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グローサ・パブリの用件

 グローサと呼ばれて入って来た人物をのぞき穴越しに見……何あの派手な女性。

 金銀二色の長い鉄線のように真っすぐな髪と黒い目、睫毛がこっから見えるくらい長い。

 顔面骨格に至ってはオスカル様みたいにケバ……いや、濃い……えっと、押しが強いと思う。

 お胸があるのと、身長が女性の平均値程度なのは大違いだけども。

 胴と足の比率はかの方と五分かも。後十年若ければ羨ましかっただろうな。

 等と考えてる間に、型通りの挨拶が終わった。


「では聞かせてちょうだい、何用で此処まで?」


「まずは事情をお聞きくださいグレース様。先日我が主テリカ・ニイテはマリオからの在らぬ疑いにより、命を狙われまして御座います。何とか身は守れたものの、流浪の身となってしまいました。そして困っていた我等が思い起こしたのは、過日酒の席でレイブン殿から仁徳に優れた君主だと聞いたトーク様の事。どうか主ともども受け入れて頂きたく、懇願に参ったのです」


 本当に逃げて来てた。

 シウンが其処までの行動を取るって事は、何か仕込んでたか。……テリカ・ニイテ、私なんぞにつまづいた上に此処へ来るとは不幸な人だ。

 しかし私としては正に僥倖。彼女が何処へ行こうとも不安に思ったろうけど、此処に来てくれるなら話は違う。

 気を付けるべきは……欲張らない事だな。全てはカルマの判断次第だと忘れないようにしなければ。


「なんと! ニイテ殿は重用されていると聞いていたのに……」


「重用、で御座いますか。確かにマリオは多くの難しい役目を我らに任せました。しかし功に対して報いの少なき事はなはだしく、更には命さえ狙われた我等の苦渋、お察し頂ければ無上の幸いと存じ上げます。そしてこちらが主より預かった文。どうかご一読くださいませ」


「……。ニイテ殿と妹のビイナ。臣下はグローサ、ジャコ、メント、リンハク、ショウチ、カーネル、ロシュウの七人か。皆この辺境でも聞いた事がある名ばかり、ニイテ殿は臣下に恵まれているようね」


 なんだそりゃ。私の記憶にある名前全部じゃねーか。

 流浪の身となったのに皆付いて来てるとは恐ろしい奴め。

 いや、全員だったか……? 後でメモを見よう。

 で……トーク姉妹はこれをどう考えるのかね。


「はい。天下に名高い大軍師グレース様の前では申し上げにくく感じられますれど、皆有為の者。トーク様が慈悲を下さりますれば、我ら犬馬の労を厭わず働くでしょう」


「殊勝な物言いだこと。しかし軍師として考えた場合、お前たちを引き受けた時のマリオの怒りを考えずには居られないの。如何に有為の者であろうと個人を手に入れる為に、ケイ第二位の強者と事を構えては割りに合わないわ」


 ですよねぇ。ビビアナと同盟を組んでも援軍をタダで貰うのは無理。

 である以上、個人では勝てそうもないマリオとは友好的でありたいよね。

 ……あれ? 私実はカルマの為に大功を立ててるんじゃね? だってテリカが追い出されたって事はあの忠告が非常に有効だったって意味っしょ? 少なくともシウンは警戒心込みかもしれんが好意を感じてるはずだ。

 うんぬむぅ。これは残念。口に出せたらカルマに肩を揉ませるのに。


「ごもっとも至極かと。されど主にはマリオの怒りを静める策が御座います」


「ほぉ。是非聞かせて欲しいわ」


「お許しください。非礼と承知ではありますがトーク様と我が主の対面の時でなければこの策、申し上げかねます。お詫びとして聞いてご満足いただけない場合、我が首をトーク様にお預け致しましょう」


「大した自信ねグローサ。でも当然の話かしら。他国の軍師に策の全てを話すはずもない。下らない質問をしたわね。謝罪しましょう」


「謝罪などとんでもない。慈悲を願いに来ながらこの非礼、伏してお詫び申し上げるより他に御座いません。この罪、後々の功により覆うとお誓い申し上げます」


「もう受け入れると決まったかのように言うのね」


「テリカ以下、我々は皆有為の者です。かの大軍師グレース様と英明なるトーク様ならば宝石をクズ石のように扱う訳がありません。しかも世情により我等の価値が増しておりますれば……」


 ぐふっ。大軍師と言われる度にグレースの眉毛が動いて面白い。

 まだ吹っ切れてなかったのね。

 世情はビビアナと戦うって意味だろうな。ま、何処と戦うにしてもテリカが役に立つのは変わらないけど。


「如何考えられますかカルマ様」


「そうだな……。グローサ・パブリ、これ程の話、直ぐに決められん。とりあえずは客として留まってもらいたいので、連れの物が居れば連れてくるといい。数日中には答えを出そう。何か不満はあるか?」


「いいえ。ご厚情が流浪の身に染みております。ただ連れの者は居りませんので、その点のお気遣いは御無用に願います」


「そうか。では下がってよい」


「はっ。どうかテリカをよろしくお願いいたします」


 其処かしこに自分たちへの自信を感じはしたけど、非常に下手な態度だった。困ってるのは本当かな?

 そしてグローサが言っていた策……もしかしてアノの拾った物か?

 分かる訳も無いね。有為の人材ってだけでゴリ押し出来るし。

 教養に満ち、人の上に立てる人材は何処でも不足してる。

 一定の教育が当然の二十一世紀でも、上司になって良い人は限られてた。

 義務教育なんぞ全く無いこの時代では猶更だ。万を超える兵を指揮した経験のある彼女たちは、どんな宝石よりも高い価値がある。

 グローサは首を賭けると言った。でもカルマたちが受け入れる気なら例え策とやらが今二つだろうとも、決して殺しはしまいて。


 ま、今は戻って来た二人の考えを聞きますか。私が行動に出られるかどうかはそれ次第なのだから。


「さてダン、ワシは受け入れたいと考える。窮鳥懐に入れば猟師も殺さずと言うし、ビビアナとの戦いは無くとも、イルヘルミ、マリオを相手取る時大きな力となってくれよう」


 ……呂布を受け入れた演義劉備みたいな台詞を仰る。知らないだろうけど劉備は呂布に裏切られて領地奪われたんよ。縁起悪いぞソレ。

 グレースはどうだ?


「あたしも同じ意見よ。領地の人材はやっと足りて来たとは言え、先を考えればあれ程の人材を逃す手は無いわ。マリオの内偵として来た線が心配だけど、態々黄河を越えた領地を取る為にあれ程の人材を危険に晒すとも思えないし……まず大丈夫でしょう」


 おや、グレースまで受け入れる方針なのか。言ってる事は分かるけど……もうちょっと何かあっても良さそうなのに。

 ま、受け入れるつもりなのは有り難い事だ。

 ん……リディアが強い目でこっちを見てる?

 反対なのけ? だがそれは困る。当然話は聞くけど今は黙っててくれ。


「お二人の考えは分かりました。でも突然の話ですし、明日いっぱい考える時間をください。二日後の朝もう一度話し合いましょう。バルカさん、今すぐ決めなくても大丈夫でしょう?」


 はいって言うのだ。どう考えても今すぐの必要は無いって。……お願いしますよリディア様。


「……はい。今すぐ決める必要は御座いません。では、二日後で」


 よし。有難うございますリディア様。何時もお世話になってます。


「そうね。あたし達も考えを纏めておくわ。当然グローサは歓待するわよ?」


「バルカさん?」


「宜しいかと」


「では、そういう事で。仕事に戻りましょうか。グレース様、御指示をお願いします」


「……はぁ。どんな大事が起ころうと、日常の雑事は無くならないのよね。当然だけど。……ダン。兵糧の蓄えを確認したい。係の者の所へ行って記録を取ってきなさい」


「御意」


 てな事で仕事をし、今一やる気が無いと言われるために必要な定時上がりをする。

 はー。必要じゃなければ、残業してるグレースの手伝いが出来るのに……。

 ああ……大志を抱くばかりに美人上司から恨めしそうにみられるなんて……私は哀れだ……ぶふっ。

 不味いなぁ、日々グレースを好きになってるよ私。


 さーて、今夜の晩御飯は何にすっかね。親子丼にでもすっか?

 いやーリディアの使用人に、下ごしらえをした野菜を届けて貰うようにしてから本当楽になった。

 昔はアイラさんの為に毎日大量の野菜を切らなければならず、炭水化物制限を諦める程だったもの。


「アイラ居るか、失礼する」


 おや、リディアが来るとしても夕食後だと思っていたのに早いな。しかもこちらへ真っすぐ来てる。

 グローサの件だろう。やっぱり大事と考えてたのだな。


「ダン。お話が御座います」


「はい。私も聞かせて頂きたいと思ってました。来て頂いて有難うございます。まずはお茶をどうぞ」


「……(わたくし)は今日一日焦りの余り何度も失敗したというのに、随分落ち着いておられますな」


「貴方が焦って失敗とは相当ですね。グローサの話でしょう? 私が理解してない事も多々あるでしょうし、まずは説明をお願いします」


「我が君、貴方もテリカの将としての力、そして多くの配下を魅了する様をご覧になったはずだ。父のフォウティは虎と呼ばれたそうですが彼女は正に虎の子。マリオが追い出したのであれば、やはり独立し己が領地を持つ大望を持っていたのです。傍に置くのは余りに危険」


「確かに。高い目標を持って動く人だと思います。しかしそれだけに配下も含めた人材としての魅力は圧倒的ですよ?」


「であろうとも我らに喫緊(きっきん)の不足は御座いません。彼女たちも暫くは忠臣として振る舞うでしょう。されど己の持つ能力の高さは心の毒。事ある度に虎が肉を欲するがごとく誘惑を受け続けましょう。配下にし続けるのは難事だと明白ではありませんか。

 加えて我等が今同盟を結んでいる草原族と、彼女たち南方貴族の相性は最悪。必ず問題が生じます」


 ごもっとも。誰だって自分の能力に見合った待遇を受けたいに決まってる。

 獣人との相性も悪いだろうなぁ。私が昔行商人をしてた時、黄河を渡ると殆ど獣人を見なかった。

 見た事の無い人種で、文化が全く違って言葉も通じないような相手はそりゃ下に見ますわ。ケイの人は皆、自分がこの大国の人間であると言う誇りに満ちてるし。


「しかしトーク姉妹はあっさりと受け入れようとしています。どうしてでしょうか」


「……カルマが哀れに思ったのも事実でしょう。加えて二人は戦場でのテリカを見ておらず、どうしても軽く見ているのです。しかし最大の理由は違う。お分かりなのに何故態々お尋ねですか」


 本当に珍しい。少し焦ってるのが私の目に見えるなんて。

 ……いや、リディアが正しいな。

 下手をすれば何時の日か、カルマも含めて皆が死ぬ原因になりかねない気もする。

 さてなんと言った物か。……ある程度正直に言うしか無いね。


「そりゃ自信が無いからです。まぁ私の考えですと、二人は近頃私たちに握られっぱなしの主導権を、テリカたちという第三勢力を作る事で握り返したいんじゃないですか?

 彼女たちを受け入れるのはあくまでカルマです。当然テリカはカルマに恩義を感じるでしょう。ビビアナと同盟を結ぶ路線の変更は考えられませんから、バルカさんの重要性から言って排除しようとまでは考えて無いでしょうけど、少しずつテリカを取り込んで私たちの重要性を減らしたいのだと思いました」


「それだけ分かっていながら何故あの場で反対なさらなかった。テリカの器から言って我らのみならず、カルマにも大難となりかねない難事ですぞ。(わたくし)にお任せください。比較的穏健に二人を説得し追い出させましょう。ご英断願います」

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