ユリアに決断を迫る真田総一郎
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ソラの街に入ってから一月が経とうとしている。
領主としての通常業務に加えて、戦の後片付けと復興をしなければならず忙しい日々だった。
マリオに攻められたら直ぐに逃げ出すつもりなので、この苦労の成果がマリオの物となるのを思うと嫌になる事もあるけど……俺たちも人々の生活を荒らした軍の一部だったのだから当然の苦労。と、言うべきだろう。
フェニガも民に善政を記憶させておくのは、後々良い結果に繋がると言ってたしね。
そのフェニガが昨日オラリオの所から帰ってきた。
つまり今後について話し合わないといけない時が来たっていう事だ。
少し……いや、かなり気が重い。
ただでさえやっと手に入れた領地を捨てるという難しい話なのに、きっと嫌な話もしなければならくなる。
だが、今は乱世。全て必要な話。……後々後悔しないでいいように今頑張らないと。
議場では皆が椅子に座って待っていた。
俺が入ると全員が席を立って礼をしてくれる。
正直こういうのは未だに慣れない。まぁ、気持ちの切り替えには丁度いいとは思うけどね。
「まずセキメイ、人払いは万全かい?」
「はっ。ご安心ください」
「じゃあ始めようか。まずマリオが兵を集めてるのにどう行動するか言わず、不安にさせて悪かった。フェニガに地ならしをお願いしていたんだ。その結果次第で大きく変わるし、フェニガの行動が外に知られる可能性を少しでも減らしたくてね。フェニガ、後はお願い」
「承知しました。まずは現状を説明する。マリオの兵は下手すれば五万。一方我等は七千程度。我等の領地は元々マリオの物だったところが多く、地理も何もかも知られていて籠城しようが一月と耐えられない。さて、異論がある者は? ロクサーネとかどうだ」
「……無い。であるから援軍を呼びに行ったのではないか?」
援軍……やっぱり戦うつもりだったんだ。頼もしいと言うべきか、頭が痛いと言うべきか。
「違う。小職が行ったのはオラリオ・ケイの所だ。逃亡先として受け入れてくれるよう交渉にな。結果は概ね良好。ユリア様が帝叔となったのが非常に大きかった。お陰で北の国境線にあるシンヤ城を任してくれるとさ。攻められる前に希望する兵だけを連れてシンヤまで行く。そのつもりで準備を始めてくれ」
「は? ま、待ってくれよフェニガ。オラの頭が悪いのか、戦わずに逃げるって聞こえたんだけど」
「そう言った。上手く行けば怪我人さえ出さずに逃げられる。小職の交渉術とソウイチロウ様の英断に感謝していいぞ」
「誰が感謝するものか! 攻められても居ないのに逃げるなんて武人の恥。兎のように臆病だと天下の人に笑われますよ! オラリオはビビアナ相手に兵を出してませんし、兵力に余裕があるはずです。受け入れて貰うよりも一万ほど援軍を頼んできてください。このロクサーネがマリオごとき打ち払って見せます!」
「うんうん良い事言うな姉貴は……ってずっりぃぞ! オラも戦うかんな!」
「お前ら本当馬鹿な。テリカ・ニイテとその一党が出て来たらどうするんだよ。地理の利も無しに二倍以上の兵を持ったあいつらと戦って勝てる訳ねーだろ。それと援軍は無理だぜ。オラリオ・ケイは死にかけてて、後継者争いが始まってる。だからお前ら向こうでは余計な事言うな……いや、ずっと黙ってろ。アシュレイ良いな?」
あー、又始まる。……厳しい事を言う為に悪役を背負ってくれてるのは有り難い。
でも……いや、結局は俺が足りないからフェニガに苦労させてるんだよな。
「てめぇ! いっつも馬鹿にしやがるけど、後から入って来たくせに調子に乗ってんじゃねぇぞ! オラやロクサーネ姉が戦場で働いてるから、お前みたいな文官がこの乱世で生きていけるんだからな!」
「まぁまぁアシュレイ、貴方のような勇敢な武将あってこその軍師なのはフェニガだって理解してますよ。でも考えてみてください。此処に居てはとても大きな問題があるのですよ? 分かりませんか?」
そしてセキメイが褒める役。全く合図を送らずにやってるのが凄い。
付き合ってるんじゃないだろうかって思ったもんだ。
聞いてみたらセキメイに大否定されたけど。
所で問題って何だろう。単純に負けるからってのは違うっぽいし。
「な、なんだよ。勿体ぶってないでさっさと言えよな」
「は~。アシュレイさんはもっと頭を使って欲しいのです。ロクサーネさんにも関係する事ですよ?」
「……セキメイ殿。さっぱり分からん。はっきりと言ってくれ」
「しょうがないのです。では……いいですか? マリオを追い払ったとしても、隣にはイルヘルミだって居るです。マリオだって諦めたりしません。何度でも襲ってくるでしょう。そして我等は小さく、戦うとなれば毎回ソウイチロウ様を含む全員で戦わなければなりません。そうすると……」
「だから早く言えって。何なんだよセキメイ」
「も~ちょっとくらい勿体ぶらせてくださいよ。そうすると、子供が作れません。ソウイチロウ様の大事な後継ぎが。アシュレイさん、ユリア様の望みくらい分かりますよね? 尊敬する義姉の望みを叶えてあげたいとは思いませんのです?」
ちょ、ちょっと! いきなり何を言うんだ!
「わ、わぁああ! セキメイ先生! 突然私事の話をしないでくださいよ! そ、それに貴方だ……ううぅ……」
あ……この反応……多分、ユリアも俺を想っててくれてたんだ。
……やっぱりもう先延ばしには出来ない。覚悟を決めよう。
「何が私事ですか。これはお家の問題。それも極めて重要なのです。子供は大きくなるのに時間が掛かる。早め早めに作っておかなければならないのです」
「……それは分かりますセキメイ殿。でも何故自分が関係……いや、いい。その笑顔は止めて頂きたい。
とにかく! 子を作る平穏は自分とアシュレイがユリア様の分まで働いて作ります。だからせっかくの領地を捨てる必要なんてありません。テリカは確かに名将なれど、自分の方が強いしテリカは直属の兵が居ない。他の将兵に至っては烏合の衆です。幾ら居ようが恐れる物ではありません!」
「はぁ~。ロクサーネさん、もう少し先を考えたら如何ですの。わたしが見た所、オラリオの所で上手く動けばこれから一年平穏が作れます。しかしそれを逃すと後は戦いの毎日となるです。領地を得ていれば得ている程、我が軍で最も信の置ける貴方には遠く離れた国境の守りについて貰わないといけませんのですよ?
その時貴方は誰の子を産むのです? 付け加えればロクサーネさんは今最も美しい年頃。この時に想い人と子を作りたいと思いませんですか?
全く……ユリア様とも話し合うくらい想いに囚われているのですから、少しは考えて欲しいです」
「な、なぁっ!? な、何故知っている!? あの時は絶対誰も居なかったのに!」
「この程度が分からずして軍師とは名乗れませんのです」
いや、それは違う。羽扇でビシィッ! と指すと所でも無いと思う。
「くっ……しかし……ソウイチロウ様のお考え次第な訳で……。自分のような武一辺倒の女を好んで頂けるとは……」
え、俺が答えるの? ……あ、セキメイが羽扇の裏からこっちに凄く目配せしてる。それにフェニガも。
褒めろって意味だよね? この後の話次第では全部壊れかねないし、俺はもう選んでるのに……。
とは言えここで流れに逆らっても無意味か。
……俺こんなに不誠実だったんだな。
「ロクサーネ、俺は君が凄く魅力的だと思ってるよ。実は一緒に稽古する時、何時もその綺麗な髪が太陽の光で輝いて、ロクサーネが女神みたいに見えて……緊張してたんだ。ロクサーネは女性としての自分にもっと自信を持った方が良いと思う」
正直な所を伝えただけだけど……大丈夫そうだ。……ちょっと罪悪感を感じる。でも、此処で戦ったら死んじゃうからな。
「そ、そういちろう……様……はい。有難うございます」
フェニガもセキメイもあっちには見えないようにサムズアップ……どこで知ったんだそんなの。って俺しか居ないや。
……俺もこれくらい平然と出来ないといけないんだろうけど……難しい。
「ロクサーネさん、アシュレイさん、そういう訳ですからオラリオの所へ逃げます。いいですよね?」
「……うん。分かった」
「しょがーねーなー。後継ぎは大事だしよー。オラも嫁さん探そうかなー」
「ようやく纏まったか。出来れば一週間以内に出発したい。かなり忙しいが皆頼むぜー」
「あ、そんなに早いんだ。……ソウイチロウ様、あたしケント陛下に挨拶してこなくちゃ。今日から二日で何とか帰って来るね」
来た。……一番大事な話し合いを始めないといけない。……ユリア、悲しむだろうな。
「ユリア、陛下への挨拶は許可出来ない」
「ど、どうして? あたしたちがオラリオに受け入れて貰えるのも陛下があたしを帝室の一人だと証明してくれたからだよ? 感謝とお別れを告げないと」
「イルヘルミの街で陛下にそんな話をすればマリオまで伝わりかねないよ。そしていい機会だからユリアに話がある。
君はずっとケイの再興を願っていたね? でも俺にそんな気は無いんだ。今後は必要な時に建前として使うだけにして欲しい」
相談したフェニガ以外全員、これ以上無いほどに驚いている。
セキメイさえ……あ、フェニガの方を見た。話し合ってあると気付いたか。流石セキメイ。
「い、意味が分からないよ。どうして? ちゃんと説明してソウイチロウ様」
「一言でいえばケイはもう滅んでるからだよ。もう再興なんて出来ないくらいにね。俺の考えでは高い確率で数十年以内に何処かの諸侯が新しい帝王だと宣言する。その時俺たちがケイの再興を本気で目指していれば? 絶対滅ぼさないといけない敵になってしまう。
血みどろの酷い戦いになるだろう。そんな風に民と皆の命を危険に晒すような目的を目指す気が、俺にはないんだ。……知っての通り俺はケイの人間じゃないし帝室への忠誠心も無いからね」
「ソウイチロウ様の考えは……分かったよ。でもあたしにとって民の安寧は、この国の未来はケイにあるの! 以前お会いした時ケント様は涙を流して自分の無力を嘆いていた。あたしの手を取って、ケイの再興を、民の救いを願われた! 当然あたしは誓った。何時かケント様に再びケイの帝王として、相応しい境遇が得られるように身を尽くすって。その誓いを破れというの? 陛下の哀しみを聞いて何とも思わないのソウイチロウ様!」
哀れだとは思うさ。でも……。
「陛下がどれ程哀しんでいても。現実は動かない。ユリア、民にとって自分の国の名前がケイだろうが何だろうがどうでもいい事なんだ。皆早く戦が無くなって、良い王が立つ事だけを望んでいる。陛下の願いは……世間知らずの泣き言だよ。何も出来ないのにユリアに不可能を押し付けて、民を苦しませようとしている。その誓いは忘れてくれ」
「そんなの! 天がお許しにならないわ!」
「天なんて物がケイを守るのなら、ケイはこんな風になってない。それともどこかの諸侯が天下全てを再統一した後、領地を全てケント陛下に返上するとでも思ってるのか!
俺は人の死ぬ戦争が嫌いだ。けど戦わないと自分も、人々も仲間も死ぬから戦うさ。統一しないと戦が無くならないのは目に見えてるから統一するまでね。
だけどそれだけなら別にどの諸侯を助けても良かったんだ。でもユリア、最初に君に出会ったから。統一までに多くの人を殺さないといけないとしても、誰よりも民に慕われ、民を想う君に支えられて統一するのが、長い目で見れば一番人々の為になると思えたから。だから君とこうやって生きているんだよ。
でも、君が無駄に民を苦しめる道を選ぶと言うのであれば。俺は共に歩めない」
「……共に歩めない? ソウイチロウ様、あたしがそれでもケイの再興を諦めないと言ったらどうするの? あたしを追い出す? それとも……殺す?」
いけない。興奮し過ぎて誤解させてしまった。
「そんな訳ないだろう。その時は俺だけが去るよ。実はこういう時が来るかもしれないと思って、俺の為として渡されていたお金を貯めてあったんだ。何処か徴兵も滅多にされないような山奥に行って畑を耕して暮らすさ。……皆が苦しんでるのを知りたくないからね」
「そ、それは筋が通らないでしょう。自分を初め皆ソウイチロウ様の臣下なのです。主君の道が通らないからと追い出し、主君の恨みを買うなど人の道に反します」
「俺は恨みに思ったりしないよロクサーネ。元から領主なんて身の丈に合ってないと思ってたんだ。ただ……余計に感じるだろうけど俺が居ない場合の予想を聞いておいて欲しい。
皆は凄い英雄だ。だから力を合わせればムティナ州を手に入れるまでは出来ると思う。だけどムティナ州は狭い。俺が渡した知識はまだ未完成だし、有利があっても高が知れてる。そしてその頃には天下の殆どが統一されてると思うんだ。当然……凄く厳しい戦いが待ってるんじゃないかな。
……ごめん。俺が考えたより世の動きがずっと早かった。ビビアナとイルヘルミが戦うまで、せめて後十年はあると思ってた。まさか二年以内に戦いそうだなんてね」
「我が主ソウイチロウ様、そのような謝罪はやめてくれ。世の流れを見損なったのは小職とセキメイの責任だろ。
言い訳をさせてもらえば、小職の調べたビビアナの性格から言ってもっと優柔不断で動かないと思ったんだ。そして最強が動かなければ周りも判断に迷って世の動きが遅くなるってな。
だけどビビアナが国中から狙われて動かなざるを得なくなった事で、誰もが急速に力を付けないといけなくなっちまった。どうか、推測できなかった無能な軍師を許して欲しい」
「同じ謝罪致しますです。……ソウイチロウ様、直ぐに返事を出来るような話ではありません。オラリオまで逃げるのは確定してるのですから、その後ゆっくり考えては如何でしょうか」
「駄目だ。ユリアの名前が大きく注目されてる今は長を変える最高の時期。今だったら俺からユリアに長が変わっても兵も民も付いて行きやすいだろ。領地も無くなるしね。それにこれは感情の問題じゃないか。ユリアが自分を抑えづらい今決めて欲しいんだよ。
……ユリア、どうするか決めてくれ。俺を長としてケイの再興を諦めるか。それとも、俺を追い出してケイの再興を目指すかを」