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テリカ・ニイテの決断

***


「といった感じだテリカ。これは我等全員分として渡された路銀。大変温情のある対応であったし、上手く行ったと言えるだろう。しかし甘くは無かった」


 路銀……にしても多い。


「……ネイカン、街と民の様子は?」


「治安が良く、民はカルマを慕い市は賑わっていた。田舎臭いが非常に清潔な街だったな。それと辺境にしてもやたら獣人が多い。しかも街の守備兵として雇われてる奴まで居るって話だ。

 何でも一年ほど前にオレステとウバルトから攻められた後、突然獣人がトーク領で生活するようになったんだと。最初は戦々恐々としていた民も思ったより問題が起こらなかったんで、今では『流石カルマ様』だとさ。すまねぇが時間が無くて調べられたのはこれくらいだ。まさか名前まで知られてるとはよ」


「まったくだ。渡した名簿で全員かと尋ねられた時点で背中が冷たくなっていたのに、ネイカンの名前まで出てきた時には冷や汗を押さえられなかったぞ。咄嗟ではあったが、信を得ようと手を晒したのは正解だったと思う。知られていたのが名前だけとは考えられん。確信はなかったようにも見えたが……」


「ええ。良かったと思うわ。でもこんな辺境の領主がどうやってネイカンの名を知ったのかしら。流石にマリオは知ってたでしょうけど、兵で知ってる者は殆ど居ないはずなのに。……はぁ、愚痴っても仕方ないわね。大軍師相手に下手を打ったかしら?」


 アタシの立場なら自由に情報を得られる配下を作りたくなって当然。考えてみれば見破られるに決まっていたのかも……。


「う~ん、でもカルマの対応から言って許されてます。それに向こうの予想を下回る動きをしていたら、我等の評価が下がったかもしれません。しかしこちらの動きの予測だけならまだしも、ネイカンの名まで知ってるなんて。魔術を使えるとまで噂されるのも当然ですね。

 はぁぁー。どれ程の智謀を持ってどのような手管を使ってるのでしょうか……一勉学の徒として興奮が抑えられません。グローサさん、グレースはどのような方でした?」


 リンハクは本当に学ぶのが好きね。……度が過ぎてる時もあるけど。何故この状況で艶っぽい表情になってるのよ。


「生真面目で緻密な人柄。一つ一つ積み重ねて知恵を得てきた苦労人。そんな印象だ。完全に負かされながらよくもと思うであろうが、正直世の噂ほどとは感じなかった」


「あらグローサさん、それは当然でしょう。世の噂通りでしたら角と羽と尻尾に加え額には千里を見通す目までないといけませんよ?」


 あはっ、リンハクの言う通りかしら。ま、一見ですべて見通せる訳も無し。

 第一世の噂ほどでなかろうと、こちらが完全にやり込まれてるのは何も変わらない。


「さて、思ったより良い所もあったけど、フィンの存在を知られて万が一の危険も産まれたわ。今だったら別の所に行ける……追手が掛かっても何とか出来るでしょうし」


「いや、それは大丈夫だと思うぜ。オレとグローサを追ってる人間の気配は無かった。グローサがレスターに泊まってる間も自由だったんだよな?」


「ああ。街を好きなように回れた。我等を本気で疑う気は無いとの意思表示とも取れるが、分からん。しかし見張りの者が居ない以上、他の所へ行かれるくらいなら殺そうとは考えていまい」


 一度顔を出せば命を掛けずして逃げられなくなると覚悟していた。

 でもグローサがこう言うのなら、そうなる確率は相当低そうね。

 ま、疑い出したらキリがないか。


「アッチは全てがカルマさんの期待を表してると思いますー。

 現実として期待も当然でしょ~? 彼女の持ってない物をアッチらはいっぱい持ってますもの。カルマさんは所詮辺境の田舎者。水上戦の知識は勿論、ショウチ先生ほどの内政の達人が配下に居るとは思えません。辺境なんて無学な人ばかりだと聞いてますしー」


「ロシュウ……カルマの前で今みたいな事を言えば棒叩きじゃ。絶対に手加減せんからの。

 しかしこの馬鹿弟子の話にも一理ある。我等が不要な諸侯など天下広しと言えど存在せん。後は利益を越えるほどの損があると思われねばよい。

 テリカよ、正直な所マリオの下に居た時お前が示した忍耐に儂は感服しておった。以前のお前を想えば尚更にな。されどカルマの下では更に軽挙妄動はならぬ。

 ネイカンの話した街の様子をよく考えよ。幾分かは商人どもから聞いてはいたが、真逆の話の方が広まっていたではないか。あれは恐らく諸侯に正しい情報を奪われぬようグレースが流していたのだ。普通は己の名声を高めるため良い噂を広まらせようとするものであるのに……。儂にはこれがトーク姉妹の異常なまでの用心深さを表しているように思えてならん。

 まずは時間を掛けて信頼を得るのみを考えよ。儂もカルマがどれだけ気に食わない女であろうと、お前の為に辞を低くして仕えよう。マリオの所で気をはやらせた結果このような流浪の身となったのを忘れるでないぞ」


「分かっていますショウチ先生。カルマから大きな釘も刺されました。大人しくしますよ。では皆、カルマの配下で賛成と思っていいかしら? カーネルは?」


「我も賛成だ。毎日ラスティル殿、レイブン殿相手に鍛錬出来るかと思うと待ちきれなくさえある。それに我は北方の獣人どもと戦った事が無い。奴らは騎射がめっぽう上手く、独特の戦い方をすると聞く。是非味わってみたくて……みたくて……近頃は期待で中々寝付けぬほどだ。……残念ながら昨今大きな集団で襲って来たという話は無いらしいが、少数の盗賊行為は毎年あるようだしそれで我慢するしかあるまいな」


「……近頃襲って来たという話が無いとか、毎年あるとか、それトーク領の話よね? あんた何時の間に調べたの?」


「ネイカンに調べて来てもらったのだ。当然であろう? 今から行く場所の戦の話だぞ?」


 ……。ほんっと好きね。アタシも戦は好きだけど……気楽で羨ましいわ。

 うーん、カルマがこちらに期待するのは水上戦の鍛錬だと思うのよね。

 南方の黄河に張り付く事になるであろうアタシたちが、北方の獣人と戦う機会が無さそうなのは……黙っておこう。面倒だわ。


「ああ、その獣人の話を忘れていた。皆カルマと獣人はどのような関係だと考える? ワタシは最初、カルマが先の戦で受けた打撃から回復しきっておらず、獣人を追い払えずにいるのかと考えた。我等への期待の一つは獣人を追い出す協力なのか、ともな。しかしカルマからそういった話は一切無い」


「……お膝元の守備兵として使っているのでしょう? 素直に受け取れば共存関係が築かれているのでしょうね。正直家臣に加えるほどの協力関係なんてみどもにとっても信じがたいですが」


「何を言うのだリンハク。幾ら辺境の領主とはいえカルマも誇りあるケイの貴族ではないか。儂も詳しくは無いが奴ら遊牧の獣人と我等は生き方、考え方全てが根本から違う。獣人の血が入っているスキト家でさえ、そう簡単に獣人を臣下にはせぬ。

 それでも共存しようと考えれば、幾つもの問題を長い時間かけて解決せねばなるまい。ネイカンの見た所街は落ち着いているそうではないか。獣人が入って来て一年で其処までの目星を付けるなど不可能。あるとすれば……カルマが相手の言いなりにならざるを得ない状況である場合くらいか。それならば仮初の平和は可能かもしれん」


「ショウチ先生の仰る通りですねー。あ、知ってます? 獣人って文字さえ読めないんですって! どれだけ野蛮人なんだって思いますでしょー? はー。でもこれから住むところはその野蛮人の溢れた辺境の街。アッチは不幸です~」


「ロシュウさんはもっといい点を見るべきですよ。獣人の馬術はケイの物を上回っているそうじゃないですか。ならばそれを盗み取り将兵の鍛錬に使えれば。我等の大業に大きく寄与すると思いません? 第一あそこには天下最高の軍師グレース・トークが居ます。彼女と働き語り合えるというだけでも、我等勉学の徒にとってとてつもない幸運です」


「あー、それもそーですね。うん。グローサ、獣人との関係に悩むのは分かりますがカルマから実情を聞くまで心構え以外何もできませんよー。幾らでも疑えはしますがカルマの対応は許容範囲でしょー? 自分の器を大きく見せようと余計な見栄を張ってる感じもしますが、辺境の田舎領主はそんなものです。第一逃げて何処へ行くんです?

 スキト家なんてアッチは嫌です。もっと逃げてムティナ州で独立しようとしても、天下の形勢的にムティナ州すべてを得る前に残り全部を手にしたビビアナかマリオあたりに潰されちゃうと思いません?」


「やはりそうなるか。……異論は……無さそうだな。……テリカ・ニイテ様。臣らの意見はこの通りです。ご決断を」


「アタシの前にビイナ。もしもお前が当主ならどうするか、意見を言いなさい」


「はっ。正直な所一度カルマをこの目で見たかったと考えます。しかし天下の形勢はロシュウの言う通り。生き残り、大業、どちらを目指すにしてもカルマの配下となり力を蓄える以外の方策は無いでしょう」


 うん。若い者に有り勝ちな、人と違った英雄的考えを出そうという気配もなく堅実ね。

 やはりこの子には才がある。何とか育つまでアタシが導いてあげなければ。


「よし。では君として決断を伝える。我等はカルマの配下となるを目指す。その後は信を得るを第一と考えよ。もしかすればカルマは我々を別々の場所で働かせ、お前たちを己の臣に成そうとするかもしれない。だが逆らってはならぬ。全ては大業を成す為、史に名を刻む為である。そして何より、ニイテの者がお前たちへ抱く信頼が揺らぐ事は無いと銘記するように」


『ははぁっ! 承知致しました!』


 後はネイカンにこの決断をフィリオへ伝えるよう命じて終わりね。

 さぁ、賭けが始まる。トーク姉妹が素晴らしい主君である事を願いましょう。

 そして何より、天命が我等ニイテの上にある事を。

 正直気が重いわ。どう考えても十年以上は不快な境遇に耐えないといけないんですもの。

 でも父上の遺命を守り、ニイテ家を生き残らせなければ。

 そして出来うれば、我等の故郷にニイテ家の旗を……!

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