グローサへの答え
グローサが来てから二日後、トークの対応を決定しようと何時もの人間が集まっている。
では頼みましたよリディアさん。
「カルマ殿、受け入れるか決定するのはテリカ一党と会ってからになさい。あの者は一世の英傑、直接見なければ理解できませぬ。
そして会うとなればテリカを初め何人もの武人を相手にして、如何様に安全を確保するかという問題が生まれますが、何か考えはおありか?」
「……受け入れるのに反対はせぬのか?」
カルマの表情にははっきりと不信がある。グレースも私をじっと見てるし。其処まで反対すると思ってたんかい。
そーか、私の日頃の行いはこんな風に見られる物だったんかー。
「私とダンは危険があると考えています。貴方方はテリカを甘く見ている。しかし此処で強硬に反対すべきではないと判断致しました」
「……そうか。心に留めおこう。それで会見の話だが、ワシもどうした物かと考えていた。今居る唯一の将アイラはダンが離さぬであろうし護衛の数で何とかするしかあるまい」
「もう一つ重要な問題があります。南方の貴族であるテリカと草原族の相性の悪さです。まさかと思いますが、今領地における新たな収入源とまでなった草原族の者を軽んじる気は御座いますまいな? 彼らのお陰でお二人の命は救われました。たった一年で新参のテリカを優遇すれば大きな面倒が起こるでしょう。下手をすれば我等の後方が危うくなる程のです」
何時もより僅かだが声の調子が強い。本当に心配なんだな。
草原族の人々は殆ど街に住んでおらず、此処で下級官吏として働いてる人も大体近場での天幕生活だ。その為税率も安い。
しかし彼らにとって税金を払うのは屈辱で支配下に置かれたと感じる物らしく、それを不備なく進めた護衛長さんは相当の強権を発動したと聞いている。
なのに一年で自分たちを大いに見下げる新参が上に立ったら……怒るよね。
一万人近くの援軍を出したのに報酬を直接的な物品ではなく住居権とし、税まで払うのは長年の同盟関係を前提とした話なんだから。
「承知しているとも。ジンには直接説明するつもりであったし、テリカとも後で話をしよう」
「出来れば受け入れる前に互いの様子を調べたく思います。会談には謁見の間を。ケイ人の護衛は隣の部屋に置き、表立ってはジンの配下三百名でお二人の護衛をさせるのです。テリカ一党全員が獣人の下に立たされかねないと感じた時、どの様に感じるか少しは見られるかと」
こっちは私の提案だ。この後のも含めれば特別奇妙では無いだろう。
「はぁ? 効果的なのは分かるけど、配下にして一年のあいつらを其処まで信頼出来る訳ないでしょう。せめてあたしと姉さんの近くは近衛に守らせるわ」
「それでは対立を示すも同然。しかしグレース殿の不安も当然の物。其処でアイラ殿が獣人たちに紛れて一番近くに立つというのは如何。どの様な事態が起ころうともアイラ殿なれば、隣室の近衛が走り込む程度の時間は稼げます」
「え……それは有り難いけどダンは良いの?」
「仕方ありません。万に一つしか在り得ないとは思いますけど、草原族がテリカに買収されていてお二人が死んでしまった。等となっては私も困ります。私は何時もの部屋で護衛長さんに守られながらこっそり拝見しますよ」
「あら、獣人一番の達人と二人っきりなんて万に一つがあれば一番最初に死んで見せるって意味よね? 感心な心意気じゃない」
あ、そーなりますか。って無いわい。自分で言っておいてなんだが私と獣人の関係が無かろうと護衛長さんがテリカに寝返るのまで心配してたら、馬にはねられるのが怖くて外を歩けなくなっちゃうくらい低確率だべ。
「揚げ足とらないでくださいよ。近衛の人たちに私の立場を明確に教えたくない以上、選択肢はないでしょ。テリカにどんな手があろうと一番狙われるのはカルマさんです。もしも私に危険が及んだ場合は媚びへつらって何とか生き延びますのでご心配なく。とにかくアイラさん、任せましたよ」
「うん。カルマ安心して。本当に危なくなったらちゃんと守るから。三人までなら大丈夫だと思うよ」
……お嬢さん、今貴方この領で二番目の達人三人なら大丈夫って意味で言いましたよね?
相変わらず自信に満ち溢れ……じゃないかこれは。何時もこの人は単なる事実を言ってるだけだ。
これが私の同居人か。つくづくすんげー境遇になったもんだがね。
「しかし三百は多く無いか。ワシが臆病者だと思われかねん」
やっぱりそういうの気にするのねん。ここら辺の価値観と臆病者だと言われた場合の損失が未だに分からぬ。万全を期すよりも大事な事は無いと思うんだけど……。
「地に足を付けてであればテリカとカーネルはレイブンさんと互角だそうで。他に二名の将も居ますし、グローサや他の者がどの程度やるかも分かりません。入り口で腰の物は預かるとしても短刀程度なら隠せます。私が矢面に立つのであればもっと欲しいですよ。ついでに圧力が掛かった時のテリカを見れますしね」
「……確かに胆力は見たいかも。姉さんの気持ちは分かるけど、ガーレとレイブンは呼び戻せないし、用心に越したことは無いわ。それで迎えはあたしが行こうと思ってる。感触を自分の肌で確かめてから姉さんの前に連れ出したいの」
流石グレース姉想いだ。テリカに害意があれば自分の所で止める気か。
私としても有り難い。テリカもトーク第二位である彼女の案内なら悪い気はしまいて。
「分かった。しかし無理は要らんぞグレース」
「次に人質はどうなさる? 定石なれば妹のビイナをカルマ殿の近くに置いて教育するといった所ですが」
「人質……マリオは取っていたのか?」
「いいえ。テリカの方で気を使い幾らか離れた街に住まわせていただけのようです」
「ならば取らぬ方が良いと思う。こちらに来てマリオより冷遇されていると言われては不本意だ。我等の関係にも水を差す」
「……そうね。恩を売るなら徹底するべき。そうじゃないのダン」
「確かに。大体人質を取ろうが切り捨ててしまえば終わりですし。取らない方が良策かもしれません」
「まぁ、妹をあっさり切り捨てるのは普通不可能であろうけどな。さて、話はこれくらいか?」
そりゃ姉妹仲がとんでもなく良いカルマならそーでしょうね。
「重要な話がまだ一つ。お二人はネイカンという名前をご存知か」
「いいえ? 初めて聞いた名よ」
「ネイカンとは元江賊でテリカの配下らしき者の名です。しかし先日グローサの並べた名前には在りませんでした。流浪の身となったテリカを見限ってもおかしくはありませぬが……」
「テリカが我等を探らせたり、何らかの動きに使うため隠してる可能性もある、か。……あたしもそういう人材が居るかもとは思ったけど……よく名前まで調べられたわね」
「情報源が不確かなのでお気を付けを。しかしネイカンでなくとも誰かを潜めておく程度の考えは持っていて当然でしょう。テリカはマリオの下で忍耐と用心深さを学ばされたはず。それでこのように言っては如何」
後は細かい所を詰めて明日グローサを呼ぶと決まった。私とリディアは以前と同じように覗き見るので直接は問い詰められない。
私としても外にテリカの配下が居ては困る。頼むよカルマ、グレース。
---
「結論が出たわグローサ。まずはニイテ殿の謁見を許す。そして問題が無ければトークの臣下として受け入れ、共に大業を成しましょう」
「はっ、ははぁっ! ありがたき幸せ! 主の喜ぶ顔が目に浮かぶようで御座います」
「それは良かった。しかしあたし達としても幾らか不安があるの。例えば、貴方たちが実はトークの内情を探りに来たマリオの間者で、時が来たれば身中の虫となってこちらの腹を食い破るつもりじゃないのか? とか、ね」
「まっ、まさか! 絶対に在り得ませぬ。ご存知かと思いますが、世に流れるテリカ様の父フォウティ様を謀殺したのがマリオであるとの噂、事実で御座います。主がマリオの為にそのような献身を行う道理は何処にもありません」
「そうだったの。それはニイテ殿も悔しかったでしょう。でも、世の中何が起こるか分からない物。それでグローサに尋ねるわ。
先日渡された書状に書いてある人間だけを受け入れればいいのね? その後誰かが来たり、何処か別の場所に住んでる人物と連絡を取っていれば。こちらも腹に一物抱えていると考えざるを得ないのだけど」
よーし。いいぞグレース。さてグローサはどう答える?
あちらの身になって考えると、居るのならここで居ないと答える手は無い。
連絡を取る度にバレるという危険を背負い続けるのは馬鹿らしい。
すぐさまトークを自分の物にしようと考えていない限りは、お前たちに其処までの理由は無いはずだ。
……答えるのが遅い。悩んでるのか?
「………………。実は、マリオの領地より逃げ遅れた者が一名、いやその下僕も含めて二名おります」
「そう、それは心配ね。それで二名、なのね?」
「はい。……その一名は……。元江賊で民に紛れて情報を得るのが得意な男で御座います。しかも武将としても十分働ける上に船戦であれば無双の前線指揮官。トーク様にとっても貴重な人材となり得る者かと」
おぉ……。情報を得るのが得意。それを言うのか。
隠していた者の情報を公開して、謝罪しつつ信頼を得ようという感じか?
「ほぉ。それは又特異な人材よ。ふむ。その者の名、もしやネイカンと言うのではないか?」
あ、痙攣したかのようにグローサが顔を上げた。驚愕の表情を隠しきれてない。
……思ったよりデカイ情報をシウンから教えて貰ってたんだな。本当に好意を抱いてくれていたのかもしれない。
でも……あの腹黒美女も敵。残念だ。好きなのに。
「まさ……。いえ、その通りで御座いますトーク様。失礼はご容赦くださいませ。トーク様の威徳に触れ冷静さを保ちかねております。……どうか誤解なさらぬよう伏してお願い申し上げます。我々に隠した想いは天地に誓って御座いません。ただ……我々は今追い詰められており……どうか、どうかご理解くださるよう……」
「…………すまぬがグローサ。ワシの学が浅い為か、お主が何を言ってるか分からぬ。ネイカンとやらについてなら、その者は未だマリオの領地に居るのであろう? ニイテ殿もさぞ心配であるに違いない。ワシとしては無事合流し、出来うればトークの為に働いて欲しいと願うのみだ」
「はっ! 心遣い主に成り代わって感謝申し上げます。テリカもトーク様の威徳に満ちた言葉を聞けば、心より敬服するでしょう」
あ、カルマが自慢気な表情をしてやがる。私の渡した情報……いえ、其処で苦々しい顔だと奇妙なんで良いんですけどね。
一方私はどうにも下僕ってのが気にかかる。……私は地球史の記憶を判断に加えないよう常に気を付けている。他の世界の歴史をその通りなぞるなんて在り得ない話だからだ。
しかし昔テリカが孫策に思えた所為か、三国志であった孫策の家と劉備の家の同盟がこちらでも起こりえたのでは、という気がして……。
そして女であるテリカとビイナだけでは劉備になり得たと思える唯一の人物、ユリア・ケイと同盟の基本である婚姻が出来ない。
だからニイテ家に他にも男が居るのではないかと……その下僕が……。
……どう考えても妄想だ。第一その下僕が実はニイテ家の者だろうと此処に来るなら意味は薄い。テリカが逃げない限りは忘れよう。
「ワシは先の戦で名を馳せたニイテ殿の第一臣に其処まで言って貰える程ではあるまいよ。さてグローサ、ニイテ殿によろしく伝えてくれ」
「承知致しました」
---
戻って来た二人は満足気な様子。終始優勢だったし当然か。
私も満足だ。カルマはあちらの事情を許容する姿勢を見せた。テリカも安心するだろう。
「流石だなリディア本当に居たぞ。どうやってネイカンの名を知ったのだ? グローサの態度はとても演技には見えなかった。相当に我等の知り難い情報だったと考えて間違いないであろうに」
げ、この質問やっべ。しかし私が何か言えば不自然。リディア頼むよ。
「手の者がテリカ陣営でネイカンの名を聞いたのみにて。運が良かったのでしょう」
「……あたしが受け取った名簿には無かったわよ。連絡をしっかりしてくれないと困るのだけど」
おうしっと。ちぃと不機嫌そうだ。この批判は考慮に入れてなかった。すまんリディアこれも何とかしてくれ。
「裏を取ろうとしても十分な物が取れなかったので伝えませなんだ。所でグレース殿、もしや我等をご自分の配下だと勘違いしておられませぬか? 例え此度の情報を秘匿しようとも責められるいわれは御座いませぬ」
此処で攻めるとは……リディアさんマジ尖ってるっす。どーでもいいなら謝っちゃえーと考える私は駄目だったか。
あ、グレースが言葉に詰まってるのを見てお姉さんが前に出た。
「分かってるともリディア。妹ともども貴重な情報を教えてくれて感謝している。所でテリカがネイカンを隠した理由は何であろう。我等に含みがあると思うか」
「いいえ。含みも込めて万策の為に土台を据える考えは在ったでしょう。されどそれは軍師ならば当然。信頼出来る有能さを見せたとも言えます。或いはこちらを試していたという可能性さえある」
「同意するわ。……グローサの後を追わせるべきかしら? 何か仕込まれないように見張るべきかどうか、悩ましい所よね」
「臣下にしたいならば止めた方が無難でしょうな。彼女たちは今不安に苛まれている。見張れば逃げかねませぬ」
「そうだな……命の危険を感じつつ逃げるのは辛い物だ。向こうもネイカンの情報を晒して誠意を見せて来た。ワシはそれに応えたいと思う。良いな、ダン」
おっと。完全に聞くだけの姿勢になってた。
「はい。良いと思います。テリカ一党もカルマさんと直に会って話せば安心するでしょう。後はカルマさんが大丈夫と感じるかです。私の話は彼女たちが落ち着いた後、必要が生まれた時にという事で」
「……そうね。それがいいわ」
グレースとしては上手く行ったと考えてるかな?
私の問題を伏せてる間にテリカと縁を繋いでいこうって所か? ま、何でも良いんですけどね。
さて私の行動はテリカたち次第、彼女の決定を待とう。
ロト太郎様から支援絵を頂戴しました
タイリクオオカミなリディアフレンズです。
いやぁ耳と尻尾はいいですね。尻尾も大きくモフモフで、ダンであれば触りたいという厳しい誘惑を受け続ける事間違いなしに描いて下さって感謝です。
クール有能な人物像はスーツ系と合うのを再発見した気分でもあります。
拙作は一応ヨーロッパ風味な服装文化……です。西暦100年当たりの物に、中華文明のぶっ飛んだ技術ブーストを加えてヨーロッパの1100年程度の服って感じ。(中華の服と染物の技術もぶっ飛んでます。昔は偉大だったんですあの地域は)
古代中華風にしたい気もしますが、女性用恋愛物はあっても男性には不人気なんですよね。
中華風服装でヒットした小説って十二国記という二十年近く前の物以来殆ど無いので……。
まぁ、それはそれとして真田によって発達した服文化が入って来た後、この絵で刺激された欲望に従ってスーツを着せるべきかどうか悩ましく感じました。
ロト太郎様のピクシブurlはこちら
http://www.pixiv.net/member.php?id=12051806
皆様の絵の感想お待ちしております。