テリカ・ニイテの逃亡先は
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グローサから危険を知らされてから十日後、逃げ場所として決めてあった山中の洞窟に欠けた者なしで集まれた。
身の上は山賊と変わらなくなってしまったけど、これだけの英才に集ってもらってる以上それに相応しい大望を持ち続けたいもの。
さてリンハクがお茶を出してくれたし、話し合いを始めましょうか。
「皆、よく逃げ切ってくれた。山賊同然となったアタシに付いて来てくれた事、生涯忘れないと父の名において誓おう。……ま、報いる為には立身が必要だから、皆の働きに期待してるわよ」
「ふん。落ち込んでおらず結構。高祖アーク様も山賊であった時期がある。これは悪くない予兆だろう。等と面倒な慰め方をせずに済む」
この方は相変わらず……。高祖様を使って揶揄するのは、偏屈でも度を越えてると思うのだけど。
「ショウチ先生、来てくださり心より感謝申し上げます。でも良かったのですか? 先生でしたら何処の豪族領主だろうと喜んで迎えますし、江東に留まるのも十分可能だったでしょうに」
「……お前の父は儂を兄として扱ってくれたからな。大体、お前に人の心配をする余裕があるのか未熟者め。江東で兵を集める準備はともかく、乱を起こそうとするのは危険があると言ったであろうが愚か者」
「一言も御座いません。今後ともご指導をお願いします」
「……。儂も策に乗った以上……いや、よい。実のところ儂はまだ信じられんのだ。マリオはどうやって我等の動きを察知した? 一番あり得るのはこちらで使った者たちの内通だが、逃げるように言った時も全く裏切りの気配は無かった。逃げたのは過剰反応だったのではないか? そちらでも思い当たる失策は無いのだろう? 答えよリンハク」
「無かったと思います。でもやがてマリオに全てを知られたのも間違いないんです。マリオを守る人間が増やされていたのは、我等の暴発に備えてと見て間違いありません。逃げるしかなかったとみどもは考えます」
「……すまねぇ。多分オレの動きがバレてたんだ。江東に行く形跡を消しそこなってたんだと思う。殆どの草をビビアナに向けてると聞いて、気が緩んでたのかもしれねぇ」
「ネイカンで知られるなら、誰であろうと駄目でしょ。お前に密使の役割を任せた事に後悔は全く無い。今後とも頼りにしてるわ」
「……分かった。任せてくれ」
本当頼むわよ。何もかも失った今、正確な情報は何にも勝る生命線なのだから。
「では、これからどうするかなんだけど、アタシは又誰かの配下になるしか無いと考えてる。西のムティナ州まで行ければ力で領地を得られる可能性があるけど、オラリオの領地を抜けるのは至難だし、捕まれば殺されるかマリオへの献上品にされてしまうと思うの」
出来れば混沌としてる小さな領土から始めて大きくなりたい。でもどの土地も力ある領主が隣に居て目立てば直ぐ潰されてしまう。
江東であれば誰も想定出来ない速さで力を持てたのに……つくづく残念だわ。
「ワタシもそう思う。選択肢はイルヘルミ、トーク、ビビアナ、サナダ、スキトか。マリオと同盟関係にあるイルヘルミは除外、ビビアナは……何とかなるかもしれない。しかし先の戦でどれ程我らを恨んでるか、全くの不透明であるし……」
何とか、か。玉璽を渡すという事なんでしょうけど、ビビアナは感情に流されやすいと聞くから博打ね。
「我はサナダが良いと考える。あそこの主だった将皆と手合わせしたが、サナダ殿を初め皆気持ちのよい武を持っていた。直ぐにでもマリオと戦えそうなのもよい」
……。この戦馬鹿。疲れるから誰か代わりに説得してくれないかしら。
「そうねー。あのユリアって子、とても優しい子だったし、サナダも良い子だったわー。主君にするなら一番安心できるわよー?」
……グローサお願い。
「メント殿……サナダに我らまで付いていてはマリオからの執拗な追撃を受けよう。お分かりなのに戦馬鹿に同調しないで頂きたい」
「わしの長年の経験によると、スキトも良くないぞ。次期当主であるメリオは戦だと頼りになるが、政は全くじゃろう。ああいうのが自分の上に立つと苦労するんじゃ……あと、辺境も辺境の西北には行きたくない」
それは長年の経験が無くても直ぐ分かると思うわよジャコ。
最後の願望は……当然よね。アタシだって嫌。下手したら天幕生活じゃないあそこ。
「となるとトークのみになるが、あそこはビビアナから狙われている。生き残れるだろうか?」
「イルヘルミと同盟を組み、サポナが耐えてる間に戦えば何とかなるんじゃない? それにビビアナと戦うとなれば、アタシたちを大いに歓迎してくれると思うの」
「ですけどテリカ様、カルマの人品に関する噂は最悪です。レイブン殿とトーク兵は真逆の言葉を言っていましたが……あそこは大変探り難い所で、殆ど不透明ですよ?」
「角が生えてる脂ぎった中年の男にしか見えないという噂よりは、レイブンの方が信頼できると思わない? それともリンハクは彼と酒を飲んだ時に嘘を感じたのかしら?」
マリオに命じられて流した噂だと一応女だったのに、何時の間にか魔物になってたのよねぇ。
「それは確かに。あれだけ熱心に嘘を言える御仁には見えませんでしたね」
……微笑すると本当に美女。
自分を隠すための一手と聞いてるけど、趣味も入ってるでしょこれは。
男に求められて断ったのは知ってるし、単に女装が好きなのかな。
「お姉さんも見えなかったかなー。第一他に選択肢ないんでしょー? もう、グローサはいっつもグダグダ言って面倒くさい子」
「メント殿、議論は必要です。加えてここに居る皆が納得できるように話さなければなりません」
「メント、混ぜっ返すのも大概にせい。グローサも真に受けるでない。ああ、一応言っておくと儂もトークしか無いと思っておる」
やっぱり先生は優しいわね。しかしメントとグローサはどうやって折り合いを良くしたものかしら。
長年戦場で戦ってきたメントが、若く誇り高いグローサを認め難いのは分かるけど困った話だわ。
さて、後意見を言ってないのは一人。
「ずっと黙ってるロシュウの考えは?」
「えー、アッチですかぁ? 先生までトークというのなら反対意見なんてありませんよぉ。正直アッチは野蛮な辺境のトークなんていきたくないですけど、命には代えられませんしー」
「ううむ。先生とロシュウもですか。……だがトークにはかのグレースが居る。ワタシが見るにかの人物は異様なまでに用意周到。その上あちらの領地に入るのでは勝ち目がないぞ。独立しようと思うなら十年単位の時間が必要となってしまうがよいのか?」
「魔術なんて使われちゃったら勝てないわよねぇ。所で、独立出来る目があるみたいだけどそれはどんなのなの?」
「机上の空論だが、まずビビアナをトークとイルヘルミで潰すとして、その後トークはイルヘルミかマリオとの戦いになろう。この時注目すべきは両方が江東と隣接している事だ。カルマの人物次第では戦いで多大な戦功を上げ、その報酬として江東の地を平定する兵を借りてもいい。
もしくは敵対してる方に話を通して江東まで通してもらい、戦いが終わる前に江東を我等の土地とする事も出来よう。マリオ、イルヘルミ共に我らがトークを抜ければ大助かりなのだ。或いは兵を五千ほど出させる事だって可能かもしれん」
「成る程。……良い話だわ決定ね。カルマがマリオみたいに褒賞を惜しむ人物じゃないよう祈るとしましょう。
ビイナ、今話あった内容をしかと覚えておきなさい。アタシに何かあれば貴方が志を継がなければいけない事を心に刻むのよ」
「はいお姉さま。でも、何かあったらなんて仰らないでください。ワタクシはまだ初陣さえしていない。ご自分を大事にしてくださるのが皆の望みなのです」
「はいはい、分かってるし、まだまだ可愛い妹に当主の座を譲る気なんてないですとも。さて……最後にこっちへ来なさいフィリオ。
皆、今後この者をフィリオ・ニイテと呼ぶのを禁止する。この少年は、ネイカンが世話してる者でフィンである。
アタシかビイナの命あるまで、撤回は無い。今後この者とネイカンは別行動となる故、会う機会も殆ど無くなる。ニイテ家に男子は居ないと銘記せよ。会う時があっても下僕として扱うように」
「姉さま、ボク……そんなのヤダよ」
「……フィリオ。当主の決定に従えないと言うつもり?」
「う、わ、分かった。言う通りにする」
「仰る通りにしますテリカ様、よ」
「……おっしゃるとおりにします。テリカ様」
はぁ……忙しくて教育をきちんとできず、甘やかしすぎたようね……。
「さてネイカン、フィンの髪を切るように伝えたはずだけど?」
「……申し訳ねぇテリカ様。余りに可哀想で……」
「理由が分からない訳じゃないでしょう? 貴方が頼りなの。信頼を裏切らないで」
「ああ……。分かった。情に流された愚かさを謝罪する」
これでよし。
……。ごめんなさいねフィリオ。アタシとビイナだってどうなるか分からないの。
でも貴方と、この臣下たちさえ残れば我がニイテ家の大業は達成される。
アタシもビイナも、貴方に大きな荷物を背負わせないよう頑張るから、どうか許して。
「……テリカ、これからワタシがカルマの所に赴き受け入れを願ってこよう。そして同時にネイカンをレスターの近くに住まわせ、街の様子を探らせたい。我等と同時に入るよりもよいはずだ」
「……うん、それはいい策ね。ああ、例の物はカルマが受け入てくれれば渡すつもりだから。何だったらそう約束してきていいわ」
「今使ってしまっていいのか?」
「今より危険な状態なんて無いわよ。追われる身のアタシたちが受け入れられるには、土産が必要でしょ」
「我等が持つ水軍の知識は非常に貴重な物なのだが……ずっと河に接した領土を持たなかったカルマだと理解されない可能性も在るか。分かった。吉報を待っててくれ」
「そんなに構えなくてもいいんじゃない? どうしても駄目ならスキトの所があるもの」
「無用な心配だ。今度こそ失敗はせん。ワタシを甘くみないで欲しい」
「うふっそうね、頑張ってー。頼りにしてるわグローサ・パブリ」
「お任せあれ我が主君」
これで後はグローサの帰りを待つのみ。
カルマ……レイブンの言葉通り、人品卑しからずであるよう祈りますか。
天下最高の軍師と言われるグレースであれば、アタシたちの有用性は理解出来るに決まってる。
水軍の有用性を理解できなくたって、皆天下に恥ずるところの無い英才なんだもの。
……うん。まず大丈夫ね。
戦功を立てたら気前よく独立を認めてくれるような奴なら嬉しいのだけど。
ま、それは望み過ぎか。
まずは安全を得る。大望を考えるのはそれから。
何とかしてみせようじゃないの。
これだけの配下が居るのに大業を成し遂げられず、後世辱められるのは御免よ。