようとした場合、二人が私を排除しようとしていると見なす。

 五、護衛長が私の要望を受け入れてくれたので比較的安全確実な手段を取れた。もしも拒否されていたら、より危険な方法を取ったであろう。


 本当はテリカを殺すつもりだ。なんて教えたくはない。

 しかし護衛長さんが仕方なく私を手伝っている。と見せる為にはこう言うしか思いつかなかった。

 しかし利点はある。カルマに私の過激な方の手段に気付かせて、その時の表情から情報を得る事ができる……はず。

 さて、その二人の表情は……激怒。小馬鹿にするなど不審な所は無し。これは幸先が良い。


「最後にジブンが何故従ってるのか書くように言っておきましたので、その文があるはずっす。以前とんでもねぇ真似をした事があるんすよね? だから又何か仕込んでたらと思ってこういたしました。

 もしもジブンが間違っていたのなら直ぐに命じてくだせぇ。縛り上げてお二人の前に転がしますんで」


 これで私を捕まえろと命じるようならまず最終確認。

 そして以前オウランさんの所に滞在した頃から月日を掛けて、病気の娘や親の為にケイの薬を買ったりして恩を着せてあった。という事になる予定の人たちに助けられつつ、背後の開けてある扉から逃亡だ。

 ま、確率は低い。ビビアナと組む以上リディアはどうしても必要な人材。

 ビビアナに恨まれてるであろうテリカを拾って、リディアを捨てるという手は無い。

 幾ら玉璽を貰ったからと言って宝物一個じゃ釣り合わん。

 テリカ一党が居れば私の側に付いている全員を排除してお釣りがくる。そう見切る事も出来なくは無いが……はっきりと見えているリディアの貢献度合いから考えて、カルマの腹心たちさえ不服に思うだろう。

 カルマがそう判断するよりは私以外全員がカルマに心服していた。なんて可能性の方が高かろうて。

 そして二人の様子を見るに、リディアが向こうへ付くとは見てないようだ。

 良かった。信じてたよリディア、九割ほどは。

 

 トーク姉妹が何とか気を落ち着けようとしている。そして殆ど口を動かさずアイコンタクトと少ない耳打ちで意思を伝え始めた。

 多分、周りの人間に聞かれないようにしてるんだろう。近衛と……特にリディアか? あ、結論が出たな。

 

「近衛。全員外に出て中の声が聞こえない所まで離れよ。大声で呼ばない限り入ってはならない」


「グレース様! それでは御身の安全が!」


「命令は既に達したわ。……安心なさい。ジンは反逆したのではない」


「御意……」


 要望を受け入れてくれるか。なら不審な点も無いし出る準備をしよう。

 服の下にも付けられる鎧を身に着け、走り易いよう脱いでいた上着をその上に着、表情を隠すために作った簡素な仮面を付ける。


「おい、出てこいや卑怯もん!」


 はいはい。『全て予定通り』ですね。

 扉が開けっ放しになるよう大きく開ける。まずテリカたちは……皆両手両足を縛られ床に座った状態。では次に……。


「おい、そいつを囲め。下手な真似が出来ねぇようにな」


 護衛長さんが私の入室とほぼ同時に抜いた剣で私を指して言うと、すぐさま八人がこちらを囲んできた。

 さてさて、こっからちょい危険なんだよな。


「一応はテメェの言う通りにしてやった。だがこれでカルマ様とオウラン様の仲が悪くなってみろ。裸にして羊の血をぶっかけた上で狼の群れに放り込む。そう覚悟して物を言えや」


 これで良し。此処でカルマに獣人とカルマの関係が何より大切だと示すのは、どんな場合だろうと当然。


「ジン様ご安心ください。私もトーク様の危険を除く為に動いております。きっとご理解くださるでしょう」


「名を呼ぶなんて許してねぇぞ卑怯者」


 ! 護衛長さんの言葉と凄んだ表情に反応して、二名本気で剣を抜こうとしてるか? これは不味い。不測の事態が起こってしまう。


「失礼いたしました。どうか私の増長をお許しください護衛長様。……トーク様。取りなして頂けないでしょうか」


 感じた緊張をそのまま声に出し、カルマへ低く身を屈める。


「……下がれジン。その者と話せばならん」


「はっ。お前ら一応囲んどけ。但し邪魔はするな」


 囲まれたままカルマの前、真後ろにテリカが居る位置まで歩く。

 これでもう前の二人へは其処まで注意しなくていい。それよりも背後だ。

 音への注意は勿論、視界の隅に背後が映るようさり気なく身をよじりつつ、膝を付いて身を屈める。


「トーク様に申し上げます。ニイテ様を受け入れるとの仰せですが、決してなりません。彼女たちは南方の住人、必ずやグレース様がやっとの思いで関係を築いた獣人たちとの間に面倒が起こるでしょう。

 それとグレース様にお尋ね致します。ニイテ様と配下の方々を見て不安をお感じになりませんでしたか?」


「……何の不安かしら。意味が分からないわね」


 いやいや、それはねーわ。ド庶人でもない限り彼女たちを見たら感じるやろ。


「どうもグレース様は非才の身では理解出来ないお考えの下、愚か者の振りをなさるおつもりのようですが……。

 方々の能力、覇気、何より流浪の身となってなお、これだけ有能な家臣たちが付いてくる求心力。配下として抑えきれないのは明白。マリオが、ケイ第二位の力を持つ者が彼女たちに殺意を向けた最大の理由も、ニイテ様の巨大な器をおさめ切れなかったからでしょう」


「お、お待ちくださいカルマ様、グレース様! お二人は何故この下級官吏程度の男に耳をお貸しなさるのですか!! 我々は赤心をお見せいたしました。カルマ様に何一つ損の無きよう、流浪の身に唯一残された宝物も献上いたしました。そしてカルマ様の誠心に触れ、マリオに数倍勝る主君を得たと感じております。

 なのにどうしてこのような佞臣(ねいしん)讒言(ざんげん)を! 我々がカルマ様にとり、このような小物より遥かに有為の家臣となるは明らか。到底納得が参りません。何卒ご深慮を!」


「ニイテ様が私など比べ物にならぬ有為の士であるのは間違いございません。しかしグレース様なら私の言葉にも一理あるとお考えのはず。どれ程有為の士であろうが、反逆するようでは無意味かと」


「……そう言うのなら何故、あの時反対しなかったの」


「実際に見れば直ぐにご理解頂けると愚考したのです。お二人が納得して追い出された方が、未練を残さず良い結果になると。

 まさかこんな簡単に受け入れをお決めになるとは……。私のような小人が見込みで動く物ではありませんでした。結果としてかえってお二人に不快な思いをさせてしまった事、心よりお詫び申し上げます。しかしこの機を逃がすと私如きではニイテ様からトーク様をお守りできないでしょう。僭越極まる行い、どうかお許しいただけますよう伏してお願い申し上げます」


 建前ではあるが事実も多く含んでる。出来るだけ納得して欲しい所だ。

 何せ本当の理由、『テリカ一党を確実に皆殺しにする為利用した』は言えない。

 剣を抜き、敵意を向けたなら必殺であるべきだ。明智光秀のように。

 何せ一人でも逃がせば最低最悪。私の情報が広がる可能性まで出てきてしまう。

 それ位なら手を出さず去らせた方がマシ。

 だけども、この最高の好機は何としてでも物にしたかった。


 良くやってくれた二人とも。

 二人が親切にし心から配下に加えたいと思わなければ、テリカは去ったかもしれない。

 特にグレースは素晴らしい。

 万が一ではあってもテリカの前に身を晒す危険をおかし、彼女たちに安心を与えた。

 加えて服まで用意しようとするとは。

 お陰で身長の記録くらいは後世に残す事が出来そうだ。

 余計な感傷だとは分かってるけど、これ程の英雄たちを名前も無い奴の讒言により辺境で斬首。なんて記録だけにはしたくない。

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